56 魔術師、スライムに遭遇する
ミスターやトールと分かれて、あたしとアリサは移動司令部の馬車に行って司令官と会った。
テーブルの中央の席に軍服の男がひとり座り、テーブルの横奥にローブ姿の男と女が立っている。
「よく来てくれた。そこに座ってくれ。わしが第3大隊司令のサムソン男爵だ」
あたしとアリサが司令官と向かい合わせの席に座わると、司令官はローブの男女を紹介した。
「そちらにおるのが宮廷魔術師殿だ」
「宮廷魔術師のテイラーと申します。お見知りおきを、ノア殿」
「同じく、宮廷魔術師のオルガです」
そう言って、軽く頭を下げた。
「冒険者のノアだよー」
「アリサと申します」
あたしもアリサもいつも通りの挨拶だ。ちょっとまずかったかな…。奥で控えている当番兵が、司令官になんて口の利き方だとばかりに怒りの表情で睨んでいる。
「アリサ殿はメイド服だが、ノア殿の従者なのか」
「アリサはあたしの護衛だよ」
「護衛とな。メイドの姿は偽装のためか」
説明が面倒なのか、アリサは返事の代わりに軽く頷いた。
「護衛の件はトール殿から聞いておったが、見目麗しい乙女が護衛とはおもわなんだ」
「腕の方は確かだから安心していいからね」
「心配はしとらん。こちらも3小隊を護衛として同行させるのでな」
ここで、テイラーと名乗った魔術師が口をはさんだ。
「ノア殿は、あの有名なノア殿ですかな」
「あのってのは知らないけど、魔術師協会では少しばかり有名だと思うよ」
「おお、やはりそうでしたか。余りにお若いので少々驚かされました」
「若いというより、幼いですね。魔力量が規格外に大きいと聞きますが、魔力量だけで魔術師の実力が決まるものではありません。戦場で実力のほど、拝見させていただきます」
オルガって名乗ってたかな、ちょっと嫌な奴だねー。
幼いってなによ。
あたしより少しばかり大きいからって…
オルガの方を向いて、微笑み返すことで余裕を見せたのだが
少しじゃないか。とても大きいな…
オルガが胸を張って微笑んだ。
「失礼なことを言ってはいけませんね、オルガさん」
「配慮がたりませんでしたか。謝罪いたします、ノア様」
気持ちのこもっていない謝罪に。ここは大人の態度で
「気にしなくていいよー。あたしが若いってのは確かだから。他人の実力を測ることは難しいのか、始めて会ったおばさんの魔術師からそーゆーふうに言われちゃうことには慣れているよ」
と返しておいた。
ただよう緊張感に、司令官がテーブルに地図を広げて割って入った。
「早速これを見て頂きたい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ノアとアリサ、それにミスターと別れたわたしたちははぐれの魔物に対処するため、町の北側の街道へと向かいました。町の北側の入り口でトールに訪ねます。
「さて、わたしたちはどこに向かうのでしょう。軍の小隊も多くが同じ任務についているのでしょう。重複しないようにしないと」
トールが答えます。
「軍の小隊は周辺の村の近くでが討伐にあたっている。俺たちは迂回して魔物の本体の後ろで、遅れて群れから離れてしまった魔物を討伐することにしよう」
「群れの後ろには飛竜がいるのでは」
エマがトールに聞きます。
「軍の偵察では、今回の群れに飛竜の姿はなかったそうだ。しかし油断はできん。すまんがゴードは大盾も持って行って、周囲の警戒を頼む。全員ゴードから離れないように注意してくれ。ミスターがいないからな、飛竜がいたらゴードの盾が頼りだ」
北の街道をしばらく進と、軍の兵士の一団が陣を敷いていて、わたしたちを見ると隊長らしき兵士がやって来ました。
「ご苦労様です。冒険者の方々ですね。司令官から話は聞いております。それで、総司令官殿は?」
「司令官は魔術師と一緒に後からくるぞ。俺たちは別行動ではぐれの魔物を討伐する。群れの本体は今どこにいる?」
「群れの本体は10キロほど先を街道に沿ってこちらに移動しています。スタンピードよりはゆっくりとした速度です」
「なるほど、じゃぁ俺たちは街道に沿って進み、本体と接触前に左右どちらかに迂回して後ろに回り込むことにする。念のために聞くが、この群れには飛竜はいないんだよな」
「肯定です。何度も偵察隊を出していますが、飛竜は確認されていません」
「よし、それじゃぁ俺たちは先に進むことにする、お互い無事でな」
トールは兵士に別れを告げると、先を急ぎます。わたしたちもトールに続きます。隊長は女性の冒険者が珍しいのでしょうか、丘を越えて姿が見えなくなるまで、わたしとエマをずっと見ていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
食事が済むと、僕はノアやソアたちと分かれて店の近くの路地をさがした。すぐに袋小路が見つかったので、その奥にテレポートの基準点を設けた。そして上空を見上げてテレポートし、北の森の方角に飛行を始めた。町に向かって移動している群れに飛竜がいる場合に備えて、発見されないように300メートルほど上空を飛行している。
街道にそって少し先に軍が陣を敷いているのが見える。さらに飛行を続けると北の森が見えてきた。少し高度を落として飛行しながら熱を感知しようとしたが、森の中に熱源が見つからない。小さな虫の類を除き、すべての魔物が森を離れてしまったようだ。もしかしたらオークの群れはどこかの洞窟などに潜んでいるかもしれないが、ドラゴンと違ってスライムの大群が相手では見つかってしまうだろう。
軍隊蟻の大軍と思えばいいのかな。昔見た映画を思い出した。映画では、迫ってくる蟻の大群を、水を張った堀や、屋敷を取り囲む塀と炎では防げず、最終的には水門を爆破してあたり一面を洪水にして押し流して防いだんだよね。スライムの大軍が相手だと、どうだろう。スライムにも軍隊蟻みたいに女王的存在がいるのかな…。そいつをやれば、群れは移動を止めて一件落着なんてね。そんなうまい話はないか…
そんなことを考えながら飛行していると、森が途切れて岩肌の土地が続くようになった。遙か彼方まで岩肌が続いている。遠くの方に山がかすんで見える。このあたりにドラゴンはいないというのは事実のようだ。ドラゴンは山の頂に住むのが通例だ。地竜は移動したのか、それとも地に潜っているのか。
ようやく飛竜の営巣地が見えてきた。ゴロゴロとした岩の間に多くの巣がある。近寄って見ると、巣の中の卵は皆割れている。巣そのものは何ともないので、これは飛竜が巣を放棄する時に卵を割ってから去ったのであろう。危機に瀕した親が自分の子を食べてしまうのは自然界で見られる現象だ。巣の上を旋回していると、一つだけ、卵が無事な巣があった。そのとき、後ろの上空で大きな咆哮が聞こえた。振り返ると、一匹の飛竜が僕に向かって急降下してくる。その爪を躱すと、少し離れた位置でホバリングしている。ブレスの構えだ。理由は不明だが、逃げ出さずに留まった飛竜が一匹いたようだ。ブレスを避けて飛竜の背後にテレポートする。以前はこのあと一緒に成層圏まで転移したが、そのときの経験で今ならより簡単に対処できる。
飛竜の後方に転移して、すぐに首の後ろにしがみついた。後ろから尾が襲ってくるが、首にぴったりと張り付いていれば、ドラゴンの尾ほど長くないので、飛竜の尾は僕には届かない。そのまま片手でマイクロブラックホール球を出現させ、飛竜の首に押しつけた。何の抵抗もなく飛龍の首を通過した光る球は、少し離れた位置まで飛び、小爆発を残して消滅した。飛竜の首はほとんど千切れかけている。落下する飛竜にしがみついたままレイピアを抜くと、千切れかけている首を切り落とし、飛竜から離れた。地上に落ちた飛龍は、そのまま動く様子はない。
ノアの言うとおりだな、首は確かに弱点だ。切り落としたら死んだ…
この方法でドラゴンもやれるんじゃないかと思うが、どこにしがみついたら攻撃を受けずにすむのだろう。どこにしがみついても、尾の攻撃を受けそうだ…
周囲を見渡したが、飛竜はもういないようだ。ここで、割れていない卵を持ち帰れば大もうけ…と思ったが、なんと、飛竜は自分の巣の上に落ちていた。卵はすべて割れてしまっている。もっと早くに気がつけば巣の上に落ちないように出来たかもと思ったが、後の祭りである。ノアには黙っておこう…
営巣地を越えて、さらに北に飛行すると、遠くに何か光るものが見えた。スライムの大群だった。すでにスライムの群れの下の岩は抉れてすり鉢状になっているようだ。そこにあふれんばかりのスライムが詰まって、周囲にあふれ出ている。すぐにでも移動を始めそうだ。僕一人では殲滅できないほどの広さの群れになっている。ブラックホール球で端から消滅させていっても分裂で増加する速さに追いつきそうもない。障壁で囲わないブラックホールならまるごと吸収できるが、そのあとのマイクロブラックホールを何とかできなければ世界が終わる。おそらく一瞬で蒸発して膨大なエネルギーが解放される。この星ごと消滅するかもしれない。そんな危険はおかせない。すぐに戻って対策を考えた方がいいだろう。
戻る前に、いくつか試して見よう。情報収集だ。慎重に近づくと、5メートルほどでこちらを探知したのか、何匹かが僕に向かってくる。あわてて後ろに下がるが、一匹が探知すると全体に情報が伝わるようで、群れから次々とスライムがやってくる。まるで大きな舌が伸びてくるような感じだ。テレポートで50メートルほど距離をとると、感知の範囲から外れるようで、向かってきたスライムはゆっくりと群れに戻っていった。
次に端のスライムに光の針を打ち込む。命中したスライムは、膨張と収縮を何度かしたあと破裂した。とびちった破片はまるでプラナリアが再生するように、見る間に小さなスライムになって動き出し、群れと合流した。
ちょっと危険だが、サンプルを何匹か捕まえて帰ろう。空中に浮遊し、一緒にテレポートできるギリギリまで近づこうとする。しかしその前に探知して、空中の僕に向かってスライムの群れが舌のように伸びてくる。その先端がテレポートの範囲に入ったのを見て、熱エネルギーを消滅させて先端のスライムを凍結させる。そしてすぐに一緒にテレポートした。
袋小路の基準点に転移した僕の足下に、凍結したスライムの塊がころがった。10数匹は捕獲出来ただろうか。凍結を保ったままのスライムの塊を抱えると、僕は軍の司令部に向かった。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「ねぇ、あたしの活躍場面はー?」
台本読みましたか。今回の主人公がスライムに遭遇する話は長めの話なので前後編にわけてあるんです。で、ノアが活躍するのは後編ですよ。
ノア:「そうだっけ」
台本読んでますよね、終わりまで。
ノア:「モチロンデスヨ」
なら、わかっていたでしょ。
ノア:「わかってるに決まっているでしょ」
それなら問題なしですね。
ノア:「そうね…ううむ、ばかー!」
誰が馬鹿なんですか。
ノア:「誰でもないわよ」
明後日のテイクで後編撮りますから、台本、もう一度読み直しておいてくださいね。戦闘シーンですからアドリブはなしですからね。
ノア:「わかりましたー」
それと、魔法はCGで処理するので、実際に撃つのは威力を最小にしてくださいね。
★★ 57話は11月6日00時に投稿




