37 魔術師、空を飛ぶ
野営地を出ると馬を飛ばして、予定よりも早く、夕方早い時間にミントの町についた。ミントの町にも防壁はない、街道の入り口では5,6人の兵が見張っていた。
「止まれ、あんたたちは町が依頼した冒険者か」
「そうだ」
「途中、魔物に襲われなかったか?」
「昨夜襲われたぞ、野営地で。鎧狼の群れだった」
「誰かやられたか」
「いや、全員無傷だ」
「それは良かった。昨夜はこの町も襲われたんだ。鎧狼の大群だった」
「オークじゃないのか」
「依頼したのはオークの討伐だ。まさか鎧狼に襲われるとは思っていなかった」
「町の住民は無事か?」
「住民は無事だが、我々兵士と町にいた冒険者に犠牲者が出た。けが人も多い。そちらにいる魔術師さんが回復魔法が使えるようならギルドに急いでくれ。けが人が収容されている」
「わかった、回復魔法は大丈夫だ。すぐにギルドに向かう」
兵士からギルドの場所を聞くと馬を走らせて町に入った。
通りのあちこちに穴があいている。魔法が着弾したあとだろう。焼け落ちた小屋、煉瓦の壁がすすけた家がある。大きな煉瓦造りの家の周りを囲むように馬車や材木でバリケードが作られ、見張りについている兵士がこちらに手を振っていた。
ギルドの周りにもバリケードが作られていて、兵士と冒険者が見張っている。バリケードの中に駆け込み、馬を下りた。
「依頼を受けてきた冒険者だ、回復魔法がつかえるぞ!」
トールが叫ぶと、ギルドのドアが開き、男がひとり掛け出た。
「急いでくれ、けが人は中だ!」
聞くやいなやソアが中に駆け込む。男はトールの前に来ると
「よく来てくれた。町長のハーシーだ。とりあえず、中に入ってくれ」
と言い、僕らを中に案内した。
ギルドの中は大勢の人で混み合っていた。奥の部屋ではソアがすでに治療を始めていた。
「オーク討伐と思ってきたのですが」
「うむ、そのつもりで依頼したのだが、昨夜突然鎧狼どもに襲われての、このありさまだ。住民に被害はなかったが、兵が10人、冒険者が4人犠牲になった。遺体は奥の部屋に安置してあるが、4人の遺体は鎧狼どもに持ち去られてしまった。一部だけでも回収してやりたいが…」
「今戦えるのは?」
「兵が16人、冒険者が6人だ。動けるけが人をいれてな」
「何匹くらいの群れだったのかなー」
「100はいたかと。昨夜の襲撃で、30は倒したと思うのだが…」
「鎧狼がいまどこにいるかわかるか?」
「この町の北に大きな森があって、いつもはそこを縄張りにしていたのだが、オークに追われたようで、今どこにいるのかは不明だ」
「そうか、鎧狼は夜行性だ。昼間のうちに偵察したいな」
「僕とノアで行ってきましょうか?」
「頼む、偵察だけだぞ、忘れるなよ」
「忘れませんよ、アリサはここで待っていてくれ」
そういってノアと一緒に外に出た。バリケードを越えて、人目のないところで立ち止まる。
「北はあっちか、ノア、前に言った約束を果たすぞ。一緒に飛ぶんだ。来い」
「やったー」
そう言ってノアが抱きついてくる。慌ててノアの身体を支えると首に手を回してきた。
「手をつないでくれるだけで充分なのだが…」
「いいじゃん、それより早く行こうよー」
ごきげんである。目標は北方の上空、とりあえず1キロほど先の上空にテレポートした。出現すると同時に重力コントロールで浮遊する。
「すごーい、本当に浮かんでる!」
「森はもうすこし先だな、もう一度テレポートするぞ」
「ダメー、飛んでいこうよ。約束だよ」
「ちょいと疲れるんだがな、仕方がない、しっかり捉まっていろよ。落ちる心配はないけれど、動かれると飛行しにくいからな」
重力をコントロールし、森の上まで水平に移動する。あまり速度をあげると、風圧を遮断したりと面倒なので、時速50キロほどの安全飛行だ。
「もっと速くー!」
すでにテレポートで森の近くまで来ていたので、すぐに到着した。ノアがもっと飛びたいというが、偵察が目的だ。
「高度を下げて森の上空50メートルくらいを飛び回るから、魔力感知をしてくれ」
そういって、森の上空を端からスキャンするように飛び回る。
町から遠い森の一角で多くの魔力をノアが感知した。
「大きさから見てオークじゃないよ。100匹近くいる」
僕も熱感知で見るが、多数の熱源が固まって数まではわからない。
「どうする、ここでまとめて吹き飛ばしちゃう?どこかの村の森と違って、この森ならなくなったりはしないよね」
「依頼を忘れたのか。オークもいるんだぞ。森を吹き飛ばして、今度はオークの群れが町になだれ込んだらどうするんだ」
「そのときはオークも…」
「上手くいかなかったら住民に犠牲者がでるぞ、無茶をするんじゃない。今は偵察だけだ。そうち嫌でもノアの魔法で吹き飛ばしてもらうことになるんだから、今は我慢だ」
基準点にするつもりはないが、同じ要領で座標を確認しイメージした。これで町に戻って地図をみれば場所がわかる。
「よし、もどるぞ」
「テレポートした場所に、基準点作らなかったようだけど…」
「テレポートする前に言ってくれよ。テレポートした直後で動いてなきゃ直前の場所に戻れるんだが、うごいちゃったしな。しかたがない、町が見える位置まで飛行して戻るぞ」
「わーい、長く飛べるー」
飛ぶのがうれしくてノアはうっかりしているようだが、いや、それとも分かっててとぼけているのだろうか。実は町の方角の空に適当にテレポートして、町を視認すれば再度のテレポートですぐに帰れるのだが…。でもまぁ、ノアを抱いて飛ぶのも悪くない。ミルクのおかげかな、見た目よりは大きく感じるぞ。
「しっかり捉まってろよ」
僕は町の方角に向かって、適度に遅い速さで飛び始めた。
ギルドに戻って報告をした。地図を見ながら位置を確定し、印をつけた。
「森から出てはいないのですね。オークはどこにいるのでしょう」
「近くにはいませんでしたね」
「それにしても100匹ですか。昨夜30は減らしたのですが」
「鎧狼は群れになると攻撃的な魔物だ。100匹の群れがオーク相手とはいえ、ただ逃げ出すとは思えないのだが」
トールが独り言を言う。町長がそれを耳にしたようだ。
「そうですな、可能性があるとしたらオークに特別に強力な個体が現れたということ。あるいは…」
「あるいはとは?」
「実はオークもより強力な魔物に追われてきたのかもしれません」
「強力な魔物?」
「飛竜とか…まさかドラゴンとか…」
町長の言葉に誰もが無言になった。
隊長らしき兵士が静寂を破った。
「いずれにせよ間もなく夜です。鎧狼どもは今夜も襲ってくるでしょう。攻撃に備えなければなりません。偵察のおかげで鎧狼どもがやってくる方角がわかりました。そちらに罠をはりましょう」
生き残っている兵士のうち10人が魔術師であった。町にいた冒険者の魔術師は残念ながら鎧狼にやられていた。隊長の指示にしたがって、鎧狼が通るとおぼしき場所に魔術師が土魔法で落とし穴を掘っている。鎧狼が飛び越えられないような大きな落とし穴だ。穴のそこには木の杭がハリネズミのように植えられている。穴を覆う仕掛けはつくる時間がないが、夜間であることを利用する。堀のような幅の広い落とし穴の中央部分が堀残してあり、塔のようになっている。50センチ四方くらいの頂上部分に足下の狭い範囲しか照らさない、非常にまぶしいランプが置いてある。ランプのまぶしさで、夜目が効くといえどもコントラストの差でランプの周囲が落とし穴になっているのは見えないだろう。
時間が限られているため、これ以上の罠は作れなかったが、偵察のおかげで守備力を一方向に集中できる。魔術師の兵士は落とし穴の両端で迂回する鎧狼を迎え撃つつもりだ。残りの兵士と冒険者はその護衛につく。僕とノアはおとりのランプの下、塔の上に陣取り、群れの前方へ僕が攻撃を集中して引きつけ、群れの後ろにノアが極大魔法を撃つ手はずだ。これで落とし穴にどれだけ落とすことができるのか、それが攻防の結果を決めることになるだろう。
もう今夜の襲撃はないのか、そう思いかけたころ鎧狼の群れが現れた。狙い通り、ランプの明かりに向かって走ってくる。光る槍を連射し、群れの先頭を走る鎧狼を次々と吹き飛ばす。光る槍を逃れた鎧狼が落とし穴に落ち、それを見た後続が止まろうとしたとき、ノアの魔法が後方に着弾し、巨大な爆発を引き起こした。爆風と炎から逃れようとする鎧狼に押されて、前の方から次々に落とし穴に落ちていく。崖に向かって突き進むレミングスのようだ。わずかに左右にのがれた鎧狼を、待ち構えていた魔術師たちが狙い撃ちにしている。わずかな時間で鎧狼の足音は途絶え、穴の底で息絶えようとする鎧狼の荒い息づかいだけが聞こえてくる。大勝利だ。振り返ってノアを見て腕を広げた。
「やったぞ、ノア」
そのとき、ノアが叫んだ。
「後ろ!」
振り返った僕の目の前に、爆発にやられたのか全身が血まみれのひとまわり大きな鎧狼が落とし穴をジャンプして迫っていた。とっさにノアをかばった。鎧狼は僕の首筋に牙を突き立てるが、あらかじめ張ってあった障壁が牙を防ぐ。僕は短剣を抜いて下から鎧狼の首を抉った。鎧狼は苦しさの余りか四肢を振り回した。そして、憎悪がこめられたその爪がノアの肩口から胸を引き裂いた。
小さな悲鳴をあげたノアが力を失って寄りかかってきた。傷口から大量に出血している。みるまに顔色が白くなり、手足が冷たくなっていく。どう見ても致命傷だ。引き裂かれたノアの鎧と下着をはぎ取り、傷口を見る。僕の力なら細胞を再生して傷を治すことも可能なはずだ。しかし出来ない。切れた血管を再生し、つなげることは簡単だ。だが、切れた血管をどことつなげれば良いのか…どれほどすぐれた縫合の技術を持つ医者でも、縫合すべき場所が分からなければ意味がない。僕には医学の知識がなかった。ノアがどんどん冷たくなっていく。どうすれば良いか分からず、ただノアを抱きしめていると、僕に向かってノアの唇がかすかに動いたような気がした。その瞬間冷静さが戻った。
つなげなくとも良い、とにかく止血だ。出血している血管を僕の力でふさいでいく。そして町に向かってテレポートする。ソアはギルドで治療にあたっている。視認できる地点をたどってテレポートを繰り返す。ギルドのまえに着くと、中に飛び込み叫んだ。
「ソア、頼む!ノアだ!」
ベッドに横たわるノアに、ソアが回復魔法をかけ続けている。以前、ソアは致命傷や大怪我は治せないと言った。ノアの傷は明らかに致命傷だった。胸の傷を押し広げてソアが指示を出し、切れた血管を僕がつなぎ直した。ソアと同時に僕も力を使い、細胞の再生能力を活性化させ、失った血液を補っていく。夜が明けるころ、ソアが魔力の欠乏で意識を失った。意識を失う前に、僕を見て
「きっと助かります。あとは頼みます」
そう言って倒れた。アリサがソアを隣のベッドに運んだ。ノアの胸の傷は表面上は綺麗に治っている。切り裂かれた痕跡は何もない。ソアの言葉を聞いたトールとゴードが部屋を出て行った。ドアを閉める前に、トールが振り返り
「お前の責任だ、必ず治せ」
そう言い残した。
「ソアさんは大丈夫です。このまま寝かせておけば直に回復します。ノアさんはマスターにお任せいたします」
アリサも部屋を出て行った。
昼も近くなったころ、僕の力もつきかけていた。精神力も無限に持つわけではない。そのとき、ノアが小さな声をあげ、目を開いた。僕を見ると
「助けてくれたの?もうこれで死ぬんだと思った…」
弱々しい声をだすと、身を起こした。
「ソアのおかげだ…」
涙と笑いがこぼれ、僕はノアを抱きかかえた。
「ありがとう…」
とノアはささやいた。
「心配するな、傷跡は残っていない。綺麗なものだ。回復魔法はすごいな」
それを聞いて、ノアは自分の胸に目を落とした。おおきくはないが形の良い綺麗な胸だ。
「良かった…」
そう言って僕の顔を見た。次の瞬間ノアの顔が赤くなり、僕を押しのけると手に炎を出現させた。
「見ーたーなー!」
爆発音を聞いて、アリサを先頭にトールとゴードがやってきた。彼らが見た物は、シーツを纏って上半身を起こしたノアと部屋の隅に転がる僕だった。こんなとき障壁なんか張ってはいない。
午後になって目を覚ましたソアは、今度は僕に回復魔法をかけ続けることになった。
ベッドの上で目が覚めた。
知らない、いや知っている天井だな…
僕とソアが必死にノアを治そうとしていた部屋だ。
隣にソアが座っている。
「安心してください。火傷の痕は残っていませんよ」
掛けられているシーツをめくり、自分の身体を見る。確かに傷ひとつない。子供のころの古傷まで消えている。
「ほんとうに消えていますね。回復魔法って凄いですね」
感動して、もう一度シーツの中の自分の身体を見た。そこで自分が裸であることに気がついた。
「見ました、まさか、見たりしました?」
「見ました…」
「全部…?」
「はい、すべて…」
僕は顔が火照るのを感じた。赤くなっているのだろうか。
「しかたがありませんでした。治療のために…」
「そうですよね…」
「おわびにわたしのも見ますか?」
そのときドアが開いてノアとアリサが入ってきた。
「ソアったら、ミスターを裸にして何をしてるの!」
「何って、あなたのせいでしょう。火傷の治療をしていたのですよ」
「さっき、ミスターと何かしようとしてしてたー」
「何もしてません」
「ソアだけずるい、あたしにも見せて!」
ダメです、シーツをはがそうとしないで、ノアさん…
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「なんなのよ、これは!」
なんなのって…
ノア:「今回のラストの場面よ」
何が…
ノア:「何がじゃないわよ。あたしが意識をもどして主人公が抱きしめるっていういい場面で終わりにしとかないで…なんで、そのあとギャグになっちゃうのよ!ヒロインのイメージがだいなしじゃん」
いえ、ほら、台本書いている僕が恥ずかしくなって…
ノア:「あんたのことなんてどうでもいいのよー」
ノア:「それに、ソアがなんとなくいい雰囲気の話になってるじゃない。あたしをギャグ枠にしてヒロイン交代なんて考えていないでしょうね。アリサばっかり心配して、ソアがいることを忘れてたわ」
前にも言いましたが、そんなことはありませんよ。たとえ、ソアさんの方が美人で大人で落ち着いていて、おまけにやさしくて、それにずっと大きくて…
ノア:「ロケ弁は永久になしでいいのね」
それでも、主人公はノアさんが一番という流れになるんですから…
ノア:「当然よね。台本しっかり書いてね。じゃぁ、またね」
ふぅ、ソアさんが差し入れてくれたロケ弁が見つからなくて良かった…




