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80 魔術師、皇帝と会う

うとうとしただけで、ほとんど眠れぬままに朝を迎えた。そっとベッドから起き出て、宿の受付に行ってたらいを借りてくる。お湯はいらないのと聞かれたが、魔法があるのでと答えると、黙ってたらいだけを貸してくれた。たらいだけなら無料のようだ。


部屋にもどると、クレアはまだ寝ている。今のうちだ。身体を拭いて着替えてしまおう。たらいにお湯を張る。魔法じゃないので少し時間がかかる。なにしろ空気中の水分がもとなのだ。お湯が一杯になったところで、鎧下など脱いで身体を拭く。一応、ベッドの足下側の隅にたらいを置いた。拭いている最中にクレアの目が覚めても、とっさに隠せるだろう。何を?いうまでもない。幸いなことに身体を拭いて、着替えが終わるまでクレアは目を覚まさなかった。


着替えたのは、王国で王に謁見したときにも着たローブ、魔術師の正装だ。身なりを整えていると、クレアが起きたようだ。

「おはようございます、ミスター様。もう着替えをなさったのですね。私も着替えることにいたします。たらいをお借りします」

そういうと、たらいのお湯を一瞬で消し去った。そういえば水の魔法が得意だった。そしてあらためてお湯を張ると、鎧下を脱ぎだした。

「エマを起こしてくる」

そういって、僕は慌てて部屋を出た。


エマの部屋の扉をノックする。

「エマ、僕だ。起きているか」

中から起きているとの返答。そこで入っても良いかと聞くと、大丈夫との返事。鍵も掛けていないとのこと。僕は扉を開けてエマの部屋に入った…


大丈夫じゃ無かった…

裸で身体を拭いているエマが目の前に立っていた…


「すまぬ、主殿。すぐに済ませるので待っていてくれ」

「ゆっくりでいいぞ、受付に行って朝食が頼めるか聞いてくる」

またも慌てて部屋を出て受付に向かった。


ラッキーなんとかで鼻の下を伸ばせる性格の奴がうらやましい…



受付で聞くと、簡単な朝食でよければ用意できるとのこと。メニューはおまかせしか無いようだ。それを3人前頼み、テーブル席にすわって二人を待った。


朝食が運ばれてくる前に、二人が降りてきた。クレアは透明感のある水色のローブを身につけている。帝国でも魔術師の正装はローブのようだ。一方、エマはいつもどおりの軽鎧にエンダーのマントを纏っている。


「朝食は出してくれるそうだ。払いは済んでいる。メニューはおまかせだ」

二人が席に着くと、すぐに朝食が運ばれてきた。簡単なものと言っていたが、燻製肉と卵のがっつりしたメニューだった。飲み物は別らしい。食べ終わった後、目の前に小さな水球を出して、口に放り込む。

「器用ですね。私にもできるかしら」

そういって、クレアも水球を作り出す。ノアのときの出来事を思い出し、慌てたが、水の魔法が得意と言うだけのことはある。水球は出来ると同時にクレアの口の中に消えた。

「主殿、わたしにも水をいただけないだろうか」

エマの求めに応じて、水球を生み出す。空中にずっと静止しつづける水球を見てクレアが驚いている。エマは身体をすこし乗り出すと、空中の水球を口に入れた。

「どうするとそのようなことが出来るのでしょうか」

クレアが僕に尋ねる。

「僕の魔法はちょっと変わってるんだ」

そういって誤魔化す。クレアにもそのうち超能力のことを説明しないといけないかもしれない。



皇帝の居城の城門の前にやって来た。僕たちが近づくと、番兵が目の前に槍を突き出した。供も連れず、わずか三人だけの訪問だ。あらかじめ話を聞いていたとしても、まさか皇帝に招かれてやって来た外交使節団だとは思いもよらなかったのだろう。しかし、僕やエマはともかく、皇女のクレアに気がつかないのは不思議だ。クレアは自分からは何も言わず、黙っているだけだった。


あやうく番兵に追い返されるところであったが、なんとか取り次いでもらえた。城を訪ねる日時はしらせていなかったが、相手は十分な準備なしの相手と交渉することになり、多少なりともこちらに有利になるかもしれない。外交的には非礼かも知れないが、いきなり兵を送ってきた相手との交渉だ。この位の非礼は許してもらおう。皇帝から求めてきた交渉だ、追い返されることはないだろう。


なんとか無事に城の中に入れてもらえたが、すぐに皇帝にあえるはずもなく、僕たちは豪華な控え室に案内された。宿泊するような部屋ではなく、そもそも三人一緒なので、待っていれば今日中に皇帝に会えるということなのだろう。おとなしく待つことにした。


長いこと待たされ、そろそろ昼になろうかというころだ。待っている間、飲み物ひとつ出されない。予告なく訪れたことへの意趣返しなのか、あるいは交渉内容を慌てて議論していて接待に考えが及ばないのか。そうだとしても、皇帝の指示がなくても侍従とかが接待の手配くらいはしそうなものだが…。そんなことを思っていると、ようやく迎えが来た。メイドなどではなく、それなりに地位のありそうな男である。案内されるままに、皇帝のまつ謁見の間に入った。


皇帝を前にして、どのように振る舞ったらいいか迷ったが、紛争中の敵国との交渉だ。ここは対等の立場を見せつけることにしよう。僕は立ったまま軽く礼をした。

「交渉の場に招かれたので、参上しました。クレア嬢を娶り、また王国のエイダ嬢を娶り、あらたなる国の建国を宣言したのは、この僕です」

「なんと、本人自ら供も連れずにやってくるとは、なかなか剛胆であるな。我がベルク帝国皇帝、ジークヴァルド・ハーディングである。こたびはささやかな行き違いにより、無駄な戦いが生じてしまったことを詫びよう。許せ」


外見は人間で言えば40代くらいに見える。

となれば、この世界では外見の老化が始まったころだろうから140歳くらいか。

タルト氏と同じくらいかな。

こっちの方が大部偉そうな態度ではあるが…


「あらためて貴国と友好を結びたい。その誠意の証として、戦いで貴国に与えた損害は賠償させてもらう。金貨10万枚で不足か」


隣に控えている宰相らしき人物がなにか言いかけていたが、それを無視して皇帝は話を進めている。賠償金の額まで皇帝自らいきなり言い出すのは外交交渉としてどうなのかと覆うが、それだけ皇帝の独裁国家なのだろう。


「それほどの金額は受け取れません。先の戦いで、僕たちの損害はほとんど無いも同然でした。金貨よりも頂きたいものがあります」


さりげなく、戦いは僕たちの圧勝だったことを強調し、こちらの要求を伝える。

「まず、この帝都に屋敷をひとつ頂きたい。そして、その屋敷の中では帝国の支配を受けないことの保証を頂きたい」

「帝国の中に、その方の国の飛び地を持とうということか」

「そう考えていただいて良いかと」

「我の支配が及ばないのは、あくまでも屋敷の中だけなのだな」

「屋敷の敷地内ということです」


皇帝はしばし考え込み、何か思いついたような感じで宰相と話をすると、僕の方を見て言った。

「良いだろう、帝都内の一等地に十分な広さの屋敷を提供しよう。しかし、条件がひとつある」

「なんでしょうか」

「我が国の飛び地をそちの国の領土内に用意してもらうことだ」

「わかりました。同じ広さの土地を用意しましょう。ただ、荒れ地ゆえ、僕たちの住む屋敷以外に屋敷はありません。提供できるのは荒れた土地だけです」

「良い、屋敷くらいこちらで建てる」

「もうひとつ頂きたいものがあります」

「欲が深いな」

「せっかくの機会ですから」

「何が欲しいのか、申せ」

「魔道具をひとつ」

「バルドが戦に持って行った防御の魔道具か」

「いえ、それではなく、魔法の発動を阻害する魔道具を」

「そんな魔道具は我が国にはない」

「そんなはずはありません。城など拠点を守るだけなら防御の魔道具でたります。しかし、戦場に持ち出し、重装歩兵を守るために使うのにはたりません。防御の魔道具の他に、その効果で守られた内部での魔法の発動を阻害することが出来なければ、あの戦術は成り立ちません。必ずそのような魔道具があるはずです」

「クレアか…いや、クレアも知らぬはず…その方の知恵か。賢いな」

「論理の必然です」

「しかし、なかなか飲めん要求だな…」

「仕組みも作り方も問いません。現物をひとつだけ、それだけです」


皇帝は再び宰相と何かを話す。

「現物をひとつだけ。なんの説明もなしだな。要求を受け入れよう」


おお、正直受け入れるとは思っていなかった。

現物さえあれば、あの天才残念王女がなんとかしてくれるだろう。


「交渉は成立です。貴国との友好を結びたいと思います」

「それで賠償金の額はどうする」

「金貨1000枚もいただければ良いかと」

「欲がないな…。宰相に決まったことを書面にさせる。同じ書面を2通作り、我とお主が署名してそれぞれが持つことにしよう」

僕は黙ってうなずいた。これで皇帝は退席すると思ったら、クレアに声を掛けてきた。

「ひさしいな、クレア」

「まだ憶えていたとは光栄です」

「皮肉をいうな、我の娘であることに変わりは無い」

「ひとつお聞きしたいことがあります」

「なんだ、申してみよ」

「第二妃はどうしておられるのでしょうか」

「第二妃か…宰相、話してくれ。この場にいる者に命じる。宰相の話す内容は他言無用だ」

宰相が前に進み出て、説明を始めた。

「第二妃のエルザ様は、外交使節が城に来ることを聞くと、エルザ様に同調する一部の貴族と結託して、交渉に来る使節団を亡き者にしようと謀っていました。全面戦争になることを謀ったのです。聡明なる皇帝は事前にそれを察知され、エルザ様に同調した謀反人をすべて捕らえて処刑されました。幽閉されたエルザ様におかれましては、今朝、皆様の到着後すぐに皇帝より毒杯が下賜されております。すでにご自分の名誉を自らお守りになっているかと存じます」


「宰相の言った通りだ。我の意に背こうとする者はもういない。安心せよ」

「ミスター様に嫁いだ私の帝国での身分はどのようなものになりますか」

「あんずるな、我の娘、帝国の皇女であることに変わりは無い。そやつに飽きたら、いつでも殺して戻ってくるが良い」


冗談だよな…冗談…


クレアの方を見ると、笑顔で答えた。

「それならば私は安心して帝国の冒険者を続けられますね。それからミスター様に飽きることなどあり得ません」

「そうか、我の孫が出来たら知らせよ。楽しみにしているぞ」

そう言って皇帝は謁見の間から去って行った。


「それでは、友好を結ぶ書面が出来るまで、先ほどの部屋にてしばらくお待ちください」

宰相はそう言って、自ら僕たちを部屋まで案内してくれた。


またも長い時間待たされたが、今度はたっぷりの昼食が振る舞われた。昼食の最中に第一皇女と名乗る黒髪の美人が挨拶に来た。クレアの言った通り、すごい美人だ。しかし、クレアと出会ったときのように心を動かされることはなかった。皇帝が仕掛けた最後の手だったかも知れないが、無事に切り抜けることが出来たようだ。


日が落ちる前に書面にサインをして、1通を懐に僕たちは帝都の宿に戻った。帝都にもらえることになった屋敷は、用意でき次第書状にて知らせるとのこと。また魔道具は大きな馬車でないと運べないとのことで、僕たちの荒れ地の屋敷まで輸送してくれるとのことだった。


城を出る際に、賠償金の金貨を受け取った。1000枚と言ったのに、荷馬車にいくつもの木箱が積まれている。聞けば、金貨20000枚とか。相当な重さだ。荷馬車ごと受け取って僕が宿まで引くはめになった。人気の無いところまでいけば、テレポートで運んでしまえるが、ここではまずい。まだ帝国は僕の能力を王国ほどには良く知っていないはずだ。知られないのに越したことはない。重力のコントロールもそのひとつだ。荷馬車の重さをほとんどゼロにしていて引くのに力はほとんど必要ないが、やっと引いているふりをしておこう。振り返ると、城の最上部のベランダで荷馬車を引く僕の姿を見て皇帝が笑っている。嫌がらせのつもりなのだろう。クレアは嫌っているが、意外に面白い奴なのかも知れないと思った。




★★ 81話は12月24日00時に投稿


★★ 本篇の外伝

   https://ncode.syosetu.com/n3559hz/

  「王女と皇女の旅」

   の投稿を始めました。

   こちらは不定期に、しかしあまり間隔を開けずに投稿の予定です

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