88 魔術師、偵察からもどる
山賊の根城を発見したので、街道まで戻って商隊を追いかけた。途中で追いつけるかと思っていたのだが、見込み違いだったようだ。街道に戻ってすぐに、凍り付いた森をみかけた。もう融けかかっているので、大部前のことだろう。山賊の襲撃があったようだ。他に痕跡はないので、あっさり撃退できたのであろう。なによりだ。
ソリトの町の場所を知らないことに気づいたけれど、商隊が向かっていた方向に街道を進めば良いだろうと思って道を急いだ。
陽が大部傾いてきた頃、ソリトの町の入り口が見えてきた。入り口でノアが待っていた。
「おかえりー」
「みんな無事か?襲撃があったようだけれど」
「あたしの魔法で追い払ったよー」
「やっぱりノアの魔法か。森が凍ってたな」
「あれなら山火事にならないからねー」
ノアも少しは成長しているらしい…
「他の連中は?」
「ギルドに集まっているよ。ギルドと言っても町長さんの家だけどもね。あと、ターニャちゃんとお爺さんは、ターニャさんの母親の家に行っている。ソアとゴードが一緒だよ。街中まで山賊が入り込むとは思えないけど、いちおう念のため」
「そうか、それじゃぁギルドまで案内してくれ」
町長の家と言っていたが、1階部分は全部ギルドに使われていて、外見からは普通のギルドと同じように見える。2階を自宅として使っているのだろう。中に入ると、奥のテーブル席にトールたちが座っていた。近づこうとしたら、隣のテーブル席から一人の男が立ち上がった。見知らぬ男だ。アリサが立ち上がり、ボクの元にやって来た。
「申し訳ありません。そちらの方が是非にとおっしゃられて…」
「アリサが連れてきたのか?」
「さようでございます。山賊の襲撃のおりに、出会いました。山賊討伐に来られたようです」
僕は男と正面になるように立って言った。
「初めまして。ミスターと申します。このメイドのマスターです。メイドが失礼をしていなければ良いのですが」
「お初にお目に掛かる。キーファー、槍のキーファーで通っている。お主に会えて光栄だ。エンダーを倒したそうだな」
「エンダーを知っているのか」
エンダーの名前を聞き、僕は身構えた。
「エンダーはわしの友人だった。おっと、身構えんでくれ。仇討ちに来た訳ではないし、組織とやらとは無縁だ。エンダーを倒した男に興味を持ってな」
エマのようなことを言うな…
「僕がひとりで倒したのではありません」
「というと、そこのメイドも一緒に戦ったのか?」
「エンダーも承知の上でした」
「あやつは自信家だったからな。あいつが承知の上なら何の問題も無い」
ノアも一緒だったことは伏せておこう。
自分も一緒だったと言い出しそうなノアを目で牽制しておく。どうやら意図は察してくれたようだ。しかし…キーファーという男に気づかれたようだ。キーファーがノアの方を見る。
「魔法使いは嬢ちゃんのことか。エンダーが探していたのはメイドと魔法使いを連れた男という噂だった」
しかし、それ以上の追求はなかった。
「それで仇討ちでなければ、何の用でしょうか」
アリサが答える。
「キーファー様はマスターとお話がしたいと申しております。そして…場合によっては立ち会いをご所望と」
「立ち会いなんて話は聞いてないよ!」
ノアが立ち上がって叫んだ。手に棍棒を持っている。
王女に頼まれて棍棒に偽装した見えない剣を作ったけれど、そのときノア用にも一本作成した。王女と違ってノアには膨大な魔力があるので、ちょっとしたギミックを仕込んだ。飛び出しナイフだ。棍棒の内部に魔力に反応して見えない剣が棍棒の先端から飛び出て固定される仕掛けだ。棍棒の中に仕込むために見えない剣の長さは40cmくらいと短いので、剣としては短かすぎる。見えないナイフだな。しかし、鞘がいらないので偽装効果は王女の物よりも大きいと言える。ナイフならノアも多少の覚えがあるので、このほうが良いだろうと思った。
「落ち着け、ノア。席に着け」
僕はノアを制して、席に着くように言う。
「立ち会いは話しだいだ」
「わしは槍使いだが、魔術師でもある。もっとも嬢ちゃんに比べたらゴミレベルの魔力だがな。それでも自分を鎮静状態には保てる。嬢ちゃんも鎮静状態でいてくれ」
「それで、何の話がしたいのだ」
「ひとつはエンダーほどの男を倒した者がどんなやつか興味があった。わしは強者に引かれるのだ。おまけにエマがお主を主と呼んでいた。エマはエンダーの弟子だ。エマがお主を狙うのなら話は分かる。どうすれば仇が主になるんだ?」
どう答えたらいいのだろう。エマは…
黙っているとアリサが代わりに答えた。
「マスターが氷のエマの氷を溶かしたのです。エマ様はマスターの妻となります。ノア様、ソア様、そしてわたくし同様に」
おい、余計なことを言わなくても…
「男の甘言になびくようなエマではない。お主がエマに認められたということか…。それにしても、そこの嬢ちゃんまで…。まだ少女ではないか。14くらいか」
ノアが言い返した。
「もう16だよ!大人なんだから」
「そいつは驚いた。てっきり…」
「あたしがこいつをやる!」
「まぁ、落ち着け。ノアがそれだけ可愛いってことだ」
「可愛い…、そうだよね…」
ノアが棍棒をしまい両手を頬に添えると、席にもどった。
キーファーもノアくらいチョロければ話し合いだけで済むのだが…
「お主たちも山賊を討伐するのであろう、わしもそのつもりで来たのだ。どうだ、一緒にやらんか。その間にお主のことも知ることができるじゃろう。わしもむやみに果たし合いをする訳ではない。あんたとは、やらずに済ませたいものだ。嬢ちゃんたちに恨まれたくないからな」
「恨むことなんて起こらないよ。ミスターがあんたに負けるはずないからね」
僕はトールに言った。
「どうする、トール。こいつと一緒でいいかな」
「目のつくとこにいて貰った方が安心だ。いいぞ、一緒にやろう」
「すまんな、ミスターとやらの力を見せてもらうぞ」
「あんたの力もな」
「わしはいつでもギルドにいる。出かけるときは声を掛けてくれ」
そう言うと、自分の席に戻っていった。
★★ 89話は1月18日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




