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64 魔術師、王に謁見する

クレアを想い眠れぬ夜を過ごして迎えた翌朝、冷静さを取り戻した僕は部屋を出て1階のテーブルに向かった。すでにトールたちは朝食を食べている。ノアの隣の席だけが空いている。僕が黙って席に着くと、宿の従業員が朝食を運んできた。朝食のメニューは決まっていて選べないようだ。


「一晩たってすこしは熱が冷めたか」

トールの言葉に

「もう大丈夫です。今は冷静です」

「ほんとに?あんな女のことなんか忘れちゃえばいいよ」


それが出来ないんですよ、ノアさん…


「午後には王城から迎えがくると思う。その前にエマとミスターの服を買いにいかないとな」

「え!、エマはともかく僕もですか」

僕の言葉を無視してトールは続ける。

「ソア、それにアリサ、すまんが二人と一緒に行って服を選んでやってくれ」

「わかりました。エマはドレスとして、ミスターの服はどうしますか?」

「そうだな、魔術師の正装って感じでどうだ」

「あたしも一緒に行きたい、行っていいよね」」

「ノアがいくとミスターがどんな格好になるか分からんからな、ノアには別のことを頼みたい」

「えー!」

「ノアはギルドにいってクレアの情報を仕入れてくれ。魔術師界隈に顔が利くだろ、お前は。皇女だろうが冒険者として登録されていれば、なんらかの情報があるはずだからな、そっちを頼む」

「しょうがない…ギルドに行ってくるよ」

「俺とゴードはこの国の王族、それに帝国のことを調べておく。まぁ、噂話レベルしかわからんと思うがな」

ソアがエマと僕を見て言う。

「ミスターが食べ終わったら早速でかけましょう」

ノアは早くも席を立ってギルドに向かおうとしている。そんなノアにトールが声をかける。

「昼前にはもどるんだぞ、ノア」



アリサに案内され、僕とエマ、それにソアは王都でも評判の店にやって来ていた。この店よりも格が上の店はいずれも注文の服しか扱っていないので、出来合いのドレスが買える店としてはもっとも良い店らしい。古着もあつかっているとか。古着と言っても貴族の令嬢が一度しか袖を通していないドレスで、しかもデザインなど手直しをしているため、古着と気づかれることはないそうだ。


僕の服はあっという間に決まった。魔術師の正装はほとんど制服みたいなもので、色を選べば良いだけだった。一方、エマのドレスは難航している。アリサとソアの意見が異なり、もめている。エマは最初の一着を試着しただけで固まってしまい、希望を聞くどころではない。結局、ソアの意見が通り、黒を基調とした少し変わったデザインのドレスに決まったようだ。ソアやノアのものと違ってスカートがそれほど広がっていない、大人の雰囲気のドレスだ。エマが試着していると、アリサは店の主人に仕事場を借りてなにやらやっている。しばらくすると、アリサが戻ってきた。


「腰のリボンをこちらと交換しましょう」

そういって、両端に大きめの飾りのついたリボンを差し出した。エマのドレスはウェストの部分をリボンで細く絞るようになっている。

「これは…」

そういうと、エマはアリサの用意したリボンを腰に巻き付けた。腰につける飾りのリボンにしては長すぎる気がする。エマも数回巻き付けて長さを調節していた。

「これなら手にとって見なければ縄標には見えません」

アリサが僕に説明をした。よく見ると、両端の飾りは小さなダガーとして使えなくもないものだ。

「エマ様も心強いかと」


いや、それ、王宮で使うことになったりしたら、ノアが城を更地にしちゃいそうだよ…


服は宿に届けてもらうことにして、僕らは歩いて宿に戻ることにした。

「ガジンの件が終わっていません。マスターが王都に戻ったことは組織にすぐに知られます。また刺客が来るかもしれません」

アリサが周囲を警戒しながら僕に言った。

「問題ない。誰も主殿には手出しはさせない」

エマがアリサに答えた。

「エマが僕たちと一緒にいることは組織も知っているだろう。そうそう手出しはできないと思うぞ。それに今回は王に呼ばれて来たんだ。組織だって今回はおとなしくするんじゃないか」


宿に戻ると、まだ他のみんなは戻っていなかった。ノアとソアのドレスを取りにテレポートでトールの街に戻らなければならないのだが、ノアが戻っていないので、代わりにソアに一緒に来てもらった。


「えー、ミスターと一緒に取りに行きたかったのにー」

戻ってきたノアが言うと、

「ただドレスを取ってきただけですよ。わたしでもノアでもいっしょです」

「でもー、ミスターとふたりで…」


僕とソアが戻ったときにはノアもギルドから宿に帰っていた。ほどなくトールとゴードも宿に戻り、全員がそろった。その頃にはエマと僕の服も届けられ、後は迎えを待つばかりだ。



宿に頼んで出してもらった簡単な昼食を食べ終わった頃、テイラーさんが姿を見せた。

「お待たせいたしました。みなさんお揃いですな。お召し替えは城でして頂けますので、そのままで構いません。すぐに同行をお願いいたします」

迎えにテイラー氏が来たのを見てノアが聞いた。

「もしかしてテイラーさんって、偉い人だったの?」

「お話してませんでしたか。近衛騎士団にて魔術師隊の隊長を拝命されております」

「宮廷魔術師の学者さんかと思ってた…」

「わたしも学者として自由に暮らしたいと思っているのですが…」


宿の表には豪華な馬車が止まっていた。扉には覚えのある王家の紋章が描かれている。その前後には警備の騎馬騎士がついている。護衛なんだか見張りなんだか…その両方か。


検問で止められることもなく、すぐに王城につき、巨大な城門をくぐると城の入り口に大勢のメイドや執事らしき姿が見え、その手前で馬車は止まった。



僕らは一旦控え室に通され、そこで待つことしばし、メイドを引き連れた家令らしき年配の女性がやって来た。

「皆様には謁見の前にお召し替えをお願いいたします。これらのメイドが手伝いをいたしますので、別室にてお願いいたします。お召し替えのご用意がなければ当方にて用意したものがございますので、ご安心願います」


僕たちはそれぞれ数人のメイドに案内されて別々の部屋に向かった。トールとゴードは着替えなくてもいいと抗弁したが、家令の有無を言わさぬ圧力に負けて連れて行かれた。アリサは何も言わず僕に付いてくる。いつものメイド服なので、城のメイドたちもアリサを僕のメイドと思ってゲストの数に入れていないようだ。


女性のメイドに下着姿にされて着替えをさせられるのは恥ずかしいのだが、メイドたちは慣れているようで淡々と僕を裸にしていく。下着は新しいのを身につけてきたので、丸裸にしようとするメイドに必死で抵抗し、なんとか下半身だけは守り通した。


魔術師の正装に着替え終わってアリサと控え室に戻ると、トールとゴードも貴族のような服を着せられていた。サイズはあっているのだが、なんとも、似合っていない。まぁ、人のことは言えないが…


ただでさえ女性の着替えは時間がかかるものだが、この世界の貴族の衣装といったら少しというレベルではないようだ。かなりまたされて、ようやく3人が戻ってきた。ソアは青い清楚なドレス、ノアは赤い可憐なドレス。以前に辺境伯からもらったものだ。エマは黒を基調のシックなドレス。無表情のエマが着ていると妖艶というか妖しい魅力を感じさせる。


みんなが揃うと、ほどなく立派な身なりの男性が迎えにやってきた。この世界の人は総じて若々しいが、身のこなしからそれなりの年齢であることがうかがえる。


「宰相リンデンバーグ公爵の配下のアッカーマンと申します。謁見の用意が整いましたので、これから皆様を謁見の間にご案内いたします。わたくしの後に続いてください。謁見の間に入りましたら、わたくしは横に退きますので皆様はそのまま前に進み、絨毯の色が変わる手前で止まって跪いてください。王がお言葉をかけますので、二度目のお言葉で顔をお上げください。レディの方々は、そのときに立ち上がって差し支えありません。また王からの許可がない限り言葉を発してはいけませんのでご注意願います」


トールがいかにも面倒そうな顔をして聞いていたが、あとでアリサに聞くと、これでも大幅に簡略化したマナーのようで、僕たちが冒険者であることに最大限の配慮をした結果だろうとのことだった。僕らはアッカーマンに従い、謁見の間に入り、言われたとおりに王の前で跪いた。


なるほど、女性が片膝立てて跪くには床にまで届く広がったスカートが必要なわけだ…


跪いて視線を下に落として待つと、王から言葉が発せられた。

「顔をあげよ」

アッカーマンの注意通り、一度目は聞き流す。

「面をあげよ」

ここで、僕たち男は跪いたまま顔を上げて王を見上げる。ソアたちはゆっくりと立ち上がるが王の顔を見ないように視線は落としたままだ。アリサは跪いて下を見たままだ。


さぁ、ここからは臨機応変だ。こちらが貴族ではなく、マナー知らずなことはこの場の全員が承知している。多少のことは目をつぶってもらえるだろう…


「立ち上がって良いぞ。王の前であろうと勇者は膝をつく必要はない。後ろのレディたちも顔を上げるが良い。美しきその面を見せてくれ」


目の前に王座に座る男がひとり、その横に王妃と思われる女性。その横に3人の王女が立っている。三番目の王女の後ろに、ひとりメイドが立っている。王妃の反対側の横に老人がひとり。その老人の後ろで僕らを案内してくれたアッカーマンが跪いている。この老人が宰相なのだろう。僕たちが立っている絨毯の両側は鎧騎士が僕らの方を向いて一列で立っている。そしていつの間にか僕たちの後ろにもローブの男たちが横一列で並んでいる、その中央にテイラーさんとオルガさんの姿が見えた。周囲を固めているのは近衛騎士団に違いない。


いざとなったらテレポートで逃げよう…


「そう緊張しなくとも良いぞ。国を滅ぼしかねないスライムの災厄を止めた功績に報いるために呼んだのだ。リンデンバーグよ、褒美を取らせるのだ」

「宰相のリンデンバーグである。そなたたちに王よりの褒美の品を与えるものである。アッカーマン、これに」

アッカーマンが宰相に目録のようなものを渡した。

「まず、そのほうら全員に男爵の爵位を与える。一代限りで領地はなしであるが、都の中央区に用意した屋敷がそれぞれに与えられる。またそれぞれに金貨5000枚が下賜される。以上である」


金貨5000枚はありがたいが…爵位は…

これを受けると王国に帰属するようなもので、帝国での行動が制約を受けそうだ。

なんとか返上は出来ないだろうか…


そんなことを考えていると、王がふたたび言葉を発する。

「王国としての報償は以上であるが、それとは別にもっともめざましい活躍をしたものに対して王家より報償を与える」


予想通り報償は建前で、これからが本論だ。


「報告に寄ればミスターなるものが、伝説の奇跡的魔術をあやつりスライムを殲滅したと聞く。これは真であるか」

「実際に目にした者がこの場におります。宰相として命ずる、テイラー卿。近衛騎士団魔術師隊隊長として偽りなく王に説明せよ」

テイラーさんが前に進み出て僕の横に立った。

「この者がミスターでございます。報告の通り、小職の目の前で奇跡の魔術を行使してスライムを殲滅しました」

「奇跡の魔術とはなんだ、返答を許す。申せ」

「飛行魔法、転移魔法、攻撃を通さぬ防御魔法、その他小職の魔術理論では理解不能な攻撃魔法の数々でございます。加えて、この者の魔力は感知することができませぬ」

「なるほど、万一にも敵にまわせばスライム以上の脅威であるな」

「その通りでございます。ここは是非にも王家とのつながりを確固たるものとし、友好な関係を保たねばなりません」

宰相が言葉を引き継ぐ。

「さようか、してその友好をつなぐ方法は如何に」

「ミスター殿に、王女様を娶ってもらうのが良いかと」

「なるほど、どうじゃミスター、そこに控えておる娘たちは第一王女のテレサ、第二王女のエンミ、第三王女のエイダじゃ。いずれも娶るのに適齢な乙女で、いまだ婚約者も持たぬ身である。順序から言えば第一王女のテレサとなるが、ミスターにもおなごの好みがあろう。好きな娘を選ぶが良い」


はじめからの決定事項であったのだろう、あっという間に娶ることが既定のこととされている…

王の言葉をこの場で断る選択肢はない…

3人のいずれかというところを突いて、とりあえず時間を稼ごう…


「ありがたき申し出に感謝いたします。しかし、3人はいずれも麗しき令嬢でありますが、

今日この場にて始めてお目にかかりました故、即座には決めかねます。また令嬢の気持ちもありましょう。返答にしばらくの猶予をいただけないでしょうか」


「もっともであるな、娘たちは自由にさせすぎたのか、王女らしからぬところがある。王女としては育て方を誤ってしまったかも知れん。しかし平民の、いや爵位を得て今は男爵であるが、ミスターにとってはむしろ良い妻となるであろう。よかろう、ひと月の猶予を与える。その間に誰を娶るか決めるが良い。ひと月の間は王女との自由な接見を許す。委細は宰相に相談せよ。我が姫たちよ、それで良いな」

王の言葉に、妃と3人の王女が軽く頭を下げて同意を示した。

「おう、忘れるところであった。今は軍と共に魔物の討伐にあたっているのでこの場におらんのだが、姫たちの他に王子も3人おってな、近く城に帰還する予定だ。そのときはそなたたちにも引き合わせようぞ。上の2人はすでに婚約済みだが、下の息子はまだだ。そこのレディたちも、どうだ、息子の妻とならんか」

そう言うと、王は大笑いしながら謁見の間から去っていた。王妃と王女たちも後に続いた。


王が退席すると、宰相が僕に近寄ってきた。

「爵位を得た故、家名と紋章を決める必要がある。のちほど紋章の専門家を訪ねさせるので、そのときまでに家名も決めておくように」

ううむ、面倒なことだ…

「それまで城内に部屋を用意させる。ひと月の間、自由に使って良い」

「いや、ありがたい申し出ですが、マナー知らずゆえ、城内ではどんな不始末をしでかすか分かりません。城下の宿にて過ごさせて頂きます。王女様には登城してお会いすることにいたします」

「そうか…それでは今の宿を出て中央区の宿に移るが良い。宿の手配は明日にはできるであろう。今日は城内にて過ごせ。夕食は部屋に運ばせる。本来ならば謁見の後に宴を設けるところだが、ミスター殿の存在を他に知られたくないのでな、許せ。マリア!これに!」

宰相が声を上げると、最初に僕たちを出迎えた家令らしき女性が謁見の間に入ってきた。

「お部屋の用意が出来ております。宿の手配が済むまで、お部屋にておくつろぎください。

それぞれの部屋には部屋付きのメイドがおりますので、何かあればそのものに申しつけください」


存在を知られたくないって…もう帝国も僕のことは知っていますよ。

帝国の皇女クレア様の件は宰相まで報告があがっていないのかな…

テイラーさん、どうするつもりなんですか。


僕たちはメイドに案内されて、それぞれの部屋に入った。二間に加えて浴室まである大きな部屋だ。僕がもとの世界で住んでいたアパートは6人が済んでいたが、すべての部屋を合わせてもこの一部屋にかなわないほどの広さだ。たぶん、貴族、それも王族などの上位貴族が城に逗留する時に使われる部屋なのだろう。


「さて、時間はかせげたが…」

部屋にはメイドが常駐している。うかつなことは口に出来ない。あれこれ思案を巡らしていると、ドアがノックされた。僕が出ようとする前にメイドがドアを開け応対している。アリサは僕の側から離れない。


二言三言言葉を交わすとドアを閉め、僕のもとにやって来て言った。

「トール様、ソア様、ノア様、エマ様がお見えです。お会いなさいますか?」

「もちろんだ、入ってもらえ」

メイドはドアまで行って開け、横にどいて道を開ける。

「どうぞ、お入りください」

そう言って深々と頭を下げた。4人が入ってきて、テーブルの席に着くと、メイドは僕たちを残して次の間に去った。


のぞき穴まではないと思うが、次の間で僕たちの話を盗み聞きくらいはしているかも知れない。


「こっちの部屋も同じ作りだな」

ミスターが言う。

「4人とも、もう少し近くに寄ってくれ。それとゴードは?」

「ゴードはいつもどおり寝ている」

トールが答える間に、ノアがここぞとばかりに身体を寄せてくる。

「椅子、もっと離して。そこまで寄せなくていいから」

そういって、全員を障壁で包んだ。この大きさの障壁だと防御力は期待できないが、音声を遮断することくらいは出来る。

「盗み聞きを防ぐためだからね、ノア」


トールと僕は着替えていないが、ソアとノア、それにエマはもとの服に着替えている。ソアとエマはいつもの軽鎧だがノアは魔術師の正装だ。

「ミスターとお揃いだよー」

ノアがはしゃいでいる。王に言われたことを聞いてなかったのか?

「うまいこと時間をかせいだな、ミスター」

トールが言う。

「ええ、王が選ばせてくれたのは意外でした。普通ならば第一王女を娶れと言います。娘が王女らしくないというのは事実のようですね」

「みんなミスターの方をじっと見ていたねー。で、どうやって断るの?」

「そう簡単には断れませんよ、王の命令も同然ですからね」

「えー、それは…」

「それにミスターもまんざらではないのでは」

「え、そんなことは…」

「第三王女がお好みですか?一番長く見ていましたよ。若い子が好きなミスターらしいです」

「第三王女って…14じゃん。そんな若い子をどうしよってのよ」

「みかけだけならノアも大差ありませんね。むしろ第三王女の方が上に見えます」

「そんなことないから」

「第三王女の方が大きかったでしょ」

「誰も選びませんから、そんな話は止めてくださいな」


冗談はともかく、ソアの言うことに間違いない。事実上の王命だ。断るのはそうとう難しい。何かいい手はないか…


しばしの沈黙の後、エマが話し出した。

「それとは別に気になることがある」

「気になること?」

「第三王女の後ろにいたメイドだ」

「たしかにメイドらしからぬ雰囲気ではあったが、それが何か」

「おそらく、エンダーの弟子だ」

僕はもちろん、全員が緊張感に包まれる。

「少女の時に見ただけだが、良く似ている。何よりそのときと同じペンダントを下げていた」

「間違いないのか?」

「わたしがエンダーのもとを去ったとき、エンダーが新たに連れてきた少女だ。まちがいない」

「ミスターを狙っての刺客でしょうか?」

「いや、俺たちが登城することになってからメイドで潜り込むのは不可能だろう。あの場に同席できるくらいだ、長年にわたって仕えているに違いない。出会ったのは偶然だろう」

「相手はこっちのこと、判ったのかな」

「ミスターはともかく、わたしのことは判ったかもしれません。またノアさん、アリサさんが一緒でしたから、ミスターのことも気づいたかもしれません」


「面倒ごとがいっぺんにやってくるな…」

「その方がいいかもしれませんよ。事件が起これば王命をうやむやにできる可能性が生じるかも知れません。クレア様が絡んでくれば十分にチャンスがあります」

「僕もそう思う。クレアさんがどう動くかが問題ですね」

「ミスターはそれでいいのですか?」

「いいというのは?」

「ミスターの思惑がわたしの想像通りならば…」

「ならば?」

「クレア様と結ばれませんよ」

「それは…」

「わたしとノアのことなら気になさる必要はありません。アリサはともかく、わたしもノアも王国に未練はありませんから」

「王国を捨てるだけですむのならな…」

「あたしはいつでもミスターの味方、ミスターと一緒だからねー」



夕方になっても結論は出ないまま、それぞれの部屋に戻っていった。

「第三王女のメイドについて探って参ります」

そういってアリサも部屋を出て行った。


ひとり残った僕は防音の遮蔽を解除した。次の間のメイドには、アリサは商業区に使いに出したと言っておくことにしよう。


★あとがき(撮影現場にて)★


ソア:「こんにちは。はい、ロケ弁。ノアから預かってきました」

おお、ありがとう、さすがはソアさん。

ソア:「何がさすがなのか、わかりませんが、お褒めに預かり光栄です」

いや、色々と気がつく優しい人だなと…

ソア:「そう思って頂けるのなら、もう少しわたしの気持ちも…」

ロケ弁、さっそく頂きます。

ソア:「ところでノアから相談されたのですが…」

えっ、ほんとに相談しに行ったんですか?

ソア:「あなたがクレアさんに熱をあげているとか」

それは主人公のことですよね。ドラマの。

ソア:「いえ、リアルのクレアさんとあなたのことです。最近の台本は、なんだかあなた自身を主人公に投影してるような気がしています」

ソンナコトハアリマセンヨ…

ソア:「ノアが言ってましたよ。カタカナで話すときはあやしいって。今、カタカナで答えましたよね」

どうしてそんなことが判るんですか?

ソア:「少し前の行を見返せば明白ですよ」

見返すって、台本じゃあるまいし…

ソア:「ドラマと違って現実は一夫一婦制ですよ、分かっていますか?少なくともノアかわたしか、どちらかですからね」

どちらかって…メインヒロインの枠ですか。それはノアってことで決まってるじゃないですか。

ソア:「そうじゃなくて現実の話です…しかたありません。計画実行あるのみ。お約束は憶えていますよね。わたしと夕食をご一緒するという」

ええ。

ソア:「それでは明日のテイクの後、わたしの自宅までお願いしますね」

え、ソアさんの自宅?

ソア:「あとで場所を連絡しますね。それでは失礼」



★★ 65話は11月22日00時に投稿

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