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82 魔術師、山道を行く

王国を草原の国とすれば、帝国は山の国だ。


王国は、国土の多くが緩やかな起伏のある草原であり、北の果てに行かないと山岳地帯は存在しない。山岳地帯の手前は広大な森林に覆われている。


一方、帝国は山岳地帯の多い国だ。帝都のある南方の大きな扇状地以外は山々が連なり、その合間の盆地などの平地に町や村が存在する。王国との国境となる北方は荒涼とした高地になっていて、農業には適さず、ほとんど人は住んでいない。


この高地の存在が王国と帝国との交流の障害となっている。高地を抜けて行き来するには2本の街道しかない。どちらも高地に刻まれた深い峡谷であり、かつては氷河が存在していたようだ。峡谷の上、高地は乾燥した岩がむき出しの荒れ地になっていて人はもちろん、大型の魔物も生息していない。高地の果てにある山々には飛竜を初めとする竜種の生息地がある。王国側では、高地と草原の境目の森林近くには鉱山などが存在し、ごく一部は開発されて町が作られているが、高地の上は全く手つかずで開発はされていない。


王国には王都の他にも比較的大きな町があちこちに点在しているが、帝国は帝都周辺に人口が集中していて、帝都以外の町は小さな規模のものが多い。町々を結ぶ街道は王国同様に整備されているが、街道を外れる道は山の中を通る峠道が多い。そこでの脅威は魔物もさることながら、山賊である。


王国の盗賊は貧困な農民であることが多く、普段は家族とともに農業を営んでいる。護衛の冒険者以外を殺すこともなく、金品だけを奪う。商人であれば、被害は商人組合の保険で補償されることが多い。そのため王国の軍も、本気で討伐をすることはない。


一方、帝国の山賊は家族など持たない完全なならず者である。襲った相手は殺すか奴隷として売り飛ばすか、いずれにしても無事ではすまない。帝国軍も本気で討伐をしているが、帝都周辺はともかく、それ以外の山岳地帯には手が出せずにいる。


山賊は町々のギャング組織とつながり、奴隷の供給と裏経済に深く関わっている。スラム街はほとんどの町に存在し、そのボスたちは互いに交流を持ち、帝国全体の裏世界を統べる巨大な組織を作っている。その中心が帝都の一角を占めるスラム街である。ギルドの商人組合とも裏でつながり、町の外の山賊の討伐に熱心な帝国軍も、街中のスラムには手が出せないでいる。


そんな事情もあって、帝国のギルドでの冒険者への依頼は、魔物の討伐よりも、商人や旅人、定期運行の馬車の護衛が多い。もちろん山賊の討伐もだ。



僕は、この二つの国の国境地帯にある高地の上、人の住まない荒れ地に国を作ったわけだ。領民のいない、農業も産業もない、形だけの国で、国民は国境上にある、僕たちの屋敷に住む20人だけだ。それでも重大な存在価値を持っている。何しろ領主の僕が王国の第三王女と、帝国の第二皇女を娶っているのだ。王国一聡明と言われた魔術学者の王女エイダ、帝国一の剣士にして魔術師の皇女クレア、そして後に荒野の7人と呼ばれることになる、王女のメイドたち、皇女の元乳母にして従者、それに僕の冒険者仲間たち、剣士のトール、盾使いのゴード、超優秀な魔術師であるノア、弓使いのソア、氷のエマとして名高い冒険者のエマ、王国の公爵家をバックに持つ僕のメイドにして暗殺者のアリサ、王女に従い予知能力を持っているかに思えるガーベラ、王国宮廷魔術師のテイラーさんに、その妻となったオルガさん。僕の持つ超能力と会わせれば、王国や帝国をもしのぐ戦力を、この小さな国は持っている。事実、王国軍と帝国軍の双方を打ち破って独立を認めさせた。この国が存在する限り、王国と帝国の間の戦争は起こらないだろう。



建国のごたごたが一段落したところで、国は王女と皇女にまかせ、僕は冒険者にもどることにして、パーティーの仲間と一緒に国を出た。リーダーの提案で、友好を結ぶときに使節団として僕とエマは帝都に行ったけど、他のメンバーは誰も行ったことのない帝国に行ってみようということになった。僕とエマも帝都の城以外は未知の国なので楽しみだった。誰も道は知らないし、帝都への地図も買ってはいないけれど、峡谷に降りて街道を南に向かえば、どこかの町に着くだろう。特に目的を持って旅立った訳ではない。のんびりいこうじゃないか。



街道を歩いていると、ところどころに分岐点があり、道が分かれている。街道の両側は山が近くに見え、道の一方は山の方へ向かっている


「どうやら、あの山を越えた先に町があるようだな。街道は山を迂回しているが、そっちの道は山越えの道なんだろう」

トールが言うと、

「じゃぁ、こっちの道を行けば近道ってことだよねー」

ノアが目を輝かせている。

「まぁ、そうだが、帝国の山道は山賊がでるからな」

「ますます好都合じゃん。きっと帝国のギルドで討伐依頼がでてるよ。一稼ぎできちゃうね」

「王国の盗賊と違って、本気の殺し合いになるぞ、いいのか」

「帝国の山賊は根っからの悪党だからね。皆殺しにしても心は痛まないよ。それに王国でだって盗賊はひとり残らず討伐するんだし…」

ここでソアが疑問を口にする。

「わざわざ山賊の出る道を選ぶ旅人がいるのでしょうか」

「まぁ、山を迂回する街道だって山賊が出ないわけじゃない。急ぎの用だったり、何か後ろめたい荷物を運んでたりする商人が通るんじゃないかな。街道の方は峠道と違って、帝国の治安部隊が定期的に巡回しているそうだから、見つかると困る荷物もあるのだろう」

「非合法の奴隷とか…」

「で、どうする?このまま街道をのんびり行くか。峠道を通って近道をするか」

「あたしは峠道がいいかな、面白そうじゃない」

「僕はどちらかといえば…」

「ミスターも峠道だよね、そうだよね」

「どちらかといえば…峠道で…」


トールがみんなの意見を聞いた。ノアは峠道を、ソアは街道を主張して互いに譲らず、なかなか決まらなかったが、とうとう

「どうせギルドで依頼を受けるんだ。山賊ともいずれは戦うことになる。ここで経験しておくのもいいかもしれないな。今なら護衛対象もいないし、いざとなれば逃げることもできるだろう。護衛対象がいると、そうはいかんからな。それに必ず出ると決まった訳じゃないからな」

「わーい、じゃ、こっちの道だねー」

ノアが、これまでの疲労がなくなったかのように軽い足取りで山へ向かう道を歩き始めた。


どうみてもフラッグが立っています…


峠道は傾斜がきついものの、意外に整備されていて、歩きやすい。それだけ利用者がいるということだ。上り坂が続き、ノアの機嫌が最悪になりかけた頃、道の途中に少し開けた場所があり、日干し煉瓦の小屋が建っていた。周囲に人気はなく、小屋の中も無人であった。暖炉があるだけで、テーブル一つない。四方に小さな窓があるだけの小屋だ。窓と言ってもごく小さなもので、むしろ銃眼と言った方がふさわしい。後から聞いたことだが、山賊に襲われて撃退できそうもないとなったときに逃げ込んで立てこもるための小屋だという。荷物を放棄すれば、山賊も皆殺しにはこだわらず引き上げる場合もあるという。それに、暖炉で薪を燃やし、煙をだすことで周囲に知らせることが出来る。僕たちは知らなくて用意していなかったけれど、帝国の旅人は燃やすと赤い煙を出す粉を持ち歩くそうだ。その煙を見て、街道を巡回している帝国軍や、近くにいる賞金目立ての冒険者が救助に来てくれる可能性もある。立てこもることを考えると、窓が銃眼のように小さいのも納得である。


誰も使っていないときに、山賊が壊してしまわないのかと疑問に思ったが、そこまですると峠道を通る旅人がいなくなって、山賊も飯のタネに困るらしく、小屋が壊されることは滅多にないそうだ。むしろ、逃げ込むときは、鍵が壊されていないか注意が必要である。鍵が壊されていたら、山賊が潜んでいる可能性がある。小屋の鍵は、町々のギルドで借りることができる。赤い粉同様に、これも旅人が必ず用意するものである。当然ながら僕たちは持っていなかった。まぁ、僕の錬金術もどきでなんとかなったのだが。



部屋の中に入り、とりあえず背負っていた荷物をおろした。僕は早速、テレポートの基準点を小屋の裏、入り口の反対側に設置しておいた。

「なんにもないねー。テーブルと椅子ぐらい置いといてくれてもいいのに」

「贅沢を言ってはいけません。王国の街道にある野営地に比べたら、屋根つきの小屋がある分、だいぶましです」

「せっかくだから食事にするか、用意をたのむぞゴード」

ゴードが暖炉に火を起こそうとする。

「ノア、魔法で着火してくれ。あまり煙をだして救助要請の合図と間違われても困るからな」


食事の後、まだ日は高かったが、先を急ぐ旅でもないのでその小屋で一泊することにして、その日は終わった。


今年もよろしくお願いします


★★ 83話は1月6日00時に投稿


外伝を投稿中です

https://ncode.syosetu.com/n3559hz/

王女と皇女の旅  ~魔術師は魔法が使えない 外伝~

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