41 魔術師、エマと話す
町長に呼ばれて、全員がギルドの奥の部屋に集まった。
「トールさんたちのおかげで、町に平穏がもどりました」
他の冒険者に依頼を出し、森の様子を探らせたという。
「鎧狼もオークも確認されたが、いずれも少数で、森から出て人を襲う気配はないそうだ」
「炎竜は?」
「消息は不明だが、森に小型の魔物が多数戻っていると言っておった」
「炎竜がいれば、そいつらが戻ってくるはずがないな」
「さよう、ですから炎竜は死んだか、あるいは遠くに移動したか、いずれにしても町への脅威は去ったようですぞ」
「そうか、念のため町への滞在を続けていたが、必要はなくなったか」
「さよう、町としてはいつまで滞在されてもかまわんし、むしろ歓迎じゃが、そちらとしては迷惑じゃろう。もう自由にされるがよい」
そういうと町長は深々と頭を下げた。
「聞いたとおりだ、みんなはどうする。おれはトールの町へ戻って、別の依頼を受けようと思うが…ミスターを付け狙うやつがいるんだよな…」
「昨日、この町でも出会いましたよ。まだ気がついていないようですが、時間の問題ですね」
「それならば、この町からさっさと出た方が良さそうだな。特に反対がなければすぐに出発しよう。すまんが馬車屋で馬を借りておいてくれ、ゴード。食料はいい。2日の行程だ、各自の保存食で済ます。頼むぞ、ゴード。お前の荷物は俺が宿から持っていく」
「了承…」
「他は俺と一緒に宿へ戻り、準備したら広場の馬車屋の前に集合だ。そこで馬に乗る。宿からはみんなで揃って出るぞ。ばらばらにはなるなよ」
あわただしく準備をして、ミントの町を出た。街道に入って30分ほど馬を進めたとき、ノアが告げた。
「この先に一人いる。隠れてはいない、道の真ん中だよ」
トールを先頭にして、ゆっくり進むと、100メートルほど前方に、女がひとり立っていた。昨日武器屋で会った女だ。エマといってたかな。
「わたしが恐れたとおり、ばれてしまったようですね、どうしますかトール」
「全員で闘うか、ミスターだけの問題じゃないしな」
「僕が少し話をしてみたいのですが」
「大丈夫なのか」
「問答無用でいきなり攻撃してくるような人とは思えませんでしたから、たぶん」
「わたくしもご一緒に」
「あたしもー」
「いや、ここは一人で行く。任せてくれ」
僕は馬から降りてインバネスを脱ぎ、ノアに渡し、エマに向かって歩き始めた。
「昨日、武器屋でお会いした方ですね。何かご用ですか」
「エンダーを倒したのはあなたですか」
「仇討ちというわけか」
「わからない。エンダーはわたしの師匠だった」
「仇討ちでなければ、闘う必要はないな。どちらが死んでも何の得もないぞ」
「師匠のことなぞ忘れていた。師匠が倒されたと聞き、倒した相手に会いたくなったのだ」
「なんのために?」
「長い間、師匠と一緒に訓練だけをして過ごした。そして努力の末、ついに師匠を超えたのだ」
「エンダーを越えたのか、とんでもない強さだな」
「わたしは嬉しかった、ついに師匠に認めてもらえたと。これからは弟子としてではなく一緒に暮らせるのだと」
「…」
「しかし、師匠はわたしに何の関心も示さなかった。新しい弟子しか目に入っていなかった。師匠に捨てられ、わたしは冒険者になった。強さをたたえる者、美しいともてはやす者はいても、誰もわたし自身に関心を寄せる者はいなかった」
「君が人に関心を寄せなかったからでは」
「確かに、わたしの心は死んでいたからな」
「それで、どうしたいのだ」
「昨夜、あなたのメイドがわたしに言った」
「アリサが? なんと?」
「あなたがわたしに関心を持っていると。そしてわたしが死ぬとあなたが悲しむと」
「アリサと闘ったのか」
「あなたのためなら命を捨てる覚悟のようでした」
「なぜどちらも無事でいる」
「どちらも無事ではありませんでしたよ」
「他の者と闘うな、闘うなら僕を相手にしてくれ。エンダーを倒したのは僕だ」
「わたしを殺せますか」
「アリサやノア、ソアのためなら殺すさ」
「わたしが死んだら悲しいのでは?」
「やむおえないさ…」
「もしも、あなたたちを狙うのは止めると言ったら?」
「どうしたら止めるんだ」
「あなたがわたしに関心を持っているのなら、それが本当のことだとわたしに示してくれ」
「どうすればいいのだ」
「あなたが考えることだ。もしも、わたしの心を生き返らせてくれたなら、残りの人生をすべてあなたに捧げても良い」
「ひとつ願いがある。君がエンダーよりも強いことを示してくれ」
「どうすれば?」
「その槍で僕を攻撃してみてくれ。一度だけ、本気で」
「死ぬぞ」
「死なないさ、エンダーを倒した男だぞ」
エマは背中の槍を手にして構えた。
「いくぞ」
目にもとまらぬ速さの突きが繰り出された。ふた突き目まではほとんど感で避けたが、最後のひと突きが僕の首を襲った。エマがまさかという顔をしたが、すぐになぜという表情に変わり、槍を納めた。僕の障壁がエマの突きを止めた。ガジンやエンダーよりもはるかに速い攻撃だったが、障壁は破れなかった。単純に筋力の差だ。
「すごいな、一回の踏み込みで3度の突きを繰り出すとは。2回避けられたのが不思議な位だ。たしかにエンダーを越えている。障壁がなければテレポートも間に合いそうもない」
「なんだ今のは」
「今のは僕の防御魔法だ。今の突きが本気の突きだとすると、君は僕には勝てないな。たとえエンダーよりも、そして僕より強くても」
「強さを見せつければわたしが心を動かすと思ったのか」
「いや、そんなことは思っていない。ただ、君がアリサを殺せなかったのじゃなくて、殺さなかったということは分かった」
「殺せなかっただけだ。次やれば殺す」
「さっき、君の方が人に関心を寄せなかったと言ったのは僕の間違いだ。謝ろう、許してくれ。君は充分に人の気持ちが分かる。君の心は死んでなんかいないのさ」
「…」
「ところで、さっきの条件の期限はいつまでだ?」
「わたしが認めるか、あなたが諦めるまでだ。諦めたらわたしと闘ってもらう」
それって、僕が諦めていないっていえば、
永久に闘わなくていいってことだよね…
もしかしてツンデレってやつ?
しかし、どうしたらいいんだ。
彼女いない歴どころか、友達いない歴=年齢だった、この僕が…
「やって見よう」
「いつも見張っているぞ、逃げたりするなよ」
そう言うとエマは、道を外れ、丘の向こうに姿を消した。
みんなの所にもどると、
「闘いが始まったと思ってびっくりしたよー、無事で良かったー」
ノアが飛びついてきた。他のものも口々に様子を聞いてきたが、適当にごまかし、闘わなくても済むかもしれないとだけ答えておいた。
2日後、僕らはエリカの宿に戻った。トールたちの部屋も以前と同じ部屋を借りることが出来たようだ。
偶然か?
街道ではときどきノアが
「ついてきてるよー」
と警告したが、姿を見せることはなかった。あとで女将のエリカさんに聞くと、槍を持った女が僕らの上の階に泊まっているとか。エマに間違いないだろう。
翌日、ギルドの依頼を受け、エマを誘った。本気であることを示すからと言って。その翌日も誘い、毎日のように誘って魔物を討伐した。エマの強さは本物だった。討伐の間、エマといろいろな話をした。
8日目に誘うと、今日は行かないという。依頼から帰ると、エマは留守にしていた。女将に聞くと、しばらく留守にすると言って出て行ったようだ。部屋は引き払っていないので戻る気はあるようだ。
それからさらに10日後の朝、みんなでいつものテーブル席で朝飯を食べていると、エマが帰ってきた。僕を見つけると、近づいてくる。干渉魔法の範囲外で止まるのは無意識の習性なのだろう。敵意は感じない。警戒し、緊張する仲間たちを制止して、僕が話しかけた。
「ひさしぶりだな。留守にしていたようだが、何かあったか」
エマは僕をまっすぐに見て言った。
「あなたの勝ちだ。もうあなたやあなたの仲間を狙ったりはしない」
トールたちの警戒心が解けた。
「よかったー」
「マスターも悲しまなくてすみます」
エマが干渉魔法の範囲内に進み、僕の近くまできた。こちらに魔術師がいるのを知って近づいたのだ。こころを許しているのは明らかだった。
「わたしも約束を守ろう。わたしの残りの人生はあなたのものだ」
あぁ、確かにそんなこと言ってたよなー。
本気だとは思わなかったよ…
まだ150年はありますよね、あなたの人生は。
どうすれば…
ノアとソアの目が怖いです…
アリサの諦観した態度を見習って欲しい…
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「やっぱり定番通りだったじゃない」
まぁ、定番だし…
ノア:「現実的な異世界ものって設定がハーレムものになってない?」
ハーレムにはなりませんよ、主人公は鈍感だし…
ノア:「あんたの方が主人公よりずっと鈍感だけどね…」
僕がなんですって?
ノア:「それより、もう増えないんでしょうね、ヒロイン枠は」
いや、それが…
ノア:「まさか、まだ増やそうっての?」
あー、ちょっと思っただけですから、火球はださないで…
ノア:「ださないわよ、たまにしか」
たまにだって、ダメですよ!




