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66 魔術師、王女と話す(承前)

エイダ姫から解放され、僕たちはテイラーさんに案内されて中央区の宿にやって来た。テイラーさんが手を回したのか、僕らの荷物は既に前の宿からこちらの宿に移されていた。こちらの宿も全部個室で、前の宿よりも豪華だ。貴族専用の宿なのだろう。


まぁ、見られて困る荷物はなかったけれど…


僕はテイラーさんに礼を言った。

「いろいろとご配慮をありがとうございます、テイラーさん」

「いえ、お気になさらずに。ここなら城にも近く、登城も楽でしょうから」

「ところで、テイラーさん…テイラー卿とお呼びした方がいいですか」

「あらたまる必要はありませんよ、近衛に所属しているのは形式にすぎませんから」

「それにしても、テイラーさんほどの地位の方が案内役とは、何か思惑でもあるのですか」

「思惑などと…」

「帝国の皇女であるクレアさんと関係があるのでは?王も宰相もクレアさんが王国に来ているのは知らなかったようですね。なぜ報告していないのですか?」


しばしの沈黙の後、テイラーさんは口を開いた。

「ミスター殿は王女を娶られるおつもりか?」

「王命を簡単には断れないですよね…」

「王国と帝国はこの大陸を二分する勢力で、長きにわたって争ってきました。ここ200年ほどは戦争に至っていませんが、過去には何度も武力衝突がありました。今は両国の力が微妙なバランスの上で揺らいでいます。王の思惑はわかりませんが、ミスター殿が王家の一員となれば、強硬派の貴族が帝国への侵攻を強くせまることでしょう」

「僕は戦争には力を貸しませんよ」

「ミスターが王国に存在するだけで意味をもつのです。力を貸さないとしても、娶られた姫が帝国に危害を加えられそうになれば、どうするのですか。見捨てますか。王国が負ければ王族は残らず処刑されるのですよ」

「強硬派など僕が押さえて…」

「帝国はどうします。あなたが王家の一員となれば、帝国にとって大きな脅威です。こちらの準備が整う前に仕掛けてくるかもしれません。帝国にも強硬派の貴族はいます。いずれにせよ戦争になる公算が大です」

「では僕にどうしろと…」

「わかりません。クレア嬢が王国に来た目的はあなたです。ミスター殿を夫として帝国に誘うつもりなのでしょう。クレア嬢がお忍びで王国に来ていることが強硬派に知られれば、必ず事件が起きます。クレア嬢に万一のことがあれば間違いなく戦になります。だからクレア嬢の事は報告していないのです。もしもクレア嬢と会うことがあるならば、このことは十分に承知しておいてください」

「僕が王女もクレア嬢も、どちらも娶らなければ…」

「王命を無視できますか?それに、強硬派の貴族たちは王女を袖にすれば、あなたが帝国にくだる意思ありとみなすでしょう。たとえ帝国の皇女は娶らないと言っても信用されません。そして何より…クレア嬢の誘いを断れますか、あなたに」

「何か良い手があれば…」

「ミスター殿が頼みです。わたしの力で出来ることは何でも協力します。何か良い手を考えてください」



新しい宿で部屋を確認したあとは、貴族以外では大商人くらいしか入れない中央区を見て歩こうというわけで、それぞれ勝手に町中を散策することになった。トールとゴードは酒屋が目当てだ。また高級酒を買い込んで僕にしまい込ませようとするのだろう。エマとソアは武器屋を見に行ったようだ。貴族相手の中央区の店には高価な武器防具が豊富に揃っているのだ。


僕は特に当てもなく街をぶらつくことにした。ノアは僕に付いてくると言い、アリサも当然のようについてきた。組織のことが気になるが、中央区には連中も入り込めまい。


商業区や市民エリアと違って大きな広場はない。屋台大好き少女には残念な事だろう。食事ができそうな店も庶民向けのものは見当たらず、紹介者でもいなければ僕たちは入れてもらえないだろう。


「ねぇ、テイラーさんになら紹介してもらえるんじゃない」

昼も近くなった頃、高級レストランの前でノアが入りたそうに扉を眺めている。

「そんなことでテイラーさんの手を煩わせちゃいかんだろ。それにあまり借りを作りたくないからね」

そんなことを話しているとアリサが言った。

「マスター、あれを」

アリサが顔を向けた先に数人の騎士がいた。僕たちに用でもあるのか、こちらに向かってくる。先頭は赤い髪の女騎士だ。兜は身につけていない。僕とノアは魔術師のローブでアリサはいつものメイド服だ。特に不審を招くような格好ではない。


女騎士が僕たちに声をかけた。

「その店に入りたいのか」

「みな様がたは?」

僕の質問に、

「昨日会ったであろう。見忘れたか。エンミ・ゲルトシュタインだ」

アリサが小声で僕に言う。

「第二王女様です…」

僕はあわてて頭を下げて謝罪をする。

「これは大変失礼をいたしました。お姿があまりに違ったもので」

「このような姿では見違えても無理はないか」

昨日は髪を結っていたが、今は腰まで届こうかという長髪を後ろでリボンで結んで垂らしている。化粧もせず鎧姿だ。昨日のようなあでやかさはないが、凜とした騎士姿も美しい。


「入りたいんだけど、一見さんはお断りっぽい感じで…。エンミ様が紹介者になってくれればいいんだけどねー」


おい、ノア、食い気に負けるんじゃない…


エンミ嬢は大きな声で笑いながらノアに答えた。

「いいぞ、一緒に入ろう。ヘンリー、お前たちはしばらく街を巡回していろ。わたしはこの方々としばらく話をしたいのでな」

「了解であります」

ヘンリーと呼ばれた騎士は、エンミ嬢に軽く頭を下げると、他の騎士たちと一緒に去って行った。


僕たちがエンミ嬢に連れられて店に入ると、すぐに店の奥から男が出てきて深々と頭を下げた。

「エンミ様、ようこお越し頂きました。すぐにいつものお部屋を用意させて頂きます。お連れ様はそちらの3名様でよろしいでしょうか」

「すまぬな。この3名はわたしの客人だ。よろしく頼むぞ」


僕たちは2階の一室に案内され、席に着いた。VIPルームなのだろう。テーブルも椅子も高級品だ。


「すぐにお食事の用意をいたします」

そう言う店主に僕はあわてて言った。

「メイド服を身につけているが、このものは誰の従者でもない。僕たちと同じ客としてよろしく頼む」

「承知いたしました」

そう言って店主は部屋を後にした。


料理を待つ間にエンミ嬢が話し出した。

「ここより美味い店もあるが、人に聴かれたくない話をするにはここが一番だ」

「何のお話でしょうか?」

「今日のわたしを見てがっかりしたか、ミスター殿」

「とんでもありません。凜とした美しさに感動しているところです」

「世辞はいらん。ドレス姿のときならば姉様に負けない淑女ぶりを見せてやるぞ。きっと驚くにちがいない。ドレスを着る度に自分でも驚くくらいだからな」

僕は昨日のドレス姿のエンミ嬢を思い出していた。

「昨日姉様とどんな話をしたのだ」

「えっ、昨日第一王女と会ったの?」

ノアが驚く。

「昨夜ひとりで姉上がミスター殿を訪ねたはずだ。どうだ、これ以上はないという淑女ぶりであったろう」

「おっしゃる通りです。しかし、これと言ったことは話さず、すぐに帰られましたから」

「そうか、ミスター殿の好みは淑女よりも…」

そういってノアの方を見てから続けた。

「妹のエイダが好みか。今朝話をしたそうではないか」

「えぇ、とても面白い方ですね」

「ものは言いようか」

「いえ、そんなことは…」

「それとも…クレア嬢が良いか」

「どなたですか、クレア嬢とは…」

「とぼける必要はない。帝国の皇女が来ていることは知っている。テイラーが報告もせず

何やら目論んでいるようなのでな、わたしも黙っていることにしたのだ。クレア嬢の目当てもどうせお主なのであろう」

「先日会いましたが、挨拶を交わす間もなくテイラーさんと出て行きましたよ」

「なるほど、それでクレア嬢はどうだ」

「どうだと言われても…」

「かくさなくても良いぞ、名前を聞いたときのお主の表情で判る。しかし、なかなか難しいぞ」

「テイラーさんからも言われました」


みんなコミュ力高ぇな…

そんなに表情に出ちゃってるのかな。


「文武両道であの美しさ、女のわたしでも惚れる。おまけに若いところもお主の好みだろう」

「大人の雰囲気の方でしたが」

「そうか、わたしの記憶違いでなければクレア嬢は15だぞ。たしかにエイダよりはひとつ年上だが」

「えー!あたしより下なの、あの女。ソアと同じくらいかと思った…」

「ところで、このわたしはどうだ。わたしは17だ。お主の好みの範囲であろう。剣を振るう女は嫌いか。淑女が望みなら今度登城して会いに来てくれ。淑女のわたしを見せてやるぞ。お主が望むなら剣を捨て騎士団を辞めても良い」


どうして僕がロリコンにされているんだ…

ノアのせいか、そうなのか…


そうこうしているうちに食事が運ばれてきた。なかなかのものだ、この世界に来てから一番かもしれない。見かけも味も申し分ない。値段も高いのだろうと思っていたら、顔に出てしまっていたのか、それともエンミ嬢が鋭いのか、

「心配するな、店のおごりだ」

「それではいくらなんでも…」

「王城の厨房にはこの店の料理番が何人か入っている。その報酬に上乗せして請求するだろうさ。ここの店主が損な商いをするはずがないからな」

ちょうど入ってきた店主に聞こえるようにエンミ嬢が言った。

「はい、こたびのお代は結構でございます。食後の酒は何かご希望がございますでしょうか」

「わたしは勤務中なので不要だ。ミスター殿はどうする」

「わたしには酒ではないエールを。ノアにはミルクを」

「えー、わたしはワインが…」

「お酒は召し上がりませんか…。お薦めの良いワインをご用意しておいてのですが」

「すまんね。酒は苦手なのだ」

「それでは料理長に何か適当なものを用意するように伝えましょう。それとノア様にはミルクを温めてお持ちいたします」

ノアの希望は無視して店主は出て行った。店主にはノアが16には見えなかったのだろう。


僕にも見えないけどな…


エールとミルクが運ばれ、それを飲み終わる頃、エンミ嬢は部下をいつまでも放ってはいけないと言い、謝罪の言葉を残して先に店を出て行った。僕たちもすることはないので、ゆっくりしていけという店主の誘いを固辞して店を出た。


★あとがき(撮影現場にて)★


ノア:「ちわー、一昨日の大変だったわね、大丈夫だった?」

ええ、ソアさんに招かれていたんですけどね。

ノア:「そうだったんだー」

テイクのすぐ後、自宅のマンションに案内されたんです…

ノア:「そういえば、テイクの後いなかったわね」

食事をごちそうしてくれるって話で…

ノア:「それで」

ついたら、テイクで汗かいたからお風呂をどうぞって言われて…

ノア:「まさか一緒になんて…」

僕がはいってる間に食事の用意をするって言うから…

ノア:「そうよね、一緒だなんて…」

それで、そろそろ出ようかなって思ったら…ソアさんが私もって言って…

ノア:「え、間に合わなかった…」

間に合わないって…?

ノア:「なんでもないわ。で、どうしたの」

あわてて後ろを向いたんですけど、ソアさんが後ろから大きいのを…

ノア:「小さくて悪かったわね…それで」

あせって振り払って外に出ましたよ。あ、こんなことがあったのは内緒ですからね。

ノア:「わかってるわよ」

それで服を着ていたらソアさんがタオル一枚で出てきたんです。

ノア:「ソアのやつめ…」

どうしようって思っていたら…

ノア:「どうなったのよ」

火災報知器がなったんですよ。

ノア:「良かった、ぎりぎり間に合ってた…」

それからが大変で、ソアにもあわてて服を着させて避難したんですけど…炎を見たって人もいて大騒ぎだったんです。消防や警備の人も来たんですけど、不思議なことにぼやの跡すら見つからなくて…

ノア:「それで…」

結局、誰かのいたずらじゃないかって話に…小さな女の子が逃げていくのを見たって人まで現れて…事情聴取なんかで遅くなって、結局ソアさんと食事は出来ずおひらきに…

ノア:「そうだったんだー」

あれ、ニュースになってないんですけど、ノアはどうして騒ぎのことを知ってるんですか?

ノア:「知らないわよ」

だって、一昨日は大変だったねって…

ノア:「いつもの挨拶よ、あたしが騒ぎのこと知ってた訳ないじゃない」

そうですよ…ね…



★★ 67話は11月26日00時に投稿

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