30 魔術師、山に登る
町にもどった翌朝、カタラン氏を尋ねる。工場に移した曲玉について、思いついた事があって相談するためだ。トールが交渉する。
「昨日工場の先の森の中で飛竜2頭を討伐した。曲玉に引かれてやってきたのかどうかは分からない。このままでは工場が再開できないと思うが」
「その通りです」
「そこで提案があるんだ。俺たちは調査の為に山の中層、飛竜の営巣地の近くまで行くつもりだ。工場に集めてある曲玉をその近くにばらまいておけば、仮に曲玉が飛竜を引き寄せるとしても工場ではなく、ばらまいた曲玉の方に行くんじゃないかと思うのだが」
「なるほど、ある程度大量にばらまいておけば、そちらの方に引かれるかもしれませんね」
「その役を引き受けるので、代わりに俺たちが山の中層までいく準備を手伝ってもらえないだろうか」
「と申しますと」
「3日分の食料に水、予備の投げやりと矢、それに強力な毒、予備の盾、それらを運ぶ馬かな」
「馬が通れる道があるのですか?」
「森の中にはない。だが山の中層までなら迂回路があるそうだ。飛竜を狙う冒険者が使う道だ。ギルドから地図をもらったが、少々遠回りになるので食料や水が余分に必要となる」
「わかりました。ご用意いたします。荷馬だけでなく、皆さんがお乗りになる馬もご用意させていただきます。途中で不要になりましたら放していただければ馬は自分で戻ります。よしんば戻らなくても必要経費と考えます」
「それはありがたい。迂回路までの時間を節約できそうだ」
原因が曲玉ではなく、ドラゴンという可能性もあるのだが、それを話すことはできない。僕たちは宿に戻り飛竜の住む山の中層への遠征準備を始めた。
「ところで、あの山ってなんて名前なのかなー」
「正式な名前はあると思いますが、この町の住民は白き山と呼んでいるようですね」
「てっぺんが何時も雪で白くなっているからかな」
「そうでしょうね。頂上は火口になっていて、今も水蒸気が立ち上っているようです」
「えぇ、あたしたちが近づいたとき噴火したらどうしよう」
「記録にあるかぎり、噴火したことはないようですから、気にしなくても良いのでは」
「その時は僕のテレポートで逃げましょう」
「そか、その手があったねー」
「火口の付近は地熱のため積雪はなく、その周辺がドラゴンの住処だと噂されていますね」
「火口までは行かんぞ、あくまでも中層までだ」
「つまんなーい」
「ごちゃごちゃ言わずに早く準備をしろ」
翌日、昼までにカタラン氏が馬と食料などを用意してくれて、僕たちは出発した。町を出て、まずは工場による。
「曲玉を積んでいったら、飛竜を引き寄せちゃわないのかなー」
「そこでミスターの出番だ、工場に目印をつけてもらって、ばらまく直前でテレポートでとってきてもらうのさ」
「おお、ミスター大活躍だねー」
トールの指示通り、工場の倉庫に基準点を設置して、それから森に向かう。森が始まるところで西に折れて、森にそって進んでいく。地図に寄ればその先が高地になっていて森は断崖絶壁で途絶えているようだ。その断崖に馬がギリギリ登れる隘路があるという。
森はどこまでも続いていて果てがないかとすら思えたが、その日の夕暮れになってようやく高地の崖下にたどり着いた。
「ここで野営だ。高地に登るのは明日明るくなってからにしよう」
「ミスターのテレポートで上に運んでもらうのじゃダメなのかなー」
「崖の上が見えないから、直接崖の上にテレポートはできないよ。これまでもそうだったけど、そういうときは一度目的地の上空にテレポートして、空中から地上を視認して再度テレポートすることになる。上空にテレポートしたときに、運悪く飛竜が近くにいると見つかってしまうかも知れない」
「じゃテレポートじゃなくて飛行していくのは?」
「これだけ大勢を一緒に浮遊させるのは不可能ではないけど、僕の消耗がきつすぎる。一人一人連れていくのはパーティーが一時とは言え分断されるのでトールが承知しないだろうね」
不満げな顔をしているが、ノアも納得したようだ。
荷馬だけではなく、僕らの乗馬にも積めるだけの荷物を積んでいた。主に食料と水だ。荷馬の方には予備の武器防具だけ積んで身軽にしてある。カタラン氏の用意した食料は野営の食料としては豪華なものだった。崖を登る道は乗馬しては通れそうもないし、5頭を同行させるのは大変そうなので、荷馬以外はここで放すことになった。この先の食料と水は各自が背負うバッグに入れて持つことになる。持ちきれない食料は捨てていく。
「もったいないよー、みんな食べちゃおうー」
「食い過ぎるなよ、明日がきついぞ」
見張りの当番を決め、僕たちは一晩を過ごした。街道の野営地とちがって魔物がいる森の近くだ。僕は緊張してぐっすりとは眠れなかった。ノアも緊張していたのか、以前の野営のときのようにふざけることはなかった。
日の出とともに野営地を出て、崖の隘路を探す。もう荷馬以外は放ってしまって、僕らは徒歩だ。1時間もしないうちに、トールが隘路を発見した。
「まずいな、登り口に横穴がある。何か魔物がいるかもしれん。隘路で後ろから襲われるのは避けたい。ノア、魔力は感じられるか?」
「大きいのがひとつ」
「やはり、いたか」
「おそらくフォレスト・ベアでしょう。このあたりで洞窟に一匹だけで住むのは他に思いつきません」
フォレスト・ベア…
森の熊さんか。
僕は心の中でプーさんと名付けた…
「あたしが洞窟の中に魔法を打ち込もうか?」
「いや、大きな音は避けたい。他の魔物を呼び寄せるかもしれんからな。俺が入り口の脇で待ち伏せる。何か音のしない魔法でおびき出してくれ」
そう言って、トールは剣を抜き、洞窟の入り口の横で振りかぶった。ノアは水球を作り出すと、洞窟の奥に向かって放つ。低いうなり声がして、足音が近づいてきた。入り口から頭を出した瞬間、トールの剣が振り下ろされ、プーさんの頭が落ち、続いて大きな身体が倒れ込んだ。
「やったね、トール、一振りだ」
ふと思いついてノアに聞いた。
「水球って、命中したときに破裂しないようにはできないの?」
「どういうこと?」
「命中しても球のまま留まるようにできないのかなって」
「放った後はただの水だから無理だよ。どうして?」
「そう出来るなら、相手の頭を水の球で覆えるかなって」
「つまり相手を溺死させるってことか。血が出ないし、きれいに殺せるな」
大量の血を流している死体の後始末に苦闘しているトールが言った。
「えぇ、溺死ってとっても苦しいんだよ。子供の頃何度もおぼれて死んだことがあるけど、メチャクチャ苦しかった」
いや、死んでたら今ここにいませんから…
「ほんとに苦しいんだよ、ミスターって実は鬼畜?」
「いや、僕のアイデアじゃないのだが」
「じゃ、誰の?」
僕が以前に呼んだラノベ作家の…
「とにかく僕のじゃありませんよ」
言い訳をしていると、プーさんの始末を終えたトールが登るぞといって歩き出した。
「ゴードは俺に続け、ノアはその後ろで索敵、ミスターは荷馬を引いてくれ。ソアは最後尾で後ろの警戒を頼む。上空も注意しろよ」
隘路では大きな魔物に出会うことはなかったが、崖の割れ目に潜んでいる蜘蛛やムカデのような中型の虫の魔物にたびたび出会った。人を襲う魔物かどうかはっきりしないが、狭い隘路である。通り過ぎている最中に襲われると対処に困る。なにしろ数が多いのだ。そこで念のため、ノアが感知するたびに先手を打って魔法で焼き払っていた。皆殺しである。
ノアさんこそ鬼畜じゃないですか…
心で思ったが、声には出せませんでした…
荷馬がいるため慎重に登る必要があり、崖の隘路を抜け高地の上に着いたのは午後も遅くになってからだった。高地の上は荒涼とした岩と砂の世界である。岩陰にわずかに草が生え、木と言えるものは一本もない。地図に寄れば緩い傾斜で山の中層まで続いている。ここから先は飛竜の縄張りだ。まだ日が落ちるまでに間がありそうだが、大きな岩を見つけてその陰で野営をすることになった。岩を背にすることが出来、たき火が山の中層からは見えないのが利点だ。しかし食事は干し肉と水だけ。ノアが僕に美味しい物をテレポートで取ってきてとせがんだが、一時といえども戦力の低下を嫌うトールによって却下された。
「荷馬の荷物を下ろしてくれ。予備の武器は無理のない程度で各自が持って行くことにする。ゴードの盾は必須だ。ミスターはここの位置を憶えておいてくれ。いざという場合には残した予備武器をここまでテレポートで取りに戻ってもらうからな。馬は…」
「僕がテレポートで工場に連れて行き、そこで放してきます。置き去りにしたら飛竜の餌になるのは確定ですからね」
「周辺に大きな魔物はいないよ。今ならミスターがちょっと出かけても大丈夫じゃないかなー」
皆の安全を最優先するリーダーとしては馬は解放どころかここで処分してしまいたいような雰囲気だったが、ノアの言葉を聞き、僕の意見に同意した。基準点を設置し、工場と何事もなく往復した。馬は工場で放してきた。
高地には人を襲うような魔物はトカゲか蛇のようなものしかいない。いずれも地面を這うような魔物だ。上空から襲う飛竜が縄張りにしているため、そのような魔物だけが生き残ったのだろう。僕たちは大きな岩を結ぶように移動している。ノアの索敵に飛竜らしきものが感知されると大急ぎで岩陰に隠れ、何も感知されないときに素早く次の岩陰に移動する。岩陰にはしばしばトカゲの魔物がいるが、魔法は使ってこない魔物なのでソアの弓とトール、ゴードの剣、そして僕のレイピアで討伐している。皆は余裕だが、僕は障壁の力が無ければ無事ではすんでいない。何度も咬まれてしまった。これだけトカゲがいるようなら、飛竜がノアたちの魔力を感知してもトカゲだと思うだろう。恐ろしいのは地竜であるが、飛竜とちがって山の中層から出てくることは滅多にないし動きも遅い。よほど運が悪くなければ、戦うようなことにはならないだろう。
日頃の行いが悪い人はいませんよね…
この日の午後遅くになって、ようやく白き山の中層にたどり着いた。岩陰から覗くとあちこちに飛竜の巣が見える。飛竜は地上に営巣するのだ。これは良い兆候だ。ドラゴンが頂上部から降りてきていれば、ここの飛竜の巣が無事な訳がない。裾野での目撃情報はやはり飛竜だった可能性が強まったと言える。巣は左右どちら側にも見渡す限りある。これを迂回して頂上に行くのは難しそうだ。もし巣がない場所があっても、それはドラゴンの狩り場の可能性が高く、危険性は増す。何かここまで来た証拠を持ち帰りたいところだが…
「飛竜の巣が確認できた。見つかる前に戻ろう。ミスター、テレポートを頼む。重さが問題ならば予備武器は放棄していく」
「重さは大丈夫ですよ。でも、せっかくここまで来たのですから証拠を持ち帰りませんか」
「証拠って?」
右前方に巣が一つあり、親が卵をあたためている。その巣のすぐ近くに伏せていれば僕一人なら隠れられそうな岩があった。そこからなら巣の中の卵と一緒にテレポートできるのではないかとトールに説明した。たぶん1個くらい減っても親は気がつかないんじゃないかと。
「やってみるか。もし離れすぎていて一緒にテレポートできなくても、もっと近づこうなんて思うなよ。そのときは即座に戻って来い、いいな」
「それでは、行ってきます。万一親に気づかれたら、ここに戻ると同時にみんなを連れて即座にテレポートしますから、みなさん身を寄せて固まっていてくださいね」
トールの指示で皆は互いに手をつないだ。それを見て僕は巣の近くの岩陰にテレポートした。伏せた状態で顔をあげると、卵がひとつ視認できた。Okだ。即座に卵と一緒にトールたちの元に戻る。飛竜は何か不審を感じたようで、巣の周りを見回している。今度はみんなを連れてテレポート。無事に工場の倉庫の基準点に戻った。馬は町に帰ったのか、見当たらなかった。
「さて、僕はもう一仕事してきますね」
「すまんがよろしく頼む」
「えっ!何?」
「曲玉をばらまいてくるんだ」
「一人じゃあぶないよ、あたしも一緒に行く!」
「大丈夫、ひとりのほうがテレポートしやすいからね、ここで待っていてくれ。すぐ戻るよ」
僕は曲玉の入った箱の前にたつと、巣の近くに設置した基準点に箱と一緒にテレポートした。もちろんソアの曲玉が入った小さな箱は置いてきた。目の前に飛竜がいて驚いたが、ブレスを吐こうとした一瞬の隙で工場にもどった。もちろん曲玉の箱は置いてきた。できれば基準点から離れた所に箱を置いてきたかったのだけれど仕方がない。
「おかえりー、心配したよー」
ノアが飛びついてきた。目の前に飛竜がいたことは言わないでおこう。卵がなくなったことに気づいて親が探していたのだろう。
「その卵ですが、公爵様に差し出すのですか」
「証拠として渡さないといけないだろうな。本当に飛竜の卵なのか調べるだろうから」
「残念です」
「残念だよねー、おっきなゆで卵が食べたかったのになー」
あー、親が暖めていた途中だからな、茹でたらバロットみたいになるぞ…
さあ、もう一度テレポートだ。アルプの町に戻ろう。
アルプの町に戻った僕たちは、飛竜の牙の完了をギルドに報告した。牙は最初の飛竜を倒した時に採取してあったものだが、完了報告はしていなかった。この依頼の完了報告がされることで、本来の依頼である調査の完了が公爵に伝わるのだ。あとは報告の裏付けとなる卵を持って都に帰るだけだ。都に帰るのはテレポートで簡単だ。最初に都に行ったとき、外壁が見えたときに馬車を止めてもらい、道を外れた木の陰に基準点を設置しておいたのだ。しかし、早く帰りすぎると移動手段を怪しまれる。トールと相談して1日だけアルプの町でゆっくり過ごすことにした。カタラン氏には工場近くの森にいた飛竜2頭を討伐したことと、飛竜の営巣地の近くに曲玉を置いてきたこと、それとソアの曲玉はじぶんたちで回収済みであることを伝えた。カタラン氏は数日森の様子を見てから工場を再開するとのことだ。
休みの一日は、トールとゴードはリーザさんに入れあげ、ノアとソアは買い物ざんまいだった。おまけにノアは町中の屋台を食べ歩き、僕はそれにつきあわされた。
アルプの町からは白き山の頂がみえる。僕はいつかドラゴンと戦う日が来るのだろうか…
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「魔法をどかんどかんって、こういうことだっらのね」
ノア:「まるっきりあたしが脳天気みたいじゃん」
いや、でも大活躍でしたよね。
ほら、細かいことは気にせず、次からはドラゴン編というか刺客編の始まりですから。
ノア:「あー、前に王都のギャング組織とトラブった話ね」
そう、あのときのガジンと主人公が闘うことになりますから。
ノア:「あたしも活躍するのかなー」
あー、最初はアリサさんのデビューってことで…
ノア:「あたしの出番は?」
まぁ、ほら、新人さんに最初は花を持たせないと…。
その後で見せ場がありますから。
ノア:「そうなの?」
です、です。アクションありますから、身体作っといてくださいね。
ノア:「じゃ、しっかり食べておかないとね」
え、あっ、僕のロケ弁…




