34 魔術師、トールの町に戻る
トールの町のギルド脇の路地にテレポートで戻ると僕たちはさっそくエリカさんの宿に戻った。女将のエリカさんは、王都から戻った僕たちを歓迎してくれた。
「無事でお帰り、トール、ゴード、ソア、それにノア、ミスター。ところでそちらのメイドさんは」
「お初に目にかかります、宿主様。アリサと申します。以後よろしくお願い申し上げます」
「これまたミスター以上に丁寧なお嬢ちゃんだね。お辞儀の仕方もきちんとしてるよ。メイド服なんか着て、貴族様のお屋敷にでもいたのかい」
「おっしゃる通りでございます。家名は申し上げられませんが男爵家の三女として生まれ、ヤノフ・ド・レミントン公爵家にてメイドとしてお仕えいたしておりました」
「そんなお嬢さまが、なんでまたトールたちと一緒にこんなところに」
「運命の巡り合わせと申すべき出来事からマスターにお仕えさせていただけることとなり、こちらに参りました」
「へぇー、運命ねー。で、そのマスターってのは?」
「わたくしのマスターはミスター様でございます」
「ミスターが?」
「そのとおりでございます」
「そいつはたまげた!それで、その運命とやらであんたはミスターのメイドになったってわけかい」
「メイドではございません。わたくしがなったのはマスターの妻…」
あわててアリサの言葉を遮って、話題を変えた。
「あー、女将さん、あれこれ事情は別にして、部屋の方をなんとかしてもらえるかな。アリサはパーティーの一員になったんだ。今まではトールたちの2人部屋ふたつと僕の1人部屋ひとつで良かったけれど、アリサの分の1人部屋を追加して欲しいのだけれど…」
「たしかに、あんたのメイドならノアたちと一緒って訳にもいかんだろう、2人部屋だけどミスターの隣の部屋が空いているからそこでいいかい。メイドならいろいろ仕事もあるだろうから、広い部屋は好都合だろう。ミスターからは儲けさせてもらってるからね、1人部屋と同じ宿代に負けとくさね」
「ありがようございます。僕と同じでずっと借り続けるので、アリサの分の先払いをしておきますね」
そういって金貨30枚を女将にわたした。
「豪気だねぇ、王都でよっぽど稼いできたんだね。ありがたくもらっとくよ。それでトールたちも泊まるんだろ。前と同じ部屋を開けといてやったからね」
トールが4人の30日分の部屋代をまとめて払うと、
「みんな豪気だねぇ。あたしはありがたいけどさ。エールをおごるからいつものテーブルで待ってておくれ。アリサちゃんの椅子は隣のテーブルのを使っておくれ」
「ねぇ、エリカ」
「なんだねノア」
「あたしもなったんだよー。ミスターの第一…」
「あー、早くテーブルにいこうか、ノア。女将さん、エールをお願いしますね」
ノアとソアの手を引っぱってテーブルまで連れて行き、席につかせた。隣のテーブルから椅子を持ってきてアリサにすすめると
「マスターの後ろにて控えているのがわたくしのつとめでございます」
「いいから、座って!僕の希望です!」
「マスターのお望みは、わたくしの望みです。それでは失礼させていただきます」
「みんなで席に着くときは、これからもずーっと僕の希望だからね」
「御心のままに」
女将がカップを6つ運んできて、みんなの前に並べた。
「えー、またあたしはミルクなのー…でも、いいか…」
あー、疲れた…
「無事に戻ってこれたんです、乾杯しましょう!リーダー、お願いします」
「よーし、みんなで乾杯だ!」
みんなでエール…5人でエールを、1人がミルクを楽しんだあと、それぞれの部屋に戻って休みを取った。
すっかり静かになったその夜、僕はアリサの部屋のドアをノックした。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「今回はずいぶんと短いテイクだったよねー」
ええ、まぁ…
ノア:「おかげで、ここで何時もよりたっぷり休めるねー」
僕は忙しいんですけど…
ノア:「いい機会なので、ちょっと聞いていいかな」
なんでしょうか?
ノア:「あたしの出番がなかったガジンとの戦闘シーンなんだけど…。主人公がガジンの後ろにテレポートしてレイピアを繰り出すじゃない」
ええ、悪くない戦い方だと思いますけど…
ノア:「テレポートしてからじゃなくて、初めからレイピアを突き出しておいてテレポートしたら、転移と同時にレイピアが刺さっていることにならないの?」
あ、それ出来ないんですよ。
ノア:「出来ないって?」
前にトールたちにテレポートについて説明したシーンがありましたよね。
ノア:「馬車の中のシーンね」
そう、そこでトールに無敵じゃないかって言われたとき、いろいろと制約があってと主人公が言ってたじゃないですか。
ノア:「言ってたっけ?」
台本、読み返してくださいよ、ちゃんと言ってますから。その制約のひとつなんです。
ノア:「どういうこと?」
主人公のテレポートですけど、転移先に何か物があったときはどうなると思いますか?
ノア:「たとえば木とか建物の壁とかと重なってたらってこと?」
そうです。だいたい何もないといっても空気の分子とかはあるわけで、物質が重ならないなんてことは無いわけですよ。
ノア:「クウキノブンシ?」
あ、すみません、それ異世界の知識です。気にしないでください。
どこぞの学園都市のレベル4テレポーターの中学生の場合は、転移先の物質と置き換わる形で転移するという能力ですが、それって置き換わった物質はどこ行くのか分からないし、そもそも無敵すぎますからね。レールガンはもとより学園都市1位にだって楽勝な気がします。
ノア:「だんだん意味不明に…」
要するに、主人公のテレポートは、転移先にある物質を押しのけて出現するんです。置き換わるんじゃなくて。空気分子とか小さな虫やほこりくらいは問題ないのですが、それよりも質量や密度が大きいと押しのけることができなくてテレポートそのものが発動しないんですね。だからレイピアが相手の身体と重なるように転移は出来ないのです。
ノア:「不便なのね…」
だから次の話で登場する最強の刺客との闘いでノアさんの活躍の余地が出来るんですよ。
敵登場、テレポート、はい終了、これじゃ戦闘シーンもなにも無いじゃないですか。
ノア:「よくわかんないけど、あたしが活躍できるのなら何でもいいかな」
ところで、そろそろロケ弁が配布される頃合いじゃないですか。
ノア:「ここに来る前にADさんが配ってたよー」
え、じゃぁ、僕の分は?
ノア:「え、前に言ってなかったかなー、ここの分はあたしのとこに配るって」
そういえば…担保とか…
ノア:「ちゃんと台本に書いてあるでしょ」
そんなこと書くわけ無いじゃありませんか…
で、僕の…
ノア:「ごちそうさまでした」
★★★追記★★★
あらためて確認すると、レベル4の中学生のテレポートも置換ではなく押しのけているだけのようにもとれる描写でした。転移そのものは超弦理論やM理論の11次元空間での移動に過ぎないという設定のようで、これだとベクトル変換能力の1位には通用しなそうですね。まぁ、もともとファンタジー理論ですから(^^; 主人公のテレポートとは根本的に違っているようです。




