32 魔術師、ガジンと再会する
アリサは身一つで公爵家から僕の元に来た。私物は何もなく、持ち物は公爵から与えられたメイド服と隠し持った各種の武器のみだ。さすがにそれでは困るので、替えの衣服などを買いに行こうと思った。そうみんなに伝えると、ノアが一緒に着いてくることになった。
まずは衣類だ。着替えが必要と思い、アリサに尋ねると今着用しているメイド服と同じ物が良いと言う。公爵に仕えるようになってからメイド服以外の服は着たことがないという。これからは普段着や依頼の仕事をするときの防具なども必要だからと言っても答はメイド服一択である。
そういえば昨日もソアに武器防具を聞かれたとき、メイド服で良いと言っていたな…
なぜメイド服なのか、詳しく聞いてみる。アリサのメイド服は公爵家の特別製であった。見かけとは裏腹に、ノアの高級防具以上の防御力を持ち、アリサの武器であるトンファーや暗器を隠し持てる工夫が随所にされている。公爵家に仕えてから戦闘訓練も通常のメイドとしての訓練も常にそのメイド服で行ってきたという。特製メイド服以外は丸裸も同然といって譲らない。そんなメイド服がどこで入手できるのかと聞くと、公爵家御用達の店があるという。
それって公爵家の御用達の店じゃなくて、公爵家の裏組織じゃないのか…
暗殺者用の装備だよね…
公爵家のメイドではなくなった今、その店は利用できないんじゃないかと指摘すると、公爵から特別に許可をいただいてあると言う。なんでも、アリサを連れた僕に今後も公爵家の依頼を指名することがあるかも知れないからだそうだ。
おい、まさか僕に暗殺の依頼なんてしないよね…
僕は仕事人じゃないからね。
不安がいっぱいだが、替えの服は必要だ。アリサに店まで案内をしてもらう。ノアも不審そうにしながらも着いてきた。
アリサが案内した店は、どう見ても一般の屋敷である。ドアベルを鳴らし、小窓が開くとアリサが何かつぶやく。ドアが開けられ、がたいの良い大男が僕らを奥の部屋まで案内した。
公爵家の暗部を知ってしまった。
どうみても裏組織である…
生きて帰れるかな…
部屋には普通の商人としか見えない人の良さそうなおっさんが笑顔で僕らを迎えてくれた。僕らを案内してくれた男は入り口のドアの前で、まるで僕らを監視するように立っている。羊皮紙の束を渡されたアリサはそれを見ながら、なにやら注文をしている。そのたびに部屋に作り付けの棚から現物がとりだされ、アリサに示される。結局メイド服一式の予備と新しい暗器や毒物らしき怪しげな小瓶と錠剤を注文したようだ。ノアが視線をそらして小声でつぶやいている。
「あー、何も見てないよー、何も聞こえてないよー」
アリサの買い物…買い物なのかこれ、代金の話なんか全然でなかったぞ…買い物を終えて屋敷をでた。
「あー、緊張した、お腹がすいちゃったから屋台に食べに行こうー」
そういってノアが市民エリアの方に向かう。僕はあわてて後を追い、アリサが僕の後に続いた。
商業エリアと市民エリアを隔てる壁の検問を通り、広場にやってきた。相変わらず多くの屋台が出ている。すでにノアは屋台に突進し、両手に肉串を持ち、口の端から串が出ている。そこを狙われた。チンピラがぶつかってきて、ノアのショルダーを奪ったのだ。
馬鹿なやつだ、中には食い物しか入ってないのに、たぶん…
一瞬、チンピラともども周囲の人たちが魔法で吹き飛ぶところを想像して目を閉じたが、ノアも学んで成長するらしい。魔法を撃たずに、チンピラを追いかけて行った。僕とアリサがノアに続く。チンピラは広場から人気のない路地に逃げ込んで行く。
馬鹿なやつだ、そんなところに逃げたら魔法が遠慮なく飛んでいくぞ…
そう思いながら路地に駆け込むと、ナイフを手にしたチンピラの集団が待ち構えていた。何人いようと同じだ。魔法で吹き飛ぶ馬鹿な奴が、魔法で吹き飛ぶ馬鹿な奴らに変わるだけなのに…。ノアはすでに手のひらに火球を生じさせている。啖呵をきろうとして口を開けたチンピラが言葉を発する間もなくノアが火球を投げつけた。
「悪党に人権はなーい!」
デタラメに強いお姉さんのいるどこかの美少女魔導士のような台詞だな…
あわてるチンピラたちの目の前にせまった火球を何かが貫いた。火球は爆発し、音を残して煙に変わった。さすがに火球の手加減はしてあったようだ。火球を貫いた何かは、路地の壁にぶつかり、大きな傷跡を残して下に落ちた。小さな鉄球だった。その鉄球が僕に思い出させた、ガジンと名乗った大男を。
「連れの女が増えたようだな、ミスター」
チンピラたちを押しのけて、ガジンが現れた。
「あたしのバッグを返して!」
そういってノアが2,3歩前に出る。その足下で土埃があがる。地面には鉄球がめり込んでいた。
「それ以上近づくなよ、次はあてるぜ、魔術師のお嬢さんよ」
ノアもガジンも抜け目がない。さりげなく干渉魔法の射程まで近づこうとしたノア、射程内に入らせないガジン。魔術師という言葉を聞いて、チンピラたちも後ずさりする。何人かは路地の煉瓦や石を拾って投石の構えだ。こうなるとノアもうかつに近づけない。
「ここなら人目もなくてちょうどいい、ミスター、今日はただでは帰らないぞ」
そういって、チンピラからノアのバッグを奪い取ると、こちらに放った。バッグは僕らとガジンの中間に落ちた。
「こちらに魔術師はいない。安心して取りに来いよ、ミスター」
「マスター、この方はお知り合いなのでしょうか?」
「そちらのお嬢さんはあんたのメイドか、怪我をしたくなければ後ろに下がっていたほうがいいぞ」
「ご忠告ありがとうございます。わたくしはミスター様にお仕えするアリサと申します。皆様はマスターに対して敵意をお持ちのように見えるのですが、間違いはございませんか」
アリサが無表情となって、かすかに前掲姿勢になる。
「だめだアリサ、ガジンを相手にするな!」
思わず叫んでしまった。
「ガジン様というのは、目の前の大きな方ですね。マスターのご意思は、わたくしの意思でございます。ガジン様とは争いません」
その瞬間アリサの姿が消えた。テレポートしたのかと思ったくらいだ。壁を蹴る音が2度、左右から聞こえた直後、後ろのチンピラたちが倒れた。アリサがトンファーを持ち、ガジンの後ろで構えていた。チンピラの何人かは明らかに死んでいる。生のある者は喉や頭を押さえて呻いていた。ガジンはそんなアリサをちらっと見ると、僕の方に顔を戻した。ガジンだけではない、ノアも驚きを隠せないでいる。
「物騒なお嬢さんを連れているんだな、容赦がなさすぎるぜ。ミスター」
「大変申し訳けございません。常に全力でお相手するように仕付けられておりますので。しかしマスターのご意志ですのであなた様には手出しをいたしませんのでご安心ください」
「別に手出しをしてくれてもかまわんぞ。だが、ひとりではそちらの魔術師のお嬢さんの相手までするのは大変そうだ、せっかくの機会だったのに…残念だが今日は引かせてもらう。次はこうはいかんぞ」
言い終わると同時に、ガジンが両手を振り回し身体をかがめた。アリサは後ろに飛び退き、トンファーをクロスさせて顔面を守る。僕は障壁を張ってテレポートし、ノアを抱きかかえた。アリサのトンファーに鉄球があたり甲高い音をたてた。僕の背中の寸前では3個の鉄球が静止している。ノアを離して振り返るときに、僕の背中から鉄球が足下に落ちた。ガジンの姿は消えていた。はっとして上を見るが、やつの姿はない。
「マスターの動きがわたくしには見えませんでした。それに鉄球を止めた技はわたくしにはマネのできない不思議な技です」
「そんなことよりアリサに怪我はないのか」
「右肩にひとつ当てられましたが、あの程度ではこのメイド服を貫けません。少々痣がついたかと思いますがマスターが気になさる必要はございません」
アリサが右肩を手で払うと、鉄球がひとつこぼれ落ちた。
「そんなことがあるか、今すぐこれを使え」
そういって鞄から以前ノアにもらった小瓶を渡す。
「お気遣いさせてしまい申し訳けございません。ありがたく拝領させていただきます」
そういって中身を飲み干し、空き瓶を僕に戻した。
「あたしだって自分で防げたんだからー。でも、あたしの方を守ってくれたんだよねー」
不満なのかうれしいのかよく分からんな…
アリサが広場に出て、兵士を呼んできた。
「何事ですか…なんだこいつらは、死んでるやつもいるぞ」
そういうと警笛を鳴らした。応援の兵士がやってきて、チンピラたちを連行していく。
隊長らしき兵士が僕を見て言った。
「いくら可愛いらしい娘さんを連れていたからって、死人までだして、やり過ぎだぞ、あんたは」
え、僕がやったことになっているの…
「しかし、まあ、相手は大勢で武器も抜いていたからな。それにたちの良くないチンピラだってことは知っている。手加減できなかったということで正当防衛だとしておこう。あまり面倒を起こすなよ。だいたいこんな人目のない路地にきれいな娘さんを連れてくるもんじゃないぞ。何をするつもりだったんだ」
あー、絶対何か良くない誤解をしている気がする…
ノアもアリサも、そんな恥ずかしそうな顔して下を向くんじゃない!
ますます誤解されるじゃないか。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「あたしは全然活躍してないじゃん」
まぁ、大物は後から出番がやってくるってことで…
ノア:「そうよね、なんたって天才魔術師ですから」
ノア:「それよりアリサのことよ、アリサ」
なんですか。
ノア:「公爵から奴隷としてもらったって話だけど」
そうですよ。
ノア:「どう考えても公爵家とつながってるよね」
…
ノア:「ま、それはいいとして、あたしよりずーっと目立ってるよね」
だから、それは新レギュラーのお披露目ってことで。
ノア:「あー、やっぱりレギュラー入りなんだ」
あー、それは…でもノアさんがメインヒロインですから…




