04 魔術師、魔法について聞く
お姉さんが差し出すカードを受け取り、ノアに小さな声で言った。
「帰ろうか……」
僕はノアに手を引かれギルドの外に出た。
「がっかりなんかしなくてもいいよ」
「でも魔法が…」
「魔法が使えなくても、魔力が本当にゼロだったらむしろすごいから」
「慰めてくれなくてもいいよ」
「嘘は言ってないよ。あたしたち魔術師は魔力が感知できるんだ。だから出会ったときから不思議に思ってたんだよね。ミスターの魔力が全然感知できなくて」
「はじめから知っていたのか」
「ごめん、もっと早くに言っておけば良かった。でも今の測定ではっきりしたよ。ミスターは魔力が少ないんじゃなくて本当にゼロなんだって」
「少ないよりもっと悪いじゃないか」
「魔力が本当にゼロだったら、すごいことなんだよ」
「何がすごいというのだ?」
「だって、誰からも感知できないんだよ。姿や気配を消す魔法はあるけど、魔力はごまかせないから、魔術師が相手だとこっそり近づいても感知されちゃうんだよ。でもミスターは…」
「そうなんだ」
「それだけじゃないよ。魔術師相手なら凄く有利になる」
「どうして?」
「魔法って、どうして効果がでるか知ってる?」
「いや知らない。そもそも魔法自体知らない」
「試しにミスターに魔法を掛けてみていいかな?」
「いいよ、あ、痛かったりするのは止めてね」
「パライズ!」
ノアが僕に手のひらを向けている。
「なにも起こらないけど…」
「やっぱり」
「どういうこと?」
「短い説明の方がいい?それとも長い説明?」
「長い方でお願いします」
「めずらしいねー、長い説明を聞きたいなんて人は初めてだ」
「そうか」
「じゃ、いくね。まず魔法は二種類に分類されるんだよ。実魔法と干渉魔法って言うんだ。まず実魔法から説明するね。実魔法ってのは、自分の魔力を身体の外に出すことで発動する魔法なんだ」
「できればひとつ見せてくれませんか」
「いいよ、見ててね」
そう言いながら道ばたの大きな岩を指さした。自然のものなのか、誰かが町中に持ってきて何かの目的で置いたものなのかは判らない。
「ファイア!」
ノアが小声でつぶやくと、手のひらの上にテニスボールほどの炎の塊が出現した。
「おお、すごいな」
「この炎はあたしの魔力が変化したもので、本物の炎なんだ」
道の脇にある大きな岩に向かって投げるように手を振ると、炎は岩に向かってかなりのスピードで飛んでいき命中した。その瞬間閃光が走り、大きな爆音が空気を振るわせ、岩は煙に包まれた。煙が晴れると炎が当たった部分が少し抉れている。
「すごいな。ところで爆発音がしたけど町中で大丈夫か?」
「このくらいで一回だけならみんな気にしないよ」
「これが実魔法ね。自分の魔力を使っているし、魔力もたくさん必要になる。だから魔術師の魔力量と魔法の威力で使える回数に制限がかかる」
「魔力を使いすぎるとどうなるの?」
「息切れがする感じで、魔法は発動しなくなる」
「魔力を使い尽くしてゼロになったりはしないの」
「生きている限り、ゼロにはならない。その前に魔法が発動しなくなるから」
「何らかの理由でゼロになるとどうなるのかな」
「たぶん死ぬんじゃないかな。死ぬと魔力はゼロになるから。でも対象を殺す以外の方法で魔力を人為的にゼロにする方法は見つかっていない。ほとんどの魔術師は不可能だと信じている。だからミスターの魔力ゼロってのは信じがたい現象なのよ」
「即死魔法はないってことか…。炎以外のものも出せるの、例えば氷とか風の刃とか」
「水はできる。それと風の刃って意味不明だけど風は起こせる、難しいけど。他にも氷とか光とかいろいろあるよ。魔術師の技量次第ね」
「投げた後に軌道を変えたりできるの」
「無理!曲がるようには投げられるけど、投げた後にコースは変えられない。だから避けられたらおしまい。まぁ威力を上げておけば近くで爆発するだけで相手にダメージを与えられるけどね」
「町ひとつ吹き飛ばすなすなんてことは出来る?」
「あたしなら出来る。めちゃくちゃ魔力量が多くないと出来ないから、この国でも出来るのは数人いるかいないかってところじゃない」
「そうすると、要するにただの炎だから、避けるだけじゃなくて盾とかで頑張れば防げたりする?」
「爆発に耐えられれば防げるよ。実際、魔術師あいてに戦う剣士の中にはそうやって魔術師に勝ってしまう人もいる」
「射程はどのくらい?」
「使った魔力量によるけれど普通の魔術師は50メートルほどかな。ま、あたしなら300メートルは行くけど。魔力感知だけなら100メートルくらい。こちらは普通の平凡な魔術師でも同じ」
「すごいな」
「そう、すごいのよ。もっと褒めてー」
「もうひとつの干渉魔法ってのは?」
「そっちの方が説明が難しい。じつは学者にもなぜ発動するのか判らない部分がある。干渉魔法ってね、相手が持っている魔力に干渉することで効果が発揮されるんだよ。つまり相手の魔力を使って魔法を発動させちゃうってこと。魔力を体外にだす必要がないので、実魔法と違って魔力は少なくて良い。でもわずかでも相手が魔力を持っていることが必要。ということは魔力がゼロだと魔法が発動しないってことだね」
「僕にはどんな魔法も効かないってこと」
「干渉魔法ならばね。さっき試したパライズが干渉魔法で、相手を麻痺させる魔法なんだ」
「麻痺なんかしなかったぞ」
「そ、魔力ゼロだから。干渉魔法は全部ミスターには全く効かないはずだよ」
「状態異常魔法以外にもあるのか」
「基本的に実魔法と同じ魔法があるよ、炎とか水とか」
「見せてもらえる?」
「いいよ。例えば炎の魔法。さっきの岩を見ててね。ファイア!」
さっきと同じ言葉をつぶやいたけれど、手からは何も出ないし、岩にも何も起こらない。
「どうよ」
「どうよって、何も起こらないぞ」
「岩には魔力がないんだから当然じゃない」
「いや発動するところが見たいんだが」
「魔力を持ってる生き物が相手じゃないと無理だよ」
「残念だがしかたがないか。で、魔力を持ったのが相手だったら、今のでどうなってるはずなの?」
「相手の魔力に干渉して、体内で魔力が炎に変わる。見た目には相手の身体から炎が吹き出て燃えるって感じかな」
「身体の内側から燃やされる感じか…」
「威力を大きくすれば体内で爆発するから相手は粉々よ」
「まぁ体内で火であろうと水であろうと、爆発的に発生すれば死ぬことに変わりはないか。でもこれって射程は短いよね。長かったら防ぎようがないし、最強になっちゃう」
「そう、干渉魔法の射程はせいぜい5メートルってとこね」
「魔力をもった生き物が射程内にたくさんいるとき、どうやって目標をさだめているんだ?」
「魔術師は魔力を感知できることは最初に話したよね、憶えてる?」
「ああ、憶えている。そのとき聞こうと思って聞きそびれていたんだが、生き物が必ず魔力を持っているのならば、虫とか草木とか、そこら中にいる小さな生き物も全部感知されて、どれがどれやら判らなくなるのでは?」
「植物は魔力を持たない。ごく小さな虫なんかは、魔力もごくわずかなので、感知に使う魔力量を減らせば感知されなくなる。そのへんは呼吸をするように調整していて、意識したことはないよ。逆に意識して使う魔力量を増やせば、魔力量が微量の生き物も感知できる。まぁ、ミスターが言ったように、めちゃくちゃ沢山引っかかるので実用的じゃないけどね」
「感知する仕組みはどうなってるんだ」
「ごく微妙な魔力を自分の周囲に定期的に放つんだよ」
「そうすると、どうなる?」
「水面に石を投げたとする。すると石の落ちた所から波が輪になって広がって行くよね。魔力もあんな感じで広がっていくんだ。その魔力の波が途中で別の魔力、つまり魔力を持つ生き物にぶつかると、自分の体内の魔力に感応して位置がわかる」
「魔力の波が反射して戻ってくるのを感じるという具合」
「ちがう、他の魔力とぶつかった瞬間に感応してわかる。そもそも魔力は反射しない」
「その感応ってのはどんな仕組みでおこるんだ?」
「学者にもまだ判っていない。魔術師にもどうして判るのか、説明ができない。でも存在を感じるんだよ。その存在を感じたら、その位置に干渉を引き起こすんだ」
「どうやって?」
「判らない…」
「そりゃおかしいだろう。方法が判らないのにどうやって干渉をおこせるんだい?」
「ただこうなって欲しいと思うだけ。それで干渉が起こり、魔法が発動する。思った瞬間に発動するから相手は絶対に逃げられない」
「それって防ぎようがないってことにならない?」
「そうなるね」
「それってすれ違いざまにいきなりやられたら、どうしようもないってこと」
「魔力を鎮静状態にしておけば干渉を受けないから大丈夫。魔力はいつでも使える状態になっている。これを励起状態っていう。魔術師は訓練でこれを鎮静状態にできる。鎮静状態では魔力が変化しないから、干渉魔法を受けても大丈夫なんだよ」
アドレナリンの反対みたいなものか…
「鎮静状態の解除は魔法を使おうとすれば即時自動的に解除される。だから意識する必要はない。もっとも一度解除したら鎮静状態にもどすには少し時間をおく必要がある」
一度興奮したら落ち着くのに時間がかかるってことだな…
「だから魔術師は通常いつも自分を鎮静状態においているんだ。それならいきなり干渉魔法でやられないからね」
「魔術師じゃなければ?」
「鎮静状態になれないから、無防備だね」
「やられ放題じゃない?」
「そこまで深刻ではない。干渉魔法はその効果に応じた力が必要と考えられている。理論的には解明されていないけど、その力を干渉力って呼んでいる。経験則だけど、強い効果を与えるためには強い干渉力が必要となる。麻痺ぐらいは魔術師ならば誰でも出来るレベルだけど、睡眠とかの意識を失わせるレベルは難しい。出来てもすぐに効果がきれる。ましてや発火などの死に至るような魔法を干渉魔法で引き起こすのは並の魔術師にはできない。それに発火などの干渉魔法は発動に一瞬だけど意識の集中がいる。剣で闘いながら発動させるのは難しい」
「ノアは?」
「あたしは天才魔術師だから」
「つまり並以上の魔術師じゃないと、干渉魔法でいきなり殺したり意識を失わせたりはできないということか」
「そう、だから不意打ちでの攻撃はそう心配しなくていい」
「普通の魔術師には意味がないってこと?」
「魔術師同士の闘いでは意味がある。麻痺を掛けられると魔術師はほとんど魔法が発動できなくなるから。身体への効果は小さいから剣士が麻痺を受けても普通は魔術師あいてなら剣で勝てる」
「麻痺って身体がしびれて動けなくなるんじゃないのか」
「多少の痺れは感じるけど動けないってレベルじゃない。麻痺の効果は精神面に強くでるんだ」
「でも、並以上の魔術師だったら、やり放題できるってことだよね」
「そのレベルの魔術師は人数も少ないし、ギルドか国に完全に管理されているから、そんな心配はないよ」
「でも心配がまったくないとは言えないよね」
「そうだね、でもたとえて言うなら、そうだな、ごく希に空から石が落ちてくるだろ、火の玉のように燃えて。それに当たって死ぬくらいの感じかな。誰もそんな心配をして生きてはいないよ」
「隕石か…」
「インセキ?」
「僕の生まれたところでは、そういうのを隕石と呼ぶんだ」
なるほど…少数とは言え、そんなことが出来る魔術師がいる世界なんて社会が成り立たないんじゃないかって思ったけど、考えたら誰もが銃を持っている可能性があって、いきなり殺されちゃうかもしれないなんて国が僕のいた世界にもあるんだよね…
「ところで、さっき手のひらを対象に向けていたのは」
「対象を特定しやすくするための癖みたいなもの。人によっては指さしたり、眼でギョロッとにらんだり、いろいろだよ」
「術の名前を口にしてたけど」
「あれはいわば気合いだね。必要というわけではない。熟練者なら無言で身動きもせずに魔法を使うことができる。仲間がいるときはどんな魔法を使うのとか、今から使うぞなんてことを知らせる意味もあるね。声に出す術の名前に意味はないからどんな言葉でもいい。ファイアって叫んで冷気の塊を飛ばすなんてことをするせこい魔術師もいる」
「位置を特定されないように相手がこっちの魔力の波を遮ったら?」
「理論上はともかく、実現できた魔術師はいないし、出来ると信じている魔術師もいない」
「魔力を複数感知できていたら、干渉魔法も複数の相手に同時に発動できるの?」
「出来ると信じている魔術師は大勢いるけれど、実現できた例はない。あたしも何度か頑張ってみたけれど無理だった」
「つまり干渉魔法は、複数相手にいっぺんに使うことはできないというわけか…」
「どう、わかった?」
「要するに魔力がゼロだと、干渉魔法がいっさい効かないってことだよね」
「そう。だからこそ完全にゼロというのは凄いことなんだよ」
なるほど、案外チートな能力だったりするのかも…
「ミスターの魔力ゼロは秘密にしておいた方がいいよ。魔力はほぼゼロってことにして。さっきのお姉さんは勝手に勘違いしてくれてラッキーだったよ」
「なるほど、そうすると、魔法が使えない剣士が魔術師と戦うときは、干渉魔法の射程内に入ったら魔術師の技量によっては負け確定だから、射程内に入らないようにしないといけないわけだ」
「そう、優秀な魔術師は数がすくないとはいえ、軍や冒険者にはそこそこいるからね。睡眠とかやられたらたとえ効果時間がごく短くても、こちらが一人だと致命的だよ」
「そうすると、離れて攻撃するために、弓とか投げナイフとかの投擲武器が必須なのか」
「その通りなんだよねー。そうすると魔術師は実魔法を使わないといけなくなって、実魔法の説明のときに言った方法で戦うことができる。魔法の同時発動はできないから、実魔法を発動中は干渉魔法が使えないからね。そのときに射程内に踏み込めるんだよ、困ったことに」
「魔術師のノアには、確かに困るよな」
「でも、あたしは大丈夫。盾や根性では耐えられないほどの強力魔法をぶっ放すから。もしも避けられたとしても周囲全部を吹き飛ばすから問題ない」
ここで僕は考える。ノアには僕の特技のことを話しておいたほうがいいのかどうか…
「どうしたの、考え込んじゃって」
「あー、やっぱり話しておくかな」
「なに、なになに」
「ちょっとこれを見て」
僕は手のひらを上に向けて、炎の塊を作り出した。