63 魔術師、運命と出会う
ミモザを出た10日の後、僕たちは王都の商業エリアに立っていた。
「王宮への登城は明日の午後になります。それまでこちらの宿にてお待ち願います」
テイラー氏が目の前の宿を指し示しながら言った。商業区で一番の宿らしい。部屋はすでに個室で予約されていて、支払いも済んでいた。僕らは荷物を部屋に置くと、1階のロビーに降りて、隅のテーブル席に陣取った。
ノアが口火を切る。
「何も言われなかったけど、王宮にあがるのはみんな一緒なのかな」
「なんとも言えないな。スライムの群れの討伐に対する報償を与えるという建前だから全員揃ってだと思うが…」
「王に謁見となると、身なりはどうしたら…」
僕がつぶやくと、ソアが答えた。
「わたしとノアは辺境伯にいただいたドレスでいいでしょう。ミスターの倉庫に預けてあったはずです。すみませんが取ってきてもらえますか」
「お安いごようだが、あずかった荷物のどこに入れてあるんだ」
「あたしが一緒についてくよー。バッグの中、見られたくないしー」
「そうですね、よろしくたのみますよ、ノア」
「アリサは…」
「わたくしはいつも通りです」
「俺とゴードもいつも通りだな、俺たちは冒険者だからな」
「エマさんはどうしますか?」
「わたしは今身につけている服しか持っていないぞ」
「謁見は午後ですから、明日の午前中にエマさんの服を買いにいくとしましょう。注文服は間に合いませんが、王都の店なら出来合いのドレスもあるかと思います」
「な、なにを言っている。女の服など…」
「辺境伯のときはともかく、王宮で王と謁見ですから。その身なりではちょっと…」
「良い店を存じていますので、わたくしがご案内いたします」
アリサさん、公爵御用達の店じゃないですよね…
「武器は?持って行けるのか?」
トールが聞く。多少なりとも知識のあるのはソアだけだ。みながソアの方を見る。
「報償の場ですから、帯剣は許されるかと。ただ、儀礼的な剣のみかと。ミスターのレイピアはそのままで良いかと思いますが、トールとゴードの剣はちょっと…」
「そうか、ならば俺とゴードは短剣を持つことにしよう。まさか武器を使うようなことはあるまい」
「わたしの武器は…」
「エマさんはドレスにしてもらいますから、もちろん武器はなしです」
「そ、そんな…何かあったら」
「アリサもトンファーはおいていってくださいね」
「心得ています。トンファーは持たずにいきます」
トンファーは、ですか…
そんな話をしていると、宿の扉を開けて女がひとり入ってきた、入り口で中を見渡す。いるのは僕たちだけだ。僕たちを見ると、まっすぐにこちらに向かって歩いてきた。珍しい女の冒険者だ。身につけている装備はどこから見ても一級品だ。身のこなしも隙がなく、あと一歩で干渉魔法の射程に入るところで立ち止まった。
「失礼いたします。こちらはミスター殿のご一行でしょうか」
黒髪のすごい美人だ。ソアと同じくらいの年頃だろうか。その声を聞き、顔を正面から見たとき、電撃を受けたような気がした。これまでの人生で初めだ。この人を得るためならすべてを捨ててもいいとさえ思ってしまった。呆然としていると、ソアが代わりに答えた。
「おっしゃる通りですが、あなたは?」
「申し遅れました。私はクレア・アレクセイ・ハーディングと申します」
家名持ち…
貴族なのか…
「貴族様なのですか、冒険者のようにも見えますが」
「身分はありますが、この場ではただの冒険者にすぎません」
「あのハーディング家のお身内のかたでしょうか?」
アリサが口をはさんだ。クレアと名乗った女はアリサを一瞥すると
「メイドが詮索するなど…」
「アリサさんはメイドではありませんよ」
「ではその姿は…」
「他人の衣装をあれこれ言うのは、淑女としていかがなものかと」
ソアの言うことはもっともだが、メイド服を着ていたらメイドと思ってしまうのも無理はない。
「なるほど。これは失礼をいたしました」
そういってアリサに頭を下げた。
「あなたのご想像なさるハーディング家で間違いないでしょう。それ以外のハーディング家があるとは聞き及びませんから」
「それで、クレアさん、どのようなご用件で来られたのでしょうか」
「スライムの災厄を止めたミスター殿とお話がしたいのですが、そちらの方がミスター殿でよろしいのでしょうか」
「話がしたいのは、冒険者のクレアさんでしょうか、それともハーディング家の…」
このとき、テイラー氏が慌てた様子で宿の扉を押し開け入ってきた。
「困りますな、クレア様。勝手にこられては外交問題にもなりかねませんぞ」
「これはテイラー卿、おひさしぶりでございます。今の私は冒険者にすぎません。ギルド所属の冒険者は国に縛られることなく、どこにでも行けるはずですが」
「建前をおっしゃられても困ります。あなたの身に何かあったら戦にもなりかねませんぞ。どうかわたしと一緒に来ていただきたい」
「それはお断りさせていただきます。とはいえ、テイラー卿にご迷惑をかけるわけにもいきませんね。この場は出直すことに致します。それではごきげんよう、ミスター殿」
そういうと、ソアにも負けない美しい所作で別れの挨拶をして去って行った。
「お待ちください!クレア様」
テイラー氏が急いで後を追って宿を出て行った。
「あー、どうしちゃったのかなー、ミスター」
「何を惚けているのですか、ミスター」
ソアの言葉に我に返る。
「い、今のは誰だ」
「おそらく、帝国の第二皇女であるクレア嬢ではないかと」
アリサも頷いている。
「帝国の…、皇女…、ノア!もう一度聞くが、この世界に魅了魔法はないんだよな」
「ないよ」
「本当だな」
「本当だよ、あれば噂話くらいにはなるはず」
「そうか…、魅了されたのではない、本物だ。生まれて初めてだ…」
「何が初めてなのかなー」
「この世界に転移したのは…あの人に巡り会うためだったんだ…」
「ミスターが何か変…」
周囲の言葉はまったく耳に入らない。僕の心はクレアにとらわれていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
とある宿の一室。
私を王宮へと誘うテイラー卿をなんとか振り切って宿に戻ると、もとは私の乳母で、今は私の相談役とも言える専属のメイドが待っていました。
「してクレア様、ミスターなる者はいかがでしたかの?」
「まだ分かりません。伝説級の魔法を使うと聞いていましたが、魔力をまったく感じませんでした。情報に間違いはないのですか?」
「間違いはございません。帝国に忠実なものが宮廷魔術師として潜入しています。そのものの報告です」
「不思議なことです。魔力を隠せるなど信じられません。それも未知の魔法のなせる技なのでしょうか。彼が王国に忠誠を誓うようなことになれば帝国にとってゆゆしき問題です。なんとしても防がねばなりません」
「帝国一の美しさと英知、そして強さをほこるクレア様であれば、ミスターなるものも篭絡は容易かと」
「それは買い被りです」
「とんでもありません。帝国はもちろんのこと、この世界でクレア様に匹敵するおなごはおりません。ただ…」
「ただ、何でしょう」
「どこの馬の骨とも分からない冒険者ふぜいに、実の娘であるクレア様を嫁がせようなどとは、たとえ皇帝であってもあたくしには理解できません」
「皇女と生まれたからには当然の義務です」
「しかし…」
「それに、馬の骨ではなくて、すばらしい方かもしれないでしょう」
見た限りでは、それほどの強さを秘めているようには見えませんでしたが、少なくとも悪い人には見えませんでした。ずっと私を凝視していましたから、もしかしたら私を気に入ってくださったのかも知れません。この国の王女はもちろん、側にいた三人の美しい女性にも負けるわけにはいきません。皇帝の、いえ、臣民のために、私との婚姻を実現させなければ…
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
今日はいきなりですね。何でしょう。
ノア:「脚本なんだけど、役者の名前と役の名前が同じじゃない」
そんなことはありませんよ、主人公の役者はミスターじゃないし、トールやゴードも違いますから。
ノア:「そうなの…あっ、女だけがそうなってるじゃん」
あ、ばれました?
ノア:「どうしてばれないと思えるのかなー」
でも、今日まで気づかなかったみたいだし…
ノア:「良くこんなアホなことできたわね。なんでこんなアホなことやってるのよ」
だって…女性の名前なんて思いつかなくて…
ノア:「あきれて物もいえないわね。で、本当の理由は?
気に入った女優さんを名前で呼び捨てにできるからなんて理由じゃアリマセンカラネ。
ノア:「またカタカナ…あたしならいつでもノアって呼んでくれて良かったのに」
でも、ソアさんやクレアさんは…
ノア:「あたしだけで十分よ。それに今回の台本ときたら…」
なにか問題でも?
ノア:「クレアがヒロイン枠どころか本命じゃん」
いや、つい、自分の願望が…
ノア:「ちょっとまって、まさかリアルの方のクレアに惚れたりしてないでしょうね」
惚れたりなんかしてませんよ、どうなってもいいくらい好きなだけで…
ノア:「それを惚れたって言うのよ!たいへんだわ、ソアに相談しなきゃ…また後でね」
あ、今日のロケ弁は…
★★ 64話は11月20日00時に投稿




