35 魔術師、エンダーと闘う
翌朝、例によってテーブルに集まり、その日の予定を決めていた。依頼を受けるならばそろそろギルドに出かけないと遅すぎる。
「ねぇ、アリサ、昨日の夜あんたの部屋にミスターが行ってなかった?」
「はい、マスターがお訪ねになりました」
「ミスター、まさか…」
「僕は何もしてませんよ」
「マスターのおっしゃる通りです。わたくしはもはや奴隷ではありません。強いられて何かをすることはありません」
「本当なのね?」
「はい、わたくしのすることはすべてマスターの妻としてのつとめと存じます」
「ちょ!」
「あー、誤解するなよ、ノア」
「どこが誤解なのよー」
「アリサに僕のトクギについて打ち明けただけだ。一緒に魔物討伐とかで闘うこともあるからな」
「マスターの不可思議な力に驚かされました。さすがはマスターです」
「…」
都から戻って半月ほどは平穏な日々が続いていた。だが、ある朝いつも通り宿の受付前のテーブルでみんな揃って雑談をしていたとき、宿に男が一人入ってきた。ここらでは珍しいマントを身に纏っている。宿の中を一瞥すると僕らのテーブルに向かってくる。少し離れた位置で立ち止まった。干渉魔法の射程外だ。
「そこのメイド、尋ねたいことがある」
「マスターのご許可なくお答えすることは致しかねます」
「マスター?」
僕は椅子から立ち上がって不測の事態に備えた。
「僕がマスターですが」
「この場の者はお主の仲間か」
「ええ、みんな同じパーティーの仲間ですよ」
「メイドはいるが、魔術師はいないか…」
偶然にもノアは杖を部屋に置いてきていた。都で買った短剣がやけに気に入り、そっちをいつも持ち歩いている。小柄なノアが腰に下げていると嫌でも目立つ。
勝手に誤解してるな…
「邪魔したな」
そういって踵を返すと、後ろからトールが声をかけた。
「たいがいな野郎だな、聞くだけ聞いて挨拶もなしか。おれはこのパーティーのリーダーでトールだ。あんたの名は?なにものだ?」
男は振り返ってトールを見ると、マントを背中に回して右手の拳を左手で包み、目礼をした。
「これは失礼をした、あらためて名乗ろう。おれはエンダー、冒険者…いや元冒険者かな。そしてガジンを倒すはずだった男だ」
「ガジンというのは何者だ」
「ガジンを知らんか、やはり違うのか。無礼を謝罪する。失礼した」
そういうと宿を出て行った。
しばしの沈黙をソアが破った。
「あのマント、古ぼけていましたが炎竜の革ですね。滅多にみない貴重品です」
「炎竜って、ドラゴンか」
「そう、ドラゴンです。ハンター以外の者に討伐されたという話は聞きませんが」
「買ったんじゃないかなー、お金持ちなんだよ、きっと」
「店で売られるような物ではありませんよ、ノア」
「そんなにいい物なのか?」
「強度にすぐれるのはもちろんですが、魔法、特に炎への耐性がすごいのです。炎竜のブレスに耐えると言われています」
「すごいんだねー、あたしも欲しい」
「ところどころに虫食いのような小さな穴があいていたな」
「ええ、よほど古いものではないかと思います」
「ところであいつの言っていたガジンってのは何者だ、誰か知らないか?」
「都から帰る直前に騒ぎがあったのを憶えていますか」
「ああ、商業エリアで3人殺されたって話だろ」
「その中の1人がガジンです。なんでも市民エリアの闇組織の有名な用心棒だったそうですよ、不敗無敵のガジンと」
「よく知ってるな、ソア」
「騒ぎがあったとき、宿の支配人から聞きました」
「あたしも知ってるよー。すごく強そうだったよねー、ミスター」
「おまえも知ってたのか」
「ええ、強そうではなく、強かったですね」
「闘ったのか?」
どう考えてもエンダーという男は僕とアリサ、それにノアを探している。僕らと分かったら挑戦してくるのはまちがいない。さっきのやりとりで、トールたちも仲間と知ったので、無関係といっても通らないだろう。事情を話しておく必要がありそうだ。問題はアリサだ。アリサの強さは対人戦に特化している。魔物相手でどのくらい通用するか、分からない。パーティーでの活動では弓でのサポートがいいだろう。ここは伏せておくことにするか。アリサはもちろんノアも話を合わせてくれるだろう。
僕は市民エリアでの最初のトラブル、そしてアリサも一緒だった二度目の闘い、そして騒ぎになった三度目の闘いのことをはなした。
「それじゃぁ、ガジンって奴をやったのはミスターだったのか」
「エンダーというのが僕、それにもしかしたらノアやアリサを探しているのは間違いないと思います」
「見つけたらガジンの代わりに倒して名を売ろうってことか」
「そういうことですね」
「どうしたものか…」
「何もせず、しばらく様子を見るのが良いと思います。今はミスターだと気づいていません。そのうち別の町に行くかも知れませんから」
「そうだな、ソア、そういうことにしよう。みんなもいいな」
「それではミスター、しばらくの間、外出はわたしと一緒ということにしましょう」
「えー、なんでー」
「彼が探しているのは、メイドか魔術師を連れた男です。わたしなら疑いをもたれないでしょう」
「そうだな、ノアにアリサ、しばらくは僕との外出はなしだ」
「それでは、わたくしだけで外出するお許しをいただきたいのですが」
「かまわないよ、何か用でもあるのか。そもそも僕の許可は必要ないからね」
「では、ミスター、早速わたしと買い物にでも出かけましょう。ノアとでは行けない大人の遊び場も紹介しますよ」
「ダメだからねー、ソア、そんなとこダメだからねー」
叫ぶノアをあとにして、ソアと宿を出た。買い物はともかく、エンダーという男の情報を仕入れたい。ギルドに行こうとソアに提案した。
用心のためテレポートは使わずに歩いてギルドに向かった。ギルドでは中を見渡して、エンダーがいないことを確かめ、カウンターに向かった。ええと、ケートさんだったかな。
ケートさんにマントを纏った男が来なかったかと聞いた。
「少し前に来ましたよ。メイドを連れた冒険者を知らないかと聞かれました。知らないと答えましたが、もしかしたら、あなたのことだったのですか」
僕が頷くと
「メイドですか…ノアちゃんとはどうなっているのですか?」
「大丈夫ですよ、心配いりません」
「大丈夫というのはどういう意味でしょうか、ソアさん」
「ノアもわたしも、話はうまくまとまりましたから」
「まぁ、それはおめでとうございます」
「あー、それはともかくとして、マントの男はどこに行ったかわかりますか」
「この町の宿の場所を聞いてから出て行きましたよ。今頃は宿を巡っているのでは」
「エリカさんの宿にも来て、さっき会ったばかりです。でも僕らのことだとは気づかなかったようです。もう一度ギルドに来ても、僕らの事は何も話さないでください。特に最近王都に行っていたという事は」
「わかりました。面倒事なのですか」
「場合によっては荒事に…」
まさにこのとき、女がひとり飛び込んできた。
「ケートさん!広場でノアちゃんが!」
話も聞かず僕は飛び出した。後ろも見ずに叫ぶ。
「ソアはトールに知らせて!」
ギルドの外に出ると、全力で走った。テレポートを使いたい所だが、やつとの闘いの切り札だ。先に見せるわけにはいかない。
広場ではノアとエンダーが対峙していた。ノアの後ろにはアリサが立っている。間に合ったようだ。ノアの横まで走って行った。
「マスターとやらも来たか。こうして3人そろうと、聞いていた話にぴったしだな」
「どうした、ノア」
アリサと一緒に広場の屋台に来たところをエンダーに捕まったという。広場での聞き込みで、僕らが軍の馬車で王都に行ったことが知られてしまったらしい。アリサが現れたのが僕らが都から帰ってきてからだということもエンダーに確信をもたせたようだ。そのときに運悪く、ノアとアリサが広場までやってきてしまったという訳だ。
「さて、そろったところでお主たちに挑戦させてもらうぞ」
「遠慮させてもらいたいのだが」
「断ればこの場で俺から仕掛ける。巻き添えが出るぞ」
ガジンと同じようなことをいうな…
「仕方がない、町の外ではどうだ」
番兵がさきほどからこちらを伺っている。
「邪魔が入りそうだな。いいぞ、外にでよう」
エンダーは後も見ずに町の外へ向かう。僕はエンダーについて外に出る。入り口の外で待っているエンダーの前を通り過ぎ、街道をしばらく歩く。街道の脇に、初めてこの町に来たとき持ちあげようとした岩が見えてきた。ノアとアリサも僕に着いてきている。
「このあたりでいいか」
「かまわん。ところで始める前に聞くが、ガジンをやったのはお主か」
「俺だ」
「ガジンの死体を見たぞ、腕が吹き飛ばされていた。そこの魔術師がやったんじゃぁないのか」
「ガジンをやったとき、ノアはその場にいなかった。俺とアリサで闘ったんだ」
「わたくしがお連れのお二人の相手をさせていただきました。マスターがガジン様のお相手をしてくださったのです」
「魔法以外であんなふうに腕を吹き飛ばせるとは思えん」
「闘いの前にばらしたくないのだが、実はおれは魔術師なのさ」
「偽りを言うなよ」
「ウソじゃないさ」
そう言って小さな炎の球を手のひらの上に出現させると、エンダーに向かって弾いた。炎の球はエンダーの直前ではじけて消えた。
「なるほど、偽りではなさそうだな」
「そこの魔術師の娘さん、邪魔にならんように遠くに離れていてもらえるかな。あんたの魔法が届かないくらいまでな。そうすれば怪我をしなくて済むぞ」
こいつはノアの射程が規格外なのを知らないと見える。
「ノア、せっかくの申し出だ、向こうの丘の上で見ていてくれ。わかっているな」
「わかった、よーく見ているよー」
なんとかノアに伝わったようだ。頼むぞ。
「120メートルほど先か、いいだろう。メイドのお嬢さんはどうする?あの二人をやったのがあんたなら、充分俺の相手になるだろう。俺は二人同時でかまわんぞ」
なかなかの自信だ。
「さっきはあんたが魔術師だってことを見せてもらったからな。このくらいしないと釣り合わん」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
そういってアリサは両手でトンファーを取り出した。
「上手く隠しているもんだな…こちらも準備をさせてもらうぞ」
マントを脱ぐと、足下に置き、腰に下げている剣を鞘ごとはずして、ベルトに差し直した。よく見ると剣ではない。刀のように見える。そして左手でマントを拾い、右手を刀の柄に近づけ、低く構える。居合いのようだ。しかし、左手にマントを持っていて居合いが出来るのか。
「では始めようか」
僕もレイピアを抜いた。直後アリサがフェイントを仕掛ける。エンダーの視線がアリサに向いた瞬間、左肩口の上にテレポートして、突きを見せる。エンダーはマント振るってレイピアをそらすと、閃光のごとく刀を抜いた。テレポートで避けたと思ったが右の脇に衝撃を感じた。エンダーの後方の岩の後ろに出現した僕を見て
「すごい速さだ、いや、転移魔法か」
エンダーの刀はすでに鞘に戻っている。居合いではない、違った動きだ。しかし結果に変わりはない。速いだけではない、障壁を突破されかけた。これは危険だ。
「それにたいした鎧だな、両断したと思ったのだが」
障壁とは分からず、鎧で受けたと思っているようだ。
テレポートからの攻撃に対してガジンと同じパターンで反撃をしてきた。ガジンのときと同じやり方でいけそうだな。再度同じ位置に岩とともにテレポート、石板の代わりに今度は岩を盾にする。エンダーがマントで岩を払うとその後ろから光の槍が襲う。しかしガジンより早い反応で、刀の一閃が光の槍を切った。それも想定内だ。光の槍は荷電粒子の塊だ、刀に落雷したようなものだ。やった。そう思った瞬間、返す刀が僕の右側から襲ってきた。間一髪テレポートで距離をとったが、バランスを崩した。エンダーが刀を振りあげて距離を詰めてきている。再度のテレポートが間に合わないと思った時、アリサのトンファーが左右からエンダーを襲った。エンダーは右手のトンファーをマントで絡め取ると、振り上げた刀を強引に僕からアリサの方に向けて振り下ろした。左のトンファーで防御しながら、必死に後ろに飛ぶアリサをエンダーの一閃が斬った。
甲高い音を立てて、トンファーが切り飛ばされ、アリサのメイド服の脇が斜め下に切り裂かれている。
「わずかに届かないか」
そのエンダーの背中に僕は光の槍を投げた。振り向きもせず横に転がりそれを避けると、片膝をついて起き上がり、居合いの構えをとる。刀はすでに鞘に収まっている。エンダーの目の前を通過した光の槍は、大きくカーブして横からエンダーを襲う。同時にアリサがトンファーを捨て、暗器を投げた。左手のマントを一振りしてアリサとの間に盾のように広げ、居合いの一閃で光の槍を切断した。爆発する槍の爆風を物ともせずに、アリサに突進しようとしたエンダーの脚が止まった。アリサが投げた2本のダガーはマントを貫通できず払われてしまったが、投げたのはダガーだけではなかった。エンダーの腿に細い針金のようなものが刺さっていた。
「なんと、マントの穴を通したのか…」
アリサは両手に細い針金のようなものを数本もって構えている。
「そんなものは効かん!」
そういってアリサに迫る。再び針金がエンダーに投げられたが、避けようともせずにアリサに迫る。針金の1本が右肩に刺さったが、エンダーは止まらない。アリサは再度後ろに飛ぶが、間に合わない!僕はアリサの前にテレポートし、肘で右の脇をカバーした。刃が障壁を突破する一瞬の間でアリサを連れてテレポートできるか?まさにそのとき、真上からノアの火球が振ってきて僕とエンダーの間に落ち、爆発した。僕とアリサ、それにエンダーは共に吹き飛ばされ、距離があいた。とっさに起き上がったエンダーが居合いの構えを取ったとき、土煙を通してエンダーが見たのは、頭上に両手で光る球を持って振りかぶる僕の姿だ。居合いの構えをくずさず横に移動するエンダーに向かって光球を投げた。目の前に迫った光球をエンダーの居合いが切る。しかし爆発は起こらなかった。光球はエンダーの刃を消滅させ、左肩からさきの腕を消滅させ、その後方3メートルほどで小さな爆発を起こして消えた。
エンダーは両膝をついた。刀身が半分以上消失した刀を見て、つぶやいた。
「なんだ今のは、反則だな…」
ガジンと同じ事を言う。
「すまんな、ちょっとした手品だ」
「勝ったと思ったのだがな…さっきの魔法は丘の上の嬢ちゃんか。規格外だな…」
そういうと、苦しそうに呻いて地面に片手をついた。アリサがダガーを手に近づいて
「失礼いたします」
といい、首にあてた。
「容赦ないな、お嬢さん…」
ガジンの最後と同じ言葉、それがエンダーの最後の言葉になった。
「怪我は?」
「ありません、しかし服を裂かれてしまいました。まことに申し訳けございません」
「アリサが無事で良かった…」
「次からはわたくしのために、あのような無茶をなさらないようお願いいたします」
無表情なアリサがわずかに微笑んだ気がした。
丘の上からノアが走ってやってきた。息を切らしている。
「どうよ、ぴったしのタイミングだったよねー」
「ああ、位置もちょうど中間でばっちりだったぞ」
「位置は適当だったんだけどねー」
おい、僕に当たってたらどうするつもりだった。
それに、もう少し早い時期に支援できたんじゃありませんか…
「でも、アリサも容赦がないよねー」
苦しまないように介錯したのでは…
「あのくらいの怪我なら、回復専門の魔術師に見せれば助かるのにね。まぁ腕はもどらないけどさ」
えっ、助かるの?
ガジンとエンダーの気持ちが分かりました…
アリサさん、本当に容赦がありませんね…
エンダーの刀の残骸を拾って見ると、電気を通さない金属で出来ている。僕の知識にはない金属だ。異世界のファンタジー金属かな。
「おそらくアダマンタイトかと。わたくしも初めて拝見いたしました」
「あの針金のような武器は?」
「これでございましょうか」
そういって僕に1本渡してきた。両端を針のようにとがらせた鋼鉄の棒だ。
千本っていったかな、マンガで見たことがあるな…
「アダマンタイトの刀かー、どうして消し飛ばしちゃったかなー、売れば一生遊んで暮らせたのにー」
いや、命がかかってましたからね…
町から番兵がやってきた。爆発音をきいたのだろう。エンダーの死体を見ると、
「あんたがやったのか?」
と聞く。頷くと
「こいつがあんたたちの事を嗅ぎ回っていたことは知っていた。どこぞの組の用心棒だろう。あんたを狙っていたようだな。返り討ちか、正当防衛だな」
ノアとアリサに視線を移す。
「嬢ちゃんたちを守りながらじゃ手加減はできんか」
いや、僕じゃありませんから…
何かデジャブが…
「後始末はこちらでやっておく。行っていいぞ」
ギルドのケートさんに無事を知らせないといけないかな。3人でギルドに向かいながら、こいつで最後じゃぁないだろうなと僕は思っていた。
エンダーが倒されたという知らせが王都の組織に届くのに、それほど時間はかからなかった。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「あたしが大活躍って、あの一発だけじゃん」
でも、主人公を救う決定打ですよ。
ノア:「たしかにそうだけどー。アリサと比べると全然…」
魔法使いの攻撃だと接近戦じゃないから…
ノア:「そこを何とかするのがあんたの仕事じゃないのかなー」
まぁ、そうなんですけど…
ノア:「だったらなんとかしてよ」
次から数回連続でノアさんが結構活躍したり、主人公とからんだりの話が続くので…
ノア:「うそじゃないでしょうね」
えぇ…
ノア:「じゃ、今日のロケ弁は食べていいよー」
ありがと…あれ、これ、ふた開いてますけど…
ノア:「ちょっとつまんだだけよ、男なら小さいことをぐちゃぐちゃ言わない!」
ちょっとって…ご飯しか残ってないんですけど…




