40 魔術師、エマと出会う
今回の依頼の報酬は出来高のはずだったが、洞窟内での殲滅数は確認していなかった。しかし巨大オークの手首を見た町長が僕らの主張する数を無条件で認め、さらに鎧狼とドラゴンの事も含めて金貨300枚と提案した。トールが了承して依頼は完全に終了した。
オーク討伐の依頼は完了したので、もうこの町に留まる必要はないのだが、ドラゴンの様子が未確認のため、気になって町を離れられない。そんな訳で僕らはまだミントの町に留まっている。
オーク討伐の日から10日目。めずらしくソアと一緒に外出している。ソアと並んで歩く僕の後ろを、アリサがついてくる。まだコートが必須という程寒くはないのだが、なんとなく全員がインバネスを着ている。この世界では人は他人の身なりに余り注意を向けないのだが…目立っている。3人揃ってインバネス。おまけに僕は帽子まで被っている。なぜかわからないけど、兵士や冒険者で兜を被っているのは見かけるが、普通の帽子は見かけた事がない。こうして僕が被っているのだから、帽子は存在してるはずだ。帽子を手に入れたのは公爵家御用達の店だ。アリサに聞いてみよう。振り返ってアリサを呼ぶ。
「ご用でございますか。マスター」
「ちょっと教えて欲しいのだが、僕の被っている帽子って、普通どんな時に被るものなの?」
「わたくしの存じている限りでは、貴族の方が狩りなどの外遊びをする時に被られるものかと」
「えっ、じゃあ普通の人は被らない?」
「はい、平民の方々がお被りになるのは見かけません」
ソアが笑いながら
「わたしは貴族様とご一緒させていただいているのですね」
といって、カーテシーをした。
コート着てするもんじゃないぞ…
どこでカーテシーを身につけた?
さっきから周囲の視線を感じているのはそのせいだったのか。貴族と思われている?アリサがコートを脱いでメイド姿になったら、絶対に間違われそうだな。
「ところでマスターとソア様はどちらに向かわれているのでしょうか」
アリサも少しは公爵家のメイドから庶民ばりばりの僕に慣れてきたのだろうか。最初の頃なら、『マスターの向かわれる所が、わたくしの向かう所です』などと言って黙ってついてきただろう。
「ソアの弓を補充に武器屋に行くところだ。オーク討伐でかなり消費したからね」
「さようでございますか。差し支えなければわたくしが武器を調達している…」
「お、あそこが武器屋じゃないか」
そう言ってアリサの言葉を遮った。
矢なら1本あたり家一軒程度ですみますなんて言われたら…
武器屋につくと、ソアは店の主人に鏃を見せて、これを引き取ってもらって、かわりに矢を値引いてもらえるか尋ねている。闘いの後で回収していた鏃だ。折れていない矢は再利用していた。主人が値引きに同意すると、沢山の矢が入っている樽の前で、品定めを始めた。どうやら矢の種類ごとに樽に入れられているようだ。鏃は別に選んで取り付けてもらうらしい。アリサはと見ると、投げナイフの棚を見ている。ダーツのようなものから、いわゆる投げナイフ、それに手裏剣のようなものもある。アリサが普段使っているものと似た形のダガーも並んでいた。
僕らが品定めをしていると、客が入ってきた。冒険者のなりをした女だ。本当に女の冒険者だとすると、ソアたち以外では初めてだ。背中に槍を背負い、腰のベルトに三節棍のようなものをはさんでいる。魔術師には見えない。僕たちを一瞥すると、店の主人を呼んだ。
「店主殿、投げナイフを何本か所望する」
「へい、今そちらで別の方がごらんになっている棚が投擲武器に分類されるナイフの棚でございます」
主人の言葉にアリサが反応する。
「これは失礼いたしました。わたくしは拝見だけさせていただきました。場所をお譲りしますので、どうぞ」
アリサはそう言うと、礼をして僕の方に戻ってきた。
「すまぬ。女でありながらあなたも武器に興味があるのか」
「はい、わたくしも冒険者です。あなた様もそうなのではありませんか」
「わたしは…まぁ、そんなところかな。わたしが言うのもおかしいが、女の冒険者とはめずらしい。ならば知っているかもしれん。わたしはエマという。少々ものを尋ねるが、このあたりで魔術師の女冒険者をご存じか?」
女の言葉に忘れていた面倒ごとを思い出した。アリサが何か答える前に僕が答えた方がいいだろう。
「失礼、これは僕の連れだが、何かご用ですか」
「おお、ご主人がいたのか。失礼した。わたしはエマという。いちおう冒険者だな。女の魔術師とメイドを連れた3人連れの冒険者を探しているのだ。ご主人の名は?」
ミスターという名は知られているかもしれない。僕は日本での本名を名乗った。
「変わった名前だな。この当たりの生まれではないのか」
「遠くの生まれです。ところでお探しの方とはどのような関係なのですか」
「わたしの知り合いにエンダーという男がいてな、死んでしまったのだが、そのいきさつを知っているようなので教えてもらおうと思っているのだ」
「そういうことですか。この町にいる冒険者は僕のいる6人パーティー以外には女の冒険者はいなかったはずです」
「そうか…手間をかけさせたな」
そういうと、棚から投げナイフを一本選び、店の主人に渡して
「試し投げをさせてもらえるか、気に入れば20本ほど求めたいのだが」
と言っている。20本か、槍使いのようだがナイフも警戒が必要な相手だと思った。
ソアは僕らの話を聞いて、赤の他人を装っているようだ。相変わらず察しがいい。それにしてもエマという女、ソアに匹敵する美人だ。僕らに気がつかずに町を去ってくれるといいのだが…
エマという女が店の主人と奥に入っていった。試し投げをするのだろう、僕がソアに目でうながすと、ソアが奥に声を掛けた。
「ご主人、また来させてもらいます」
そういって店の外に出る。僕らも後を追い、武器屋からすこし離れた食堂に入った。
「すまん、何か適当に飲み物をくれ」
店員に声を掛け、店の奥のテーブルに座った。
「美しい方でした。あのような大人の女性がマスターのお好みなのでしょうか」
「愛するには命を掛けないといけない人のようですね」
「マスターのことを、わたくしのご主人と…」
3人そろってインバネスを纏っていたので、ソアも連れだとばれていたかも知れない。それでもアリサのメイド服を見られるよりはましだった。
「やはり、ガジンがらみだよな。闘うことにならなければいいのだが」
「エンダーを好いていた方なのでしょうか」
「そうかも知れんな。エンダーの仇討ちってことか…」
「それならば、わたくしがあの方のお相手をすれば済むことです」
「アリサはとどめを刺しただけだ、仇は僕さ」
エマという女に知られるのも時間の問題だろう。アリサのメイド姿は大勢が見ているし、ノアが魔術師だと大勢が知っている。いきなり闇討ちとか不意打ちで仕掛けてくるような雰囲気じゃなかったのが、せめてもの救いかな。
その夜、アリサは一人で外出した。
誰もいない町の広場でメイド服を身につけたアリサがエマの前に立っていた。
「エマさまですね」
「昼間、武器屋で会った女か」
「さようでございます」
「よくわたしの居場所がわかったな」
「狭い町ですから」
「メイド服とは…あの男の奴隷か?」
「いいえ、わたくしはマスターの奴隷ではありません」
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12歳の少女だったエマは奴隷だった。ある日男に買われ、郊外の小屋に連れて行かれた。その日から武術の訓練が始まった。訓練以外は何も求められなかった。20年ほどたったある日の朝、ついにエマはその男を越えた。その男のいつもの口癖は
「弟子に男も女もない」
であったが、そのときは
「もうお前は弟子ではない。女にもどれ」
と言って一人で町に向かった。
エマは男の言葉の意味を考え、眠れぬ夜を過ごした。
エマのもとにその男が現れることはなかった。
夜が明け、小屋の外にでると、見知らぬ少女が訓練を受けていた。かつてのエマにも勝る美しい少女だった。エマに気がつくと、訓練を中断し、たくさんの金貨が入った袋をエマに渡して、こう言った。
「おまえを解放する。話はついている。奴隷商のもとに行き。洗脳を解除してもらえ。その金で武器防具を整えろ。良い物を買え、装備も実力のうちだ。その後は自由に生きろ。ここには戻るな」
その男の関心はすでにエマにはなかった。男の目には新しい少女しか映っていなかった。
エマは人並みはずれた精神耐性のためか、その男に買われたときに施された洗脳は1年もしないうちに自然に解けていた。20年にわたる忠誠心は洗脳によるものではなかった。エマは黙って男のもとを去った。それからさらに20年、エマは冒険者となっていた。
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「そう、解放されたのね。洗脳は?」
「解いていただきました」
「それでもあの男のメイドなのか」
「メイドではありません、マスターの妻です」
「そうか…それで何か用か」
「エマ様はマスターとの闘いを所望なのでしょうか」
「師匠を倒した男だからな」
「マスターはエマ様に関心をお持ちです」
「会ったばかりだぞ、それに、冒険者の女に心を寄せる男がどこにいる」
「わたくしはマスターがあなたと闘うことを望みません」
「それがどうしたと」
「代わりに、わたくしがお相手をさせていただきます」
そういって、トンファーをだして構えた。
「拒否権はなさそうだな。お前が死ぬとマスターとやらが悲しむぞ」
「あなたが死んでも悲しみます。しかし、やむを得ません」
「わたしが死ぬと悲しんでくれるのか…」
エマは、背負っていた槍を手にとって構えた。
アリサが突進する。エマの槍が突きを見せる。エンダーの居合いよりもさらに早い突きだ。一瞬で3度の突きがアリサを襲う。3度の突きすべて首をそらして避け、距離を詰めたアリサのトンファーが下からエマの顎を狙った。頭を後ろにそらし、トンファーを避けると石突きで下からアリサの顎を狙った。後ろに飛んだアリサが右のトンファーを後ろに放り、あいた右手でダガーを投げた。避けようとしたエマの頬をダガーがかすり、傷をつける。アリサはさらに下がって、落ちてくるトンファーを右手で捉まえた。その隙にエマがナイフを2本投げた。1本がアリサの肩にあたり、下に落ちる。
「たいしたメイド服だな。どこで売っている」
「あなた様には似合いません」
一瞬の攻防が終わり、再び対峙している。
「これならどうだ!」
エマが突進し、再び突きを見せる。ふたたび首をそらして避けるが、槍は引き戻されず、アリサの首を狙って横に払われた。思わぬ動きに躱しきれず、首から一筋の血が流れた。
「かすり傷ひとつ、おあいこだよ」
そういいながら、槍を手放し、腰にさしてあった三節混を手にした。それを見てアリサも右のトンファーを捨て、ダガーを握った。
再びアリサが突進する。エマが右手で三節混を大きく横に払ってアリサの左胴を狙う。しかし距離を詰めてしまえばたいした力はない、アリサは左のトンファーで胴を庇いながら、エマの懐に入り込む。棍がトンファーに当たり、左手がしびれたが、右手のダガーで相手の心臓を狙う。避けようがない一撃だ。その瞬間、三節棍の先の部分が、鎖でつながれた部分から折れ曲がり、アリサの背中を襲った。予想外の一撃で手元が狂い、ダガーはエマの右肩に刺さった。それにひるまず、エマは空いた左手にナイフを持って、アリサの右の脇腹に突き立てる。メイド服がナイフを止め、深くは刺さらない。そのまま力を込めて無理矢理押し込もうとしたエマをアリサのトンファーが左から襲った。三節棍もナイフも放し、左に倒れ込み、トンファーを避けると、落ちていた槍を拾って、片膝で構えた。アリサはよろめきながらも立ったままで、トンファーを構え、右手には新たなダガーを握っていた。
エマの右肩にはアリサのダガーが深々と刺さり、アリサの脇腹には浅いとはいえ、ナイフが刺さっている。棍に打たれた背中は強く痛み、呼吸を乱している。脚に力が入らない。アリサは敗北を覚悟した。トンファーを捨て、右手にもダガーを持って相打ちを狙う。こちらから突進することはもう出来ない。エマが来るのを待っている。
「本当にたいしたメイド服だ…」
「装備も実力のうちと申します」
「わたしの師匠も同じ事を言っていたな…」
右に移動し、手放した三節棍を拾い、右肩のダガーを抜いてアリサの足下に放った。
「そっちのナイフは返さなくとも良いぞ。抜くと出血する。抜かずに主の元に帰れ」
「逃げるのですか」
「相打ち狙いの相手をするのは面倒だからな。次はもう少し上手くやるさ」
「死ぬのが怖いのですか」
「いや、怖くはないさ、わたしの心は20年も前のあの日に死んでいるからな…」
そういうと夜の闇に消えていった。アリサに後を追う余力はなかった。
宿に戻ったアリサは、ソアの部屋を訪ねた。
「あの女と闘ったのですね」
そういいながら、脇腹のナイフを抜いて、メイド服を脱がせる。
「重い…何が入っているんですか」
そういいながら下着も脱がせ、上半身を裸にすると回復魔法をかけ始めた。
「首のかすり傷、脇腹の刺し傷はすぐに治ります。背中はもうすこしかかります。そのまま動かないでください」
「マスターにはどうか内密にお願いします」
「あの女は?」
「右肩にかなり深くダガーを刺しました。しかし、次に闘えばわたくしが負けます。最後は相打ちを狙ったのですが、察知されて逃げられました」
「そんな事をしたらミスターが悲しみますよ」
「ですから、どうぞ内密に願います」
「二度とひとりで闘ったりしないと約束するなら、ミスターには話しません。もし闘うならば、わたしも一緒に闘います」
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「ねぇ、エマの役だけど…」
はい
ノア:「あたしとソアだけじゃなく、アリサだって過去の話はなかったのに、エマは過去の話が出てきてるよね」
そうですね…
ノア:「どうかんがえても、今まで見たいに闘ってやっつけて終わりって感じじゃないんですけど…」
ええと、それは…
ノア:「女の刺客ってだけで怪しいのに、どう考えてもこれは定番の展開でしょ?」
定番というと…
ノア:「ほら、強敵で登場して、いつのまにか仲間になっているってパターンよ」
そんな定番ってあるんですか?
ノア:「定番中の定番でしょ!」
そこは、まぁ、場合によっては…
ノア:「ほら、やっぱり確定じゃん。またまたヒロイン枠増加じゃない。おまけに過去の話までついてきて本命っぽい雰囲気を出してるし…」
いや、本命はあくまでもノアさんですから…
それに過去の話だったら、この先のエピソードでソアさんのも出てきますし…
ノア:「そういや、ソアの生い立ちの伏線が何回かあったわよね…ちょっと待って、それじゃ過去の話どころか伏線も何にもないのってあたしだけ!?」
アリサさんとかも…
ノア:「アリサだって男爵家の令嬢だったとか、公爵家の暗殺者だったかもとか、いろいろ伏線っぽいのがあるじゃん」
いや、ほら、孤児だったって話も…
ノア:「そうよね、そこんとこもっと詳しく書いて貰って、大きなエピソードにしてくれるわよね」
ええと、まだストーリーのアイデアが…
ノア:「してくれるわよね!さもないと…」
あぁ、ここで火球はダメですー!




