58 魔術師、スライムを研究する
町に戻った僕は、すぐに移動司令部に出向くと、司令官は魔物の群れのコース変更に成功して戻ってきていた。
「ノアはどこに?」
「食堂で待っているそうだ。それよりもだ、当番兵によれば報告したいことがあるとか」
「北の森の先、飛竜の営巣地のさらに先でスライムの穴を発見しました」
「確かなのか」
司令官が聞き返す。
「間違いありません。この目で確認しました。移動開始は目前かと思います」
「規模は」
「巨大です。この国のノア級の魔術師を総動員して何とかできるかどうか…」
「その袋は?」
「スライムを10匹ほど凍結して捕獲してきました」
「何!」
僕は袋の中身を床に出した。凍結したスライムの塊が転がりでて、周囲に冷気を発している。
「な、なんということを!」
「大丈夫です、常に凍結状態を維持するようにしていますから」
「飼育は禁止されておるぞ」
「飼育するつもりはありません。何か対策を立てるための実験に使えるかと思いまして」
「実験なら100年前にやり尽くしている。その結果、飼育が禁止されたのだ」
「100年前には僕がいませんでしたからね。ご心配なく、危険性は十分理解しています。実験後は確実に処分しますから」
「何か考えがあるのか」
「やってみたいことはあります」
「軍の協力は必要か」
「是非お願いします。宮廷魔術師を出来るだけ多く派遣してもらってください。できればノアに匹敵する魔術師を」
「魔物の群れの対処にかり出されているが…スライムとなると脅威度が別格だ。すぐに手配しよう。何人派遣してもらえるか判らんがな」
「捕獲したスライムですが、軍も使いますか?」
「いらん、君たちで全部管理するんだ。何かあったら斬首刑は間違いないぞ」
「何もありませんよ。ではスライムは僕がもらっていきます」
「応援の魔術師が到着次第、行動に移ることとする。万全の準備を頼むぞ」
「その事なのですが、宮廷魔術師が到着するまで何もしないで待っているのも時間の無駄なので、ちょっとやって見たいことがあるので軍の魔術師の協力をいただけないでしょうか」
「軍の魔術師は有能な者ばかりだが、宮廷魔術師ほどの力はないぞ」
「問題ありません。戦闘するわけではありませんから。ノアの思いつきなんですが、最悪でもスライムの移動を多少は遅らせて時間稼ぎが出来ると思います」
「ならば、各小隊の魔術師をできる限り回すようにしよう。すぐに伝達してここに出頭させる。指揮権を君らに与えるので、好きに使ってくれ。今日の作戦でノア殿は良くやってくれた。ノア殿の思いつきならば、きっと役に立つと信じておるぞ」
「では、ノアには僕から話をして、明日の午後にでもここに来るように伝えます」
移動司令部を出てノアの待つ食堂に向かった。
食堂につくと、トールたちも帰っていた。僕が姿を見せ、凍結したスライムの塊を袋からだすと、さすがに驚いていた。もっともエマ以外はスライムの実物を目にするのは始めてのはずだし、その脅威もタルト氏から話として聞いているだけで、実感がないのかそれほ
ど恐ろしさを感じてはいないようだ。あのスライムの大群を見れば、そんなに落ち着いてはいられないと思うが…
「そんなものを持ち込んで、いったい何をするつもりなんだ」
「ちょっと研究して見ようかと…」
「学者でもあるまいし、いまさら研究しても何になるんだ」
「何か対策を立てるのに役立つかもしれませんよ、まず相手のことを知る必要があります」
「ミスターの言うとおりですよ、トール。わたしたちが飛竜を討伐できるのも、相手の性質や戦い方を知っているからです。スライムだって同じなのでは」
「そうだねー」
「ところで、ノア、例のスライムを落とし穴に落としてって話だが、とりあえず試そうと思う」
「あたし一人じゃ無理だよ」
「司令官に話をして、軍の魔術師を集めてもらえる事になった。ノアが指揮をとって北の森の手前で準備をしてくれ。スライムはまもなく移動を始めるだろうから、偵察隊をだしてスライムの移動方向を確認してから穴掘りをはじめてくれ」
「そんなんで間に合うの?」
「移動速度はそれほど速くないし、森を吸収しながらなので時間の余裕はあると思う。それに森の魔物はすべて逃げてしまっているので、偵察も楽に出来るはずだ」
「アリサは今日と同様、ノアの護衛についていってくれ。軍も護衛はつけてくれると思う。何にせよ安全が第一だ。無理はするんじゃないぞ、ノア」
「わかってるよー」
「それじゃ、ノアは明日の午後にでも司令官に作戦の説明をしてくれ。ついでに応援の宮廷魔術師がいつごろ到着するかも聞いといてくれ」
「僕はこいつらの研究だ。目を離すと危ないからな。トールたちはどうする?」
「俺たちもノアについて行こうと思う。ノアの思いつきに直接役にはたたんだろうが、周辺のはぐれの魔物の討伐くらいは出来るからな」
このあとは、今日の互いの行動の情報交換をしながら食事となった。
食後は店の主人の宿について訪ね、この町一番の宿に部屋を取った。宿代はタルト氏持ちだ。さすがに疲れていたのか、他の者はすぐに寝てしまった。僕はスライムの凍結が解けないように起きているつもりだったが、夜中にアリサが部屋にやって来て見張りを交代してくれたおかげで、仮眠をとることができた。
翌日、僕はスライムを詰めた袋を持って町の郊外に出かけた。いろいろと観察と実験をしてみるつもりだ。万一逃げられると大事なので、ソアとエマに協力を頼んでついてきてもらった。ノアは他の者と一緒に昼頃には司令官のところに向かう手はずだ。
郊外に着いたところで、スライムの観察と実験だ。ますは凍結した塊から一匹だけ分離する。これは凍結したまま一匹だけ僕と一緒にすぐ横にテレポートするだけだ。凍ったスライムを近くから観察する。半透明なゼリー状の塊だが、良く見ると小さな粒が多数含まれている。それ以外に内蔵のような構造は見えない。
次の再生についての実験だ。分離したスライムの凍結を解除する。熱エネルギーを加えてやればいい。スライムはやはり凍結しただけでは死ななかった。ゆっくりと動き出す。まずは再生を見せてもらおう。僕スライムをレイピアで二つに切断した。二つの破片はゆっくりと、しかし目でわかる速度で再生していく。ほんの数分でもとのスライムが小ぶりのスライム二匹になった。一匹はソアが誘い出して、火球で消滅させた。一匹だけならソアの火球でも十分だ。スライムは欠片も残さず蒸発した。
残った一匹を再度レイピアで切るのだが、今度は注意して、ふたつに斬った片方の破片には、最初に観察した粒が入らないようにした。結果は予想したことであったが、粒が含まれない破片は再生せず、すぐにひからびてしまった。粒が含まれる方は、もとどおり再生した。何度か同じ実験を繰り返し、スライムの再生には破片に粒が少なくともひとつは含まれる必要があることが判った。粒をひとつしか含まない破片が再生したスライムは、当然粒をひとつしか含まないのだが、10分ほどするとスライムの内部で粒が分裂して2つになった。この小さな粒がスライムの核というか本体なのだろう。この粒の数がある程度多くなるとスライム自体が分裂するようだ。スライムを殺すには、この核を不活化できれば良さそうだ。ちょっと思いついたことがあるが、その前に出来る観察を続けよう。
まず、なんでも溶かして吸収するという点だが、再生した小ぶりのスライムに餌を与えてみる。とりあえず持ってきた木の実や果物、木片などだ。土や岩も吸収するはずだが、やはり有機物の方が好みのようだ。また小ぶりのスライムは成長を優先するようで、近づいても餌がある限り襲ってはこない。
最初は溶解液のようなものを分泌して溶かしてから吸収するのかと思ったが、そうではなかった。小さな物はまるごと包み込んで、体内で吸収しているが、まるごと包み込めない大きな物は、それに張り付き、接触面から吸収している。よく観察をすると、溶かしたりしているのではないことがわかる。接触している部分が蒸発するように消えていく。普通の消化吸収とは思えない。試しに岩の塊を与えてみた。同じように岩に張り付き、接触面を蒸発させているように見える。
これは何が起こっているのだろう。そもそも岩石のような無機物を栄養として取り込めるというのが不可解だ。僕に考えられる可能性はただ一つ、元素転換だ。放射線も何も発生させず、高エネルギーの粒子線も使わない元素転換。すなわち錬金術だ。
僕の能力と同じようなものか…
この魔法の世界に錬金術はあるのだろうか。
「魔法で錬金術って、あるの?」
ソアに聞いてみる。
「いきなり何ですか」
「錬金術。例えば石ころを黄金に変えたりするとか…」
「またおとぎ話ですか?」
「ということは、ないのか」
「わたしは魔法はそこまで詳しくはありません。ノアに聞けば何か知っているかもしれませんね」
「主殿、スライムが逃げるぞ!」
エマが叫んだ。
それを聞いたソアが火球を飛ばして、小さなスライムを蒸発させた。
最後に、さっき思いついたことを確認しておこう。
スライムの脅威はその数であり、千切れとんでも破片のひとつひとつがもとどおりになってしまう再生力だ。これに対処するには、魔法で欠片も残さずいっきに消し去るしかない。あまりにも巨大な群れになってしまうと、それが不可能になる。ダメージを受けると自ら破裂して破片をまき散らされてしまう。もっと静かに殺す方法が必要だが、これまでの実験では毒物などもいっさい効かないらしい。
ところで、生物に害を与える物は炎や熱ばかりではない。強い放射線もまた生物を死に至らしめる。しかも致死量をあびせられてもその時には気がつかない。熱や怪我のように、危険性を感知することができない。スライムに放射線を照射したらどうだろうか。これならば静かに殺せるのではないかと考えた。
魔法の原理はよく判らないが、僕の力は物理法則に干渉する力と言っても良い。だから物理法則を知っていることが重要だ。きっと魔法も同じなのではないだろうか。炎や電、水や風、温度などのように、実感でき、イメージできることが魔法での再現に重要なのだと思う。魔法が便利すぎるのが原因かも知れないが、この世界は科学の知識に乏しい。そのためこの世界の人たちが知らないレーザーや荷電粒子のビームなどは魔法で発生させられないのではないかと思う。当然、放射線の害なども気がつくことができないし、存在すら知らないだろう。
僕は地面に深い穴を掘り、もう一匹のスライムを解凍して穴に落とした。僕を探知して攻撃しようとするが、一匹では無力で穴の底で跳ねているだけだ。本体をばらばらにせず、このスライムの核を破壊できれば良いのだ。そこで、中性子線を発生させてスライムに浴びせる。大量の中性子線がスライムを本体を通過し、核にも命中する。中性子線を吸収した核は機能を失うのではないかと思う。しばらくあびせているとスライムは動きを止めて、白く濁り始めた。どうやら成功だ。中性子線の他に、アルファ線やベータ線、ガンマ線なども試した。中性子線のような即効性はないが、分裂しなくなるのは確実なようだ。分裂しなければ、スライムは怖くない。ただ、アルファ線は透過力が小さいため、スライムの表面である程度止められてしまうようで、あまり効果的ではなかった。
スライムの対処に放射線が使えそうなのだが、僕一人では膨大な数のスライム全部に放射線をいっせいに照射するのは不可能だ。何か工夫が必要だ。
生物学的興味はあるが、いろいろ実験している時間はない。ここまでにしておこう。僕は残った凍結スライムをマイクロブラックホール球で処分して町に戻ることにした。
★あとがき(撮影現場にて)★
ソア:「こんにちは」
あれ、ノアは?
ソア:「今日も雑誌の取材を受けています。なので、はいロケ弁」
おお、ありがとうございます。次の話は、いよいよスライムの相手をする場面ですからね、気合いを入れて台本を書かないといけないんですよ。腹が減っては戦はできませんからね。
ソア:「ところで、先日のブレスのシーンのテイクなんですけど、CGでは行けなかったのですか?火傷をしてしまいました」
でも、ノアの時はちょっと熱かっただけだって…。ゴードにぴったり張り付かなかったのがいけなかったんじゃないですか。
ソア:「ノアは小さいからゴードの背中にぴったしくっつけますけど、わたしはノアより大きいので、邪魔になってぴったりくっつけなかったんです」
あー、身長の差を考えなかったか…
ソア:「身長の問題ではなくて、ゴードの背中に密着できるかどうかです」
ええと、それは、つまり…
ソア:「火傷は回復魔法で治療してもらえましたが、痕が残ってないか心配です」
それは大丈夫じゃないんですか。専属の術師さんは腕が良いと聞いていますから。
ソア:「見た目だけではなく、手で触った時の感触も大事なのです。ちょっと調べて頂けませんか」
え、僕がですか?
ソア:「脚本を書いたあなたの責任ではないかと」
それは監督の…あ、ちょっとこんなとこで脱がないでください。
ソア:「大丈夫です。入り口は施錠しておきましたから」
いや、そういうことじゃなくて…
ソア:「後ろを向くので、大丈夫ですよ。背中だけですから。手で触ってみてくださいな」
あー、すべすべで火傷の痕は全くありませんね。
ソア:「それは良かった。もしも痕が残ったら、あなたに申し訳けなくて」
へ?僕にですか?
ソア:「好きな方に抱かれるときに、肌に痕が残っていたらと思うと…」
そうですよね。で、僕に申し訳けないというのはなんで?
ソア:「ノアからいつも聞かされていますが、ほんとうにあなたは鈍感すぎますね。そのロケ弁、返してもらいますね」
えっ、あっ、ちょっと、持って行かないで…
★★ ★★ 59話は11月8日00時に投稿




