08 魔術師、感謝する
鞄屋で小さめのショルダーを買った。あれやこれや選んでいる間にノアは隣の店で買い物をしたらしく、大きな荷物をかついでいた。小柄なノアが大きな荷物を担いでいるので、後ろから見ると荷物が歩いているように見えて面白い。
「おおきいな、ノア。何を買った?」
「そうですよ、依頼の仕事前にそんな大きな荷物、何を買ったのですか?」
「そのうち判るよー」
満面の笑みで振り返った。やな予感がして、ろくなものじゃないだろうなと思った。
「わたしはいったん宿に寄って必要な荷物を持ってきます。ノアはミスターを案内して広場に向かってください」
「あたしの荷物は?」
「わたしの荷物と一緒にとっていきます。もうバッグにまとめてありますよね」
「依頼がなくても用意をしておく。冒険者の常識。ばっちりだよー」
「それでは行ってきますね」
ノアと二人だけで広場に向かう。僕も何か準備が必要だったんじゃないかと不安になってきたけれど、用意周到なトールさんが僕の準備については何も言ってなかったので、まかせておいて大丈夫じゃないかなと気楽に考えた。
広場に着くと馬車の脇でトールさんとゴードさんが待っていた。二人も宿から荷物をとってきたのか、足下に背負いのバッグがおいてある。トールさんの足下にはバッグがふたつある。
やはり僕の分も用意してくれたのかな…
ゴードさんが食料をつめた袋を荷馬車に積みこんでいる。護衛では自分の荷物は自分で持つのが原則で、依頼主の馬車は利用できないのが普通だ。今回は荷台に少し余裕があったようだ。依頼主も護衛の疲弊はできれば避けたいので、荷台に余裕があれば護衛の分の荷物も受け入れるのが普通だという。もちろん武器の類は常に身につけているのが原則だ。
「おう、遅れなかったな、ノア、ミスター」
「遅れたことなんか…たまにしか…ときどきしかないよー」
あるんかい…
そこにソアがバッグをふたつ持ってやってきた、ひとつは背負っている。
手に持っている方はノアのバッグだろう。
走ってきたのだろうか、かすかに息が切れている。
「まにあったようですね。はい、ノアのバッグ」
「ありがとうだよ、ソア」
「地図は買えたか、ミスター」
「はい、買えました。地図屋の場所も憶えました。ついでに地図をしまうバッグも買っておきました」
「ノアのばかでかい荷物は何なんだ」
「あたしの寝袋だよー、新しいのを買ったんだ」
「まだ使えるのを持ってたじゃねえか」
「大きいのに買い換えたんだよー」
「そんなのもって歩けねえぞ」
「ちゃんとたたむと、大きいのに前の寝袋とそれほど違わないんだよ。だから背負いのバッグに入るよ。それよりトールこそ、なんで荷物が二つあるのかなー」
「ひとつはミスターのだ。寝袋とか、野宿の準備をしてねえだろう」
「やっぱり必要でしたか。忘れていました。有り難うございます」
「えー、ミスターの分、買っちゃったんだ…」
「あたりまえだろ、ミスターが気がついていないと思って俺が用意しておいたんだ。金は今回の報酬をもらってからでいいぞ」
「あたしは気がついていたよー」
「だったらなんで言わなかったんだ」
「あたしがちゃんと用意しておけばいいと思ったんだよ」
「それで新しい寝袋を買ったのか、ミスター用に。寝袋意外にもいろいろ必要だぞ」
「ちがうよー。これはあたしの寝袋」
「お前のお古を使わせる気だったのか」
「ちがうよー。古いのは持ってきてないよ」
「それじゃあミスターの分がねえだろう。どうする気だったんだ」
「大丈夫、古いのよりずっと大きいのに買い換えたから」
「だからミスターの分…おい、まさか」
「大きいから、あたしとミスターが一緒に入っても大丈夫なんだよ」
「そんなこと、わたしが許しませんよ、ノア」
「まぁまぁ、トールさんが僕の分も用意してくれたので、そんなことはしなくて済みましたから、ソアさんも怖い顔をやめてください」
「わたしの顔のどこが怖いのでしょうか、ミスター」
「その眼が…いや、なんでもありません」
いや~、トールさんに感謝だ。ノアと一緒にというのは却下だから、トールさんの配慮が無ければ今夜は不眠で過ごす羽目になってたところだった…
「ばかなことを言ってねえで、さっさと荷物を馬車に積み込め。今回はラッキーなことに荷台に余裕があって、タルトさんの好意で俺たちの荷物も運んでもらえるんだ。早くしろ」