86 魔術師、山賊を発見する
探索を始めてしばらくすると、街道の方から山頂に向かう熱源を感知した。人間サイズの熱源が10人ほど固まって移動している。飛行魔法などはおとぎ話の世界だ。上空から見張られるなんてすらしないだろうけれど、念のために太陽を背にして高度を下げていく。
やはり山賊だ。負傷したものが大勢含まれている。さきほど僕たちをを襲った連中だろう。同じ時間に別の旅人も襲っていたとは思えない。このまま後をつければ根城の場所まで案内してくれるに違いない。熱源を見失わないように注意しながら、再び高度を上げた。
しばらくすると、開けた場所にいくつかの小屋が見えた。山賊の根城のようだ。負傷していない山賊は、小屋を通り過ぎて藪の中に入って行く。姿が消えると同時に熱源の感知がなくなった。藪に隠れて洞窟があるに違いない。念のため、高度を上げてその藪の先を見るが、開けた場所などはなく、深い森が続いている。別の場所への隠し通路などではなく、間違いなく洞窟だ。
一方、負傷した連中は外の小屋に入っていった。回復のできる魔術師が山賊の仲間にいるとは思えない。それほどの魔術師ならば山賊をするほど落ちぶれることはないからだ。回復魔法でいくらでも稼げる。中で薬草などで治療しているのであろう。そんなことを思っていると、洞窟からぼろを纏った女が出てきて、負傷者の小屋に向かった。小屋の入り口まで行くと、中から男が出てきて、何か怒鳴ると、女を殴りつけた。その場に倒れた女は、無言で立ち上がると、小屋の中に入っていった。
山賊の仲間…では、なさそうだ。それに、奴隷に売るために捕らえたというのでもない。身なりが粗末すぎるのと、身体のあちこちに殴られた後のような痣もあった。奴隷という商品ならば、あんな扱いはしない。おそらく、山賊たちの世話をするために捕らえられた女なのだろう。食事や洗濯、それに奴隷たちの慰みの…。もしかしたら回復魔法が使える魔術師なのかもしれない。
外の小屋にいるのは20人程度であることが熱源で判るが、洞窟内の人数が判らない。外の人数からトールにでも推測して貰うしかない。山賊たちの根城から少し離れた森の中に降りて、基準点を設置すると、再び上空にもどり街道を目指した。
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「あ、偵察に行っちゃったけど、ミスター、行き先の町の場所、しらないじゃん」
ノアの心配にウェルナー氏が答える。
「わしらの町まで道はひとつじゃから大丈夫じゃろ。街道に沿って進めばよい」
それを聞いて、俺は前進を指示した。
「いつもどおり、俺とノアが先頭だ。ノア、感知を頼むぞ。しんがりはソアとエマだ。ゴードとアリサはウェルナーさん、ターニャちゃんと一緒だ。では行くぞ!」
「トール、後ろから来るよ。ソアもすぐに感知するだろうけど」
ノアの言葉に、俺は立ち止まり、後ろに向かって叫んだ。
「前に詰めて固まるんだ!山賊が来るかも知れん!」
荷車を横にして止めて、その後ろにウェルナー氏とターニャが隠れる。俺とエマがしんがりで後ろからの攻撃に備え、ノアとソアは荷車の両脇だ。ゴードとアリサはターニャの背後を守る体勢だ。
「左右の側面に回り込んでいるー」
ノアの言葉に、アリサが反応する。
「わたくしにお任せを。先回りして仕留めます」
そういって、右の森に入っていった。
俺は叫んで指示を出す。
「ミスターがいない分、魔法の手数が減る。ノア、遠慮せずに大きいのをぶちかませ!」
「左はまかせて、動きを止める!」
「おい、大丈夫か、山火事はごめんだぞ」
ノアが両手を挙げて、魔力を放出し始める。以前にも使った範囲冷却魔法だ。左の森の温度が急速に下がっていく。
「山火事なんて、起こさないもんねー」
後ろから追いついてきた山賊が姿を見せたが、50mほど離れたところで剣や槍、弓を構えているだけで接近してこない。負傷している者がかなりいる。午前中に襲ってきた連中と同じやつらに違いない。エマが近づいて戦おうとするが俺はそれを止めた。
「誘いにのるな。何か企んでいるかもしれん。アリサに行かせたのはまずかったか…」
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樹上でひそむわたくしの下を山賊が通っていきます。ソア様が守る右側面に向かっているのでしょう。山賊の一団が通り過ぎると同時に、樹上から千本を投げます。針金のような手裏剣が山賊たちの脚に刺さり、何人かは倒れ、何人かはかがみ込んでいます。わたくしは飛び降りると、その山賊の頭をトンファーで砕いていき、一瞬の間で5人の山賊を沈黙させました。
「たいしたものだ」
後ろから掛けられた声に、わたくしは振り向きもせず、声とは反対側に跳びました。今までわたくしが立っていた場所に、短槍が刺さっています。
声の方向を向いて、トンファーを構えます。
「逃げないのか」
そういいながら、森の藪を分けて男がひとり現れました。冒険者風ではありますが、山賊らしい雰囲気ではありません。
「山賊にはみえませんが…」
背中の槍を手に取り、穂先をわたくしの方に向け、その男は言いました。
「お前こそ何者だ。腕もさることながら、なんだ、その場違いな格好は?山賊か?」
「山賊ではありません。わたくしはマスターに使えるメイドでございます」
「そのマスターってのはどこのどいつだ。メイドに戦わせるなんて、よほど酔狂なやつか、それとも変態か」
「マスターへの悪口雑言、万死に値します」
わたくしは男に突進し、槍が届く直前で左の大木に向かって跳躍し、木を蹴って男の側面からトンファーで襲います。取り回しの悪い槍では対処できないはずでした。
トンファーが空を切り、一回転して反対側に着地したわくしの頭上からダガーが飛来しました。後ろに転ぶようにして、かろうじて避け、相手を探します。
その男は地面に刺した槍を足場にして、空中にいました。わたくしは素早さの限りをつくして、男から距離をとりました。
ゆっくりと倒れていく槍から手を離し、男が着地すます。倒れてきた槍は再び男の手に納まりました。
「すばやいな…」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
そう言って、再びトンファーを構えます。
「わしの名はキーファー、槍のキーファーとして少しは知られていると自負しておったが、お主はしらんのか」
「帝国にきたのは数日前ゆえ」
「王国にも知られていると思ったが、わしの自惚れであったか」
「それで、お前の名は教えてくれんのか」
しばしの沈黙の後、
「わたくしはアリサ。メイドで御座います。マスターのお名前は、許可無く口にすることはできません」
「お前の主は強いのか」
「わくしでは、足下にも及ばぬかと」
「メイドを侍らせ、強い…。もしや、エンダーを倒した男か」
意外な質問に、わたくしが沈黙していると男は言いました。
「答えぬ所を見ると、図星か。どうじゃ、わしをお前の主に会わせてくれんか。近くで誰かが戦っているようだが、その山賊どもとお前の主が戦っているのであろう。嫌と言っても会いに行くだけだが…」
「あなた様は山賊の仲間ではないのですか」
「どこをどう見ると、わしが山賊の仲間に見えるのだ。わしは山賊ではない」
「ではなぜこの場に」
「わしは山賊を討伐しにやって来て、たまたま居合わせただけだ」
「マスターに会って、どうするのですか」
「場合によっては果たし合いを所望する」
「組織の刺客ですか?それともエンダーの敵討ち?」
「組織とはなんだ、わしはいつもひとりだ。エンダーは友であったが、仇を討とうなどとは思わん。戦いに身を置く者、買った負けたで敵討ちをしていたら切りが無いからな」
わたくしはトンファーを納めると、男に言いました。
「武器を納めて、わたくしに続いてください。ご案内いたします」
返事を待たず歩き出すと、キーファーと名乗った男も、槍を背中に戻し、短槍を回収すると、わたくしの後に着いて来ます。
マスターは偵察に出ていて、一緒にはいないのですが、この男、どうしましょう…
★★ 87話は1月14日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




