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54 魔術師、スライムを知る

ルビー姫誘拐事件からずっと人間相手の事件ばかりだった僕たちは、トールの町にもどって休暇を楽しんでいた。今朝も定宿のいつものテーブルで朝食を食べている。トールはギルドに行って何かニュースでもないか見に行っている。まだ新しい依頼を受けるつもりはないが、時々はギルドに顔を出して情報を仕入れておかないと、落ち着かないらしい。どうやら戻ってきたようだ。


「コレトの町から手紙が届いていたぞ、ミスター宛だ」

「あー、もしかしたらメリッサからかな」

「ノアの言うとおりだ、メリッサからだな」

「何かまた事件でもあったのですか?」

「あの二人が一緒になってマークス商会を再開したそうだ。そして、メリッサが新しい評議員に選ばれたと書いてあるな」

「それは良いニュースですね」

「バーノン商会の従業員と建物を引き継いだそうだ。コレトに来ることがあれば、是非よってくださいとある」

「じゃぁ、コレトの町にいく護衛でも引き受けようか、タルトさんなら定期的に往復してるんじゃない?」

「それもいいかもな、ただ、ちょっと気になる知らせもあってな…町を離れていいものか」

「何なのでしょうか、気になる知らせというのは」

ソアが訪ねると、

「隣町のミモザなんだが、郊外の村に魔物の大群が現れているらしい」

「近いですね、まさかスタンピードですか?」

「それが、そうとも言い切れないみたいだ」

「どういうことなのでしょうか」

「ミモザの北の森から、ありとあらゆる種類の魔物が一斉に南の森に移動しているようなんだ。大群に巻き込まれて被害者も出ているが、人を襲うと言うよりもたまたま進路に存在する村々を踏みつぶしながら移動しているだけのようなんだ」

「北の森と言えば、その奥の山が飛竜の生息地だったと思いますが、飛竜が山から下りてきて、それから逃げているのではないのですか」

「初めはそう思われたんだ。大群の後には多数の飛竜が目撃されたのでな」

「初めは?それでは違ったのですか?」

「どうやら飛竜も一緒に移動しているらしい。餌となる他の魔物はもちろん、人を襲うこともなく、ひたすら南を目指して移動しているとか」

「あの地方にはドラゴンは生息していないし、飛竜が逃げ出すような魔物はいないはずです」

「それで、そいつらが南の森で止まってくれればいいのだが、そこも通り過ぎると…」

「この町に向かってくることになりますね」


トールとソアが話をしていると、そこにタルトさんがやって来た。

「みなさん、お久しぶりですな。元気そうで何よりです。いろいろとご活躍のようですな」

トールは立ち上がって、

「おひさしぶりです」

と言って頭を下げた。

「まぁまぁ、頭をお上げください。ちょっとご一緒させていただいてよろしいですかな」

そういうと、隣のテーブルから椅子をひとつ引き寄せて、僕らのテーブルについた。

「もちろんかまいませんが、俺たちに何か話でもあるのですか」

「はい、その通りです。今日は個人としてではなく、この町の評議員長として参りました」

「それでお話とは?」

「今みなさんがお話になっていた件なのです」

「押し寄せてくる魔物から町を守るということか」

「いえ、それはミモザ、それにこの町の商人組合から王都にお願いをして、軍を派遣してもらえることになっています。間もなく到着する予定です」

「じゃぁ、俺たちへの話ってのは?」

「原因の調査です。場合によっては町を放棄しなければなりません」

「何か、この騒動の心当たりがあるのか?」

「みなさんはスライムをご存じですかな」

「おとぎ話には良く出てくるよねー。あたしは見たことないけど、ほんとにいるの?」

スライムと聞いてエマが話に参加してきた。

「わたしは一度見たことがあります。ゼリーのような小さな魔物です。見かけたのは、ある森の奥で一匹だけだったのですが、そのとき一緒にいた年配の魔術師が必死の形相をして、炎で焼き尽くしてしまいました。あまりの必死さに、なぜそんなに必死になって退治したのか訪ねたのです」


年配の魔術師がエマに語った内容はこうだった。


スライムはこの世界のあらゆるところに出現するが、普段は滅多に見られない。一説には、非常に小さな胞子のような状態で土中で眠っているらしい。それが何かの原因で希に成長して姿を現すのだという。伝説にあるゼリーのような姿が成長したスライムだ。成長したスライムは周囲のものを、土でも草木でも、そして魔物でさえ、何でも溶かして吸収し、一定の時間で分裂を繰り返す。一匹一匹はとても弱く、打撃やショックですぐにばらばらに千切れてしまうのだが、スライムの恐ろしい点は、千切れた破片がそれぞれ一匹のスライムに再生するということだ。炎で焼き尽くす以外に殺す方法がないという。火球など撃てば、爆発で粉々になり、破片から無数のスライムが生み出されることになってしまうと言う。あらゆる物を吸収して分裂を繰り返すと、大きな穴にスライムの大群が群れることとなる。土や岩さえも溶かすので、スライムの大群の下は大きな窪地になる。これをスライムの穴と呼ぶそうだ。数が増えて穴が大きくなると、理由も目的も判らないが、スライムの大群は移動を始めるらしい。それを遮ることができるものは何もなく、古来よりいくつもの町や都が移動中のスライムに飲み込まれて滅亡したという。



「みなさん位の年齢ですと、スライムを見たことがない人が大部分でしょう。エマさんが見かけたというのは、1匹だけだったとすると、成長したばかりでまだ分裂していないスライムに出会った希有の例かもしれません」

「タルトさんは見たことがあるのですか」

「理由は分かりませんが、王国では200年に一度くらいはスライムの穴が発生するようですな。わたしがまだ小さかった子供の頃、一度経験しております。わたしはこの近くの町の出身なのですが、自分の生まれた町がスライムに飲み込まれるのを見ました。もし今度の騒ぎの原因がスライムの発生だとすると、前回から100年ほどしかたっていませんから、異常事態といえますな」

「そのときは、どうやってスライムに対処したのでしょうか?」

誰もが聞きたかった点を、ソアが訪ねた。

「スライムが移動を始めてしばらくすると、自然に死滅するのです。もっともそれまでに大変な被害を出したのですが…」

「それほどの大群が同時に死ぬのですか?」

「ええ、数え切れないほどのスライムが同時に死にます。半透明だった身体が不透明な灰色に変わり、ひからびていきます。そして一斉に破裂するのです。そのとき大量の胞子が飛び散ります。あたり一帯が濃い霧に覆われたようになります。風に吹かれてその胞子の霧が散らされた後は、白い灰のようなチリで大地が覆われていました。スライムの死骸です」

「風に飛ばされた胞子はどうなるのでしょう?」

「風に乗り、王国全土に、いや隣国にまで漂っていき、地面に落ちるのでしょう。そして200年後に再びスライムになるというわけですな」

「えぇ、じゃ、どこにでも土の中にスライムの胞子があるってこと」

ノアが驚きの声をあげる。

「そういうことになりますな。しかし、胞子のほとんどはスライムに成長することなく死滅すると言われています」

「そりゃそうだな、そうじゃなければ国中どこもかしこもスライムだらけだ」

「大量の胞子を学者が採取して研究していますが、人の管理下でスライムに成長させることはいまだに成功していないと聞きます。それどころか胞子が生きているのか死んでいるのかさえ区別がつかないようですぞ」

「スライム自体は捕まえて調べなかったのかなー?」

「学者たちは、スライム自体も大量に捕獲しましたぞ。破裂しないように毒物などで殺せないか、ありとあらゆるものを試したそうです」

「なんでも溶かしちゃうのに、どうやって捕まえるのかなー」

「厚みのある木や鉄の箱にいれて、溶かされる前に急いで飼育場に運び込んだだけです。群れから離すと、それほど移動性は示さなかったと聞きます」

「それで、何か判ったのでしょうか?」

「毒も劇物も、何もかもスライムに吸収されて、効果がなかったようですな」

「で、捕まえたスライムはどうなったの?」

「ある程度の時間をおいて分裂を繰り返したと聞きます。すぐに手に負えなくなり、すべて処分されたようです。前回の騒動以後、スライムの飼育は禁止されているはずです」



「ノアさんは希有の魔術師と聞きますが、最大の魔法でどのくらいの範囲を焼き尽くせますかな?」

「実際にやったことはないけど…このトールの町くらいなら」

「それは文字通り欠片も残さず焼き尽くすのですかな」

「中心部は文字通り焼き尽くすけど、周辺は爆風で吹き飛ばすことになっちゃう」

「欠片も残さず消し飛ばせる範囲はどのくらいなのですか」

「文字通り欠片も残さずだと…半径100メートルってとこかな」

「そうですか…わたしの村を飲み込んだスライムの群れは見える範囲すべてがスライムに覆われていました。子供の頃ですから恐怖で大きく感じたのかも知れませんが、それを割り引いても100メートルでは全くたりませんな」

「ノアひとりじゃなくて、大勢で一斉に魔法を撃てば…」

「群れの大きさ次第ですかな。ノアさんクラスの魔術師はこの王国にどれほどおられるのでしょうか?」

「宮廷魔術師のエリートクラスだろうから、いても10人くらいじゃないかなー」

「10人では少々苦しいでしょうな…」

「ということは、群れが小さいうちに発見して対処するしか手がないってことか…」

トールが呻くように言った。

「ドラゴンの襲撃のように大勢が死んだりはしません。スライムの群れはゆっくりと移動しますから。しかし、自然に死滅するまで待っていては国土の被害が莫大です。その後の飢饉や経済的混乱で多くの死者がでることは確実です。100年前の災害ではわたしの村でも飢饉で大勢が死にました…」


恐ろしい話だ…

スライムの穴が小さいうちに発見できて、移動を開始するようになる前に殲滅できた例もあるが、多くは自然に死滅するまで手がつけられず、混乱で滅んだ国も少なくないという。


トールが続ける。

「ということは、タルトさんのお話ってのは、俺たちにスライムの穴を見つけろってことか」

「そういうことです。お願いできるでしょうか。これは商人組合からの指名依頼ということになります」

「この町にも危険が迫っていると言うことであれば、引き受けるしかありませんね」


僕らが調査を引き受けることを伝えると、タルト氏はほっとした様子で帰って行った。


「ねぇ、スライムって、なんでも溶かしちゃうんでしょ」

ノアが危機感のない調子で聞いてくる。

「タルトさんの話だと、そういうことだな」

「あたしがスライムに襲われたら、着ている服とか溶かされちゃうかな」

「あー、服が溶かされる時には、中身も溶かされていると思うぞ…」

「そうか…」

「スライムを見つけたら、試して見るか、ノア」

「いいねー。ミスターを放り込んで、しっかり観察してあげるねー」


ノアがいつもの脳天気さを発揮しているが、誰も笑う者はいない。事の重大さが判っているのだ。まぁ、ノアだって判っていないはずがない。


「とりあえずミモザの町に行ってみるか。まだ無事ならいいが…」

「それでは準備して広場に集合ですね」



さて、スライムの穴が見つかったとして、ノアの魔法で対処できないほど大きくなっていたらどうするか。僕の力でなんとかできるだろうか…


マイクロブラックホール球ならば破片も残さずスライムを吸収してしまえるが、半径が100メートルを超える範囲となると、一瞬でとはいかない。そもそもそんなサイズの物は作れない。僕の作れるサイズでは、スライム全部を吸収となると、かなりの時間が必要となる。おまけに、ある程度の時間は維持できるけれど、安全を考えるとすぐに消滅させる必要がある。長時間維持すると制御できなくなって、最悪、この星が消滅しかねない…

スライム全部を処理するのは不可能だ…

何か別の方法を考えないと…


まずはスライムを発見してから考えるか…

まだスライムが原因と決まった訳じゃぁないしな。


僕は荷物をバッグに詰め込んで広場に向かった。

★あとがき(撮影現場にて)★


ノア:「ちわー、ロケ弁届けにきたよー」

わざわざADさんから受け取って持ってこなくてもいいんですけど。

ノア:「あたしがわざわざ届けてやってるのに、何か不満があるわけ」

いや、不満なんて…

ノア:「まさかロケ弁担当のADさんに気があるんじゃ…綺麗な人だし」

そんなことはありませんからね!

ノア:「ところで、スライムが災害級って、ああいうことだったのね」

なかなかでしょ。

ノア:「で、どうやって退治するの?」

それは…ええと、主人公がいろいろ…

ノア:「まさか、まだ考えてないとか」

そういう訳では…

ノア:「念のため聞くけど、このスライムって、あくまでも設定よね?」

念のため?

ノア:「スライムって滅多に見かけないじゃない。あらしが知らないだけで、実は設定じゃなくて本当の話だったりしたら怖いなって思って」

いや、設定にきまってるでしょ。ほんとだったら怖すぎますよ。

ノア:「なんか妙に細かいから…」

考えてますから…

ノア:「視聴者が本気にしちゃったらどうするのよ」

あー、オーソン・ウェルズのラジオドラマ「宇宙戦争」なんて騒ぎもあったか…

ノア:「なに、オーソンなんとかって」

昔ね、ラジオで…いえ、気にしないで。なんでもありません。

ノア:「あんた時々変なこと言うよね。主人公じゃないけど、実は異世界人だったりして」

ソンナコト、アルワケナイジャナイデスカ。

ノア:「あー、また返事がカタカナになってる。でも安心して、あたしは異世界人でも気にしないから。あたしの親は進歩的だから、あたしが連れて行けば父も母も反対しないからね」

ええと、何のお話でしょうか…



★★ 次の55話は 11月2日00時に投稿予定です

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