79 魔術師、帝都に着く
帝都へは、もちろんテレポートで行く。とはいえ、帝都に基準点がないので、見える範囲での短距離テレポートを繰り返すことになる。高度にもよるが、地平線まで4, 5キロのはずだ。この距離で刻むことになる。クレアに帝都の方向を聞いて、何度かテレポートをして、時々は浮遊して上空に留まり、再度クレアに方向の確認をしてもらう。
テレポートは荒れ地の屋敷への移動で経験したクレアだったが、空中での浮遊は初めてで驚いたのであろう。ソアのときと同じような反応を見せた。つまり、僕にしがみついてきたのだ。エマも浮遊は初めてのはずだが、いつもの冷静さを失わない。さすがは氷のエマだ。なんどか経験すると、クレアも落ち着いてきたのか、しがみつくようなことはなくなった。ちょっと残念だった…
なんとか夕方までには帝都の城壁が見えるところまでやって来た。馬を使えば10日はかかるところだ。途中の町々で馬を交換して飛ばしても2日はかかる。でも、いちど来てしまえば、基準点が設置できる。次からはテレポートで一瞬だ。帝都の城壁の少し手前で、街道を外れた所に基準点を設置した。ここからは徒歩で向かおう。
城壁を通過して都に入るのは、クレアの持つカードで簡単だった。
都に入るとクレアが聞いてきた。
「さて、ミスター、これからどうするのですか。すぐに城に向かいますか」
「いや、まずは宿を取ろう。城へ行くのは明日かな。まずは帝都の様子を知りたい」
「しかし、門番からの報告で私たちが帝都に着いたことはすぐに知られますよ」
「待たせておけばいいさ、いい宿を知っているかい?クレアにまかせるよ」
「では、ギルドの近くの宿にしましょう。こちらです」
僕とエマはクレアの後に付いて宿へ向かった。宿代を払うときになって、いくつか分かったことがある。
第一に、帝国と王国は共通の通貨を使っている。硬貨のデザインは何種類もあるが、どちらの硬貨も区別無く通用する。かつて王国と帝国に分かれる前の統一国家の時代からの名残だそうだ。なんにせよ便利なことだ。物価の違いを利用すれば二国を行き来するだけで無限に儲けられるかも…
第二に、こちらの方が重要だったのだが、現在紛争中のため、王国のギルドカードではツケで買い物が出来ないということだ。ここしばらくは王都にいたので、支払いはギルドカードでのツケで済ませていた。そのため僕もエマも現金をほとんど持っていなかったのだ。結局、宿の支払いは全部クレアのツケで払うことになり、面目丸つぶれだった。
「受付はクレアが皇女だってことに気がついていなかったようだけど…」
「皇女として帝都の市民の前に出ることはほとんどありませんでしたから…それに冒険者の格好ということもあって、私が皇女だとは分からないのでしょう」
「なるほど…しかし、皇女として正装したクレアも見たいものだな」
「ドレスは城に全部置いてきてしまいましたから…」
「じゃぁ、賠償の一部として引き渡してもらうことにしようか」
「ドレスは好きではありませんから…」
「いや、僕が見たいから」
「是非にと言われるのなら…」
「是非、お願いしますね」
クレアは部屋を二つとっていた。エマが一人部屋。僕とクレアが二人部屋だ。僕がひとり部屋を使って、クレアとエマで同室の方がいいのではと言うと
「夫婦ですから…」
そう言ってクレアは部屋に向かった。
部屋に付いて最初にすることは、テレポートの基準点をとりあえず設置し、荷物を取りに戻ることだ。荒れ地の屋敷に転移し、僕の魔術師のローブをとってくる。荒れ地の屋敷に転移し、クレアのローブを持ってくる。今身につけているのは剣士用の軽鎧だ。皇帝との謁見では魔術師の正装で行くつもりのようだ。僕もそうしようと思う。一方エマは、着替えるつもりは無いようだ。
とってきた荷物をクレアに渡す。着替えは城に行く前にすれば良い。荷物を部屋に置いて、宿の受付のあるホールに行くと、エマが待っていた。
「待たせて済まなかったな。とりあえずどこかで食事にしようじゃないか。昼を抜いているので腹が減ってたまらん。どこか美味い店に案内してくれないか」
そう言うとクレアが頷き、僕たちは宿を出た。
クレアに案内されてギルド近くの店の隅に陣取って食事をした。王国の料理と違って、こってりしたメニューが多い。昼抜きで腹が減っていたのでちょうどいい。
一息ついていると、冒険者風の男が近づいてきた。
「あんたら、よそ者か。見かけない顔だな」
よそ者や新人に絡むのは定番らしい。氷のエマも帝国では知られていないようだ。知っていればエマに絡もうと思うやつがいるとは思えない。
「きれいどころを両手に花で、うらやましいぜ。ひとり俺様にまわしちゃぁくれねえかな」
定番中の定番だな。少し先のこいつの運命が見えるようだ…
僕が返事をしようとすると、エマが言った。
「主殿が相手をするまでもない。わたしが行こう。心配しなくて良い」
そう言って、エマが席を立ち、店の入り口に向かって歩いて行く。
「そうは言っても心配だ。無茶をするなよ」
いつものことだ。
既視感が漂っている。
心配なのはエマじゃなくて、目の前でいきがっているこいつなのだが…
「話がわかるじゃねぇか。なに、すぐに返してやるよ」
そう言って、男はエマの後を追い、店を出て行った。
「ひとりで行かせてもよろしいのですか」
クレアが僕に聞いた。
「アリサだと心配だがエマなら大丈夫かな…。命まではとらないだろう、たぶん」
10分もしないうちにエマが戻ってきた。
「あいつは無事か?」
僕の質問に
「心配ない。もう二度とよそ者に手を出したりできないようにしただけだ」
「何をしたんだ」
「わたしに手を出そうとしたので、両手を切り飛ばした。止血はしておいたので、すぐに回復術師に見てもらえば死ぬことはないだろう」
確かに、もう手は出せないな…
「腕のいい高位の回復術師でないと、手の再生はできませんね」
クレアが言うとエマが答える。
「おっと、手を再生されたら、またよそ者に絡むこともあるか…。やはりアリサ殿を見習って…」
「あー、そこまで高位の回復術師はそうはいないと思うぞ。いたとしても安くはないだろうから、あいつに支払いが出来るとは思えん。それよりも騒ぎにはならなかったのか」
「近くに見回りの兵士がいるところで、あいつに先に手を出させたからな。正当防衛ですぐに解放してくれた」
「それは何よりだった。謁見前に騒ぎは起こしたくないからな」
食事は済んでエマも戻ったので、僕たちは帝都のギルドに行ってみることにした。
王国のギルドの作りは、小さな村とかは別だが、どの街でもほとんど変わりは無い。受付が美人揃いであることまで一緒だ。帝国も変わりは無いようだ。ギルドは帝国からも王国からも独立した組織だからだろう。ここのギルドも他の建物と接することなく、左右は路地になっている。人がいなくてちょうど良いので、ギルドに入る前に路地の奥に基準点を設置しておいた。
ギルドに入ると、夕方だったためか、依頼の報告に戻った冒険者で混雑していた。入り口ロビーのテーブルに空きはなかったが、クレアが受付で何やら話をすると、受付の職員が僕たちを別室に案内してくれた。さすがに皇女様は特別扱いなのかと思っていると、案内の職員が言った。
「では、こちらの部屋をご利用ください。クレア様はこのギルドの最高の実績を誇る冒険者ですので、この部屋を好きなときにご利用いただけます。すぐにお飲みものなどをお持ちいたします」
そういうと、僕たちを残して部屋を出て行った。どうやら、皇女だからと言うわけではなく、冒険者としての実績で特別扱いになっているようだ。
席に着くとすぐに先ほどの職員が3人分のエールを運んできた。アルコール分のない種類のエールだ。
「あ、すみません。私は酒をたしなみませんので、いつもこれを頼んでいるのです。職員が気を回しすぎたのでしょう。酒が良ければあらためて注文してください」
クレアが謝っている。
「僕も酒は飲まないんだ。こちらの方がありがたい」
「わたしは主殿と同じものであれば、何でも良い」
飲み物で喉を潤したところでクレアが僕に言った。
「ところで、私はミスター様をなんとお呼びすれば良いでしょうか」
「なんとと言われても…、ええと、ミスターでいいのでは?」
「それでは妻として…」
「好きに呼んでくれていいけれど、僕が恥ずかしいから、今まで通りがいいかな」
「それでは今まで通りにミスター様とお呼びいたします」
あー、失敗したかな…
でも「あなた」とか言われても恥ずかしいし…
そもそもクレアは15歳だ、一目で惚れたが妻ですと言われても…
まぁ、あの残念王女よりはずっと大人びているので犯罪感はないけれど。
よし、話題を変えよう。
「ところで賠償金がもらえそうなんだが、金の他に何か欲しいものがあるかい。トールじゃないけど、この際だ、思いっきりふっかけてみようじゃないか」
「帝都の屋敷をもらうというのはどうだ」とエマ。
そういえば、王都でもらった屋敷はどうなったのだろう。王国を離脱したから没収されてしまったかな…
また交渉の使者がやって来たら、聞いてみよう。没収されてたら返してもらうぞ。
「いいね、もらえたら大使館にしよう」
「タイシカン?」
エマとクレアが同時に聞き返してきた。
「国の飛び地みたいなものだな。敷地内は僕たちの領土扱いで、その国の王や皇帝の力は及ばないことになる。帝国で活動するときの拠点にできるぞ」
相手の大使館も僕たちの国のなかに要求されたら拒めないけど、こちらから言うことはない。要求されるまでは黙っていよう…
「ついでに、クレアに聞くけど、帝国の魔道具は王国よりも進んでいるよね。第三皇子が持ち出してきた防御の魔道具の他に、魔法の発動を阻害するような魔道具を帝国は持っているのかな」
「魔道具は皇帝と、側近の魔術師だけが知っています。魔法の発動を阻害するような魔道具があるかどうかは、私も知りません」
「実戦で使われた形跡はないの?」
「もう長いこと王国との戦争はありませんでしたから…」
「はったりで要求してみるか」
そういうと、エマが反論してきた。
「皇帝に、そんなものは無いと言われたら…」
「そこは話の持ちかけ方だな、ダメ元で要求してみよう」
そこでクレアが笑いながら言う。
「ダメ元と言うなら、ミスター様が私以外の皇女、私の姉妹たちもひとり残らず妻にさしだせと言い出しそうで心配です」
クレアも冗談を言うことがあるのか…ええと、冗談ですよね…冗談…
「それはちょっと。皇帝から言い出されても却下だな」
「そう願います。姉妹たちとは気が合いません。向こうも私を嫌っています。でも、姉の第一皇女は、それはもう、とても美しいのです。ミスターが心を動かされないか心配です」
ひとしきり特別室で話をした後、受付に行って王国のギルドカードを見せて、帝国でも冒険者として活動できるか聞いてみた。受付嬢の話では、どちらのギルドに所属していようと関係なく、冒険者として認められると。しかし、戦争状態の時は、建前はともかく、実質的には他国の冒険者は入国を禁じられるので、自国内でしか活動できないとのことだ。何らかの方法で国境を越えてしまえば、ギルドは黙認するそうだ。ただし取り締まりから守ってはくれない、自己責任だ。今現在は僕の国とどういう状態か、微妙なところだという。何か方法はないのかと聞くと、こちらのギルドでも冒険者登録をして、両方のカードを持てばいいのではと提案された。建前上はひとつのギルドのはずなので、二重登録は禁止されているが、完全なチェックは出来ないことから、裏技的に黙認されている方法だとか。早速、僕とエマはここで冒険者として登録することにした。
登録が終わって、依頼が張り出されている壁を見ると、魔物の素材採集の依頼に「氷竜の皮」というのがあった。
「氷竜って、クレアは知っている?」
「ドラゴンの仲間ですね。王国にはいないと思います。帝国の南部の山の頂に生息しています」
「氷のブレスを吐くのか?」
「そのとおりです」
王国の学者の仮説で、ドラゴンは一種類しかいなくて、どのドラゴンもすべての種類のブレスが吐けるという説があることをノアが言っていたが…
「クレアは見たことがある?」
「一度、戦いましたが、ほうほうの体で逃げ帰りました。そのときは、死なずに帰っただけで英雄扱いでした」
帝国と友好が結べたら、みんなで氷竜を探しに行こうじゃないかと思いながらギルドを後にして、宿に戻った。
クレアと同室だったことを思い出した…
おまけに、ベッドはダブルサイズがひとつだけ。
僕は床で寝るよと言ったが、クレアが許さず、ベッドで一緒に寝ることになった。幸いなことにと言うべきなのか、不幸にもというべきなのか、冒険者は活動中は寝るときも着替えない。軽鎧の胸当てや手甲などを外すだけだ…だけなのだが…隣で横になっているクレアを意識して、眠れぬ一夜を僕は過ごした。
★★ 80話は12月22日00時に投稿




