62 魔術師、王家に存在を知られる
司令官から一通の書状を渡された。封蝋に押されていたのは、以前に王都で宮廷魔術師の長であるレミントン公爵が迎えによこした馬車に描かれていたのと同じ紋章、王家の紋章であった。まずいことになりそうな気が…
書状を渡された日の二日前の朝、僕は司令官に会っていた。作戦を実行した日から二日後の事だ。
「ミスター殿!貴殿の作戦はどうなっておるのだ!」
司令官が大声を上げている。
司令官は部隊を森の縁から2キロほど後退させて再度布陣をし、偵察隊を定期的に送り出し、森の様子を見張っていた。その報告では、幅30キロ、奥行き3キロに及ぶ広大な森が今やすべてスライムに変わってしまったという。森に到達したときは、300メートル四方ほどの群れだったことを考えると、とてつもなく増殖している。森の草木をすべて自分たちの一部として吸収し、分裂増殖したのに違いない。
「貴殿の話では、毒で死ぬのではなかったのか。これほどの数になってはもう手の施しようがないぞ」
「先ほど僕も偵察をしてきました。上手くいくかどうか不安もあったのですが、安心してください。上手くいったと思いますよ」
「しかし、現にスライムは巨大な群れに…」
上空から偵察して分かったことだが、ばらまいたポロニウムの量から予想されるアルファ線よりも遥かに低い線量しか観測できなかった。これは散布したポロニウムの大部分をスライムが草や木と一緒に体内に取り込んだとしか考えられない。草や木に付着せず、地面に落ち、スライムに吸収されなかったポロニウムだけが今もアルファ線を出しているのだ。もうじきどのスライムも放射線障害を発症するはずだ。普通なら森を食い尽くした群れは移動を再開するはずだが、今もスライムは同じ場所に留まっている。すでに何らかの異状が発生しているのに違いない。
「もう一日待ってください。効果がでるかと思います」
僕は司令官に一日の猶予をもらうと、トールたちのいるテントに戻った。
「森が食い尽くされてしまったぞ、大丈夫なんだろうな、ミスター」
トールが僕に尋ねてきた。他のみんなもすこしばかり不安そうな目で僕を見ている。
「大丈夫にきまってるよー、なんたってミスターだから」
相変わらずノアだけは楽観している。
「でも、あのばらまいた灰色の粉は何なのか、そろそろ説明して欲しいんだけどー」
僕はみんなに放射線というものについて説明を始めた。なかなか理解してもらえなかったが、例の近づくだけで病気になる岩山の話で、すこし納得してくれたようだ。
「ようするに、呪われた粉なのですね」
とソア。
「まぁ。そんなようなものです」
「それじゃ、あの土地は…」
トールが言おうとすることは分かるので、すぐに説明する。
「あの粉のほとんどはスライムが吸収してしまい、危険なものではなくなっています。吸収されずに土に残ったものも1年もすぎればほとんどが危険ではなくなります」
「つまりー、呪いは1年くらいで消えるってことかなー」
「そう考えてもいいかも」
「で、このあとスライムの群れはどうなるんだ」
「おそらく移動も増殖もせず、あのまま死ぬのではないかと思います」
トールの疑問に答えた。
「そう願いたいものだな…」
翌朝、伝令に呼ばれて司令官のもとに出頭した。
「おお、良く来てくれた。かけてくれ」
司令官に促されてテーブルの席につく。
「今朝の偵察隊の報告だ。スライムどもの体色が白く濁りだしているとのことだ。これは死にかけているのではないか。どうだ」
「スライムが死ぬ前に白く濁って不透明になることは過去の経験で分かっています。おそらく死にかけているのでしょう」
「そうか、貴殿の作戦が上手く言ったのだな。大手柄だ!」
「まだ安心は出来ません。偵察隊を増やし、生き残りのスライムがいたら一匹残らず始末する必要があります。魔術師の魔力感知で発見できるでしょう。スライム以外の生き物はすべてスライムに食われて一匹もいないでしょうから」
その日の午後にはスライムはひからび始め、誰の目にも死滅していることが明らかになった。軍の魔術師たちはスライムの生き残りの駆除に総出であたっていた。司令官には散布された粉を土埃と一緒に吸い込むと危険なので口や鼻を覆うように進言しておいた。司令官は進言を聞き入れ、前線の兵にその内容を伝え、兵も指示に従っている。宮廷魔術師は風向きに注意し、必要ならば魔法を使ってポロニウムを含む土埃が森の南側に拡散しないようにしていた。
スライムの群れの消滅をどうやって知ったのか謎であるが、移動をしていた魔物の群れはばらばらになり、あるものは移動先の森に定着し、飛竜たちは営巣地へと戻り始めたことが報告された。ここからも北を目指して上空を飛ぶ飛竜の姿を見ることが出来た。軍と冒険者たちはばらばらになった魔物が街や村に害を与えないよう、掃討に追われているようだ。
そうして、今、僕らは司令官から受け取った書状を前にして、テントの中で思いを巡らしていた。書状の中身は王からの召喚状であった。今回のスライムへの対処について王直々に報償を与えるので急ぎ王宮に出向けという旨が書かれていた。
「まずいな…」とトール。
「(ミスターが王に取り込まれて貴族にでもなったら、ソアとノアと一緒にさせて引退させる予定が…)」
「…」とゴード。
「(めんどうくさい…)」
「よくありませんね…」とソア。
「(王には美しいと評判の未婚の王女が3人いると聞きます。そのうちの1人と婚姻を望まれたらミスターは…)」
「やばい…」とノア。
「(王女と結婚なんて話になったら…)」
「悪い予感が…」とアリサ。
「(公爵様のお味方として取り込む予定が…)」
「わたしは…」とエマ。
「(この身は主殿に捧げたもの、主殿がどうなろうと付き従うのみ)」
誰に向かってということもなくトールが言った。
「何故王宮がミスターのことを知ってるんだ、それもこんなに早く…」
「おそらく司令官が僕のことを王宮に逐一報告していたのでしょう」
「そうですね。ノアを助けるためとはいえ、飛行魔法や転移魔法を始め、伝説級の魔法を使っているところを見られてしまいましたから。上の方に報告しないはずがありません」
「ソアの言うとおりだと思う。報償を与えるなどと言うのは建前に過ぎん。狙いはミスター自身に違いない」
「現国王には未婚の王女が3人いたはずです」
アリサがソアの言葉を肯定する。
「その通りです。第一王女は今年19になります。宮廷魔術師並みの魔力量だとの評判です。第二王女は17歳。魔法は使えませんが騎士団の騎士もかなわぬ剣の技量の持ち主と聞きます。そして第三王女は15歳で、王国一とも噂される聡明さと美しさの持ち主だとか。いずれも適齢期で婚約相手を探しているとか」
アリサの言葉に全員が僕の方を見る。
「いや、僕は貴族なんてまっぴらですよ。まして王族となんて…」
「しかし、ミスターの力が知られてしまった以上、王は放っておいてはくれんぞ。身内に取り込めんとなったら…」
トールがつぶやく。
「どうなるのー」
アリサが答える。
「暗殺…」
「えー、そんなことしようとしたら王都を更地にしてやるからー」
ノアが物騒なことを言い出した。本当にやりそうなので心配だ…
「もう、そんなの無視して帝国にでも逃げちゃおうよー。帝国にだってギルドはあるしー」
「帝国にもミスターのことは知られたと考えるべきでしょう。帝国に逃げても同じだと思いますよ」
ソアがノアに答える。
「皇帝がミスターを放置するとは思えません。確か皇帝には未婚の美しい皇女が4人いて…」
「あー、聞きたくなーい、聞こえなーい…」
ノアが耳を塞いだ。
「王女との婚姻もそうだが、王家はあの毒の粉を手に入れたがるのでは」
エマがもうひとつの懸念を口にした。
「そうだな、あれが自由に使えれば長年の帝国との対立に決着をつけられるかもしれん」
トールが言った。
「あれは二度と作りませんよ。スライムへの手立てが他に思いつかなくて仕方なく作ったので」
「王に命令されたらどうするの」
「それでも断りますよ。作るには命をかける必要があり、二度と出来ることではないとか言って」
「えー、そんな危ないことやったの?絶対、二度としないで!」」
「嘘だよ、まあ、危険がないとはいえないけどね。いろいろな使い道があるけど、武器に使うのは論外だからな。僕の生まれたところでは色々と使い方を間違ったからね…」
「記憶が戻ったのか?」
「あ、そんな気がしただけです。記憶の断片が戻ったのかもしれませんね…」
トールの質問をなんとか躱す。
そのときテイラー氏がテントに入ってきた。
「お話中に失礼します。みなさんお揃いですな」
テーブルの上に置かれた書状に目を留めて言った。
「王からの書状はごらんになったようですな。それなら話は早い。我ら宮廷魔術師にも帰還命令が届きまして、同時に皆様の護衛をして王宮まで案内するよう指示されております。そういうことですので早急に出立の用意をお願いいたします」
「ありがたい申し出だが護衛は不要だ」
トールが返答すると、
「すでに帝国が動いているとの情報もあります。何か手を出してくるかもしれません。護衛は受け入れて頂く必要があります。明日早々に出立できるようお願いします」
そう言って返事も待たずテントを出て言った。
「主殿はどうしたいのだ。帝国の皇女は主殿と同じ黒髪の麗しき姫と聞く。また皇帝は武を貴ぶ武人とも聞く。主殿が望むならば宮廷魔術師の8人くらいはこのわたしが始末を…」
無茶はやめてくださいね、エマさん…
「帝国にくだるなど、わたくしが許しません」
アリサも落ち着こうね…
続けてアリサが言う。
「ソア様はたしかウッドアロー伯爵家の令嬢、婚約ではなくもう結婚していることにすれば王家でも王女の婿に差し出せとは言えないのではありませんか。伯爵で格が不足であれば、わたくしのもとの主であるレミントン公爵の孫娘で14歳の令嬢がおられます。王都につきしだい登城まえに第一夫人と言うことで急いで婚姻を結べば王家でも容易に手は出せないかと。それでも不足ならばルビー姫の件で貸しのある辺境伯の令嬢サファイア様、あるいはルビー姫でも…」
「ダメだからねー!そんなのダメー!」
いったいどうなってるんだ…
もとの世界の女たちは人を見る目がなかったのか…
モテたことなぞ、これっぽっちもなかったのに…
良い案も出ないまま夜は更け、ろくな準備をする間もなく翌朝僕たちは宮廷魔術師の一団に見張られ……いえ、護衛されて王都へ連行……いや、出発した。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「ちわー、はい、ロケ弁」
こんにちは、ありがとう。
ノア:「監督さんのとこに綺麗な人がいっぱい来てたけど、あれ何かしっている?
あぁ、オーディションだよ。
ノア:「何の?」
王女と皇女の女優さんを決めるんだ。
ノア:「あんたは関係ないの?」
決めるのは監督だから…
ノア:「さっき見ちゃったんだけど…」
何を?
ノア:「あんた、黒髪の人をずーっと見てたでしょ」
そうだったかな…
ノア:「あたしには分かるわ、もしかして一目惚れ?」
黒髪ってことは皇女役の人のはずなんだよ。で、皇女は重要な役だからね、気になっただけだよ。
ノア:「気になっただけー?怪しい…ソアとだって…」
いや、怪しくないから…
ノア:「で、なんて名前の人なの?」
確か、クレアっていったかな。
ノア:「ほらー、名前知ってるじゃん、やっぱ怪しい」
出演する女優さんの名前くらい…
ノア:「じゃ、他の王女役のひとは?」
ええと…なんていったっけな…
ノア:「ほらほらほらー、あの人だけじゃん、名前知っているの」
たまたま、そう、たまたまですよ。
ノア:「とっても怪しい…。あたしとの約束は忘れてないわよね」
もちろんです。
ノア:「予定を早く決めて教えてね。準備もあるから。それじゃ、また」
★★ 63話は11月18日00時に投稿




