53 魔術師、陰謀を砕く(承前)
「さて、どうするかな。町中だからノアの魔法で屋敷ごと吹き飛ばして更地にするって訳にもいかんしな」
トールが過激なことを言う。
「相手に先に手出しさせるのでは」
エマの言葉に、
「そうだったな。それじゃ、とりあえずバーノン氏に面会でもお願いするか」
「相手に魔術師が何人かいるかも知れません。いきなり干渉魔法で攻撃ってこともありえます。屋内だと射程外を保つのがむずかしいから、ここは僕が先に行って、魔術師を排除しましょうか」
「そうだな、頼めるか?」
「引き受けました」
「あたしも一緒にいくー」
「いいぞ、一緒に来てくれ。ただし、魔力感知だけだぞ。鎮静状態を保たないとあぶないからな。相手の魔術師を始末するまでは魔法はなしだ」
「つまんなーい!」
「相手の魔術師を排除したら、好きにしていいぞ。あと、アリサも一緒に来てくれ。僕たちが注意を引いている間にこっそり屋敷の中を探り、魔術師らしきやつがいたら始末してくれ。気づかれて干渉魔法でやられないように注意しろよ、無理はしなくてもいいから」
「承りました」
そう言うと、アリサは僕らの前から姿を消した。先行して忍び込むつもりのようだ。
「他の者は店の外で待機していて、僕が合図したら中に突入してくれ」
「合図とは?」
ソアの疑問に答える。
「魔術師の排除が終わったら、魔法で屋根をぶち破ることにする。爆発音だけで早まって突入しないようにな」
「判りました。合図は派手にやってくださいね」
僕はノアを連れて入り口の前に行く。ノアは少し後ろからついてくる。
「待ち伏せはないようね。扉のすぐ向こうに人はいないよ」
ノアの言葉を聞いて、僕は扉の横の壁の窪みにある、呼び鈴の紐を引く。中で鈴の音が響くと、しばらくして扉についている小窓が開き、中から声がかけられた。
「誰だ」
「モルトさんの使いの冒険者です。バーノンさんに取り次ぎを願います」
「少し待て」
僕らが来ることを予想していたのか、慌てることもなく返事をすると、小窓を閉めた。
そのまましばらく待たされ、いいかげんじれてきた頃に、扉が開いた。
身なりのいい男が僕らを出迎えた。後ろに二人ほど、隙のない男が控えている。
「わたくしはバーノン商会一番番頭のアーカムと申します。バーノンさんにご用があるとか。まずはわたくしが話を伺わせていただきます。こちらへどうぞ」
そう言って、道を空けた。
僕とノアが中へ入ると、扉を閉めて施錠する。施錠の音にノアが振り返る。
「近頃は物騒ですからな。閉店後は常に施錠をしています」
そう言うと、僕らの横を通り過ぎ、
「こちらにどうぞ」
といって、僕らを奥の部屋へと案内した。二人の男は僕らの後ろからついてきている。武器は持っていない。魔術師かもしれないな…
案内された部屋は、豪華なソファーとテーブルが置かれている応接間のような部屋だ。普段はここで商談をするのだろう。僕らに座るように勧めると、アーカムと名乗った男も僕らと向かい合って座った。二人の男のうち、ひとりは扉の前に、もうひとりはアーカムの後ろに立っている。
「さて、それではご用件を伺いましょうか」
「僕らが王都から連れてきた人物について、それとマークス商店の件についてなのですが」
「その人物はまだ皆様とご一緒なのでしょうか」
「この件についてあなたは事情をご存じと考えさせてもらって良いのでしょうか」
「もちろんで御座います。わたくしの言葉はバーノンさんの言葉と思っていただいて差し支えありません」
「では、この件、どのようにかたをつけるつもりなのか、聞かせていただきたい」
「5倍…いや、10倍ではいかがでしょうか」
「10倍とは?」
「あなたさまの依頼主がどなたか存じませんが、その報酬の10倍をお支払いいたします」
「それで手を引けと」
「はい、わたしどもの味方になる必要はありません。都から連れてきた人物を私どもに引き渡して、この町から去っていただくだけで結構です」
「断ったら」
「10倍では不足と…」
「金額ではない」
「では何がお望みでございましょうか」
「バーノン氏には店をたたんで引退していただきたい」
「これはまた、ずいぶんと無理なお話ですな」
「そうでもないと思うが」
「と申しますと」
「都の人物を証人組合に引き渡し、対応を願い出れば引退どころの話ではなくなりますよ」
「ゾルドバを倒したのは、あなたさまですかな」
「ゾルドバの雇い主と認めるのかな」
「いえいえ、近頃評判だった強者が倒されたと聞き及び、興味をもっただけでございます」
「倒したといったら」
「100倍では…」
「金額ではないと言ったはずだ」
「しかたがありませんな、主人に伝えてまいりますので、少々お待ち願います」
そう言うと、二人の男を連れてアーカムは部屋を出て行った。
「どうするつもりなのかな」
ノアが小声で僕に話しかけた。
「入り口から離れて、部屋の奥にいるんだ。全力で殺しにくるぞ、まちがいない」
僕は立ち上がると、レイピアを抜いた。
「かなりの人数がこちらに向かってくるね」
魔力を感知したノアが言う。
「いいか、絶対に魔法を使うなよ。相手に複数の魔術師がいるかもしれんからな。鎮静状態のままでいるんだ。それから、壁の向こうから魔法を放ってくるかもしれん、周囲の敵にあやしい動きがあったら知らせてくれ。万一のときは一緒にテレポートで逃げるから」
「扉の向こうに二人来た!」
ノアが言うと同時に扉が開き、二人の男が飛び込んできた。一人は剣を、もうひとりは短剣だ。あらかじめ構えていた僕は、剣の男にレイピアを振り下ろす。例によって素人丸出しだ。レイピアを剣で受けようとした男が口角を上げた。素人の剣と侮ったのだろう。いつも通りの反応だ。結果もいつも通り、レイピアは男の剣を難なく切断し、相手を袈裟懸けに斬りつけた。唖然とした顔で男は倒れ伏す。もう一人の男はあわてて火球を放とうとするが、僕の光の槍が頭を吹き飛ばした。
「もうふたり来る!」
ノアの言葉に、廊下に出ると、奥から二人の男が突進してくる。
「やつは魔法を使って今は無防備だ、やれ!」
ひとりが叫ぶと、もうひとりが僕に向かって手のひらを向ける。なにも起こらず、慌てている魔術師に光の針を放ち、これを倒す。あわてて剣を構えるもうひとりの男も光の針の餌食だ。
「奥から大勢!近くの部屋に伏兵はいない」
「わかった、まだ部屋にいろよ」
廊下の先で、4,5人が弓を構えている。その後ろにいるのは魔術師だろうか。
「魔術師は数が少ないんじゃないのか、ノア」
「そのはずだよー」
部屋の中でノアが叫んだ。
「それにしては、多いな。金の力で集めたのか」
矢が放たれた。なかなか腕のいい弓使いのようだ。すでに二射目を放っている男もいる。何本かはレイピアで切り飛ばしたが、残りは僕に命中した。後ろの魔術師らしい男たちが歓声をあげたが、障壁で止められて足下に落ちる矢を見ると歓声が止んだ。そのとき、どこからかダガーが飛来して、魔術師が倒れた。どこからかアリサが投げたのであろう。
残った弓使いに光の針を浴びせて、ノアに声をかける。
「出てきていいぞ」
ノアを待って、奥へと進んだ。どこからかアリサの声が聞こえてきた。
「もう何人か魔術師がいます。二階の奥の部屋にバーノンと一緒に」
そう言うと、アリサの気配が消えた。
廊下の突き当たりにある階段を上る。登り切ったところに二人倒れていた。アリサの仕業だろう。二階の廊下の奥に重厚な扉の部屋が見えた。その前の通路の両側にはいくつか扉が並んでいる。
「両側の部屋にはどれも人がいるから注意してー」
ノアが言う。
「アリサに抜かりはない。魔術師は奥の部屋のやつで終わりだろう。みんなを呼ぶとするか。その間に両側の部屋のやつらを頼む、ノア」
そう言って、光の槍を天井に向けて放つ。3発目で屋根が吹き飛んだ。その穴から光の槍を空に向けて放ち、適当な高さで爆発させた。これでトールたちがやってくるだろう。
ノアは例によって廊下の両側の扉を火球で吹き飛ばすと、中を見ることなく追加の火球を放り込む。爆発と悲鳴が聞こえ、扉が吹き飛んだ入り口から炎と煙が吹き出す。両側のすべての部屋の殲滅が終わると、トールたちが二階に上がってきた。トールは剣を抜き、エマは槍を手にして、返り血をかなり浴びている。どうやら一階に敵がかなり残っていたようだ。
「バーノンは奥の部屋だ!」
そう声をかけたとき、奥の部屋の扉が開き、二人の男が火球を放ってきた。光の槍でひとつは相殺したが、ひとつ逃してしまった。トールたちに向かう火球をエマが飛び出て槍の一閃でなぎ払う。火球は小さな爆発を残して消し飛ばされた。エンダー譲りの一閃だ。ノアは相手が火球を放つ間に、頭上に大きな火球を出現させていた。
あ、また、それ、手加減を…
ノアが大きな火球を放つ。部屋の中からもう一人の魔術師が顔を出し、火球で迎え撃つが、威力が桁違いで、ノアの火球に命中したが消し飛ばされてしまった。ノアの火球はそのまま部屋の中へ飛び込んだ。
「みんな伏せてー」
トールとエマは、廊下の両側の部屋に飛び込み、僕はその場に伏せた。ノアは…もちろん火球を放つと同時に並びの部屋に引っ込んでいた。
爆風と炎が廊下を吹き抜けていく。大幅に手加減はしてあったようで、屋敷は崩れてこない。まさか壁をぶち抜いて隣の建物に被害が…
爆風が収まったところで、奥の部屋に飛び込むと、3人の魔術師は生きているのか死んでいるのか、ぴくりとも動かず倒れていた。部屋の奥にがっしりとした大きな机がひっくり返っている。壁も崩れ、大きな穴から隣の建物の壁が見えるが、そちらは少し煤けただけで無事のようだ。
「机の向こうに3人隠れているよー」
ノアが外の廊下から叫んだ。
机の向こうから剣を振り上げた男が突進してきたが、僕がレイピアを構えた時には、いつのまにか突進してきたトールが剣をはね飛ばし、返す剣で男を切り伏せた。その間にエマが倒れている魔術師にとどめをさしている。
アーカムと、それにバーノンと思われる男が手を上げて立ち上がり、何か言おうとしたところにエマの投げナイフが突き刺さった。アーカムは机に崩れ落ち、もう一人は仰向けに倒れている。僕が駆け寄ると、喉にナイフが刺さっている。のぞき込む僕の顔を見て、
「降伏したのに…」
そう言って、事切れた。
振り返ってエマを見ると、僕が言葉を発する前にトールが言った。
「どうせ、殺さずに捕まえても死刑だ。それに万一罪を免れたりすると、俺たちが去った後のマークス商店への仕返しが心配だ」
そう、相手に先に手を出させて始末するつもりで来たんだったな…
広場に出ると、目撃者として頼んだ男と一緒にアリサが出迎えてくれた。
「ご無事でなによりです」
アリサが深々と頭を下げる。ギルドの男は、
「すべて目撃しました。正当防衛ですな」
外にいたのに判ったのかという顔をしているノアを見て、アリサが言った。
「こちらのかたは終始わたくしと一緒に行動して、すべてを目撃しておりました」
何者ですか、この人は…
「みなさまのお力については見なかったことに致します。わたしのこともご内密に。わたしはギルドにもどりますので」
そう言って男は去った。
もしかして、ギルドにも暗殺者がいたりして…
「アリサ、ご同業?」
「おそらくは…」
ギルドに戻ろうとすると、騒ぎに出動してきた兵士たちと、ギルドと商人組合から派遣された調査員がやって来て事件の終息にあたった。僕らも事情を聴取されたが、すでにギルドにおいてモルト氏からいきさつを聞いていた上に、遅れてやって来たギルドの職員が目撃者になってくれた男の証言を伝えてくれたようで、すぐに無罪放免となった。また、野次馬と一緒に、バーノン商会の従業員も大勢やって来て、惨状に驚き呆然としていた。どうやらバーノンは、無関係の従業員はすべて帰して、一味だけで僕らを待ち構えていたようだ。
屋敷の中からは隠れて生き残っていた従業員も大勢発見された。いずれもバーノンの悪事に荷担した者たちで、兵士に連行されていった。
放免となった僕たちはギルドに戻り、事の顛末をモルト氏とメリッサに伝えた。メリッサは見えない目から涙をながし、僕に両手を広げて近づいてきた。
おお、これは感謝のキスってやつだな…
僕も腕を広げてメリッサを受け止めると、感謝のキスを受けるべく少しかがんで、頬を差し出した。頬といえども若い女性にキスをされるなど、人生初の体験だ。まぁ、ものごころつかない頃のお袋のやつはノーカンということで…
あれ、キスしてこない…
なぜと思って正面を向くと、メリッサの顔が近づき、僕の唇にメリッサのそれが重ねられた。
こ、これは、きっと頬にするつもりが、目が見えないので唇になってしまったのだ、そうに違いない…
ノアが何か叫んでいるが、混乱して何を言っているのかわからない。ようやく正気にもどると、僕から離れてあとずさるメリッサをモルト氏が抱きしめているのが見えた。そして二人揃って深々と頭を下げた。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「はい、今日のロケ弁」
おっ、今日は食べてもいいんですか。
ノア:「あんたのロケ弁よ、いいにきまってるじゃない」
だって、いつもは…
ノア:「過ぎたことは忘れなさい」
今日はご機嫌ですね。
ノア:「前回のテイクでは出番が多かったし、なによりも…」
なによりも?
ノア:「メリッサの出番が終わったじゃない」
最初からゲスト枠だったでしょ。
ノア:「登場の仕方からして、レギュラー化してヒロイン枠になるんじゃないかと心配だったのよね」
じゃぁ安心したでしょ。これからはロケ弁、ちゃんと持ってきてくださいよ。
ノア:「でもー、アリサの方がますます心配なのよね。オーディションの時から、あんたのお気に入りだから」
だからー、それは誤解ですって。
ノア:「まぁ、それは今はいいや」
他に何かあるんですか?
ノア:「前回のテイクではアリサの殺しの場面が少なくなって、あたしが殺しまくってたじゃない。なんかアリサと裏取引でもしたのかなー」
ソンナコトハ、アリマセンヨ。
ノア:「あー、怪しい!返事がカタカナになってる」
しゃべるのに、カタカナもひらがなもありませんからね。
ノア:「最初の頃あたしがトラウマになるエピソードがあったじゃない」
あー、あれね。アリサ…じゃなくてリリーとその恋人を殺しちゃった話ね。
ノア:「そういえば、リリーの役はアリサがやってたんだわね…」
大丈夫ですよ、次のエピソードはスライム編にするので、魔物としか闘いませんから。
ノア:「あの、ぷよぷよっていう感じのスライム?」
ぷよぷよって…よく知ってますね、異世界の昔のゲーム。
ノア:「異世界?ゲーム?」
いや、なんでもないです。
ノア:「次はスライムが相手なの?」
そうなんですよ。
ノア:「弱っちくって、すぐ終わっちゃうじゃない」
まぁ、現実のスライムはそうなんですけどね、そこはほれ、空想のお話ですから。
ノア:「あんたの脚本ではスライムは強いって訳?」
弱いんですけどね…それにも関わらず、ドラゴン以上の災害級の魔物って設定にしたんです。
ノア:「どうすればスライムがドラゴン以上の魔物になるのよ…はっ、まさか超巨大なスライムとか…」
それじゃ、マンガでしょ。まぁ、新しい台本を見てくださいよ。
ノア:「それで、あたしは活躍するんでしょうね」
それはもう、物理では攻撃できないって設定にしますから。
ノア:「魔法か…楽しみにしてるからねー」
僕もロケ弁を楽しみにしてますからねー。
★★『54 魔術師、スライムを知る』は、10月30日00時に投稿します
★★ 54話以後は、前書きにあるように、偶数日の00時に投稿する予定です




