75 魔術師、王国軍と戦う
翌朝、居間…じゃない、司令室で休んでいると、トールがやって来た。
「ミスター、もうすぐ夜があける。敵陣にも動きが見えたぞ」
「それじゃぁ、僕は空から相手の指揮官を攻撃します。直に指揮系統が乱れて敵も混乱すると思うけれど、それまではトールが指揮して守り切ってください。こちらの魔法で怯んでくれればいいけれど、数を頼りに防壁に殺到してくるかもしれないですからね」
「帝国側の防衛は?」
「本体はまだでも、先遣隊くらいはくるかもしれないよね。三人くらいで対処できないかな。あまり人数を回せないかな」
僕と同様、居間で…面倒くさい、居間でいいや。居間で休んでいたガーベラが目を開けた。
「先遣隊程度、わたし一人で十分だ」
さすがに一人では不安なので、オルガさんとエマについて行ってもらうことにしよう。オルガさんなら魔力感知もできるので、奇襲を受けることはあるまい。
「それじゃぁ、僕は出かけることにします。あとはお願いしますね、トール。それとエイダとクレアの従者さんは、それにメイドさんたちは屋敷でじっとしていてね」
「ボクも見に行きたいのだが」
トールが言う。
「それはダメだ。俺たちにまかせろ」
僕は王女に
「制空権を持っている方が絶対的に有利だということを教えにいってきます」
と言って、なだめた。
「セイクウケン?」
「空を飛べる方が勝つっていうことです」
トールがこれを聞いて言った。
「そりゃそうだ。ドラゴンや飛竜が強いのもそれだからな」
屋敷の外に出て、50メートルほど上昇してから、横に並んでいる歩兵と騎馬を飛び越え、総司令官がいると思われるテントを探す。歩哨の兵が立っているテントがそうだろう。複数あるが、全部つぶそう。いちおう先に攻撃されたから反撃しただけという体裁をとるため、敵の攻撃開始を上空で待っている。
太陽が地平から姿を見せると同時に、合図のラッパが鳴り響き、騎馬の騎士と歩兵がときの声を上げながら走り出した。戦闘開始だ。上空から光の槍を目標のテントに投げる。大きな爆発でテントが吹き飛んだ。なかにいたものは無事ではすまないだろう。次々と歩哨の立つテントを爆破し、ついでに他のテントより大きなテントも爆破する。
後方の指揮官はこれで全滅だろう。あとは前線に居る指揮官だ。地上ではどこからの魔法攻撃なのか分からず大混乱が生じている。それを見ながら前線の上空にやって来た。誰が指揮官か分からないが、鎧が立派だったり、護衛の兵が付いていたりと、それらしき者がところどころにいる。そこに上空から光の針の雨を降らす。何度目かには上空からの攻撃ときずかれ弓や魔法で攻撃されるが、高度をあげてこれを避ける。100メートルも上昇すれば魔法も届かない。残りの指揮官を倒すべく、攻撃を続けた。
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ミスターが出かけてからしばらくして、太陽が昇ると同時に敵の攻撃が始まった。数を頼りに殺到してくる。
「ノア、それにクレアさん、テイラーさん、まずは敵の前方に魔法を放ってくれ」
「わかったよー、トール」とノア。
「戦闘中です、呼び捨てでいい!」
クレアの返答に、
「そうだな、クレア。たのむぞ!」
ノアたちが強力魔法を突進する敵の前方に放った。大きな爆発で、いくつものクレーターが出来、土や岩の破片が敵に降り注いでいる。しかし、それでも敵の突進は止まらない。速度の速い騎馬騎士が早くも堀の手前まで到達し、馬を捨て、壁に取り付こうと走り出した。騎士たちが堀に降りて壁に向かって走り出したとき、先頭の騎士が悲鳴をあげて倒れた。ハルバードを構えていた右腕が無くなっている。地面の倒れたその先に、肘の上から切断された腕が落ちていた。続けて数人の騎士の悲鳴と共に、あるものは脚を失い、あるものは胴から両断され、またある者は頭を失って、数歩あるいて倒れた。
昨夜、ミスターが何かやっていたが…あれか、あの見えない剣の見えない糸か。堀のなかに何本も張ったのに違いない。そこに突っ込んでいったのだ。
その惨劇を見て、騎士に続いた歩兵が止まろうとするが、後ろから殺到する歩兵に押されて次々と糸の餌食になっていく。ようやく歩兵が踏みとどまった頃には、堀は血の海だ。数十人が犠牲になった。
「矢と投げ槍で狙え!」
そう言って、俺はゴードと一緒に短槍を手当たり次第に投げる。弓が撃てる者は弓を射かける。狙いなど適当でいい。なにしろ敵は密集している。外す方が難しい。
投げる槍が無くなった。
「魔術師は後ろに、他の者は抜剣!」
ノアとソア、それにテイラーは後ろに下がったが、クレアは抜剣して俺の隣にたった。
「こう見えても帝国一の剣士です。あなたに負けませんよ」
堀の前で敵の歩兵は罠があるのだろうと判断したのか、剣や槍を自分の前で振り回しながら前進を始めたが、振り回した剣や槍が抵抗もなく切断される様を見て歩みを止めた。
そのとき、後ろの方でラッパがなると、壁の手前まで迫っていた歩兵が後退を始めた。その様を見ていると、上空からミスターが降りてきた。
「なんとか間に合ったかな。指揮官たちをあらかた倒したところで、残った指揮官が退却命令をだしたようだ。もう少し早ければ騎士や兵が罠で死なずに済んだのだが…」
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退却した敵兵は、最初の布陣の位置までもどった。その後、かくたる動きはない。生き残った指揮官たちが議論しているのだろう。どう議論しようと再度の攻撃はできないだろう。
「交代で見張りをすることにして、休憩をとろうじゃないか」
「わたしが最初でいいわ。魔力感知があるので、ひとりで大丈夫です」
ソアが最初の名乗りをあげた。
居間に戻ると、食事の用意が出来ている。
「メイドたちのおかげさ。ごちそうとは言えないが、腹はふくれる」
王女の言葉に、すぐに全員がとびついた。
「帝国側はどうなっている?」
「まだ姿をみせないようだね、なんの報告もないよ」
「見張りをひとりのこして食事にくるように伝えてくれないか」
僕の言葉に、王女がメイドのひとりの方を向くと、そのメイドは無言で居間を出て行く。すぐにメイドと一緒にエマとガーベラが戻ってきた。
「オルガさんが残っている」
そう言ってエマも食事を始めた。ガーベラは王女の脇にたつ。
「君も食事にしたまえ、ガーベラ」
王女の言葉で、ガーベラも食事を始めた。
太陽が真上にかかるころ、敵が引き上げ始めたことをソアが伝えてきた。兵の損耗を避け、次に備えようというのだろう。生き残った指揮官が馬鹿ではなかったことに感謝しよう。
その二日後、明日はアリサを迎えにいかなければと思っていた時、帝国軍が姿を現した。
★★ 76話は12月14日00時に投稿




