92 魔術師、罠を張る
男は何も話さず、黙って僕を睨んでいた。
「とりあえず捕まえてと思ったけど、ちょい安易だったか…」
「どうするのよ、こいつ」とノア。
「ゾンデルとの関係とか聞けるかと思ったんだが…」
エマが槍を持ちだし、
「少し痛い目に遭わせれば…」
エマの様子に男は少し怯んだが、すぐにもとの様子にもどった。
「みんなと相談することにしようか…。こいつを連れて宿に戻り、トールたちに相談してくるよ。すまんがエマとノアはここに残ってターニャちゃんを守っていてくれないか。こいつの他にもいるかもしれん。見張っているだけならいいが、掠われたりすると困るからな」
ノアとエマがここに残ってくれるので、僕はもう一度電撃で男を気絶させると、宿まで一緒にテレポートした。部屋で待っていると、ギルドからトールたちが戻ってきた。
「戻っていたのかミスター、ノアやエマはどうした?それに…そいつは何者だ」
床に転がり、まだ意識を戻さない男を見てトールが聞いてきた。
「ウェルナー氏の家をこいつが見張っていたんだ。捕まえてから扱いに困ってしまってね…ちょっと、考えがたりなかったよ」
「なんで見張ってたんだ」
「聞いても答えない。ちょっと脅してはみたんだが」
「なまぬるいんじゃないか。アリサに任せれば吐くんじゃないか」
「そうなんだけどね、アリサに頼むと相手の思惑や計画は判るだろうけど、ほら、こいつが無事ではすまないだろう。それじゃあ証人にできないしね」
「やり方次第じゃねぇか。ちょっと聞いてみよう。ゴード、アリサが起きてたら呼んできてくれ」
「…」
無言で頷くと、ゴードは部屋を出て行った。
これまでアリサは尋問の様子をエマ意外には見せてくれないが、想像を絶するようなことをやっていることは判る。アリサにまかせると、必要な情報は必ず得られたが、尋問相手はひとりも生き残らなかった。僕はアリサに尋問をさせたくないと思っていた。暗殺や拷問のプロとはいえ、ノアとかわらない少女だ。できればもう残忍なことはさせたくない…
「大事なところでお役に立てず、申し訳ありませんでした、マスター」
ゴードがアリサを連れてきた。
「起きていて良かった。そこに転がっている男から聞き出したいことがあるんだが、尋問を頼めるか」
「待ってくれ、トール。ゾンデルの悪事の証人になるというなら別だが、こいつから話が聞けても死んでしまってはゾンデルを追求できない。向こうから仕掛けさせるといっただろう。こいつを囮に使おう。あるかも知れない証拠よりも、こいつが証人になるかもしれないという方が、奴には効くんじゃないかな。きっと、こいつを取り返しにくるぞ。あるいは…口を塞ぎに…」
「なるほど、こいつも口を塞がれそうになれば、考えを変えて証言するかもしれんな」
アリサにこいつを拷問で殺させたくないので、泥縄の計画を口にしたが、特に反対もなく受け入れられた。
「ところで、相手をどこで待つのですか。ここでは宿はもちろん他の客に迷惑をかけてしまいます」
「ソアの言うことはもっともだな、どうするミスター」
「そうですね、待ち構えていることが見え見えの場所では用心されそうですし…」
「ターニャさんたちをこの宿に匿って、わたしたちはターニャさんの家で待つのはいかがでしょうか。ミスターのテレポートで、相手はわたしたちが外出せずに行き来できることを知らないですから、そこにはミスターたち3人しかいないと思っているはずです」
「なるほど、手薄だと思ってれば、口ふさぎに襲って来やすいってことか」
トールの言葉に皆が同意して、ウェルナー氏の家で待ち構えることになった。
「それじゃぁ、俺は酒場にでも行って、捕まえた男に金をつかませて寝返らせたという噂を流してくるとしよう。そっちにはあとで合流するよ」
「あー、トールは酒が飲みたいだけじゃないのかなー」
「そんな訳があるか。酒はついでだ、ついで。酒場で飲まないのも不自然だからな」
テレポートでウェルナー氏一家を宿に連れてくると、一家の守りのためにゴードとソアには一緒に残ってもらい、僕たちは捕まえた男を連れてウェルナー氏宅に転移した。トールは酒を飲みに…じゃない、噂を流しに酒場へと向かった。
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まずは酒場の前にギルドかな…
ギルドの受付に、周囲の連中に聞こえるギリギリの大きさの声で尋ねた。
「悪党を捕まえたんだが、治安部隊に突き出すまで閉じ込めておく適当な場所はないかな」
「ここのギルドの地下の物置ではいかがでしょうか。出入り口は一カ所だけで、もちろん窓もありません」
「そこ、貸してもらえるかい」
「ギルド長に許可をもらってきましょうか。来客中なのでちょっとお待ちいただくことになるかも知れませんが」」
「そうか、それじゃぁ、俺はちょっと酒場で引っかけて戻ってくることにするよ」
ギルドにいた連中の中にゾンデルの手下がいれば、聞こえたはずだ。俺はギルドをでると、まっすぐ酒場に向かった。
まだ陽も高いのに、酒場は混んでいた。昼間っから仕事もせずに飲んでいるやつらに真っ当なのはいねぇだろう。ゾンデルの手下も必ずいるはずだ。冒険者風の男が1人で飲んでいるのを見つけると、そいつに声を掛けた。
「よう、ちょいといいかい。俺はトールっていうもんだ。頼み事があるんだがな」
男は顔をあげ、俺の方を見ると、顎で向かいあった席を指し示した。席についてカウンターの親父に大きな声で酒を注文する。
「おーい、親父。こっちに酒を2杯だ。強いのを頼むぜ」
男が俺を睨む。
「俺の奢りだ」
給仕が酒を持ってくると、男は前に置かれたグラスを手に取り、一気に飲み干した。
「それで、何のようだ」
「それなんだが、俺と仲間に手を出してきたチンピラを捕まえたんだが、こいつが金づるになりそうなんだ。隣町の悪党の手下らしいんだが、ちょいと締め上げて金をやると言ったらこれまでの悪事をぺらぺらしゃべりやがってよ、証人にもなるっていいやがるんだ」
「それで」
「明日あたり、その有力者ってやつに話を持って行って金をせしめようって話だ。相手の手下はかなりいるようなんだが、こちらは少しばかり人数がたりねぇ。それであんたに声を掛けたんだ。どうだい、話に乗らないか」
「あんたも悪党だな。そこまで落ちぶれちゃぁいねぇよ、俺は。さっさと治安部隊につきだして、忘れる事だ」
「そうかい、残念だな。気が変わったら来てくれ」
男にウェルナーさんの家の場所を伝えて酒場を出た。すぐ隣の席の奴が聞き耳を立てていたので、すぐに酒場にいた連中全員が知ることになるだろう。
カウンターの席に移動し、酒を追加で飲んでからギルドに戻った。
「あ、さきほどの方ですね。お待ちしていました。長の許可が取れました」
「そうかい、それじゃあ明日の朝一番でそいつを連れてくることにしよう。何かあったら使いを寄越してくれ」
そう言って、ここでもウェルナーさんの自宅を告げておいた。ギルドにたむろしていた連中の耳にもはいっただろう。これで口塞ぎに来るなら今夜しかないと思うだろう。
★★ 93話は1月26日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




