87 魔術師、留守の間に
すっかり凍り付いた左側の森をながめながら、魔力感知で確認する。さっきまで動いていた反応は動きを止めているね。まだまだ温度は下がるからね。じきに凍死するはずだ。
これなら山火事にならないもんね。あたしだって、ちゃんと考えているんだから。そう思いながらソアの方を見る。
どうよ、褒めてもいいんだよ。
「ノアにしては上出来です。火球でも放ったらどうしようかと…」
もう少し褒めてくれても…。そう思いながらソアのいる左側に魔法を撃とうとすると、
「駄目です。アリサが向かったのを忘れたのですか」
ソアに止められちゃった。
そうだった。アリサが森に入っていったんだ。感知してみると、反応が2つ。ひとつは有定として、山賊がひとり?そんな訳はない。もうアリサがやっつけちゃって、山賊の残りがひとりなのかな。
あれ、どちらもこっちに向かってくるよ。動きがゆっくりだから、戦っているようには見えない。いったい、どういうこと?
トールたちと睨みあってた山賊たちが、あたしの魔法で森が氷結し、反対側の森からの奇襲も始まらないのを見て、いっせいに森の中に逃げ込んだ。
なんで逃げちゃうのよー、根性なしがー
もう少し睨みあっててくれれば、あたしの魔法で全部まとめて吹き飛ばしたのに…
爆発系じゃないと、スカッとしないじゃない。
やっぱり山賊は許せないね。
ミスターが根城を見つけて戻ってきたら、問答無用で根城ごと吹き飛ばしてやるんだから。
ソアがトールに向かって叫んだ。
「アリサが戻ります。ひとり、着いてきています!」
それを聞いて、トールとエマがソアの元にやってきて、左側の森を警戒した。ソアはあたしの方に移動して、弓を構えてる。
反応の大きさから、アリサと一緒にいるのは魔術師じゃなさそうだ。
「魔術師じゃないよ。、魔法の心配はいらない」
あたしが叫んだとき、アリサが街道に姿を表した。
もうひとりは?
もうひとりは、街道の直前で横に移動すると、あたしたちから10メートルほど離れた位置で、森から出てきた。干渉魔法を警戒して、射程外で姿を現したに違いない。少なくとも、あたしたちを攻撃する意図はないね。剣士ひとりでは、魔術師を含む複数の相手には絶対に勝てないからね。
そいつは、両手をあげてゆっくり近づいてくる。アリサが迎えにいくと、トールも一緒について行った。
「何者だ」
トールが聞く。
「槍のキーファー、といっても知らんか…」
そう言いかけてエマに気づいた。
「氷のエマじゃないか…」
エマも気づいたようで、3人の元に行った。
「槍のキーファーが、なぜここにいる」
代わりにアリサが答えた。
「マスターにお話があるようです。キーファー氏はエンダーの友人です」
エンダーの名を聞いて、あたしだけじゃない、みんなが緊張したね。トールは剣の柄に手を掛けている。
「今のところ敵意はないようです」
アリサの言葉と、両手を挙げたままのキーファーに、トールも剣から手を離した。
「主殿に何の用だ」
エマの言葉に、驚いた様子だ。
「主殿?氷のエマと言えばエンダーの弟子ではないか。仇とも言える相手を何故主と呼ぶのだ」
「お前に答える必要は無い。もしも主殿に敵意があるならば…」
エマが一歩前に出て、槍を構えた。
肝心のミスターがいないときに、なんてやつを連れてくるのよ。
あたしも魔法を放つ構えに入った。
「エマ様、落ち着いてください。この男に敵意はございません。今のところは」
「今のところ?」
エマの言葉に
「はい、今のところはです。仇討ちのつもりはないそうです。マスターと話がしたいとか。エマ様の例もありますので、話し合いも良いかと思いご案内しました」
男とのやりとりを聞いて、
「エマの例っていっても、あいつは男だからねー。心配はないよね」
あたしがつぶやくと、ソアが
「心配って…何を考えているのよ、あんたは」
と言う。
「だって女だったら、またエマみたいなのが増えるかもじゃん」
あたしの考えとはうらはらに、前方では緊張感がただよいまくりだった。
★★ 88話は1月16日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




