74 魔術師、交渉する
交渉の始まりである。円満解決とは誰も考えてはいないだろう。
「ミスター殿でございましょうか」
「そうだ」
「派遣軍司令官のお言葉をお伝えします」
「聞こう」
「すみやかに第三王女を解放し、武器を捨てて投降するようにとの仰せです」
「王への書状は届いていると思うが」
「書状の内容については、王同席の貴族院にて却下されています」
「却下ですか。第三王女との婚姻は王のご意志ではないのですか」
「王女の王家からの離脱は許せないとの仰せです」
「婚姻以外の話はきいていませんな」
「さらに、王国の領土を盗みとり、新たな国を興すなど許されることではありません」
「許すも許さないも、すでに建国はされ、王国および帝国に通達済みです」
「ですから、それは許されないと」
「では、どうされるのかな」
「軍の布陣はごらんになられたでしょう。投降しなければ反逆者として裁くことになる」
「僕は冒険者で、王の臣下ではありません。反逆もなにもありませんよ」
「王女と婚姻された以上、王家の一員です」
「あれ、婚姻は認めるのですか。ならば解放せよというのはおかしな要求ですな」
「投降せねば、司令官は討伐の命令を受けています」
「王の命令ですかな、それとも強硬派の貴族たちの命令ですかな」
「貴族院の決定がすなわち王命です」
「この屋敷には僕と婚姻済みの帝国の皇女もいます。場合によっては帝国と王国の戦争になりますよ」
「その原因がミスター殿ではありませんか。ミスター殿を討ち果たせば帝国との争いも起こりません。それに間もなく帝国の軍もこの地に到着するのはご存じかな」
「もちろん存じています」
「まさか、帝国はご自分の味方と思ってはいませんかな」
「そんなことは思ってもいませんね」
「では…」
「では、僕からの提案です。派遣軍司令官にお伝えください」
「伺いましょう」
「派遣軍は直ちに引き返し、王は僕からの書状の内容を認める旨、広く国内外に公布して、以後僕の国への敵対行為をとらないこと。そうすれば王国との友好関係は維持されます」
「いちおう伝えるが、司令官が拒否した場合は?」
「派遣軍を殲滅します」
「そんなことが…」
「できないとお思いか、ならば試して見ることだ」
交渉は決裂した…のかな。聞き入れられるはずもない僕からの提案を持って使者は引き返して行った。
使者が去った後、ソアとノア、それにエマとゴードを見張りに残して、ボクたちはすぐに、居間に、いや司令部に集まって対応を話し合った。
「すぐに攻めてくるでしょうか」とクレア。
トールがそれに答える。
「もうじき日が落ちる。来るとしたら明日の朝だろう」
「夜に奇襲を仕掛けてくるのでは」
そうアリサが言うとトールが答える。
「例えノアやクレアの事を知らないとしても、テイラーさん、オルガさんがいることは知っているはずだ。魔力感知があるので夜に襲ってきても感知されることは向こうも分かるはずだ。明るくなって視界の良い時の方が数の利を生かせると考えるだろう」
「数の差だけが問題だね。屋敷の中に入られたら、ボクやメイドたちのように戦闘力のない者がやられてしまう」
「まさか王女まで殺すとは思えないが…」
「ボクはともかく、メイドたちがね…。箒の柄では戦えないよ」
「そうなると、やっつけ仕事の壁の外で叩く必要がありますね」
テイラーさんが答える。
「でも、そうなると強力な魔法で近づかれる前に叩くことになりますが、手加減は出来ずに大勢の兵を殺すことになります。恨みが残るのでは…」
ガーベラの懸念に、王女が言う。
「派遣軍は王の軍ではないよ、反対派の貴族の私兵だ。それにその多くは傭兵じゃないかな。だから遠慮はいらないと思うぞ」
そのとき、大きな音とともに屋敷が揺れた。
「なんだ、どうしたんだ!敵の攻撃か」
トールが慌てる。皆に緊張感が走った。ひとり王女だけは落ち着いていた。
「敵の魔法攻撃だね。屋敷ごと吹き飛ばすつもりだったようだ。ボクやクレアがいるのにね」
「どういうことだ」
トールが王女に聞くと、
「ボクたちが防御の魔道具を持っているとは思わなかったのだろう」
「防御の魔道具?」
「王都や王城を守っている魔道具さ。前に話したろ。王が秘匿しているって。帝国にもあるのだろう、クレア」
「ええ、帝都も魔道具で守られています。広域極大魔法を使われても生き残れるようにね」
「その魔道具の劣化版がこの屋敷には備えてあるんだ。ボクの発明だよ。どうしたんだい、みんな、褒めてくれていいんだよ」
「これで決まりですね。王女であるエイダも一緒に亡き者にするつもりです。遠慮することはありません」
クレアが言う。
「みなさんが同胞を殺すことをためらわれるのであるならば、帝国の皇女である私が敵を殲滅します。ミスターに私の魔法をお見せする良い機会です」
「クレアの魔法は、ちょっとした見物だよ。ノア君と違ってクレアは水と土の魔法が得意なんだよ」
いきなりというのもなぁ…
「明日、敵が前進を始めたら、その前方に魔法を放って、とりあえず脅してみようじゃないか。それで退かなければ…僕がテレポートを駆使して敵の司令官や将校を倒してくるよ。指揮官がいなくなれば退却するんじゃないか、特に傭兵たちは」
僕がひとりで闘うことになるので、クレアやトールが反対したが、他に名案もなく作戦は決まった。明日に備えて皆が自室に戻るなか、アリサが僕に近づいてきた。
「わたくしにも考えがあります。今夜にでもわたくしを王都までテレポートでお送りください。大勢の兵が相手の集団戦は、わたくしの得意とするものではありません。わたくしの得意とする方法で戦いをしたいと思います」
公爵に助力を求めようというのか…
それともまさか裏切ったり…
「いいよ、何をするんだ」
「戻ってから報告させていただきます。3日後の夜に迎えにきてください。ギルドで待っています」
「そうか…。すぐで良ければ今送るぞ」
「よろしくお願いいたします」
アリサを送ってから、僕は念のため屋敷の防御用の壁に追加の仕掛けを設置することにした。壁を乗り越えようと突進してくれば…
★★ 75話は12月12日00時に投稿




