83 魔術師、行商人と出会う
翌朝、厳しい表情のソアに起こされた。
「近くに人がいます」
「魔物じゃなくて?」
「動きから見て、人だと思います」
「山賊か?」
「旅人なら道を歩くはず。森の中にいるので山賊の類でまちがいないでしょう」
ノアも起きてきた。
「山賊が襲ってくるの?」
そんな、キラキラと目を輝かせないでくださいね、ノアさん…
「二人しかいませんし、動きから見てこちらを偵察しているのでしょう」
「あたしたちを襲うつもりなのかな」
「どうでしょうか、襲うだけのメリットがわたしたちにはないと思いますが…」
周りを見回すと、エマとアリサはもう荷物をまとめ、不測の事態に備えていた。トールとゴードの姿が見えないと思っていると、ふたりが外から小屋に戻ってきた。
「姿はみえねぇな。襲ってくる気配はない」
「相手のひとりは魔術師ですね。魔力が感知されます」
「てぇことは、相手もこっちの人数を判ってるってことだな」
「そうだねー、魔術師が二人ってこともね」
「俺とゴードの姿は見られたと思うから、こっちが冒険者だってことは向こうも承知ってことだな。ならば、こちらから仕掛けるような動きを見せなければ向こうも仕掛けてはこないか…」
「なんで冒険者だと襲ってこないの」
ノアがトールに聞く。
「利益もないのに襲ってどうするんだ。商人のように金目のものを持ってるわけじゃぁねぇし」
「あたしやソアを捕まえて、奴隷として売ろうとか思わないのかな?」
「一般人の女と違って、冒険者なら女でも戦闘力があって、死ぬまで抵抗するだろうからな。割にあわねぇだろう。それともノアはおとなしく奴隷にされるのか」
「そんな訳ないじゃん。それより、捕まえて隠れ家を聞き出して、山賊を殲滅したらお宝ゲットじゃないかな」
「相手の人数も判らないのに、無茶をいうな。討伐するにしても、ギルドで依頼を受けてからだ。相手の人数とか、情報も聞けるだろうしな。だから今は無視だ。仕掛けてくれば別だがな」
そのときノアが何かを感知したようだ。
「山道をやってくる人がいるよ。3人と、たぶん馬が一頭かな。あたしたちの後から登ってきたんだね」
「馬車でも引いている商人か?その人数で馬車で山越えとは無茶すぎるぞ」
「潜んでいた二人がいなくなりましたね。馬車に気づいたのかもしれません」
「見捨てるわけにもいかんか…みんな、出立の用意だ。馬車に合流するぞ。どんな連中か会ってみようじゃないか」
小屋を出ると、道を引き返すまでもなく、馬車の一行が見えてきた。先頭に冒険者風の男がひとり、荷車を引く馬の手綱を持つ男に、10歳くらいの少女が並んでいる。僕たちの姿を見ると、先頭の男が剣に手を掛けて警戒を露わにした。
「俺たちは旅の途中の冒険者だ。山賊じゃぇねぇ。安心してくれ」
トールは手を広げて害意のないことを示す。ノアとアリサが隣に並んで微笑む。メイド服姿を見て山賊と思う奴はいないだろう。
剣の柄から手を離して、先頭の男がやってくる。馬を引く男と少女も後から付いてきた。
「俺はトールだ。こいつらは俺の仲間で、小屋の中には誰もいない」
「おじさんの言うとおりだよ、中には誰もいないよ」
どうやら少女は魔術師の才があって、魔力感知ができるようだ。今までなら僕が目の前にいるのに魔力が感知出来ないことに気づかれるところだが、今はその心配が無い。国を出るときに残念王女から出来損ないの魔道具をひとつ貰ってきたのだ。まともな魔道具は作動していないときは魔力感知には反応しないのだが、これは失敗作で、何も出来ないガラクタのくせに、常に魔力感知にわずかに反応する。しかし、僕にとっては怪我の功名で、これを持っていれば魔力ゼロだということを偽装でき、怪しまれなくてすむ。感知されたくないときは、それを身から離せばいいのだ。
「俺たちは、この山を越えた町に行く途中で、小屋に泊まってちょうど出立しようとしていた所だ。あんたたちは?」
「俺はブラッド、冒険者だ。この二人の護衛を引き受けている」
「たった一人で護衛か?」
「金目のものは積んでねぇし、山賊が現れたら荷物を捨てて逃げる算段だ。俺は逃げる手助けをするだけだ。山賊もケチな得物相手に命まではかけねぇだろう」
「さっきまで山賊の見張りらしき奴が近くにいたんだ。この先は物騒だぞ」
馬を引いている男が前に出てきた。
「初めまして。私はウェルナーと言って、行商を営んでいます。この子と一緒に山の先の町に行く途中でございます。急ぎの用件で山越えをせざるを得ず、こちらの方に護衛を頼んだ次第です」
「それにしても、護衛がひとりってのは無茶だ。どうせ同じ道だ。一緒に来るかい?」
「有り難い申し出ですが、なにぶん、護衛のお礼が…」
「護衛じゃないよ、一緒に行くだけー。お礼なんか必要ないよ。あたしはノア、あなたは?」
ノアが少女に話しかけた。人見知りするのか、少女はウェルナーと名乗った男の後ろに隠れた。
「この子はターニャといいまして、私の孫です。山の先の町にいる母親のもとに連れて行く途中です。ブラッドさん、いかがしましょう?」
「大所帯になると、金目のものを運んでると思われてむしろ危険な気もするが…」
「逃げる気でいたのなら、大勢でも一緒だよね」
「そうだな、大勢に抵抗されるくらいなら荷物を置いて逃げて貰った方がいいと、山賊も思うだろう。どうするね、ブラッドさん」
「ご一緒させて貰った方がいいのでは…」
「依頼主のあんたがそう言うなら…」
こうして三人の同行者が出来た。
僕たちは小さな荷馬車を中心に、護衛になったつもりでそれぞれの配置を決め、小屋を後にした。先頭がトールにノア、そしてブラッドと名乗った男、真ん中に荷馬車と依頼主、そして孫娘のターニャ、それにゴードとアリサ。アリサがターニャの話し相手になっている。そして、しんがりをボクとソア、それにエマだ。
「どう思う、エマ」
「どうとは?」
「あのブラッドという男だ」
「信用できない。言ってることはなるほどと思えるが、現実的には1人で山道の護衛を引き受ける冒険者なんて、いるとは思えん。一緒に行こうという誘いを渋ったのが何よりあやしい」
「山賊の手引きか?」
「かも知れん」
「しかし、あいつの言うとおり金目のものはないぞ。襲うメリットがない」
「金目のものなら…いるぞ、主殿」
「ターニャか…」
「奴隷として売れば、かなりの値がつく」
「トールにも伝えておいた方がいいのでは」
「心配するな、ソア。トールは判っているさ」
「ノアさんがちょこまか動いているが、トール殿は常にブラッドという男とノアさんの間に入るようにしている。主殿とは違った意味でノアさんを大切に思っているのだろう。うらやましい限りだ」
「うらやましい?」
「わたしを気に掛けてくれるのは主殿しかいないからな…」
「エマのことなら、わたしも含めてみんな気に掛けていますよ」
「そういう意味ではない…」
ここで先頭を歩くトールが左手を挙げた。止まれの合図だ。ノアがトールと話をしている。
「ノアがトールと話をしていますね。何か感知したのでしょう。ノアの方がわたしよりも感知能力がすぐいれています。わたしはまだ何も感知できません」
「馬車のとこに行くぞ」
僕たちは馬車のところに集まって、防御に備えた。ノアも馬車の方にもどってくるようだ。先頭ではトールとブラッドが残って、前方を警戒している。
ノアが合流してきたところで、ボクは言った。
「ノア、後ろの警戒も頼む。ソアは弓だ、ブラッドを狙え。あやしい動きを見せたら迷わず射るんだ」
誰も動かずに警戒していると、道の前方から男がふたりやって来た。冒険者のような風体をしているが、直感が山賊だと告げている。
★★ 84話は1月8日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




