42 魔術師、エマを想う
あの日からエマは僕から離れない。出かけるときは僕の後を少し離れてアリサがついてくる。その後ろにエマがついてくる。町中の視線が痛い…
ある晩、エマの部屋を訪ねた。
ドアをノックすると
「入れ」
と返事がきた。
「はいるぞ、僕だ」
そう言って、部屋に入り、ドアを閉める。
「何か用事か。わたしなら主殿のものだ、好きにして良いぞ」
そういって立ち上がった。
「そうではない、これを受け取ってもらいたくてきたのだ」
そういって、エンダーが纏っていたマントを差し出した。
「それは師匠のマントだな。もう忘れた男のものだ。受け取れない」
「今は僕のマントだ。僕のマントを受け取って欲しいのだ」
「…そうか、主殿のマントか。ありがたく頂こう」
「君に似合うと思うぞ」
「そう思うか」
「では、僕はこれで部屋に戻る。おやすみ」
「わたしに関心があるのではないのか」
「関心はあるさ、君は美しく、気高い」
「ならばなぜ帰る」
「魔法使いになりたいからな」
「なんの事だ?意味がわからん。主殿は魔術師ではないか」
「ああ、偽物の魔術師だ。僕は本物の魔法使いになりたいのさ」
「ますますわからん」
「いつかわかるさ。その時は君を求めよう」
「待っていれば良いのか。約束だぞ、主殿」
12の時からエンダーに武術だけを仕込まれ、武術以外は何も知らず、エンダーだけに心を寄せた。武術の技だけが成長し、心は12のままだった弟子が師匠を超える日を迎えた。そしてその日、エマの心は時をとめ、誰も愛さず、誰からも愛されない20年の時を過ごした。時のとまった20年の間に様々な知識とこの世界の常識は身につけたのだろう。しかし心は12のままだった。エンダーを超える強さだけが20年にわたって幼いエマを守ってきた。そして今、心を取り戻したエマは成長を始めた。
いつものテーブルでみんなそろって一息ついている。ノアとソアはまだ機嫌が悪い。アリサの時は簡単に受け入れたのに、エマはなぜ?パーティーの誰よりも歳上だからか。心なら一番下だぞ。みんなが黙っていると、トールが話を切りだした。
「いくら稼いだからと言っても、ミントから戻ってから休みすぎた。そろそろ次の依頼を受けようと思う。ギルドに行ってみようじゃないか」
「今から行っても、割のいい依頼は残ってないんじゃない?」
ノアが文句を言う。
「リーダーにお任せします」
素っ気なくソアが言う。
「同意…」
「マスターの御心にお任せします」
安定のゴードとアリサである。エマは隣のテーブルに一人で座り、遅い朝食を食べている。僕がエマの方を見ていると、ノアが僕の脚を何度も蹴りながら言った。
「あれはどうするの」
「あれじゃなくてエマな」
「そのエマさんをどうするのでしょうか」
「仕方ないじゃないか、こうならなければ殺し合いだったし」
「誰も悲しまずに済みました。マスターの高潔なる人徳のなせるわざです」
「悲しんではいないけどー、怒ってるんだよ」
「怒る必要もないのでは。マスターのノア様への思いは変わりありません」
「だって、どんどん増えちゃうんだよ。それにアリサもエマもいつもくっついているし」
「それはわたくしのつとめです。エマさんも、それがお約束ですから」
「リーダーがミスターをしっかり監督しないからー」
「あー、話を戻して、とりあえずみんなで依頼を見てこようじゃないか」
あ、また逃げた…
みんなでギルドへ出かけた。パーティーの面々に、少し離れてアリサ、さらに離れてエマという一団である。エマは僕が渡したマントを纏っている。僕とノアたちはインバネスだ。やたら目立っていたに違いない。
ギルドに入り、受付近くのテーブルに座る。エマは隣のテーブルだ。そのエマに絡んできた冒険者がいた。この町で、ソアとノア以外では初めての女冒険者だ。おまけにテーブルに一人だ。僕らと一緒とは思わなかったのだろう。どうやら口説き始めたようだ。周りの冒険者がエマのマントに気づいた。
「おい、あのマント、エンダーのマントじゃないか」
「エンダーって死んだだろう」
「マントはどうなったんだ」
「エンダーには弟子が何人もいるって話だぞ、それも全員とびきりの美人だって噂だ」
「なぁ、あの女、その弟子のひとりの氷のエマじゃねぇか、槍使いの」
「あのエンダーを唯一超えたという弟子か」
「あいつのマントを見ろよ、首のところから槍の柄が見えてねぇか」
そのときエマに無視されたことに腹を立てた冒険者が、エマのマントに手を掛けた。ドンという鈍い音がして、男の手の甲がナイフに貫かれてテーブルに縫い止められた。エマがナイフを振るうところが見えたものはいなかった。テーブルに血が広がり、男が悲鳴を上げだした。男が腰の短剣に手を掛けたとき、水球が顔面にあたり、男はギルドの入り口の所まで吹き飛ばされた。
「おにーさん、それ抜いたらエマさんに串刺しにされるよー」
いつの間にかエマの手に槍が握られていた。
「やっぱり、氷のエマだ」
「ほんものだ…」
エマが外野の冒険者たちを見回すと、誰もが口をつぐんだ。ノアはもう一度水球を出すと、入り口の男をギルドの外に洗い流した。
「あたしたちの家族に手を出す奴は許せないよねー、ソアもそう思うでしょ。次は消し炭だね」
「家族…」とエマ。
「あー、エマが第4で良ければねー。ミスター、もう増やしたらいけないんだからねー」
「仕方ないですね、ノア。ようこそ、歓迎します。エマさん」
「マスターの御心のままに」
「それでいいのか、主殿」
「君さえよければ、そういうことみたいだな」
ようやく、ノアとソアの機嫌が直ってくれたようだ。受付の、ケートさんだっけ、視線が怖いのは見なかったことにしよう…。
騒ぎなどなかったかのような顔をして、トールが依頼の書かれた板を持ってきた。
「このあたりでどうだ?誘拐された娘さんの捜索、そして無事に救出という依頼だ」
「えー、それって助け出した娘さんが、恩を感じてミスターとってパターンだよね。絶対に反対!」
「いくらミスターでも、5歳の娘に関心は持つまい」
「僕は大人の女性が好きですよ」
ソアがなぜか微笑んだ。
「えー、若いほうがいいじゃん」
「辺境伯ですね」
ソアが羊皮紙に書かれた依頼者を見てつぶやいた。
「貴族家ならば5歳での婚約は普通です」
公爵家のメイドであったアリサが言う。
「やっぱり、だめー」
「ミスターは貴族のご令嬢に関心はないそうですよ。そうでしょう、ミスター」
あぁ、やはりあのとき、ちゃんと聞いていたんですね、ソアさん…
でも、アリサは元とはいえ貴族家のご令嬢でしたけどね…
「えぇ、きままで自由な暮らしがしたいですからね」
「それならいいー」
「貴族というと、王都ですか?」
「いや、王都ではない。むしろ辺境だな、カラトの町だ。ここからなら王都より近い」
「それなら僕も異存ありません、王都だとガジンの件が…」
「辺境の町だからな、その点でも都合がいいぞ」
僕らはその依頼を受けることにした。誘拐事件なのでことは急を要する。カラトの町までは途中の町々で馬を乗り継ぎ、不休で走らせることになる。費用は辺境伯持ちだが、きつい旅になりそうだ。
トールは、ケートさんに依頼の受諾を告げてもどってきた。
「それじゃぁ、宿に帰って準備だ。水をたっぷり、それと馬に乗りながらでも食えるものを用意しとけよ。そして早く寝ておくんだ。地図はギルドのものを貸してもらえた。1枚だけなので俺が持つ。馬車屋から出発だ」
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「念のために確認するけど、5歳のお姫様がヒロイン枠に入ってくるなんてことはないのよね、絶対に」
もちろん、ありませんよ。絶対に。
ノア:「もうひとつ念のため。そのお姫様に姉がいるなんてことは…」
えぇと、台本上では19歳のお姫様がいますね、次の話で出てきます・
ノア:「それよ!まさかヒロイン枠に…」
いや、台詞もないちょい役で、次の話だけしか出てきませんから。
ノア:「たしかに台本では…でも本番がすむまでは分からないから。どたんばで変更なんてしないでよね」




