45 魔術師、騎士団長と闘う
3人は宿の外で待っていた。僕らが出て行くと、中央の女が僕に話しかけた。
「魔術師がいると言っていたと聞くが、そのマントの女か」
「どうかな。それで何の用だ」
「わたしはリア、騎士団を率いる者だ。後ろの2人は副団長だ」
「バイロンだ」
ハルバードを持った男が名乗る。
「アリシアよ」
腰の左右にやや短めの曲刀を下げている。
「わたしたちの留守中に、館であばれてくれたようだな。部下が大勢死んだ」
「僕を殺そうとしたんだ、正当防衛と思ってくれ」
「闘いで死んだのだ、恨み言はいわん。だが、騎士団の団長として何もしない訳にもいかん」
「あなたが死ねば残された部下が悲しむぞ」
「わたしが死ねば皆がわたしの死を惜しむだろう、だが悲しむ者は誰もいない」
「僕は悲しむ、だから止めてもらえないか?」
「そうか、悲しんでくれるのか。ならばますます闘いを止める理由はないな。おまえが死んだらわたしも悲しんでやろう」
「…エマとは違うか」
「相手をしてもらうぞ。アリシア、すまんが最初はお前がこいつの相手をしてくれ。わたしとバイロンで女の相手をする」
「鎧はどうした。騎士団自慢の鎧ではないのか」
「お前が倒した部下達の亡骸を見たが、いずれも胸部に小さな穴が穿たれていた。役に立たない鎧は重いだけだ」
3人は軽装の革鎧だけを身につけていた。
「仕方がない…ここは町中だ。外に行こう」
僕らは町の外まで歩くと、互いに離れて一人ずつ向かい合った。僕らはそれぞれ、自分の名前を相手に告げた。
「では行くぞ」
アリシアと名乗った女が剣を抜き、僕に突進をしてきた。双剣使いか。すばやく光の針を投げると、前方に倒れ込むようにして避け、曲刀を僕に向けた。一瞬驚きの表情を見せたが、素速く起き上がり、後ろに飛んで距離をとる。光の針はエネルギーが少なく、手を離れたあとは長くは存在できない。光の槍のようにカーブさせて狙うには時間がたりない。先に放った光の針はアリシアの後方で自然に消滅した。
「驚いたな、本当に干渉魔法が効かんとは、どんな手品をつかってるんだ」
「こちらこそ驚きだ、魔術師の動きじゃないぞ」
そう言って、レイピアを抜く。今のレイピアは鍔元から先端まで鉄の輝きで光っている。僕の力で全体を鉄原子数個の厚さでメッキ状態にしておいたのだ。これなら普通のレイピアに見えるだろう、メッキが余り長持ちしないのが欠点だ。
「リア様、魔術師はこいつです。ですが干渉魔法が効きません!」
大きな声で叫ぶと、
「わたしと代われ、そいつの相手はわたしがする。こっちを頼む」
そう言ってリアが僕の前に立ちふさがった。アリシアと名乗った双剣使いは、リアと入れ替わりにエマの前で剣を構えた。
「入れ替わってすまんが、おなたはわたしが相手をする」
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アリシアと隊長のリアとのやりとりを見ていたバイロンがアリサの方に顔を向けた。
「やれやれ、隊長も小細工を…。さて、こちらも始めるか。女相手でも容赦はせんからな」
アリサは何時ものメイド姿だ。
「お気遣い不要でございます。わたくしもあなた様が男だからといって、手加減することはございません」
そういってトンファーを取り出した。バイロンはハルバードを構えて、やや前掲姿勢になるが、動くことなくアリサを見ている。
「それではバイロン様、まいります」
アリサの姿が一瞬で消え、バイロンの左からトンファーが迫る。壁こそないが、地面のわずかな起伏を利用し、急な角度の方向転換からの攻撃だ。バイロンは最初のトンファーを身体をそらせて避け、足下をすくいに来るもう一方のトンファーをハルバードを足下に突き立て盾とした。バイロンから飛び退くアリサを、ハルバードの下からの攻撃が襲う。両手のトンファーをクロスさせ、すくい上げるように迫るハルバードを押さえ、身体が浮き上がると、その力を利用して、さらに後ろに跳び、着地と同時に針のような暗器を投げた。エンダーにも使った千本である。バイロンはハルバードの斧の部分で顔を守る。針は弾かれたが、バイロンの足止めにはなった。
足下に落ちた数本の針を見ると、ハルバードの斧越しにアリサを睨む。
「変わったものを投げるな、器用なもんだ。狙いは眼か」
アリサは右手に持っていたトンファーを足下に捨て、今はダガーを握っている。左手のトンファーを顔の前に構え、右手のダガーはいつでも投げられる体勢だ。
「速さ、技、ともに素晴らしいものだが、いかんせん非力だな」
ハルバードを右手だけで振り回しながらアリサに迫る。左手に持つトンファーがはじき飛ばされ、ひと周りしたハルバードが再びアリサを襲う。アリサが空中に逃れると、ハルバードの回転を強引に下向きにして、地面に突き立てたハルバードを支えに、棒高跳びのようにジャンプし、空中のアリサのさらに上から肘を打ち付ける。とっさに身体を横にひねり、肘打ちを肩で受けた。地面に落とされたアリサはそのまま転がり、先ほど捨てたトンファーを拾って立った。
「驚いたな、肩を砕いたと思ったが」
「皆さん驚かれます、できの良いメイド服だと」
「そいつのせいか、ならば先にその服をひんむいてやるか」
「そんな事をされてはマスターに叱られてしまいます」
アリサは再び千本を投げる。数が多い。ハルバードの斧の後ろに顔を隠しながら、数歩下がる。その隙にアリサは叫んだ。
「エマ!代わってください、わたしには相性の悪い相手です」
アリシアと対峙していたエマが、素速くアリサと入れ替わる。
「アリサが弱音を吐くとは意外です」
そう言って、バイロンと向き合う。
「確かに相性は悪そうですね」
エマは右手に槍、左手にマントを持っている。
「誰が相手でも同じだ。たたきつぶすのみ」
バイロンはハルバードを構えた。
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「今度はメイドが相手か、誰でもかまいません」
そういってアリシアは手に持った曲刀を構えた。
「双剣をお使いですか。両手斧の男を思い出します」
アリサはバイロンにはじき飛ばされたトンファーの位置をチラッと見ると、その方向にゆっくりと移動する。
「武器を拾いたいか、そうはさせない」
アリシアはアリサを見ながら、アリサと落ちているトンファーの中間を目指して走り出した。アリサはまっすぐトンファーを拾いに行く。アリシアがアリサの方に向きを変えたとき、アリサの姿が消え、左から音が聞こえた。左手の曲刀で防御の体勢を取り、右の曲刀で斬撃の構えを取って左を向く。アリサの姿はなく、地面にダガーが1本刺さっていた。右後方からの音と気配に後ろも見ずに、身体を回転させながら左手の曲刀を横に払った。刀は空を切り、アリサはその上空で身体を回転させていた。アリシアの頭上からトンファーが襲う。それを躱しながら、右手の曲刀を上に突き出す。回転するアリサを曲刀が掠める。そのまま着地したアリサは、目の前に落ちているトンファーを拾って立ち上がった。
「拾われてしまったか、まぁいい、大差はない。それにしても大した速さだ。干渉魔法を使う余裕がとれんな」
そう言って前に出ようとするアリシアを、アリサの投げたダガーが連続して襲う。いずれもアリシアの足先を狙っている。素速い動きでダガーを避けながら言った。
「これほどの数のダガーを、よくも隠し持っているもんだ。しかし、さすがに品切れか」
アリシアに避けられたダガーが地面に無数に刺さっている。
「捨てるついでに、投げただけでございます。これで身軽になりました」
そう言って、あらためてトンファーを構え直した。突進して振るうアリシアの左右の曲刀を、アリサは円を描くように移動しながら、トンファーですべてを受け流している。わずかでも速度で劣れば、たちまち勝負がついてしまう闘いだ。ぐるっと回り込んで、アリサとアリシアの位置が入れ替わった時、アリサが一歩踏み込むと、左からトンファーを振り下ろしながら、右脚で蹴りを放つ。アリシアは身体を後ろにそらしてトンファー避けると、左の曲刀でアリサの蹴りに来た右足を切り飛ばそうとした。
「そんな体勢の崩れた蹴りなど、切り飛ばしてやる!」
そう言ったアリシアの目の前に何か黒い物体が飛んできた。アリサが何かを投げた動きはなかった。アリサの脚を狙うのを止め、曲刀でとっさに顔面を庇った。何かが曲刀にあたり、弾かれた。そのとき、アリシアに躱されて足下まで振り下ろされたアリサのトンファーが、左の手の中でくるっと半回転し、そのままバックハンドで下から突き上げられた。最初の一撃を躱すためにのけぞり、さらに顔面への攻撃に意表を突かれたアリシアに二撃目をかわす余裕はなかった。喉に直撃を受け、後ろに飛ばされるアリシア。しかし、飛ばされながらも防御のために顔面に持ち上げた曲刀をそのまま振り下ろし、アリサを袈裟斬りにした。
仰向けに倒れたアリシアの上に、袈裟懸けに斬られたアリサが覆い被さるように倒れた。口から血を吐きながら、曲刀を手放し、短剣を抜いてアリサを下から刺そうとしたアリシアの心臓を、アリサの千本が貫いた。細く鋭い千本ゆえに出血はなく心臓は鼓動を止めない。あとは千本を引き抜くだけで大出血を起こし死に至るだろう。喉をつぶされたアリシアが掠れた声で言う。
「まだ隠し持っていたのか…」
顔を横に向けると、アリシアの顔面を襲った黒い物体が落ちていた。アリサのダガーだった。
「持っていたのではありません。地に刺さるように投げておいたダガーを蹴り上げただけでございます」
「姑息な手を…それにしても頑丈なメイド服だ、手応えはあったのに」
袈裟斬りにされたメイド服は大きく切り裂かれ、そこからこぼれたアリサの胸に長く赤い筋をつけていた。その傷を見て
「これではマスターにお見せすることができませんね。あなたは万死に値します」
そう言ってアリシアの胸を穿った千本を引き抜いた。かろうじてアリシアが保っていた意識を大出血が奪い、アリシアは動かなくなった。
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「誰が相手でも同じだ。たたきつぶすのみ」
そう言ってハルバードを構えた。エマはゆっくりとバイロンに近づく。
「確かにアリサさん向きの方ではありませんね」
大きく重そうなハルバードを見て、エマはつぶやいた。
「それでは始めましょう」
エマは左手のマントを前に放った。マントは大きく広がってバイロンの視界を遮り、その後ろからエマの投げナイフがバイロンを襲った。身体を動かすことなく、顔面だけを斧で庇う。1本のナイフが斧に当たって下に落ち、もう1本のナイフはハルバードを持つ右手の甲にかすり傷をつけた。
「先ほどの娘と変わらんな、つまらん」
そう言ってハルバードを構えた。ナイフを投げたエマはそのまま前へ進む。途中でマントを拾うと、マントを持った手を後ろに引いて、接近を続ける。そのとき、リアの叫び声が聞こえた。
「バイロン、剣だ、お前の剣を貸せ!」
バイロンは腰の剣を抜くと、エマから視線を外すことなく、声の方向に投げた。
ハルバードの間合いに入ると同時に突きが繰り出された。これを躱しても、引くハルバードの突起がエマを襲う。エマは一歩下がるとマントでハルバードを払った。マントは突起にからまり、エマとバイロンが綱引きのような状態になった。炎竜の皮のマントは、ハルバードの刃に触れて引っ張られても裂けることはない。単純な力比べでバイロンが勝り、エマは前に引かれてバランスを崩す。そこをバイロンの左の拳が襲った。マントを手放し、バイロンに引きつけられた力を利用し、バイロンを飛び越えて拳を回避した。そのまま数歩進み、振り返って、バイロンの背中に槍を投げる。後ろも見ずに背中に回したハルバードに槍は弾かれて地に転がった。
素速く腰の三節棍を手にして構えると、エマの方に向きを変えたバイロンがハルバードを構えた。
「次は棍棒か、こい」
エマは突進しながら三節棍を大きく横に振り回す。ハルバードで左の胴を庇いながら、右の拳を握りしめ、突きの体勢をバイロンは取った。ハルバードに当たった三節棍は、鎖でつながれた先端から折れ曲がり、バイロンの背中を襲った。それにもひるまず、バイロンの拳がエマを襲い、顔面を庇った左腕に当たり、鈍い音を立てた。エマは拳に押されて後ろに飛ばされ、2人の距離が空いた。三節棍はハルバードに絡め取られてしまった。
「腕が折れたか…今度の武器は何かな」
絡め取った三節棍を後ろに投げ捨てると、バイロンは再びハルバードを構えた。かつてアリサとの闘いでダメージを与えた三節棍の背中への攻撃も、バイロンには効かなかった。
「えらく頑丈だな、アリサが苦戦するするのも頷ける」
そういいながら右手でナイフを取り出した。
「今度はナイフで次は素手か、だんだん頼りなくなるな」
余裕でバイロンが笑みをもらす。
エマはナイフを構えながら、落ちている槍を見ると、じりじりとそちらに移動を始めた。
「槍を拾いたいのか…拾って見ろ」
その言葉を聞くと同時にナイフをバイロンに向かって投げ、エマは槍に向かって走り出した。ナイフを避けるとバイロンもハルバードを横に払う体勢で槍に向かって突進した。槍の石突きにあとわずかで手が届くと言うところで、バイロンのハルバードがエマを襲う。頭を下げ、槍に伸ばした手を引っ込め、エマが走り抜けた。バイロンも振り切ったハルバードはそのままに、数歩前に進んで止まった。直角に交差した2人だが、エマはすぐに振り返り、バイロンを見る。バイロンは背中を見せたまま、前掲姿勢で動かない。バイロンの首の後ろからは槍の穂先が見えていた。
ゆっくりとエマがバイロンの前に回る。バイロンは首にささった槍をつっかえ棒のようにして立っていた。やがてハルバードが手から滑り落ち、バイロンは横に倒れた。
「いくら馬鹿力があっても、脳筋ではな…落ちている槍の穂先が自分に向いているのは見えていたろうに」
エマはそう言うと、バイロンの首から槍を抜いた。バイロンを仰向けにして首に手を添えて脈を診ると、立ち上がって槍の穂先を心臓の位置に当て、力を込めて押し込んだ。
エマははじめから槍を拾うつもりはなかった。突進してくるバイロンにタイミングを合わせて、槍の石突きを踏んだのだ。穂先が跳ね上がり、突進するバイロンの目の前に突然出現した。槍に気づいたが突進の勢いを止めることが出来なかった。槍はバイロンの首に刺さり、つっかえ棒のようになった槍が突進の勢いでバイロンの首を貫いたのだった。
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両者に魔術師がいる複数人での接近戦では、自分の命を捨てる覚悟がないと干渉魔法は使えない。干渉魔法を使った瞬間に魔術師は干渉魔法に対して無防備になり、相手の魔術師に干渉魔法を使われてしまう。これからは魔法なしでの闘いになる。だが僕は別だ。魔力ゼロの僕に干渉魔法は効かないのだから。リアは僕が魔術師かどうか確認するためにアリシアを最初にぶつけたのだろう。今、アリシアと交代したのは、自分なら干渉魔法を警戒しながらでも、戦えるという自信があるのに違いない。干渉魔法は使えないって言っても信じてはくれないだろうな…
「干渉魔法が効かぬとは…。伯爵の前に立たせる訳にはいかんな。では、あらためて騎士団団長リアが相手をいたす」
そう言って、剣を構える。僕もレイピアを抜く。まずは最初に奇襲を仕掛けてみるか。レイピアを振りかぶり、リアに向かって突進する。刺突剣を振りかぶって斬りつけるなど、自分でも素人と思う。しかし、この特製レイピアは剣では止められないぞ、アダマンタイトの剣でも持っていればわからんが…。
「素人か、そんな細剣などへし折ってやる」
そう言って僕の斬撃を下から剣で切り上げる。その剣を音もなくレイピアは切断して、すり抜ける。革命に憑かれた冒険者はこの一撃で沈んだ。しかしリアは、人外とも思える反射神経で、後ろに飛んでこの一撃を避けた。先がなくなって、半分の長さになった自分の剣を見て言った。
「なんだ、その剣は?」
「すまんな、特製なんだ。それにしても良く避けられたな」
「特製か、それが分かれば二度は通用しないぞ」
そう言うと、隣で闘っているハルバード使いに叫んだ。
「バイロン、剣だ、お前の剣を貸せ!」
放られた剣の柄をキャッチすると、再び構える。
「今度の剣は特別製か?」
「いや、普通の剣だ。受けられないのならば、すべて避ければ良い。どんなに切れる剣でも、当たらなければなんということはない」
斬撃を加えてもレイピアで受けられると自分の剣が両断されかねないとふんだリアは、刺突を中心に繰り出して攻めてきた。アリサやエンダーはもちろん、エマをもしのぐ速度だ。レイピアで払おうとしても、剣を引かれてしまう。躱すしかないのだが、何度も躱し損ねて障壁にぶつかって止まる。障壁がなければ今頃は穴だらけだ。
「なんだお前は、もう穴だらけのはずだ。なぜ無傷なんだ」
「すまんな、ちょっとした手品だ」
「刺突が効かぬのなら、やはりたたき切るしかないか。危険だが仕方がない」
両手で斬撃の構えをとる。レイピアで斬りかかると、わずかに身体をずらすだけでギリギリで避ける。そして左からの斬撃が僕を襲う。本能が危険を察知したのか、とっさにリアの後ろにテレポートをして振り返る。障壁が突破された。障壁が壊される一瞬の間がテレポートの発動を間に合わせた。エンダーの斬撃に匹敵する威力だ。エンダーの剣はアダマンタイト製だったが。こいつの剣はただの剣だ。運動エネルギーは速度の二乗に比例したはずだ。剣速がエンダーを遥かに超えているに違いない。
リアはすぐに振り返ると、後ろに跳んで間を取った。
「転移魔法か?なんでもありだな、おとぎ話かと思っていたぞ」
「凄い剣速だな。斬られたかと思った」
「斬れなかったがな。しかし、不可解な壁が打ち破れることは分かったぞ」
あの剣では障壁は破れても、数回で剣の方が壊れるだろう。リアも分からないはずがない。その数回だけの斬撃に掛けているのだろう。
「近寄らせなければいいのかな」
そう言って、光の針を10数本出現させ、投げた。数の多さに驚いたようだが、これもまた尋常ではない速さで避ける。そのとき、偶然にも剣が光の針に横からあたった。小さな音を発して針は消滅した。
「なるほど、正面から当たらなければ剣を壊すほどの威力はないのだな」
肩に1本が命中したのか、小さな穴が穿たれている。かすり傷ではないが、深くもなさそうだ。傷口は焼けているので出血はない。
光の槍や、火球、さらに切り札のマイクロブラックホール球では遅すぎて当たらないだろう。その隙に斬撃を入れられる。テレポートが間に合わなければ終わりだ。賭はできない。上空に飛んで離れた所から攻撃しても、すべて避けられてしまいそうだ、大威力の魔法の爆発で吹き飛ばすのは、エマやアリサまで巻き込んでしまう。ガジン戦のパターンを使おうかとも思ったが、周囲は草地で大きな岩はない。危険だが代用品で我慢するしかないか…
左手で腰の短剣を抜くと、リアに向かって投げた。リアが避けた瞬間にリアの左肩上空にテレポートして刺突を繰り出す。同時に結果を見ずにテレポートで元の位置に戻った。僕がさっきまで存在していた左肩口上空を、リアの斬撃が通過した。僕の刺突は予想通り難なく避けたようだ。
「やっかいな手品だな。次は捕らえるぞ」
そういって再び剣を構える。もう一度やってこいという挑発だ。乗せられたふりをして、狙いの攻撃をしてみよう。
「ではもう一度」
そういって、再び左肩口上空にテレポート。ただし今度は足下の地面ごとだ。
大きな土の塊が出現した。委細かまわずリアの斬撃が土の塊を斬る。ばらばらになった土塊の隙間から光の針がリアを襲う。致命傷にはならないと判断したリアは避けようともせず、返す刀で僕に斬りつける。刀を返すわずかな時間がテレポートの余裕を与えてくれた。テレポート先は元の位置ではない、リアのすぐ目の前だ。突如出現した僕のレイピアがリアの胸に刺さった。あとわずかで心臓に達する。もう一押しで大出血を引き起こすだろう。そのまま押し込もうとすると、剣を放したリアの片手がレイピアをつかみ、もう片方の手で僕の肩をつかんだ。押し込むことも引き抜くことも出来ない。
死を覚悟したリアが周囲を見回す。立っているのはアリサとエマだけだった。
「2人とも死んだか…せめてお前は道連れになってもらうぞ」
そういうと、レイピアを放して、腰の短剣に手を伸ばす。肩をつかんだ手は放さない。テレポートで逃げることも出来たが、短剣では僕に傷ひとつ着けることはできない。黙って見ていると、そのまま前進して僕に抱きついてきた。僕のレイピアがリア自身の力で押し込まれ、リアの胸を貫き背中を突き破った。出血がリアの意識を急速に奪っていく。薄れゆく意識の中で、左手の短剣を僕の心臓のあたりに当て、肩をつかんだ手を放して短剣の柄に添えると、力の限りに押した。
もうリアに痛みはなかった。短剣が障壁で止まっていることも分からないのだろう。
「どうだ、やったぞ、アリシア、バイロン……」
かすれる声でつぶやくとリアの目が閉じられ、僕に寄りかかるように崩れ落ち、両膝をついた。そのまま仰向けにゆっくりと倒れる。リアが倒れるのに従ってレイピアが抜けていき、血が噴き出した。
伯爵の館で大勢の騎士を殺したときは、なんとも感じなかった。今はどうだ。リアの顔を見て、以前にノアがとどめを刺した魔術師の少女を思い出した。その少女の顔が死に瀕したノアの青白い顔と重なり、そのノアの顔が目の前で倒れているリアの顔と重なる。
異世界は、なんて残酷な世界なんだ…
そう自分に言い聞かせ、自分自身の気持ちをごまかした。アリサとエマの方を向いて、
「2人とも無事か?」
そう声を掛けると、町の方からトールやノアがやってくるのが見えた。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「リアがヒロイン枠にって、一瞬思ったけど、そうじゃなくて良かった」
割とシリアスな話なのに、そこですか気にするのは…
ノア:「そりゃそうよ、女優の世界も厳しいのよ、ヒロイン枠は譲れない!」
なんども言いますけど、メインヒロインはノアさんですから…
ノア:「そうは思えないことが何度もあるので…」
まぁ、今回はソアさんのエピソードですから…
ノア:「しかたがないわね。次のエピソードは期待してるからね。はい、今日のロケ弁」
ありー、今度のADさんは弁当代けちってるよね。
ノア:「そう思う?あたしもそう思うのよね」
なんか、いつも食べ足りない気がするんですよね。
ノア:「味はともかく量はあるんじゃない」
それは、僕の分も食べてるからじゃないんですか?よく太りませんね。
ノア:「そりゃ、体型の維持は女優の基本だから」
スリムなのはいいんですけど、もうちょっとでこぼこが…
ノア:「…」
あぁっ、一度出したロケ弁、引っ込めないでください!




