60 魔術師、スライムと闘う
「まだ撃たないでー」
ノアが叫んでいる。ノアの指示に従って、魔術師たちは待機している。
目の前で、次々とスライムが落ちていき、堀を埋めている。堀が半分の深さまでスライムで埋まったところで、ノアが攻撃の指示を出した。
「撃てー!」
宮廷魔術師たちが火球を堀の中に打ち込み始めた。同時に軍の魔術師が風魔法で堀に蓋をするように下向きの風を作り出す。堀の中で爆発が起こり、スライムが業火に焼かれている。焼き尽くされない部分が破片となって飛び散るが、下向きの気流で堀の中の落とされ、これも業火に焼かれていく。スライムの群れは爆発を無視して次々に堀に飛び込んでいく。これを再び火球が襲い、業火で焼き尽くしていく。
このまま繰り返せばと、思った時、スライムの群れが堀の手前で前進を止めた。もう落ちていくスライムはいない。すると、正面のスライムが集まり始め、塔のように上に伸び始めた。偵察のときに見た、舌のようなスライムの集まりだ。10数メートルの高さまで伸び上がると、堀に向かって倒れてきた。
「あぶないよー、下がってー」
ノアが叫び、中央にいる魔術師たちが後ろに下がる。大きな音と共に、舌の先端が堀を越えて、こちら側の地面にたたきつけられた。土埃が納まるとスライムの橋が出来ていた。
スライムの舌の先端から、次々とスライムが分離してくる。逃げ遅れた、いや、魔術師を逃がすために留まって闘った兵士たちが、スライムに取り付かれ、包まれていく。スライムに包まれたまま走り回り、その場に倒れる者。堀に落ちていく者。大勢の犠牲が出ている。
このままでは中央を突破されてしまう。ノアがあぶない。もう力を隠している余裕はない。上空からスライムの橋に向かって光の槍を放った。橋に命中し、爆発を起こす。スライムの橋は中央から折れ、堀の中に落ちていった。堀のこちら側に垂れ下がった舌の先にも光る槍を撃つ。爆発でスライムがばらばらになって吹き飛んだ。上空からノアに叫ぶ。
「スライムの破片を焼くんだ。他の魔術師と協力して各個撃破だ。ひとかけらも逃すんじゃないぞ!」
僕の声が聞こえたのか、他の魔術師に指示を出して破片を焼いている。相手が破片のひとつくらいなら軍の魔術師ひとりでもなんとかなる。それぞれが各個撃破で破片を焼いていく。
「魔力感知を使って一匹も逃がさないでー」
上空から見ると、第二第三のスライムの塔が伸び上がっている。これ以上橋を作られてはまずい。破片が飛び散ってしまうが、堀の向こう側だけなら仕方がない。光の槍を連打する。スライムの群れの中で何回も爆発が起こり、上に伸びたスライムが倒れていく。しかし、何度吹き飛ばしても、スライムの塔は復活する、10数発放ったところで、光の槍の攻撃の合間に中性子線ビームの照射を加えてみた。しばらくすると、スライムの動きが止まった。橋を作るのを諦めたようだ。中性子線ビームが照射されたスライムの身体が濁ってきている。群れ全体からみれば、微々たる数のスライムだが…
一匹一匹に知性があるとは思えないのだが、集団になると、まるで大きな一匹の魔物のような振る舞いを見せる。あらためて軍隊蟻の行軍のイメージが頭に浮かぶ。堀をはさんでのにらみ合いだ。こちらから群れの本体を攻撃するのは難しい。破片をまき散らして、数を増やすのに協力するようなものだ。
ノアのアイデアは、次々と堀に落ちるスライムで堀が満たされる度に焼き払っていくという作戦だったが、誰もスライムが知性を発揮することを考えていなかった。
スライムの群れは堀の向こうで動きを止めている。すると、炎が納まった堀にスライムの一団が落ちるというか、自ら降りていき、堀の壁にとりつくと、壁面を吸収し始めたのだ。時間をかけて垂直な壁面を斜面に変えるつもりなのだろう。そうなれば堀がただの窪地になってしまい、突破されてしまう。
壁面を削っているスライムを、当初の作戦の方法で焼き尽くしているが、この程度の数のスライムを相手に殲滅を繰り返していたのでは、群れの本体が増殖する速さに追いつかず、こちらの魔術師が消耗してしまう。堀が埋まるほどの多くのスライムを一度に焼き尽くすことを繰り返せなければ意味がないのだ。
司令官のもとに集まり、僕とノア、そしてテイラーさんとオルガさんで対策を考えている。他の魔術師は交代で堀のスライムに対処している。
「このままスライムの周囲を堀で囲って出さないようにして、自然死を待つというのはどうかな…」
「いまでさえ、堀の維持に苦労しているのだ。とてもじゃないが無理だ。宮廷魔術師が1000人もいればともかく…」
魔術師たちは夜を徹して堀の維持に力をそそいでいたが、朝日が昇る頃、変化が起こった。スライムが動きを止め、堀に入ってこなくなった。
「魔術師たちも限界が来ていた。これは幸運といえる。今のうちに魔術師を休ませよう」
そういう司令官に、僕は言った。
「幸運ではないと思いますよ。嫌な予感がします」
「なんであろうと休息は必要だ。向こうが動きを止めているなら、今のうちだ」
そういうと、司令官は護衛の兵士に見張りを命じ、魔術師たちを休息させた。
トールは僕たちを集めて、話し合いの場を設けた。
「ミスターはどう思う」
「昨日の戦いで感じたのですが、一匹一匹はともかく、群れたスライムはまるで一匹の大きな魔物のような気がしますね」
「あたしもそう思った。あの橋を作った動きなんか、知恵がないとできないよ」
ノアに続いてソアも言う。
「その後の堀を何とかしようとする行動も知恵あるものの行動ですね」
「まったくだ、そしてそいつらが今はじっとして動かないでいる。何か考えているに違いない」
「リーダーの言うとおりですね。僕も嫌な感じがします」
「確かに知恵はありそうだ。しかし、それほど大した知恵ではない気もする」
エマが言う。
「相手の知恵を警戒しすぎてもいけない。スライムの動きはもっと単純なものだと思う」
「じゃ、次はどうくるんだ。エマはどう思うんだ」
トールがエマに訪ねる。
「前に障害物があったら…わたしなら避けて通るだけだ。作戦も何もない」
そのとき、見張りの兵士の叫ぶ声が聞こえた。
「スライム、動きを開始!」
僕たちはもちろん、司令官を始め、宮廷魔術師たちもそろって見張りがいる場所にやって来て、堀の向こうのスライムを見た。二つの群れに分かれて、堀に沿って左右に移動を始めている。エマの言うとおり、堀を避けていくつもりのようだ。昼頃には堀の左右の端に到達するだろう。他の魔物の群れと違って、弾幕で進行方向を制御することはできない。目の前で火球が爆発してもスライムはまっすぐ進んでいく。命中させれば破片が飛び散り、数を増やすだけだ。
「森の南側まで撤退する。そこでもう一度布陣だ」
司令官が呻くように命令を発した。
「森の南側でどうするのですか」
テイラーさんが訪ねる。
「群れを止める手立てがないのであれば、我々宮廷魔術師は王都に引き上げ、王都の防衛手段、いや、最悪王国が生き残るための方法を考えなければなりません」
「なんとしても、命に代えても止めてみせる…」
「わかりました。森の南で再度布陣したところで作戦をお聞かせ願いたい。それによって我々も結論を出させてもらいます」
そう言うと、テーラーさんは宮廷魔術師を集めて撤退の用意を始めた。
トールも僕たちに指示を出した。
「俺たちも引き上げるぞ。馬にのるんだ」
スライムが森に到達すれば、森全体がスライムの餌になる。岩や土と違って、スライムは爆発的に数を増やすに違いない。広大な森全体がスライムに変わってしまう。そうなってしまったら、もう手の施しようはない。ただただ避難を繰り返し、逃げ回り、スライムが自然に死滅するのを待つことしかできない。とんでもない災厄だ。
森が僕たちの最終防衛ラインだ。司令官は止めてみせると言ったが、どうみても空元気だ。
僕にも良いアイデアは思いつかない。ひとつの方法を除いて…
ノア:「ちわー」
お、ちょうどいい。聞きたいことがあったんだ。
ノア:「めずらしいじゃない、歓迎されるなんて。で、聞きたい事って。式の日取りとか?」
なんだい、式の日取りって?何かあるのか。そうじゃなくて、魔法のこと。
ノア:「なんでも聞いてー」
次の脚本に書くんだけど、錬金術って実はあったりする?
ノア:「あたしは出来るよ」
うそ、ほんとなのか。じゃ、こ、これ、金に変えて!
ノア:「うそだよー、錬金術なんてあるわけないじゃん。ゴミの山なんか出さないでね」
なんだ、残念。
ノア:「そんなにお金が欲しいの」
欲しくない人なんていないでしょ。
ノア:「それなら問題ないじゃない。あたし、大金持ちだから」
ご両親のお金でしょ。
ノア:「家の収入の8割はあたしの稼ぎよ。だから資産の半分はあたしの名義よ」
え!、ほんと!
ノア:「ほら、あたし、現実でも天才魔術師だから。特許でバッチリ」
そうなのか、ノアが好きな相手がうらやましい…
ノア:「あんた、ねぇ…」
誰かお金持ちのお嬢さんを紹介して、知り合いにいるでしょ。
ノア:「このスカポンタンが…いいわ、今度あたしの家で夕食を食べるとき紹介してあげる。あたしに良ーく似てる娘よ。もう同一人物じゃないかってくらい」
★★ 61話は11月14日00時に投稿




