51 魔術師、ゾルドバと闘う
30年ほど前、ある有力な貴族家に長男が生まれた。両親はその子を愛し、とても大切に育てた。そして5歳になったとき、検査によってその子が膨大な魔力を持っていることが判明した。両親はもちろん貴族家に使える騎士からも賞賛され、天才の名をほしいままにした。しかし、干渉力がほとんどゼロだったことが見逃されていた。
その子は魔術師として育てられたが、干渉力がほとんどなかったために干渉魔法はもちろんのこと、実魔法すら発動できなかった。かろうじて炎を出現させることは出来たが火球として飛ばすことは出来なかった。まじめなその子は血のにじむ努力を重ねたが、すべて無駄だった。両親は魔法がダメならと、武芸の優秀な教師を雇って長男を鍛えた。たとえ魔法が使えなくても両親は長男を愛し続けたのだ。
15歳になって、長男は格闘の才能を開花させていた。膨大な魔力にもかかわらず魔法は使えなかったが、すでに家に仕えるどの騎士よりも強くなっていた。それにも関わらず、出来損ないの魔術師という評価はついて回り、騎士たちや家臣たちは長男を軽んじていた。そのため、両親は長男を愛していたが、爵位の継承権を次男と定めた。
両親はかわらず長男に愛情を注いでいたが、長男が20歳になったときに、家の継承権を確実なものにしようと次男が刺客を差し向けた。刺客に追い詰められ、絶体絶命となったときに隠れた才能が発現し、長男は刺客を返り討ちにした。しかし、同時に長男の心は壊れてしまったのだ。そのまま姿をくらまし、長男は行方不明となった。両親の嘆きは大きく、数年後には隠居して次男に家督を譲った。その次男も夜ごとに、『あいつがやってくる、俺をころしにくる』とうなされるようになり、一年もしないうちに爵位を三男に奪われ、人里離れた別荘に幽閉された。幽閉されて半年もしないうちに、窓から飛び降りて死んだが、王都には病死と届けられた。
さらに10年の後、長男は冒険者となっていた。ゾルドバと名乗って…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それで、どうする、ミスター」
トールたちの部屋に集まって、僕らはどうすべきか話し合っていた。メリッサはソアたちの部屋でアリサと一緒に待って貰っている。
「無視すればモルト氏は殺され、証人を消すためにここを襲撃するかもしれないな」
「でも、証人と交換でモルト氏を返してくれるかな?返す気なんかないよ、きっと」
「ノアの言うとおりだ。その場で証人とモルト氏を亡き者にするつもりかも知れない」
「じゃぁ、どうするんだ、ミスター」
「モルト氏を力ずくで奪い返す」
「そんなことしたら殺されちゃうよー、モルトさん」
「こいつを連れて行って、交換に応じると思わせて隙をつく」
猿ぐつわをされてうなっているボスを見ながら僕は言った。
「テレポートでモルト氏を確保したら、あとは相手次第だ」
「相手は大勢で待ち構えているぞ、全員でいくのか?メリッサはどうする」
「もちろん連れては行かない」
「誰かついている必要があるな、ノアとソア、それにゴードの3人でどうだ」
「あたしはミスターと一緒がいい!」
「今度はノアも一緒に行ってもらいたい。ゾルドバは魔術師だ。ノアがいたほうが良い」
「ならばノアの代わりにアリサかエマにたのもう」
「アリサにたのむことにしよう、襲撃を警戒するのにはアリサの方が適任だ。ソアたちは念のため、メリッサを連れてギルドに批難しててくれ。まさかギルドを大勢で襲うようなことはあるまい。ギルドの中にいる冒険者に敵の息の掛かったやつがいるかも知れんが、アリサなら見逃すことはないだろう」
「お任せください、マスター」
「他の者はミスターと一緒に一本杉の丘だ。闘いの覚悟をしておけよ」
トールの言葉に、みな準備にかかった。
翌朝、まだ早いうちにソアたちはメリッサを連れてギルドに向かった。途中での襲撃を経過して僕とノアがついて行く。トールとエマは宿で証人の見張りだ。
無事にギルドにつくと、一室を借りてメリッサの保護にあたった。ソアとゴードが室内で、アリサは部屋の外で他の冒険者に目を配っている。僕は部屋の隅に基準点を設置し、ソアたちに、その周辺に近寄らないように念を押し、僕とノアは宿に戻った。
「交換に応じるふりをして、なんとか隙を見てモルト氏をテレポートでギルドのソアたちのいる部屋に連れていく。瞬時でもどるつもりだが、その間はゾルドバに注意してくれよ」
「怒り狂うかもねー。モルトさんだけじゃなくて、全員でテレポートしちゃうってのは?」
「それをすると、全力でこちらを襲撃してくるぞ。ずっとギルドにこもるわけにもいかないだろう。ゾルドバとは取引場所で決着をつける」
「町の外の方が巻き添えの心配なく戦える」
エマも決着をつけることに賛成だ。
「このあとすぐに取引場所に出かけてテレポートの基準点を設置する。そうしないとすぐに戻れないからな」
「約束の時間は正午だぞ、いくら何でも早すぎないか、ミスター」
「いや、相手も早めに行って待ち伏せをするつもりかもしれない。早すぎることはないと思う」
「先に行って闘いの場所を下見しとくのもいいかもねー」
「ゾルドバの戦い方が分からないので、はじめは僕とノアで様子を見る。トールとエマはゾルドバ以外の奴らを引き受けてくれ」
「トールとエマはできるだけ離れた位置で闘ってね、あたしとミスターから」
「まかせておけ、エマが一緒なら心強い。どうとでもなるだろう」
「お願いね、そうしてくれると巻き添えの心配なく強力な魔法が使えるから」
話し合いを終えて、僕らは宿を出た。証人も一緒だ。まだ朝も早く、一本杉の丘に着くまでは誰とも出会うことはなかった。
「どうやら待ち伏せはないようだな」
「早く来たかいがあったねー」
トールは証人を一本杉に縛り付けている、
「モルト氏をテレポートで確保したら、いったんここに転移して、証人とモルト氏をギルドに置いてもどってくる。一瞬だが、その間よろしくたのむぞ」
「あたしがいるから、そのくらいの時間はかせげるよ」
「ノア、周囲に敵はいるか?」
「感知にはかからないね」
「それじゃ、僕はちょいと闘いに備えて準備をするかな」
まず、モルト氏を連れ帰ったあと、ここにもどる必要がある。そのための基準点を設置するのだが、戻るときに基準点の上に誰かがいたりするとテレポートに失敗するので、安全を見込んで、木の横の上空10メートルあたりに設置した。そのあとは、上空にテレポートし、周囲を見渡す。大きめの岩を見つけると、テレポートで一本杉の周辺に運んであちこちに置いておいた。もちろんいつもの盾にするためだ。
そうこうしていると、トールが町からの道を指さして声を上げた。
「やってきたぞ」
「まだあたしの感知にはかからないよ」
「あいつらがここについたら、周囲に伏兵が隠れていないか感知を頼むぞ、ノア」
「まかせてー」
「トール、証人を木からほどいて、縄を持っていてくれ」
そういうと、僕はひとりで前に数歩すすんで、相手を待った。
ゾルドバたちが僕らの前にやって来た。
「そこで止まれ」
20メートルほど離れた位置まできたところで僕は声をかけた。ゾルドバの一行はそこで止まると、ゾルドバが一人、前に出て来た。
「早いな…そいつが証人か」
「そうだ、モルト氏は?」
「ここにいる」
そういうと、ゾルドバの後ろから後ろ手に縛られたモルト氏をつれた冒険者風の男が現れた。モルト氏は目隠しをされている。
「トール、たのむ」
そういうと、縄の端を持ったトールが僕の隣に並び、証人を小突いて前に押し出した。縄がピンと張って、1メートルほど先で証人は立ち止まる。僕はその証人のすぐ横に進んでゾルドバに向かって言った。
「モルト氏を前に出せ」
ゾルドバが後ろを向いて目配せをすると、冒険者風の男がモルト氏と一緒に3歩ほど前に進んだ。その間に、気がつかれないように僕が立っている位置の上空2メートルに基準点を設置する。この距離ならばなんとか一緒にテレポートさせることが出来る。証人にはあらかじめ、取引の最中は勝手に動くなと言ってある。
「さて、どうやって交換する?」
僕がゾルドバに話しかけたとき、ノアが横に数歩移動して、手のひらに火球を作り出した。
「いきなり魔法か、取引するつもりがないのか?」
ゾルドバたちの視線がノアに向く。その一瞬を待っていた。僕はテレポートでモルト氏の目の前にテレポートした。モルト氏が目隠しをされていたのは好都合だった。僕が突然現れても見えないのだから驚かれずにすむ。ゾルドバが視線を戻すと同時にモルト氏と一緒にさきほど設置した2メートル上空の基準点に転移し、すぐさま証人と一緒にソアのいるギルドの部屋にテレポートした。突然現れた僕に驚いているソアとゴードに、『頼む』と声をかけると、すぐに一本杉の丘にテレポートで戻った
10メートル上空から下を見ると、怒りに燃えたゾルドバが…いや、怒りに燃えているのではなく本当に燃えているのか…。ノアの火球を受けたのではなく、ゾルドバ自身が燃えているように見える。燃えているというか、熱気に包まれている感じだ。
1歩、2歩とノアたちに近づくゾルドバの前に、上空から降りていって立ちふさがった。もちろん身体全体をいつもの障壁で覆っている。ゾルドバの手下たちは僕らを取り囲んで武器を構えている。ノアの干渉魔法を恐れて、射程内には入ってこない。
「やってくれたな、転移魔法とは想定外だ」
「すまんな、しかし、どうせあんたもまともに取引するつもりはなかったんだろう」
「まあな、証人がまちがいなくお前たちと一緒にいることが確認できたので大差はない。ここで消すか、お前たちのあとで消すか、結果は一緒だ」
「あんたを町に帰すつもりはないぞ」
「そいつは楽しみだ。俺を相手にどこまでやれるかな。ガジンの件のかたもここでつけられるって訳だ」
「行くよー」
ノアがゾルドバに向けて火球を放った。それが合図となって闘いが始まる。トールとエマが左右に分かれ、ゾルドバの手下たちに闘いを挑む。ゾルドバの相手は僕とノアだ。ノアの火球を避ける隙を突いて攻撃を仕掛けようとしたが、ゾルドバは火球を避ける気配がない。そのまま火球が直撃をするも、命中しても爆発が起こらない。閃光を発して火球が消滅した。驚きを隠して短剣を投げるが、これも避けない。命中したかと思った短剣はゾルドバの直前で燃えて消えた。鉄の短剣が燃えるとは…
「俺は出来損ないの魔術師でな、これがまともに使える俺のたったひとつの魔法さ。おまえたちに破れるかな」
「これならどうだ」
光の槍を投げる。これもまたゾルドバの直前で閃光をあげて消滅した。
「おどろいたな。なんだその魔法は。ノア、なんだかわかるか」
「こんな魔法は見たことも聞いたこともないよ」
ゾルドバから熱気が伝わってくる。身体全体から熱を放射しているようだ。それだけでなく、その熱を身体の周囲に凝縮しているかのように見える。ノアの火球も僕の光の槍もその大きなエネルギーで消し飛ばされてしまったに違いない。短剣は単純に熱で蒸発してしまったのだろう。しかし、エネルギーなら僕の力でコントロールできるはずだ。
コントロールはできた…が、エネルギー量が膨大すぎる。僕の力で蹴散らす以上の速さで熱が供給されているようだ。続けているとこちらの精神力が先にまいってしまいそうだ。別の方法を考えないと…
「驚いたな、何かやったのか。魔力がいつも以上に減るのが感じられたぞ。そうのんびりはしていられないな」
そういうと、僕に向かって走り出した。武器は持っていない。レイピアを抜いて待ち構えていると、拳をつきだしてきた。格闘か。ガジンの拳やエンダーの剣ほどの威圧を感じない。僕の障壁で耐えられそうだ。拳を無視してレイピアを突き出した。ゾルドバの拳は僕の障壁で止まり、僕のレイピアは熱の障壁で止まって白熱している。
まずい、レイピアが持たない…
レイピアを引き戻し、後ろに跳んで距離をとった。
「おどろいた、このレイピアでも通用しないか」
「こっちこそ驚いたぞ、どんな剣も蒸発させられると思っていたのだがな」
「こいつは特別製なんだ」
そう言ったとき、障壁の内側がかなり暑いことに気がついた。ゾルドバの拳自体は止められたが、拳が纏った炎の壁の熱が内側に伝わってきたのであろう。組み付かれるとあぶないな。ドラゴンのブレス対策と同じようにして、障壁内部の熱を光に変えて外部に逃がす。レーザーにしてゾルドバを攻撃できるほどのエネルギー量ではない。
「おまえも俺と同類か、何か光る壁を纏っているな」
ノアが叫んだ。
「こいつ、干渉魔法が効かない。なにか魔力の壁のようなものに遮られている」
「おもしろいぞ、俺の炎の壁とどっちが強いか試して見ようじゃないか」
そういって再び突進してくる。その目の前にノアの火球が落ちて爆発する。ゾルドバは爆風で後ろに飛ばされるがダメージはなさそうだ。僕の方も障壁のおかげでダメージはない。距離がとれたところで、絶対の切り札を試して見る。マイクロブラックホールだ。マイクロブラックホールをその中心に持つ、テニスボールほどの輝く球体を作り、ゾルドバに向けて投げた。避けられないほどの速度ではないが、いままでのように余裕で受けてくれるといいのだが…避けられた。
正体がばれないように、避けられたと同時にブラックホールを消滅させ、それを閉じ込めていた障壁も消す。小さな爆発を起こして、球体は消えた。
「無敵の壁じゃないのか。避けるとは思わなかったぞ」
「直感が避けろと言った。魔法が通じないのは示したはずだ。それでも撃ってきた。俺の知らん何かがあるのかもしれん。お前も俺同様に普通じゃなさそうだからな」
こまったな、もう、いろいろとやって見るしかないか…
「ノア、片端からいろんな魔法を放って見てくれ」
「いいよー、いくねー」
ノアが両手を挙げて、大きな光る球体を作り出している。
おっと、それはちょっとやばいかな…
トールやエマが巻き込まれたら…
「行けー!」
ノアが極大魔法を放つ。以前に森をひとつ消滅させた魔法だ。ゾルドバが避けたらこの丘が全部吹き飛んでしまうぞ。しかし、これもゾルドバは避けようとせず、まともに受け止めた。目の前で太陽が爆発したかのような閃光が起こった。光は障壁で止められない。テレポートであらかじめ配置しておいた岩の陰に転移して閃光を避ける。
輝きが納まったとき、ゾルドバは平然と立っていた。魔法を放ったノアの方に顔を向けた瞬間に、閃光を遮った岩と一緒にゾルドバの真上に転移した。隙をついたつもりだったが、落下する岩をゾルドバが拳で砕く。その破片の間を縫って、光の槍を放つが、やはり炎の壁で消滅させられてしまった。テレポートで元の位置にもどる。再び僕に向かって突進するゾルドバ。ノアが氷の魔法で冷気の塊を投げつけるが、まるで効果がない。テレポートで別の岩の近くに転移し、僕の力で自分のレイピアの温度を下げていく。ゾルドバは立ち止まって僕に向かって言う。
「ちょこまかと忙しいな。これ以上逃げ回るなら、そっちの魔術師の嬢ちゃんを先に始末するぞ。それが嫌なら逃げ回らずに俺とやり合え」
「お望みなら」
レイピアの温度が絶対零度近くまで下がったところで、再び岩と共にゾルドバの真上に転移する。またも拳に砕かれる岩。その破片の間を縫って、レイピアの突きを繰り出した。
炎の壁とぶつかったレイピアだが、今度は白熱するまでに前よりもわずかに時間がかかり、先端がゾルドバの肩にささった。そのまま押し込もうとした僕をゾルドバが抱きかかえるように掴みかかった。僕の障壁の内部の温度が急速に上昇している。障壁内の熱変換では処理しきれず、蒸し焼きになりそうだ。レイピアを引き抜き、テレポートでゾルドバから逃れた。
「たいしたもんだ。傷を負わされたのは初めてだぞ」
「あんたのそいつも大概だな、ドラゴンのブレスよりも熱かったぞ」
「ほう、ドラゴンとやり合ったことがあるのか、たいしたもんだな」
ノアを無視して、ゾルドバの注意がすべて僕に向く。その間にノアは何か別の魔法を発動させているようだ。もうちょっと時間を稼いでみるか。
「傷を負ったのが初めてなら、いい機会だ、次は初めて死んでみるかい」
そう言い返したとき、ノアが何をやっているのか気がついた。周囲の温度が急速に下がり始めている。僕とゾルドバの周囲が冷気に包まれ、氷の小片が空気中に漂っている。炎の壁に守られたゾルドバは気がついていないのか、それとも気にしていないのか、僕を睨んだままだ。
ノアの広域魔法もあまりゾルドバには効いていないようだが、僕の障壁が耐えられる時間がわずかでも伸びるかも知れない。次の作戦の助けにはなりそうだ。そう想いながら、障壁の内部とレイピアの温度を下げつつ、ゾルドバと対峙する。相手の突進を防ぐため、マイクロブラックホールの球をいくつか発生させ、自身の周辺に浮かせている。これを受けるのはまずいと思ってか、ゾルドバも突進してこない。レイピアを足下に捨て、あいた手で光の針をめいっぱいの数だけ作りだし、ゾルドバに向かって投げる。同時にマイクロブラックホール球も投げる。ゾルドバは光の針は避けようともせず、マイクロブラックホール球だけに注意を向けている。光の針はゾルドバに命中すると同時に消滅している。マイクロブラックホール球はすべて避けられてしまう。命中しないことが確定した時点で、ブラックホールとそれを囲む障壁を消滅させ、小爆発を起こす。煙の中で、平然と立つゾルドバをめがけて、短剣を抜いて突進した。
「かなわぬとみて、やけになったか」
ゾルドバは口角を上げ、拳で突きの構えだ。
僕はゾルドバの目の前に光の槍を投げ、着弾する爆発に紛れてゾルドバの懐に飛び込んで組み付いた。その勢いでゾルドバを押し倒す。一緒に倒れながら、ゾルドバは僕をがっしりと両手で締め付ける。障壁の内部の温度がふたたび急激に上がっていく。突き立てた短剣はとっくに蒸発している。
「転移で逃げたら女を殺るぞ」
ゾルドバが僕の耳元で囁く。勝利を確信し笑い出すゾルドバ。次の瞬間、その笑いが止まり、かわりに顔が苦痛にゆがんでいく。それを見て、僕はテレポートでゾルドバから逃れ、数メートル離れた位置に出現した。
苦痛に顔をゆがめたゾルドバの胸を破って、光る球体が出てきた。ブラックホール球だ。突進の前に投げたブラックホール球のうち、ひとつだけは消滅させず、他の球の爆発に紛れさせてゾルドバの後方に配置して浮遊させておいた。その球体めがけて一緒に飛び込むように僕はゾルドバに組み付いたのだ。球体を動かせば、勘のいいゾルドバに気づかれる恐れがあった。球体がゾルドバを貫いたのではなく、ゾルドバの身体が静止している球体を通過したのだ。
以前、飛竜の営巣地に行く途中でフォレスト・ベアを倒した時、ノアが言っていたことだ。魔法は放ったあとはコントロールできない。水球はただの水の塊になると言っていた。常識外の魔法、炎の壁を使うゾルドバも、この世界の魔法の常識にとらわれていたのだ。僕の投げたマイクロブラックホール球が空中で静止して、自分の後方で地雷のように待ち構えているなど、思いもしなかったに違いない。
出てきた球体を上空に飛ばし、消滅、爆発させた。ゾルドバはそのまま仰向けに倒れた。胸にテニスボール大の穴をあけて。心臓は避けたようだが、致命傷は間違いない。
「何が…起こった…」
口から血をあふれさせながらゾルドバが言う。
「説明してやれるほど時間はなさそうだな」
「この…ペテン野郎…」
何か言いかけたゾルドバの目から光が失われ、動きが止まった。
周囲を見渡すと、トールとエマが奮闘していた。半数以上の相手がすでに倒れて動いていない。エマの周囲を大勢で囲んでいるが、掛かっていく者はなく、エマの動きに合わせて囲みの輪が一緒に動いている。トールは3人を相手に剣を切り結んでいる。
「こっちは済んだぞ、大丈夫か」
僕が大きな声で叫ぶと、敵の連中はこっちを向いて倒れているゾルドバを見た。次の瞬間、持っている武器を捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
エマがこちらに寄ってきて言った。
「主殿、あいつらはどうする。始末した方が良ければ、これから追うが」
トールも寄ってきた。
「それよりも、町にもどって襲撃に備えた方がいい。モルトさんも証人もこちらの手にある。総力で消しにかかるかも知れん」
「そうですね。ノア、エマ、こっちへ来てくれ」
ノアは横にやって来るなり、僕に抱きついた。
「寒い…」
「自分の魔法で凍えたのか…」
「しかたないじゃん。普通は自分が寒くならないように、もっと離れた位置から使う魔法なんだから」
「まぁ、おかげで助かったよ」
ノアの周囲の空気分子のエネルギーを増加させて暖かくしてから、ギルドの部屋にテレポートした。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「今回の話では少し活躍できたかな」
あの広域冷却魔法はすごいよね、特殊効果はどうやってたの?」
ノア:「特殊効果って…」
周囲が凍り付いて、氷の小片がきらきら舞うって場面。
ノア:「撮影を見てなかったの?」
うん、ここで脚本書いてた。
ノア:「特撮なんてしてないよ」
え、じゃ、あれは…
ノア:「あたしの魔法よ、トリックなしの」
うそー、こんなの出来るはずないよなってと思いながら脚本書いたんだが。
ノア:「うそじゃないよ、やってみせようか」
いや、だめ、ここでやらないで。
ノア:「大丈夫、あんたが凍り付いたらあたしが抱いて暖めてあげるから」
それはどうなんでしょう…ちょっとまずいのじゃ…
ノア:「何がまずいのよ」
話の中ではノアさんは成人って設定ですけど、現実世界では16歳は未成年ですから…
ノア:「なんであたしが未成年なのよ」
だって、16歳でしょう。
ノア:「それは役の上の設定でしょ。あたしは20歳よ」
えぇ!じゃぁ。アリサさんは?
ノア:「あの子は正真正銘16よ、出演女優のプロフ見てないの?」
それで前に、あたしは大人って言ったのか。役の上の話かと思ってた…
ノア:「ちがうわよ、アリサとちがって、正真正銘あたしは大人なの」
アリサが16歳、ノアは20歳…それなのにこの違いは…
ノア:「どこ見てるのよ!」
いや、どこも…
ノア:「それに、あんただって撮影の初日に、あたしが16歳の役って無理があるって言ってたじゃん」
それは…16歳の役を中学生にやらせるのは無理があるなと思って…
ノア:「誰が中学生なのよ!!」
え、あ、あの…なんだかとても寒いんですけど…
ノア:「大丈夫よ、死んだりしないから。ちょっと涼しくなるだけよ」
あー、あ………
ノア:「なんかロケ弁食べられなさそうね、今日の分はあたしが貰っといてあげる。次の話はバーノン商会へ殴り込みでしょ、あたしの活躍を期待してるからねー」




