52 魔術師、陰謀を砕く
ソアのいるギルドの部屋にテレポートで戻った。全員揃って無事なことを見てソアの表情が緩んだ。
「お疲れ様、みんな無事なのよね」
「ただいまー、みんな無事だよー。あたしの魔法でドカンだよ」
「それで、震えながらミスターにひっついているのはどういうことなのかしら?」
「寒いだけー」
「この陽気で、どこが寒いのですか」
ノアのあの広域魔法をソアは知らないのかな…
「あたしの魔法でギンギンに冷やしたんだよー」
「ノアの魔法のおかげで助かりました」
「自分も凍えちゃうのはどうかと思うけれど」
「しかたないじゃん、接近してたんだから」
「もう大丈夫でしょう、はやくミスターから離れなさい」
「まだ寒ーい!」
「離れていた俺たちも大部寒かったからな。ありゃなんて魔法なんだ。聞いたことがない魔法だぞ」
「あたしのオリジナル」
「ノアしか使えない魔法か」
「魔力の量と干渉力があたしと同じくらいあれば使えるかな、あたしが教えればだけど」
「あれ、一定範囲の温度を下げる魔法だよな。どのくらいまで下げられる?」
「どこまでもー」
いや、絶対零度ってものがあってだな…
あー、この世界では温度に下限があることは知られていないのか…
どこまでもってことは、つまりは絶対零度まではいけるってことかな…
もしや、ノアさん一人でゾルドバを倒せたんじゃね?
「温度を下げるのに必要な時間は?」
「ずーっと下げ続けたりしたことはないけど、だいたい1秒で1度くらい下がるかな」
ひとりだけで闘うときには使えないか…
「魔法談義はあとだ、やつらの襲撃にそなえんと。証人を殺しに来るぞ」
「待ってることはないよね。こちらから行こうよ。少しくらい派手にやっても悪いのはあっちだって証人がいるんだから大丈夫じゃない」
ノアが無茶を言う。ギャングのアジトならともかく、バーノン商会の店を襲うってのか?
「それもいいかもしれないな…」
トールまで、なんてことを…
「いいね、いいねー。早く行こう!」
「あわてるな、ノア。殴り込もうってわけじゃぁないから」
「えー、じゃ何しにいくのよ」
「ちょいと危険だが、そいつを連れてバーノンに会いに行くんだ」
トールは証人の男のほうに顔をむけて言う。
「それは…飛んで火に入る夏の虫というものでは」
ソアが口をはさむ。
「おれたちは夏の虫とはちがうからな、向こうから先に手を出してくれればこっちの思うつぼだぞ」
「そういうことでしたか。それでは目撃者になってくれる人をギルドに依頼しましょう。わたしが今から頼んできますね」
そう言うと、ソアは部屋を出ていった。
「そいつを守りながら闘うつもりか?」
「いや、相手が先に手を出してくれれば、正当防衛でたたきつぶせるからな、そんときはそいつを守ってやる義理も必要もねぇな。ま、エマが守ってやりたいっていうなら止めはしねぇよ」
トールの言葉が聞こえたのだろう、証人の男は猿ぐつわで言葉にならないうめき声を上げながら、じたばたと身体を動かしている。
「わたしにも義理はないな」
男はますます必死に呻き続けている。
「相手が手を出してこなかったらどうするんですか?」
僕が疑問を口にすると、
「まぁ、そこは手を出すように話を持ってくしかないな。それでも手を出さなかったら、手間と時間はかかるが、評議会でそいつに証言して貰い、評議会に任せればいい」
「きっと手を出すよー、都の回復魔法師だって消したくらいだから」
目撃者になってくれる人を頼みに行ったソアが戻ってきた。
「やってくれる人を頼んできました。信用が大事なのでギルドの職員が一緒に来てくれるそうです。元はかなり優秀な冒険者だった人で、わたしたちに特別に守ってもらう必要はないそうです」
「じゃぁ、早速行こうよ、みんなで」
「いや、全員で出かけるのはまずい。モルトさんとメリッサに万一があるとまずい」
「いくらなんでもギルドを襲ってはこないのでは」
「いや、追い詰められると何をするか分からんからな。いつものことで悪いが、ゴードとソアは二人についててくれ。守りとなると、ゴードが適任だ。回復もあったほうがいい」
「みなさんが万一の時は?」
「僕も多少は回復できるし、いざって時はテレポートでここに連れてくるから大丈夫かな」
「ゾルドバはもう倒しちゃったから、万一なんてことはないよ」
夕方、日の落ちるころになって僕らはバーノン商会をめざしてギルドを後にした。
ギルドを出たところでノアが話しかけてきた。
「ねぇ、ねぇ、行く前にちょっと見てくれない」
「何を見ればいいのかな」
「あいつの炎の壁ってすごかったじゃない」
「あれは手強かった…」
「魔力の量ならあたしだって負けてないから、もしかしたらあたしにも出来ないかなって思って考えて見たのよ」
「で、できたのか?」
トールが驚いている。僕だってびっくりだ。
「だから試すからちょっと見てて」
そういうと、ノアが僕らから少し離れて真剣な表情に変わった。すぐにノアの周囲に炎が出現し、ノアの身体全体を包んだ。まるで炎を纏っているようだ。ゾルドバの炎の壁とはちょっと違う。ゾルドバのは熱気を纏っているように見えた。陽炎のようにゾルドバが揺れて見えていた。今のノアは文字通り炎を纏っている。
「アリサ、ちょっとダガーでも投げてみてくれる。あ、本気で投げないでね」
アリサがダガーをポイと放ると、炎の壁に当たって燃え上がった。蒸発こそしないが、赤熱してノアの手前に溶け落ちた。
「すごいじゃないか、ノア!」
「どうよ、偉いでしょ!これであたしも……あち!あちち、あつー!!」
どや顔をしたノアが悲鳴を上げだした。僕はあわててノアの周囲の熱エネルギーを散らし、ソアがあきれ顔で水球をぶつけた。
「ふぅ、焼け死ぬかと思った…消し炭になる気持ちが分かった気がする」
「もう少し工夫が必要みたいだな。ノアならすぐにできるんじゃないかな」
僕がノアを慰めると、ソアが頭を横に振っている。
「いつまでも遊んでいると夜が更けちまうぞ。さっさといこうぜ」
トールが歩き出しながら声をかける。僕らも急いで後に続いた。目撃者になってくれるギルドの職員の姿が見えないが、ノアの感知によればちゃんとついてきているようだ。
バーノン商会は町の円形広場にあるひときわ大きな店だ。この時間ならまだ町の広場は人で賑わっているかと思ったが、ひとっこ一人いない。いつも出ている屋台も見かけない。ギルドがもめ事の情報を密かに流したのかもしれない。となると、バーノンも手勢をあつめて待ち構えているに違いない。僕らはバーノン商会をちょうど正面に見る通りから広場に入っていった。店の前にいた男が僕らの姿を見たのか、あわてて店の中に入っていった。それを見て、ノアが言った。
「さー、お祭りの始まりだねー」
★あとがき(撮影現場にて)★
あ、待ってましたよ、ノア。
ノア:「えへへ、『さん』着けないでノアって呼んでる」
そりゃ、そうしないと魔法が…
ノア:「理由なんてどうでもいいのよ、でへへ」
そんなことより、先日のテイクの映像みましたけど、なんですか、あのアドリブ。
ノア:「見た、見たでしょ。すごいと思わない、あの炎の壁の魔法」
一言二言のアドリブならともかく、あれじゃ周りの人が会わせるの大変だったでしょ。特殊効果さんたちなんかもっと大変だったんじゃないですか。
ノア:「特殊効果?」
炎の壁のCGとか…
ノア:「あれ、広域冷却魔法と一緒で、あたしのリアルの魔法だよ」
へ?
ノア:「あんたの脚本みて、炎の壁も出来ないかなって工夫したんだよ」
それにしたって、あぶなく大やけどするとこじゃないですか。ヒロイン役が怪我なんてしたら…
ノア:「何言ってんの、あれはお芝居だから」
え?じゃぁ炎の壁、マジで出来ちゃったの。
ノア:「出来ちゃった」
想像で作ったお話用の魔法なのに?
ノア:「ほら、あたしって天才美少女魔術師だから」
ほんとうに天才なんですね…でも、美少女ってのは…
ノア:「違うって言うのかなー」
あ、あ、あ、ほら、20歳の大人の女性だし、ノアさんは…
ノア:「また『さん』がついている…」
天才『美少女』魔術師なんですねー、ノアは…
ノア:「褒めてー、もっと褒めていいのよー。惚れた?」
ほんと、ノアの言うとおりですね。
ノア:「あっ、言った、今言ったよね!」
え?なんのことですか?「さん」はつけてませんよ。
ノア:「あたしが『惚れた?』って聞いたら、その通りだって」
え、ちょいまって、そんなこと言いましたか?
ノア:「6行前を見てよ、あたしが『惚れた?』って聞いて、5行前であんたが『ノアの言うとおりですね』って言っているから」
台本じゃあるまいし、しゃべったことの見直しなんてできませんからね。
ノア:「でも言ったし、聞いたもん。ソアに言ってこよー」
あ、ちょい待ち!それは…
次はバーノン商会でのクライマックスなのに…




