84 魔術師、山賊と遭遇する
10メートル程まで近づくと、片方の男が話しかけてきた。
「道中の邪魔をして済まねぇな。見ての通りの者だ」
「まったく邪魔だな。それで何か用か」
「女は全部…とは言わねぇ。あんたたちも承知はできねぇだろうからな。向こうの小娘だけでいい。置いていってくれ。そうすりゃ安全は保証する。あんたたちも護衛の依頼を受けた訳じゃぁあるめぇ。命をかける義理も必要もねぇだろう」
ブラッドがトールに言う。
「言うとおりにしたほうがいい…」
それを無視してトールが答える。
「俺からも提案だ。あんたの言うとおり、護衛の依頼は受けてねぇ。さっき、たまたま一緒になっただけだ。おまけにギルドの討伐依頼も受けてねぇ。だから黙ってこのまま通してくれねぇかな。あんたたちも死にたくはねぇだろう」
「大きく出たな。倍以上の人数を相手に戦おうってのかい。1分待つ。どうするか決めろ」
「待つ必要もない。ノア、やっていいぞ」
今か今かと待っていたノアが、光る球を4つ、上空に放った。
球電だな。火球では山火事になる恐れがある。
左右に2つずつ。放物線を描いて、道の両側の森の中に落ちた。雷のような閃光が走り、大きな音と爆発が起こった。
「残念、加減しすぎた。反応は3つしか消えなかったよ。次は森ごと消し飛ばしてもいいかな」
「何をしやがる、まだ話の最中…」
そう言いかけた男の鼻の先を火球が掠め。隣の男に命中し、男の上半身は消えさった。
ノアが叫んでいる。
「悪党の話なんか聞く耳はないよー、どんどん行くよー」
再び球電が両側の森に落ち、閃光と爆発が起こった。
「てめぇ!」
目の前の男が剣を抜いた途端、男の胸に矢がささる。トールの後ろでは、剣を振りかぶってトールに斬りかかろうとしたブラッドの背中に矢が刺さっていた。二人の男が怯んだ瞬間、トールの剣が一閃し、男たちを切り捨てた。
森の中からいくつかの火球と矢が飛んできたが、エマの槍が矢をすべてたたき落とす。火球は僕が光の槍を飛ばして相殺する。
攻撃が来た方向に向かってノアがより大きな火球を放つ。火球は森の木を消し飛ばし場柄直進して、それから大きな爆発を引き起こした。
「ソア、ごめん、火を消して!」
ソアが大量の水を発生させて燃えだした森を消火している。
敵からの攻撃が止んだ。
「やったか…」
トールの声に、ノアが応えた。
「駄目ー、やれていない。逃げられたよ。魔法でやれたのは7人くらいかな」
馬車の所にもどってきたトールに、行商人が震えながら言った。
「ブラッドさんが…」
「あぁ、あいつは山賊の一味だ。初めからあんたたちが目当てだったのさ」
切り捨てた男たちの近くでソアが屈んでいる。
「ひとりは事切れていますが、ブラッドさんはまだ息があります」
「さんなんかつけなくていい。すぐには死なない程度で口がきけるくらいまで回復してやれ」
ソアがブラッドの矢を抜いて回復魔法を掛ける。表面上の傷は見る間にふさがったが、内部の損傷や失った血は回復できていないようで、かなり苦しそうである。
「さて、ブラッドさんよ。いくつか聞かせて欲しいことがあるんだ。あんたの仲間は何人で、そのうち魔術師は何人いるんだ。それと根城の場所だな。この山の中なんだろう」
ブラッドは何も答えない。
「俺たちは王国の冒険者でな、王国では盗賊はその場で殺すことになっているんだが、こっちではどうなんだ」
「同じだ、さっさと殺せ」
「そうか、そいつは残念だったな。で、俺が聞いたことの答は?」
「どうせ死ぬのに、答えると思うか、クソ野郎が…」
「どうせ死ぬからか…死に方にもいろいろあるぞ。素直に答えてくれれば、俺がひと思いに首をはねてやる。答えてくれねぇときは…アリサ、俺の代わりに聞いてくれ」
「誰が聞こうと同じだ」
「残念だよ…アリサ、済まないが頼む」
「わかりました、皆さんは離れて見ないようにしていてください」
「すまんな、アリサ」
そういうと、ソアを連れてトールは馬車の位置までもどり、ターニャを場所の後ろに連れて行くと、ウェルナー氏に言った。
「お孫さんに目をつむって耳を塞いでいるように言ってくれ。そう長くはかからん」
しばらくしてアリサがもどってきた。
「必要なことは聞き出しました。すぐに討伐にいきますか?」
「ウェルナー氏とターニャがいるんだ、一緒に連れて行くわけにはいかんぞ」
「あたしとミスターの2人で十分だよ」
「駄目だ、ノア。パーティーは分けない。まずは2人を町まで送ってからだ」
アリサがエマに手伝ってもらってブラッドの亡骸を森の中に埋めてから、僕たちは先を急いだ。
歩きながら誰にともなく、疑問を口にした。
「それにしても、奴隷ひとりを手に入れるのには、大げさすぎる気がします…」
「たしかに…」
僕が答えると、
「旦那様はどう思われますか」
「…」
「どう思われますか」
「えっ、僕?」
「夫ですから…」
「あたしもー。ミスターじゃなくて旦那様って呼ぶー」
「あー、今まで通りで…」
「そうですね、旦那様と呼ぶのは名実ともに妻となってからにします」
「じゃぁ、あたしもー」
「確かに、わざわざ手引きする奴まで用意するのは大げさ過ぎる気がする。良い値で売れると言っても、ひとりだけだし…」
「申し訳ありません。そこまでは聞き出しませんでした」
「いや、アリサのせいじゃないよ。事前に気がつくべきだった。ノア、ちょっとウェルナー氏を呼んできてくれるかな」
ノアがウェルナー氏を連れてきた。
「ターニャちゃんはエマが相手をしてるよ」
「意外だな、エマが子どもの相手とは。だが好都合だ」
ウェルナー氏に、ターニャが狙われることに関して、何か心当たりがないか訪ねたところ、何かどころではない。まさに今こうして山道を急いで隣町に向かっている理由が心当たりそのものだった。
★★ 85話は1月10日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




