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61 魔術師、作戦を実行する

スライムの群れは堀を迂回し、森に到達した。二つの群れに分かれたスライムは、それぞれが森を吸収しはじめ、すごい勢いで数を増やしている。放っておけば10日もしないうちに、この広大な森がすべてスライムに変わってしまうことだろう。


僕らは軍のテントをひとつ提供してもらい、宿代わりに使っている。宮廷魔術師たちはそれぞれ別々のテントを軍に要求して認めさせたようだ。全員で雑魚寝の僕らとは大違いだ。横になりながら僕はノアに聞いた。


「ソアにも聞いてみたんだが、詳しくなさそうなので教えてくれ。ある物を別の物に変えるような魔法はあるのか?」

「なにそれ?」

「たとえば、岩を金に変えてしまうような魔法」

「錬金術じゃん」

「そう、錬金術」

「古文書には、そういう奇跡を起こした太古の魔術師の話が書かれているね。伝説やおとぎ話にも出てくる。でも、しょせんおとぎ話だよ。できるわけない」

「そうか…」

「錬金術がどうかしたの、まさかミスターなら出来るなんて言わないよね」

「あー、できないことはない…」

「できるの?大金持ちになれるじゃん」

「面倒だからやらないよ」

「どうしてー、ちょっとだけなら…」

「やらないから。国の経済がおかしくなっちゃうだろ」

「けち!」

「絶対にやらないからね」

「なんとか、そのうちに…あー、でも、なんで急に錬金術の話になるの?」

「スライムなんだけどね、なんでも溶かして吸収するっていわれてるよね。あれ、溶かしているわけじゃなくて、錬金術で自分の身体の一部に変化させてるんじゃないかと思ってね」

「岩とか草とかをスライムの食べ物に変化させてるってこと?」

「そう、だから岩を吸収して増殖できる」

「確かに、岩なんて普通じゃ栄養に出来そうもないもんね。ちょっとまって、ミスターなら出来るってことは…もしかして、その気になれば…あたしやソアの服だけ溶かすというか分解出来るってことなのかな」

「やらないからね」

「あー、二人っきりのときなら、やってもいいよ…」

「ええと、話は変わるけど、近づくだけで人が死んだりする鉱石なんてのはあったりする?」

「鉱山技師の噂話で、人を殺す呪われた鉱山があるらしい。その穴にはいった時はなんともないんだけど、何日かたつと病気になって死んでしまうって。他にも、近づくだけで同じように病気になって死ぬ岩山とか…」

「なるほど…天然ウランの鉱脈でもあるのかな」

「テンネンなんとかって?呪いの正体?」

「知識ってのは大事だな…」

「ねえ、何の話をしているの?」

「いずれ、ノアにも教えるよ。ひょっとしたらノアにも魔法で錬金術が使えるようになるかもな」

「今!今から教えて!」

「後でね、今はスライムをなんとかしなきゃね。なんとかなるかも知れないよ。錬金術には錬金術って、昔から言うだろ?」

「言わないから、そんなこと」



翌朝、僕はひとりで町にもどると、副司令官に用意してもらった大量の木箱を馬車に積み込み、町の郊外の人気のない場所に行って、二日間不眠不休で力を使った。物理を学んでおいて良かったと思った…。そして三日目の朝、不眠不休の二日間で作ったものを木箱に詰め込み、テレポートで森の南の陣地にもどった。



「もー、どこに行ってたんだよー」

僕の姿を見つけたノアが声をかけてきた。

「三日前から探しまくったんだからね」

「すまんね、ちょっとスライムを退治できるかもしれない物を作ってたんだ」

「その箱に入っているの?山ほどあるけど」

僕がテレポートで持ってきた数百個の木箱の山をノアは眺めている。

「おう、どこに行ってたんだ。ちょいと心配したぞ、ひとりでスライムと戦いにいったのかと思ってな」

トールもやって来た。

「ちょうどいい、リーダー、司令官に来るように伝えてくれないか。話があるんだ」


トールが司令官を連れて戻ってきた。テイラー氏も一緒だ。

「何の話だ、スライム対策で忙しいのだ、つまらん話なら止めてくれ」

「きっと役に立つ話だと確信しています。実はスライムに効く毒物を作りました」

「その箱の山の中身か。スライムに毒は効かないということは、もう確かめられていることだ。大勢の学者たちが確かめたことだ。お主ひとりでなんとかなるなど、信用出来ん」

「ミスターは別だよー。すごいんだからー」

「すごいということは認めよう。先日の戦いで見せたお主の力はいまだに信じられん。空を飛び、見たこともない魔法を放っていたからな」

テイラー氏も同意する。

「まったくです。空を飛ぶなど、王都の魔術大会でも見たことはありません。伝説の魔法です」

「しかし、いくら魔法の腕がたっても、新しい毒物の発明となると別だ。そんな都合のいい話などあるわけがない」

「使って見れば分かるよー、きっと」

「ノアの言うとおりです。試しに使って見てください。それほど手間はかかりません。そちらの対策も続けながらで構いませんから」

「人手はどのくらい必要だ。暇な者はおらんぞ」

「魔術師を全員」

「それは無理だ」

「半日で構いません。魔法を数回放ってもらうだけです。それ以外は僕がすべてやりますから」

「あたしも手伝うからねー」

「半日だけでいいのだな…。この際だ、おとぎ話にも頼らせてもらおう。やってくれ」

「明日の午前中までに準備しますから、明日の昼に。魔術師を森の橋に沿って等間隔に配置させてください。目の前の森の端から端まで」

「何キロあると思っているんだ。今から始めんと間に合わんぞ。何が半日ですむだ!」

そうは言ったが、司令官は伝令を呼ぶと魔術師たちに命令を伝えさせた。


「強がってはいるけど、打つ手がなくて困っていたんだね。きっと」

「おい、聞こえるぞ。黙っているんだ。臍を曲げられると困るからな」

聞こえてしまったのか、司令官が振り向いて睨んでいる。気がつかないふりをして僕は言った。ちょっと大きめの声で…

「いや、あの司令官は聡明な方だから、自分の気分で作戦の是非を決めたりはしないと思うぞ」

司令官は黙って去って行った。



翌朝、僕はひとりで作戦の準備をしていた。森の端から端までざっと30キロメートル。広大ではあるが、この世界の森としては小さい方だ。テレポートを駆使して、森の南側の草原との境界に沿って100メートル置きに木箱を並べていった。魔術師ひとりにつき箱を2個担当してもらうつもりだが、軍の魔術師を動員しても200人ほどしかいない。だがノアと宮廷魔術師は普通の魔術師に比べれば規格外だ。ノアを含む9人にはそれぞれ10個の木箱を担当してもらうことで、なんとか間に合った。配置してない木箱の残りはまだ100箱ほどあるが、これは僕が担当しよう。


「木箱の中身は昨日お主が言った、スライムに効くという毒物なのか?」

司令官が僕に尋ねた。

「そのとおりです」

「スライムにどうやって与えるのだ。置いておくだけでは全部のスライムが食うとは限らんぞ」

「置くだけではなく、中身を森にばらまきます。それだけで効くはずです」

「スライム以外には無害なのか」

「いえ、おそらくすべての生き物に有害です」

「そんな物を森にばらまこうと言うのか。死の森にするつもりか!」

「毒は1, 2年で無害になります。それまでは立ち入り禁止にするしかないですかね。実を言えば、毒の効果で死ぬ前にスライム自身がすべて吸収して無害化してくれるのではないかと、その後で毒の効果で死滅してくれるのではないかと期待しています」

「毒にさらされたら、すぐに森から逃げ出すんじゃないか」

「この毒は症状がでるまで毒に侵されていることに気づけません。毒物であることすら気がつかないと思いますよ」


もとの世界では常識であるが、科学の知識のないこの世界の住人にこの毒物を説明するのは難しい。


「間もなく昼です。正午に作戦を開始します。各魔術師には木箱を魔法で攻撃して破壊してもらいます」

「中身が燃えてしまわないのか?」

「燃えませんし、燃えたとしても効果はかわりません」

「中身が飛び散ったら、魔法で森に向かって吹き飛ばしてもらいます。要するに中身を森にばらまくのですね」

「中身を見せてもらえんか」

「木箱の外にだすと僕たちにも危険です」


正午となり作戦が開始された。爆破された木箱からは灰色の粉末が煙のように飛び散り、魔法で起こされた風に乗って森に向かって流れていく。煙の薄い場所には僕が残りの木箱を持って森の上空から中身をばらまいていく。障壁のおかげで僕に危険は及ばない。



数時間の後、森の南側の部分への銀灰色の粉末の散布が終わった。あとはスライムを待つだけだ。安全のため、司令官に布陣を下げて、森から離れるように進言した。


部隊が後退する騒ぎの間にノアが聞いてきた。

「あの粉末は何?近づくだけで気がつくこともなく致命的なんて、毒と言うより呪いじゃない」

「その通りだ。前に近づくだけで病気になって死ぬ岩山の話を聞かせてくれただろう。その岩山と同じだ」


森にばらまいた粉末はポロニウム218。僕が不眠不休で作り出した。半減期が3日ばかりの放射性物質だ。アルファ崩壊してポロニウム210になり、140日弱の半減期でこれもアルファ線を出して崩壊し最終的には鉛になる。木箱の中身は僕の力で特別な障壁で覆ってある。この障壁内では崩壊は進まないのだ。そうしないと放射線の問題以前に、崩壊に伴う熱で木箱が持たないだろう。これだけの数の障壁を発生させ維持していたのは僕の限界に近かった。


スライムがポロニウムの微粉末を体内に取り込めば、スライムの錬金術で餌となる物質に変えられてしまうが、その間に致命的な量のアルファ線を出すはずだ。スライムの体内にあるスライムの核とも言える黒い粒がすべて被曝するだろう。体内に取り込まなくても外部から大量のアルファ線を浴びることになる。体内での被曝ほどではないが、スライムのゼリー状の身体をある程度は通過することを前の実験で確かめてある。いずれの場合も即死することはないだろうから、群れのスライムがすべて被曝するまで気がつかないと思う。


僕はこのもくろみが上手くいくことを願った…


★あとがき(撮影現場にて)★


ソア:「こんにちは」

あ、ソアさん、こんにちはです。

ソア:「最近は良くノアと一緒にお出かけになっていますが、何をなさっているのでしょうか」

ええと、食事を奢ってもらってるんです。

ソア:「餌づけをされていると…」

いや、餌づけだなんて…

ソア:「先日はお休みの日までご一緒に…」

ええ、ホテルの高級レストランで夕食を奢ってもらいました。

ソア:「え、ホテルですか。まさか食後は部屋で…」

ノアは部屋を取っていたようですけど、僕は部屋の予約までしてませんでした。

ソア:「あたりまえです。で、まさか、ノアと一緒に…」

いやー、僕が牡蠣にあたって大変でした。救急車を呼ぶ騒ぎになりまして…

ソア:「牡蠣?」

ええ、牡蠣のアレルギーが出ちゃったようで。

ソア:「じゃぁ、ホテルには泊まらなかったんですね」

ええ、それどころじゃありませんでした。

ソア:「それは、良かった…じゃなくて、大変でしたね」

まったくです。

ソア:「それでは、今度はわたしと夕食などいかがでしょうか」

ええと、牡蠣騒ぎの埋め合わせで、ノアとまた食事の約束があるんですが…

ソア:「それはそれで、わたしとは予定のあいている日にでも」

でも…

ソア:「ノアとばかりでは、どんな噂が立つやもしれませんよ」

そうですよねー、ノア以外の人とも食事してれば普通のつきあいだと分かってもらえそうですね。

ソア:「そうですよ。だから、わたしとも是非夕食をご一緒に」

じゃぁ、今度予定のないときにってことで。

ソア:「ええ、そういうことで。あとはなんとしても私が先に既成事実を…」

え、何かいいましたか?

ソア:「いえ、なんでもありません。では、お約束しましたよ」


★★ 62話は11月16日00時に投稿

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