06 魔術師、誘惑される
夜。ベッドに横になっていると、かすかにノックの音が。
「どなたでしょうか?」
「わたし、ソアです」
「こんな夜中に何か用でしょうか?」
「とりあえずドアを開けてもらえないでしょうか。用件はそれからで」
ベッドから起き上がり、錠を外してドアを開ける。
「夜中にごめんなさい。もう寝ていたのかしら」
「いえ、横になって考え事をしていただけです。それでご用の向きは?」
「鎧の具合を見させていただこうかと。昼見たときはぴったりに見えましたが、しばらく身につけていて具合の悪いところが出ていないか気になりまして」
「あぁ、ありがとうございます。さっき着替えた所ですが、特に窮屈だったりした所はなかったですね」
「それは何よりです。入らせてもらっていいかしら。脱いだ鎧を見せてください」
「ええと…」
ここでようやくソアの格好に気がつく。ソアも着替えていて今は薄衣1枚を羽織っただけである。ほとんど透けている生地なのだが、鎧下も脱いでいて、薄衣の下は何も身につけていないのが一目で分かる。眼をそらしてあせっていると、向かいの部屋のドアが開いてノアがやってきた。
「ソアさん、何をしているのかなー」
「ミスターの鎧の具合を確認しようと思っただけです」
「その格好でミスターの部屋に入って何をするきだったのかなー」
そういうノアも、薄衣1枚でソアと大差ない格好である。僕の部屋の前で二人の言い合いが始まってしまった。
そうこうしていると、騒ぎを聞きつけたのか、女将がやってきた。
「宿の廊下でこんな夜中に何を騒いでいるんだい、ふたりとも」
「だってソアが…」
「ノアが…」
「いいから部屋に戻りな。騒がしくて迷惑だよ」
女将に追い立てられて二人は部屋に戻っていった。
「どうも夜中にすみません。ちょっと困っていたところでした」
といって、頭を下げると…目の前にこれまた薄衣1枚だけの女将の下半身が…
「うわ、すみません」
横を向きながら礼を言って、ドアを閉めようとすると、
「ちょっと中を確認させておくれ。女将として部屋になにかあったら困るからね」
「いや、大丈夫です。どうもしてませんよ、女将さん」
「エリカです」
「ええと…」
「エリカです」
「はい、エリカさん」
「エリカです」
「はい、エリカ…。部屋はなんともありませんよ。そもそもソアもノアも入ってはいませんから」
「でも念のためです」
女将は部屋に入ろうと身体を押しつけて来る。
まずい!
ソアやノアではかろうじて理性を保っていたけれど…
あと6年すれば異世界でなくても魔法使いになれるはずだ。
ここで資格を失ってしまっては…。
「ええと、それではどうぞお入りください。僕はちょっとパーティーのことでトールさんと話をしてきますので、その間に部屋の確認をしておいてくださいね」
僕は返事を待たずトールの部屋のドアの前に行きノックする。
「僕です。お話があるので開けてください」
幸いまだ起きていたようで、すぐにドアがあいた。言葉をかけられるのも待たずに部屋に滑り込むと、後ろ手でドアを閉めた。
翌朝。5人そろって宿のテーブルで朝食を食べている。この宿は食事なしのはずだが、なぜか今朝の朝食は女将のサービスだという。無言で食べていると、ふだん無口のゴードが話のきっかけをつくった。
「夜なにか…」
「何もありませんでした、ノアのせいで」
「そう、ソアのおかげで何もなかったよ」
「俺、寝ていて何も気づかなかった…夜ミスターが部屋にきたような…朝目が覚めるとミスターが床で寝ていた…」
すごい、ゴードってこんなに話ができたんだ。
「いや、つい明け方までトールさんと話し込んでしまいまして…」
「ふたりだけじゃなくて、もしや女将とも何かあったのか?昨夜、女将も廊下にいたようだったが」
トールさんがいらぬ事を言う。
「そうよ、エリカが悪いのよ。ソアと二人で一緒にって話がまとまり掛けていたのに」
ちょっとノアさん、声が大きいです。
女将さんがこっちにらんでいますよ。
それに二人一緒にって、何をするつもりだったんですか?
トールさん、何か言ってくださいよ。
「あー、とりあえずミスターが悪いってことにして、食い終わったらギルドに行こう。昨日の護衛の報酬が出てるはずだ」
あ、逃げた…