76 魔術師、帝国軍と戦う
「帝国軍の到着が遅くなったのは、あのせいか」
屋敷の2階から帝国側の荒れ地を望み、僕はクレアに言った。
「ええ、あれは帝国の正規軍です」
荒れ地に布陣して、攻撃の合図を待っているのは密集した重装歩兵である。屋敷から200メートルほどの距離まで近づいていた。100人ほどの密集した歩兵の集団が4つ、横一列になっている。騎馬が数十騎、その後ろに控え、さらにその後ろに大型の馬車が10数台並んでいる。そのなかに、窓もない覆いで守られたひときわ大きい馬車が2台あった。騎馬騎士の中央に派手な鎧の騎士がいて、その両側に旗を持った騎士が控えている。
「あの旗は、第三皇子ですね。嫌な奴です」
旗を見てクレアが言った。
「あなたの兄弟では?」
「腹違いの兄です。わたしは兄弟姉妹から好かれていませんでしたが、そのなかでもわたしを最も嫌って敵視していたのが第三皇子です」
「ねぇ、重装歩兵なんて足が遅いし、あんなに固まっていたら魔法で一発じゃん」
ノアが口をはさむ。
「クレアの兄も吹き飛ばすのか?」
「かまいません。兄たち、とくに第三皇子には何の感情もありません」
「そうは簡単ではないと思うぞ」
王女が口を開いた。
「どーしてー?」
「やって見れば分かるよ、ボクの予想が正しければね」
「ミスター、やってもいい?あたしの射程を知らないのが敵の間違いよ」
「敵が動き出したらな。まずは使者を送ってくるんじゃないかな。いきなりはやめとこう」
僕の予想通り、白旗を持った騎士を連れ、クレアが第三皇子と言った男がこちらに向かってきた。
指揮官自らやってくるのか…
自信家だな。
王国の使者と同じく、入り口ホールに案内する。今度はクレアも一緒だ。入り口から入ってくると開口一番、大きな声で言った。
「ベルク帝国第三皇子、バルド・ザッカス・ハーディングである。クレアを娶ったというのはお主か」
「お初にお目にかかります。僕がミスターです」
僕の返答を聞くと、クレアの方を向いた。
「ひさしいな、クレア」
「お久しぶりです、お兄様」
「戦支度でこの場に立っていると言うことは、自分の意思で帝国を裏切ったと思って良いのだな。返答次第で、お前を捕らえて処刑せよとの命令を皇帝から受けている」
「この方に嫁げというのは皇帝のご命令でした。それに従ったまでです。嫁いだ後は夫に従うのが当然ではありませんか」
「そうか…、ではミスターとやら、皇帝のお言葉を伝える」
「聞こうじゃないか」
「武器を捨て、クレアと共に降伏せよ。さすればふたりともに皇帝から毒杯を賜り、苦痛なき名誉の死をとげることが出来る。他の者は帝国からの追放で済まされる。ただし、王国の王女は別だ。身代金を王国が払えば良し。そうでなければ断頭台行きだ」
「そいつは困ったもんだな、僕の方からも提案があるんだが」
「聞こう」
「すぐに武器と荷物を置いて、帝都に引き返したまえ。そうすれば追撃はしない。ひとりも死ぬことなく帰れるぞ」
「闘って死ぬ方を選ぶか。それも良いだろう。せいぜいあがくが良い。魔法で勝てると思ったら大間違いだぞ」
そう言って、皇子は戻っていった。
「このまま返してよいのですか。使者の首を送り返すのが良いかと」
クレアが僕に言う。
「先に相手が仕掛けた形にしたいからね…」
交渉の間は黙っていた王女が言う。
「頑張ってもらわないとボクは断頭台か。たのむよ、ミスター」
微笑みながら僕に言う。
こいつ、全然心配してないな…
ノアたちの元に戻り、ふたたび敵の布陣を眺める。
「ノア、交渉は決裂だ。好きにしていいぞ、ただし、相手が動き出してからな」
皇子が最初の位置に戻ると、脇に控えている騎士が合図のラッパを吹いた。騎馬騎士は動かない。かわりに重装歩兵が縦と槍を構えて、ゆっくりと前進しだした。密集隊形が全く崩れない。マスゲームを見ているようだ。
「じゃぁ、いくねー」
そういうと、ノアは両手で大きな光球を作り出した。
雷系の魔法だな…
距離が近いからこちらに爆風の被害が及ばないようにと考えたのだろう。
気合いとともにノアが歩兵の集団の真ん中に光球を放った。あと少しで着弾というところで、光球が閃光とともに消滅した。
「えっ?何あれ…」
ノアが驚いている。
「ボクの予想通りだったね。魔法を無効化する魔道具だよ。帝国のそれは王国のものより小型なのか、それとも帝国にもボクなみの天才がいるのか…。戦場に持ってくるとは驚きだ」
「さっき皇子が魔法では勝てないといっていたのはこれか…」
「あの後ろに止まっている大型の馬車があやしいね」
「その魔道具って、相手も魔法が使えないってことなのかな」
「王国のものと同じならそうだね。それと魔法が使えないってことじゃなくて、魔法を通さない見えない壁を作るって感じだね。ほら、歩兵が進むのと同じペースで大きい馬車が2台、前進を始めてるだろう。今、ノア君の魔法が消滅した辺りに壁があるんだろうね。もしかしたら魔法の発動を妨げるようなものもあるかもしれないが、それは戦場ではあまり意味が無いね」
王女がそういったとき、歩兵の各集団から数人の兵が走って出てきた。縦も槍も持っていない。ノアが火球を放つが再び途中で消滅する。しかし、今度は消滅したのがこちらの土壁のあたりだ。
「馬車が前進して、魔法障壁の位置も前に出てきているね」
王女がそういったとき、壁の後ろで待機していたトールたちが抜剣した。
集団から飛び出してきた兵が魔法を堀に放ち始めた。堀のなかでいくつもの爆発が起こり、抜剣したトールたちに土埃が落ちている。
「何をしているのかなー」
「たぶん見えない糸を止めるアンカーに気づいたんだな。糸は見えなくとも、何か罠だろうと疑うのは当然だ。残念ながら罠は役に立たなかったね」
「どーするのよ、壁を越えられたらトールたちが数の力でやられちゃうよ」
「そうだな、あの馬車をなんとかしないとね。僕がやってみるから、ノアとクレア、それにオルガさんも魔法の用意をしておいてね。テイラーさんは下に行って、トールたちに屋敷に入るように連絡して。ここは魔法だけでかたづけるから」
そういうと、僕は敵の馬車の真上にテレポートをした。テレポートが魔道具が作る障壁を抜けられるのは王城で確認済みだ。王女のメイドたちを連れてくるのに、ここと何度か行き来したからね。もしかしたら、障壁の位置が低くて、まだ壁の外側かも知れないが…。しかし、テレポートが通過できるんだ、魔法は無効化できても超能力は無効化できないことは確実だ。
強力な光の槍を作り出し、馬車にむかって投げた。大きな爆発が起こり、馬車の近くにいた皇子が爆風で落馬している。歩兵たちは後方で爆発があっても前進のペースを変えない。
よく訓練されてるじゃないか…
馬車が吹き飛ぶのを見たのだろう、ノアたちが魔法での攻撃を始めた。密集した歩兵の集団のなかで次々と大きな爆発が起こり、歩兵たちが吹き飛ばされている。
次の瞬間、歩兵たちの足下が崩れて、巨大な窪地となり、兵たちが落ちていく。そしてその穴に大量の水が注がれていく。
どこから水が…
そう思って屋敷の方を見ると、クレアが両手を頭上にかざしている。そういえば、王女がクレアは水と土の魔法が得意といっていた。重い鎧を着けた歩兵は、水に沈みおぼれていく。
500人ほどの重装歩兵がことごとく、あるものは焼かれ、またあるものは水に沈み、15分もしないうちに全滅した。後方の皇子を初めとする騎馬騎士たちはなすすべもなく眺めているだけだ。
さっさと馬を飛ばして退却すれば良いのに…判断の遅れが命取りだ。魔法が届く距離だとは思っていなかったのだろう。皇子が退却命令を出そうと思った時には、もうノアの放った大きな火球が目の前に迫っていた。
屋敷の2階から巨大な爆発を見ている僕たちに、土埃と小石が降り注ぐ。爆風で屋敷のあちこちが悲鳴を上げていた。
爆風が収まり、荒れ地を見ると、立っている者はひとりもいない。全滅だ。
「全滅で良かったのかい?」
いまさらだが、僕はクレアに聞いた。
「あの兵たちは皇帝直属の家臣です。徴兵された市民はいません。それに兄は死んで当然の男です」
そう言って居間に戻っていった。
その日の午後は、総出で荒れ地に残された亡骸を燃やして埋めるのに費やされた。いい気分のものではない。ノアやクレアたちは屋敷にいてもらい、後始末はテイラーさんの魔法に頼らせてもらった。
★★ 77話は12月16日00時に投稿




