96 魔術師、交渉を始める
「こないじゃん」
「こねぇなぁ…」
縛り付けてある男を脚で軽く蹴りながら, 待ちくたびれている。
「ゾンデルという男が思った以上に大物で、冷静だったということですかね」
「どういうことよ、ミスター」
ギルドでの見張りをゴードと交代してトールは宿に戻っていた。
「つまり、僕たちには証人だけで、物証は何もないってことかな。そこを見透かされていると…」
「つまり…」
ノアが判らないという顔をしている。
「相手は町の有力者だということです。評議員にして町長の息子。書き付けなど確かな物的証拠があれば別ですが、どこの馬の骨とも判らないチンピラひとりの証言では訴え出ても取り合って貰えない…取り合って貰えたとしても、とても有罪には出来そうもない」
「あたしたちも証言すれば…」
「町の人たちから見れば僕たちはよそ者であやしげな冒険者だからね」
「えぇー、そんな…もう、皇女のクレアが一緒に来てれば良かったのに…」
「しかし相手もミスをした。ターニャを掠ったことだ。連れ戻せればターニャが証人に立てる。ターニャの証言なら信用されるかもしれない」
「それで、待っていても埒が明きませんが、ターニャを取り戻しに行きますか」
「ソアの言うとおりだ。向こうが動かなければこちらから行くしかない」
僕の言葉を聞いてノアが立ち上がったところを落ち着かせる。
「そう急ぐなよ、ノア。まずは様子見だ。以前のマークスさんの時のように僕が偵察を兼ねて話に行くよ。それに、あのときのように、ギルドに頼んで見届け人をつけて貰おう。後で証人になって貰えるように」
「あのときと同じように上手くいくといいねー」
「しかし、あの時は人質を取り返してから乗り込んだからね。今回は違う」
「じゃぁ俺はギルマスに会って事情を話し、見届け人を出して貰えるよう頼んでくるか。一緒に来てくれソア」
「あたしはミスターと一緒に行くー」
「どうするか…とりあえずノア、それにアリサとエマに着いてきてもらおうかな」
3人が頷いたので、早速出かけることにしよう。
「アリサ、すまんが奴の屋敷まで案内を頼む」
昼も近い頃合いで、ゾンデルの屋敷のある商店街は通行人で一杯だ。
あまり派手な事は出来んな…
まぁ、それは相手も同じ事だが…
屋敷の1階の店舗にも客らしき男たちが数人いる。僕たちが入って行ってもいきなり攻撃されることはないだろう。
「ノア、エマとくっついて…」
あー、抱きつかなくてもいいからな…
「魔法防御の魔道具を発動させておけ。話し合いになったら、最初にはったりをかますから。アリサは毎度のことですまんが、屋敷の中を再度探ってターニャの居場所が代わっていないか確かめておいてくれ」
「おおせのままに」
アリサは僕たちから離れて、屋敷の裏に回り込んでいった。
「じゃ、いくぞ。話すのは僕に任せておいてくれよ」
僕たちは店に入って行った。店員はゾンデルの配下なのか、僕たちを見ると一瞬厳しい表情を見せたが、すぐに柔和な顔になって声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。何かお求めのものがありますでしょうか」
「ああ、少女をひとり求めているんだ」
「当店は奴隷の商いはしておりませんが」
「奴隷が欲しいのではない。ターニャという少女だ」
「何のお話だか…」
「ゾンデル氏と話がしたいのだが、取り次いでくれるかな。こちらに来ていることは判っているんだ」
しばらく迷った様子を見せていたが、
「少々お待ちを」
そう言って店の奥に消えた。
大部長いこと待たされ、僕たちが来たときにいた客も用が済んだのかいなくなっていた。それを待っていたのかも知れない。客がいなくなるとすぐに最初の店員が戻ってきて僕たちを奥の部屋に案内した。
「こちらでお待ちください。主はすぐに参ります」
部屋は応接室のようで、低いテーブルを挟んでソファーが置いてある。僕たちは入り口が見えるように、奥のソファーに座った。僕とエマが魔道具の効果範囲内になるようにノアが真ん中だ。
男の言うように、すぐにゾンデルとおぼしき男がやって来た。部屋に入ると向かい合ったソファーの真ん中に一人で座った。二人の男が着いてきている。どちらも剣を携えた冒険者風の男だ。ひとりは部屋の隅に離れて立ち、もうひとりはソファーの男の後ろに立っている。
用心棒といったところかな。ふたりとも剣士風だが、離れている男は魔術師に違いあるまい。
「店主のゾンデルだ」
はじめから客とは思っていない態度だ。僕たちのことは先刻ご存じと見える。
「ミスターと申します。こちらはノア、そしてエマ、冒険者です」
「なかなか度胸があるな、乗り込んできて平然と近くに寄るとは」
「それはあなたも同じ事。それに、僕たちに干渉魔法は効きませんよ」
「戯言を」
「試して見ますか?」
そう言って離れている男の方に視線を移す。ゾンデルもその男を見て、右手をわずかに動かした。それを見た男は、部屋の入り口を開けて、もうひとり男を呼び込んだ。何か言われた男は無言で僕たちに数歩近づくと、掌を僕の方に向けた。
当然だが、何も起こらない。魔力が文字通りゼロだからな、干渉魔法は発動しない。
「おどろいたな、どんなトリックだ」
ゾンデルが興味深そうに尋ねる。
「なに、ちょっとした手品ですよ」
「それで何が言いたい」
「あんたの手下には、命もおしまない魔術師もいるようだからな。ソリトの町ではふたり殺す羽目になったが、無駄な殺生はしたくない。干渉魔法で攻撃しても無駄だってことをあんたに教えてやろうと思ってな」
「なるほど、奇襲が失敗した訳はこれでしたか」
これで、僕たち全員に干渉魔法が無効だと思ってくれれば御の字なのだが…
攻撃の手段をひとつ失ったと思ったのか、渋い顔をしながらゾンデルが言った。
「用件は?」
「少女をひとりお返し願いたい。ターニャという少女だ」
「なんのことだか…」
「こちらの3階の部屋にいると聞いていますが」
「…」
「代価は僕たちのところにいる男ということで」
「交換に応じるとでも…」
「男を証人にして治安部隊に訴えますよ」
「好きにするがいい、お前たちの言うことなど誰も耳をかさんぞ」
「証人以外にも証拠があると言ったら…」
「嘘をつくな。証拠などあるはずがない……が、いいだろう。交換に応じよう」
さて交渉の時間だ。なんとかテレポートの奇襲でターニャを奪い返せるような状況を作らないと…
★★ 97話は2月4日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




