29 魔術師、曲玉の秘密を知る
トールがアルプの町のギルドに飛竜討伐を報告すると、たちまち町中に知れ渡り、僕らは大歓迎を受けることになった。町の酒場ではただ酒が振る舞われ、酔っ払いであふれている。トールにゴードもリーザさんに捕まり、酒場に引っ張られて行った。僕はといえば、リーザさんの腕が2本しかないことに助けられ、かろうじて脱出できた、だいたい酒を飲まない僕が酒場に連れて行かれても何もうれしくない。
大騒ぎから逃れて広場にやってきたところでノアとソアに捕まった。言い寄る男たちをノアの風魔法で吹き飛ばしながら、広場まで逃げてきたようだ。
「この騒ぎには参りました。ノアは大丈夫ですか」
「誰かに杖をとられちゃったよ」
「ミスターも逃げてきたのですね」
「僕は酒は苦手ですから」
一息ついていると、広場の反対側から手に手に酒瓶を持った集団が歌を歌いながら広場にやってくるのが見えた。大急ぎで逃げようとすると、工場の事務所のドアが開き、アリアナさんが手招きをしている。
「いくぞ、事務所だ」
そういって二人の手を取り、事務所に駆け込んだ。アリアナさんが素早くドアを閉めて鍵を掛けた。
「ようこそいらっしゃいました。飛竜の討伐、感謝に堪えません。夫ともどもお礼申しあげます」
そういって頭を下げたアリアナさんの隣で男がひとり一緒に頭を下げている。アリアナさんの夫である主任技師にちがいない。ふたりは頭をあげるとアリアナさんが僕らを紹介した。
「こちらが、馬車でご一緒させていただいた冒険者の方です。飛竜を討伐してくださいました。わたしの隣にいるのが工場の主任技師であり、わたしの夫であるカタランです」
「主任技師のカタランです。このたびの飛竜の討伐、まことにありがとうございました」
「僕はミスター、隣がソアにノア、パーティーの仲間です」
「牙をとる依頼を実行しただけです。感謝する必要はありません」
「あたしたちも、大もうけできたしねー」
「飛竜の出現を知ったときは、連れを呼び寄せたことを後悔しました。しかし町に被害が及ぶ前にあなた方が討伐してくださったのです。命の恩人と思っております」
「カタランさん、あなたに会えて良かった。飛竜について少しお聞きしたのですがよろしいでしょうか」
「お役にたつのであれば喜んでお答えいたします」
「飛竜は森の外へは出てくることはないと聞きますが、今までに飛竜が出現したことはあったのでしょうか」
「大昔はともかく、この町ができてから飛竜が森から出たことはありません」
「なぜ森から出てきたのか、その理由に心当たりはありませんか」
「ありませんが…もしかしたら工場内で採掘しているある物に関係しているのかもしれません」
「その採掘している物というのは、これでしょうか」
ソアが鞄から曲玉をとりだして見せた。
「それはいったいどこで」
「以前の依頼で軍から渡されたものです」
「そうですか、それが何かご存じなのですね。それでは秘密にする必要はないですな」
ソアさん、すげぇ!
カタランさんが勝手に納得してしまってるよ。
「この石は魔力のパルスを発します」
「回復魔法をかけた場合ですね」
「えぇ、しかし回復魔法をかけなくとも、非常に微弱ですが魔力の波を発しているのです。もしかしたら飛竜はそれに反応したのかもしれません」
「それが正しければ飛竜がまたやってくるかもしれませんね」
「ソアさんの言うとおりです。すでに今夜中に町にある在庫すべてを工場に戻すよう手配してあります。できればソアさんがお持ちのそれも町に置いておきたくないので、わたしに預からせていただきたいのですが…」
「かまいません。今お預けします」
ソアがカタラン氏に曲玉を渡すと、氏は小さな箱にそれを入れて懐にしまった。
「他の曲玉と一緒に工場に運びます。問題解決の暁には必ずお返しいたします」
カタラン氏の推測が当たっているのかどうか分からないが、町を危険にさらすことは避けなければならない。それに飛竜が反応するならば、ドラゴンも反応するかもしれない。あの司令官は曲玉のパルスの到達距離はかなりあると言っていた。微弱な波も同じくらい届くのだろうか。もしも山の上層や頂上部まで届くと、伝説の真竜まで引き寄せることになりかねない。明日の調査次第では、すぐに都に帰り公爵に報告した方が良いかも知れない。
翌日。僕たちは再び工場にやってきた。今度は事前にアルプの宿の部屋に基準点を設置してある。きのうは忘れていて馬で帰ることになったが、今回はテレポートで直帰できる。
「昨日の飛竜の死体がないな」
「森の魔物が持ち去ったのでしょうか」
「それなら良いが、そうでなければ」
「ドラゴン…」
ゴードが皆の不安を言葉にする。
「いずれにせよ調査だ。森に入るぞ」
盾を構えたゴードを先頭にして僕らは森に入っていった。僕が空から探索しようかと提案したが、上空に上がると、こちらが飛竜やドラゴンに発見される恐れがあるとして、索敵はノアの感知に任せている。初めのうちは木もまばらで見通しも良かったが、次第に木も、そして藪も密になり進むのが大変になってきた。ゴードは盾を背負い、代わりに小型の斧を持って藪を切り開いている。
「止まって、右から何かがくるよー」
ノアの警告に、ゴードが斧を捨て、盾を構えノアの前に出る。
「飛竜じゃない、数が多い!」
次の瞬間、藪の中から鎧狼が飛び出した。最初の1頭がゴードの盾に弾かれ、次の1頭がソアの弓に貫かれる。しかし狼たちは僕たちに目もくれず、脇を駆け抜けていく。何かから必死に逃げているようだ。
「大きいのが来る、飛竜かも、しかも2頭!」
「ここでブレスを吐かれたら周り中火の海になるぞ。ノア、片方だけでも眠らせられるか?」
「きつい!飛竜は耐性が大きいから」
「仕方がない、いったん逃げるぞ」
トールの判断は間に合わなかった。目の前の木々の上で2頭の飛竜がホバリングしている。
「まずい、ブレスが来るぞ。口を狙え!」
まずい、本当にまずい。このまま戦闘になれば無事ではすみそうもない。ブレスを吐かれる前になんとかしなければ。僕は即断して、2頭の中間地点にテレポートする。2頭が離れていない今が唯一のチャンスだ。飛竜の間に出現すると同時に、上を見て再度テレポート、2頭の飛竜も一緒だ。僕の名を叫ぶノアたちの声が聞こえた。
森の上空15キロに2頭の飛竜と僕が出現した。異世界の星にも対流圏や成層圏はあるはずだ。地球では高度10キロほどがその境目である。あまりに高すぎると、一瞬といえども飛竜だけでなく僕が持たない。15キロは直感だ。外れていないことを祈った。2頭の飛竜が氷結していくのが見える。すぐに再度のテレポート。もとの位置にもどった。一呼吸の間もなく戻ってきたが、皮膚がちりちりと痛み、頭痛がした。
「何をした、ミスター」
「飛竜は?」
トールたちが問い詰める。
「飛竜と一緒に空高くテレポートしました。高くなると気温は低くなるのです。飛竜は低温に弱いと聞きました。今頃は低温で動けなくなり、落下している最中でしょう。あの高度から落下して助かるとは思えません」
「落ちてくる最中で気温がもどって動けるようになったら、飛べるんじゃないのかな」
「飛竜の耐久力がどのくらいか知らないので確信は持てませんが、落下の途中で意識が戻ったとしてもまともに動けるとは思えません」
「何にしても、助かったぞ、ミスター」
「すごいですね、テレポートにこんな使い方があるとは思いませんでした」
「牙…」
ゴードのつぶやきを聞いて、皆が黙った。
「まぁ、しょうがない。無事に済んだことで良しとしようじゃないか」
危機が去って皆はほっとしていたが、僕はドラゴンが相手でも今のやり方が通用するかどうか、それを心配していた。
それから2時間、森の中を調査したが、ドラゴンはもちろん、飛竜と出会うこともなかった。それ以外の魔物とは出会ったが、トールたちが切り伏せていた。僕たちはいったん町に戻ることにした。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「ねぇ、聞いていいかなー」
なんでしょうか。
ノア:「今回のシーンの飛竜はなんで最初からCGなの?」
ええと、本物の飛竜を2匹借りる予算が…
ノア:「あたしの時もCGで良かったんじゃない」
ええと、あのときは地上のシーンだけど、今度のは空というか宇宙のシーンなんで…」
ノア:「ロケ弁4個でブレス浴びるのは割が合わなかった気がしてきた…」
次は飛竜の巣に向かうシーンで、そこで魔法をドカンと撃てますから…
ノア:「主人公が活躍するのは文句はないんだけど…ヒロインも…」




