78 魔術師、帝都に向かう
目が覚めた。いつのまにか寝てしまったようだ。
居間のソファで横になっているのだが…
枕なんて置いてあったか?
頭が柔らかいものの上に乗っている。
上を見ると…ノアの寝顔が目の前にあった。
あわてて身体を起こす。
なんということか、ノアの膝枕で寝てしまったようだ。
ノアはこの姿勢のまま寝ていたのか…。
先に目が覚めて良かった。
これは無かったことにしないといけないな…
そんなことを思いながらノアを起こそうとすると、後ろから声がかかった。
「ようやくお目覚めですか、ミスター」
おそるおそる振り返ると、ソファの後ろにソアが立っていた。その横にはクレアと王女、そしてトールまで…
「見てないよね…」
「見てました…」
王女とクレアは、やっぱりという顔で、ソアは少し怖い顔で、そしてトールはにやついている。
「あー、これは、つまりだ、何でも無いから…。ちょっと疲れていただけで…」
僕たちの声で目が覚めたのか、ノアがあくびをしながら起きてきた。
「おはよー、どうしたの、みんな」
「なんでもないぞ、ノア、なんでもない」
「あれ、おかしいな、脚がメチャクチャ痺れてるよ。へんな格好で寝ちゃったのかな」
よし、気がついていないな。
「きっとそうだな。なんでもないぞ、なぁ、みんなもそう思うだろ」
そこへオルガさんがやって来た。、
「アリサさんは、もう心配ありません。あとは数日おとなしくベッドに横になっていれば大丈夫でしょう。ところで、みなさん、なにかあったのでしょうか?」
「なにも無かったぞ、それよりも有り難う。アリサを助けてくれて」
「どういたしまして。それよりも朝食にしませんか、少々空腹です」
オルガさんの言葉を聞くと王女はメイドたちを呼び、朝食の用意させた。
このときから二日間というもの、ゴードとエマ、そしてガーベラを除くと、顔を合わせると誰も彼もがにやついたり、妙に笑顔だったりと、居心地の悪い時間が続いた。ノアは訳が分からないといった感じで首をひねっていた。ソアにいたっては、顔を合わせる度に
「次はわたしですからね」
と言って微笑んでいる。
そんなときに、屋敷に近づく者がいるとトールが告げてきた。
屋敷の2階から馬に乗った二人の男が見える。冒険者風の出で立ちで、帝国軍の兵士には見えない。土壁の外で立ち止まり、こちらを伺っている。帝国領から来たようだ。ここを訪ねて来た目的を聞いてもらうためにトールにお願いする。
「リーダー、すまないが表に出て目的を聞いてくれ。目的によっては入り口ホールで会うことにする。判断は任せるので、よろしく頼む」
トールが出て行くのと入れ替わりに、王女とクレアがやって来た。
「クレア、あの二人に見覚えがありますか。おそらく帝国の人間だと思うのですが」
「ひとりは帝都のギルドの副所長ですね。たしか、バックマンという名前だったかと。もうひとりは、名前は知りませんがギルドの職員だと思います。顔に見覚えがあります」
見ていると、トールが何やら話をしたあと、土壁のなかに二人を招き入れている。
「トールが案内してくるようだな。ホールで待つことにしよう。すまないがクレアも同席してもらいたい」
「ボクも同席するよ」
二人と一緒に入り口ホールに向かうことにした。
王女に皇女に、名ばかりとはいえ僕は今や大統領だ。
すごいメンバーだな。
誰が来たとしても、これ以上の出迎えはないだろう。
トールが二人の男をホールに案内してきた。
「この国の代表者、ミスターです。何の御用で訪問されたのでしょう」
「お目にかかれて光栄です、ミスター殿。わたしは帝都のギルドの副所長、バックマンで、こちらはわたしの助手でエドモンドという者です」
「おひさしぶりです、バックマン所長」
「これはこれは、クレア様、お元気そうでなによりです。このたびのご結婚、お祝い申しあげます。このたびは皇帝の使いとして参上したので、祝いの品は持参しませんでした。のちほど用意させていただきますので、今回はご容赦を願います。それにしても、クレア様が我がギルドから抜けられるのは大いなる損失でございます」
「安心して、冒険者はやめないから」
「まことでございますか、所長が喜ぶことでしょう」
「ギルドの話は後にして、ミスターに用件をお話しください」
「おお、そうでした。申し訳ありませんでした、ミスター殿」
「かまわんよ、それで用件とは」
「はい、皇帝よりの書状を預かって参りました」
「その内容は?」
「わたしは配達人に過ぎません。ご自身でこちらの書状をお読みください」
そう言って、一通の書状を差し出してきた。直接受け取ろうとすると、いつの間にか近くにやって来ていたエマが横から手を出した。
「わたしが受け取ろう」
バックマンはエマの差し出した手を見つめると
「用心深いことですな、帝都のギルドは信用出来ませんか」
と言う。
「主殿に何かあっては大変だからな」
そう言ってエマはバックマンから奪い取るように書状を受け取った。
「すみませんね、バックマン殿。何しろマナーにうとい者ばかりなので」
開封して確かめようとするエマに、そのまま渡すように言って、僕自身で開けた。もちろんいつもの障壁を纏っている。何か仕込まれていても、エマよりは僕の方が安全だ。
エマの心配に反して何も罠らしきものはなく、中身は皇帝の署名入りの手紙だった。一読し、手紙をクレアに渡す。
「皇帝の筆跡で間違いないですか」
「間違いなさそうです」
「返事はバックマン殿に託せば良いのか」
「わたしは書状を届けるように頼まれただけです」
「なるほど、それでは返事は後ほど届けることにしよう。それだけ皇帝に伝えてくれませんか」
「わかりました、間違いなく伝えましょう。それでは用件も済みましたので帰らせて頂きます」
「ゆっくりしていかないのか。クレアと話もしたいのでは」
「その通りですが、何しろ貴国はまだ帝国、それに王国と紛争状態ですからな、ゆっくりしていては何が起こるか分かりません。申し訳ないが、直ちにいとまさせて頂きます」
バックマンたちが帰ったあと、見張りを任せたエマとガーベラ以外のみんなを居間に集めて皇帝の手紙の内容を伝えた。
「どうやら帝国は僕たちの建国宣言を認めるようだ。おまけに軍を送った件を謝罪し、賠償金を支払うと言ってるぞ」
トールが笑いながら言う。
「そいつはいいねぇ、思いっきりふっかけてやろうじゃねぇか」
「謝罪を受け入れてくれるなら、僕たちの国と友好を結びたいそうだ」
「ますますいいねぇ、そうなれば帝国領でも冒険者として動きやすくなるぞ」
「それで、賠償金の支払いと友好の約束の調印のために帝都の城に招待するそうだ」
「それは…大丈夫なのか、罠とか」
帝国の内情を知るクレアに聞いてみよう。
「どう思う、クレア」
「皇帝の腹づもりは分かりませんが、第二妃のアマンダが何もしないとは思えません」
「第二妃?」
「えぇ、先日の戦闘でわたしたちが殺した敵の司令官、第三皇子の母親です」
「のこのこ顔を出すと危ねぇってことか?」
「可能性はあります。ただ、戦場では手段を選びませんが、交渉の場でだまし討ちにするのは、あの皇帝の自尊心が許さないでしょう。何かあるとしたら、第二妃の独断かと」
「わざわざこっちが出向くことはねぇだろう。攻めてきたのは向こうだ、おまけにこっちの勝ち戦で、交渉を持ちかけてきたのも向こうだ。こっちに呼びつけてやればいいんじゃねぇか」
「それも一理あるけれど、ここじゃ歓迎の場を設けるのも大変だからね。荒れ地のど真ん中で、人手もいない。こっちから出向いた方が良さそうだ。それに、一度帝都にも行ってみたいし、何よりも帝都にテレポートの基準点を設けるチャンスだ。うまくすれば皇帝の城の中にも密かに設置できるかもしれない。絶好の機会だと思わないかい」
あれこれ議論を続け、結局、僕とクレア、そしてエマの三人で皇帝に会いに行こうということにまった。何かあった時にテレポートで逃げるための少人数だ。当初は僕とクレアの二人で行くと言ったのだが、ノアがどうしても一緒に行くと言いだし、妥協案として接近戦の力を買ってエマを同行させることにした。魔法の発動を妨害する魔道具の存在の可能性を指摘して、なんとかノアを説得した。アリサの方が適任なのだが、大きな負傷の後だ、無理はさせられない。
議論が終わり、皇帝への返書をしたためると、トールの街のギルドにテレポートし、皇帝に届けるよう依頼をだした。ギルドの職員が最優先で届けるとのことだが、2日ほどかかるとのことだった。
二日後の朝、僕はクレアとエマを伴って帝都に出発した。
★★ 79話は12月20日00時に投稿




