02 魔術師、ギルドに行く
ようやく町の入り口についた。巨大な扉の左右には10メートルはあろうかという壁がつづいている。下から8メートルほどは石を積んであり、その上に2メートルほどの木製の構築物がある。
すごいな、まるで異世界のようだ…いや、異世界か、ここは。
こんな壁で町を囲う必要があるのか…
もしかして、この世界ってすごく危険なのか?
しょっちゅう戦争があるとか。
巨人が攻めてくるとか。
そんなことを思っていると、トールが御者に止まるように指示をだし、止まると同時にタルト氏が馬車から降りてきた。
「町に入る手続きをするのでトールさんたちはいつも通りここでお待ち願います。それとミスターさんでしたか、あなた様は私とご一緒にお願いします。」
タルト氏は門番の方に歩き出した。
「止まってギルドカードを見せてください、タルトさん」
どうやら門番はタルト氏と知り合いのようだ。タルト氏のカードを確認すると、僕の方を見た。
「こちらの方は?」
「わたしの商売上の知人で、ミスター様です。この町へきたのは初めてでギルドカードもお持ちではないのですが、わたしが保証人となりますので町に入るご許可をお願いいたします」
商売上の知人か、たしかにペットボトルを売り買いしたからな。
ここは話を合わせておくしかない。
「ミスターと申します。この町へは初めてですが、よろしくお願いします。」
そういって頭を下げた。
しまった、つい頭を下げたけれど、この世界ではどうするのが正解なんだ。
しかし、特に怪しまれる様子もなかったので、どうやらこの世界でも頭を下げるのは普通のようだ。
「タルトさんが保証人なら問題ないでしょう。ミスターといったか、町に入ったら早めにギルドカードをつくることだ。この町だけでなく、どこにいくにも必要だからな」
そう言って、大きな声で
「門を開けろ」
と叫んだ。
巨大さにも関わらず、ほとんど音もなく扉が内側に開き、タルト氏は中へと歩みをすすめた。僕もゆっくりと後につづく。馬車と護衛の面々も続いて町中に入った。振り返ると門番と同じ格好の男が4人がかりで扉を閉めている。入ってすぐのところに正面の幅が5メートル、高さも5メートルほどの石の壁があり、突き当たりになっていた。その壁の上には門番と同じ格好の男が数人、弓と槍を持って見張っている。壁の前で道は左右に分かれ、壁の後ろでまた合流している。扉を突破されたとき町中へ一気に突入されない工夫なのだろう。
見張りの壁の先は大通りで、しばらく進むと丸い広場にでた。ここから放射状に道が分かれている。この広場の一角に何台もの馬車が止められていて、タルト氏の馬車も他の馬車と並んで止まった。
「トールさん、今回も護衛をありがとうございました。ギルドには依頼完了を伝えておきますので、いつも通り報酬はそちらでお受け取りください。わたしは店のものを呼んで荷物をおろし、店まで運ばなければなりませんのでここで一旦失礼させていただきます。ミスター様はどうされますかな、いつでも良いのでわたしの店を尋ねてくだされ。店の場所はタルトの店と言えば誰に聞いても教えてもらえるはずです」
タルト氏は近くの建物に入っていった。御者は馬車の後ろに回って、荷物の見張りをしている。
さて、これからどうしようかと思案しているとノアが話しかけてきた。
「ミスターはこれからどうするの?あたしたちはとりあえず宿にいくんだけど」
「よければ俺たちと同じ宿にしないか。どの宿がいいかわからんだろう。その後でギルドに案内してやってもいいぞ。カードを作るために行く必要があるからな。格安ってほどの宿じゃぁないが、タルトさんから結構な額を稼いでいたから金の心配はないんじゃないかな。」
トールの提案に乗ることにした。宿の善し悪し以前に、宿がどこにあるかも分からないので、どのみち選択肢はない。
広場から歩いて5分ほどのところに宿はあった。立派なつくりの大きな宿だ。トールたちに続いて中に入ると、ロビーのようになっていて、テーブルがいくつも置かれている。受付といったらよいのか、奥にカンターがあるが人の姿はない。トールにうながされて受付近くのテーブルの席に全員が座った。
「ここが俺たちの定宿だ。部屋を取るのでミスターは一緒に来てくれ。宿の女将に紹介するから」
トールは僕の返事を待たずに受付の前に行き、奥の部屋に向かって声をあげたので、あわてて席を立って横に並んだ。
「おーい、女将はいるか。客だぞ!」
「その声はトールだね。あいかわらずうるさいやつだね。待っておくれ、いま行くから」
奥の方から返事があり、すぐに女将が出てきた。口調から中年女を想像したら、これが20代にしか見えないとびきりの美人である。
「いつもの二人部屋ふたつでいいのかい」
「今日は一人部屋をひとつ追加でたのむ。こいつはミスターといって、依頼の途中で知り合った。いちおう信用できるやつだ。今後はよろしく頼む」
「ミスターと申します。こちらの宿は初めてですが、よろしくお願いします」
「またずいぶんと丁寧な物言いだね。まさか貴族様ってわけじゃぁないよね」
「もちろん違います。ただの芸人です」
「ゲイニンってなんだい?ま、貴族じゃなきゃいいさね。トールの知り合いなら歓迎だ。二人部屋はいつもの並びの部屋が空いているよ。一人部屋はその向かいの部屋でいいかい」
「好都合だ。俺たちはとりあえず10日ほど泊まるがミスターはどうする、同じでいいか」
僕の返事も待たず、女将に自分たちの分の宿代を渡している。
「あ、僕も10日でお願いします。それで宿代はいかほどですか」
「1日銀貨2枚で、10日分だから金貨1枚だね」
道中でタルト氏から稼いだうちから金貨1枚を女将に渡す。
「じゃ、これが部屋の鍵だよ。なくしたら銀貨1枚もらうから注意しておくれよ」
鍵を受け取ってトールと一緒にテーブルにもどった。
「さて、夕飯にはまだ間があるが、どうする」
「ミスターはギルドで登録だよね。あたしが一緒にいくよ」
「ミスターは何の職で登録するのかしら」
「職って?」
「冒険者、商人、職人……」
ゴードがつぶやいた。そういえば、ゴードの声を聞いたのはこれが初めてだ。
「商人は家か店を持ってないと登録できんぞ。職人は登録済みの親方の紹介がないと登録させてもらえん」
「それって、冒険者しか選べないじゃないですか」
「わーい、ミスターも冒険者だ。あたしたちと一緒だね、じゃすぐに行こ」
「まって、ノア。ミスターの格好をなんとかしないと」
「武器と防具だな」
トールがソアに同調する。僕の今の格好はジーパンにTシャツだ。たしかに町中では異様に目立って落ち着けなかったし、ジーパンはともかくTシャツは冒険者にふさわしいとは思えない。
「ミスターはどんな武器が得意なのかしら」
この世界に刀はあるのかな…
高校時代に剣道を少し囓り、大学時代にはフェンシングを試した。
もっとも部の雰囲気に耐えられず1年でやめてしまったが…
とりあえず剣ということにしておこう。
「得意かどうかわかりませんが、剣ならば少し。本当に少しだけです。それにトールさんやゴードさんのような剣では重すぎて扱えきれないかと思います」
「そうするとレイピアあたりかしら」
「防具も出来るだけ軽くて動きやすいのがいいです。ソアさんが身につけているような」
「わたしのは弓士用の鎧よ。動きやすいけれど防御は最低だわ」
「かまいません」
「じゃ弓士用の鎧で男物。それにレイピアね」
「善し悪しは僕には見てもわかりませんので、ソアさんにお任せします」
「じゃ、わたしが適当に見繕ってくるわ。矢の補充が必要なので武器屋に行くつもりだったからそのついでに」
「僕も一緒にいったほうがいいですか」
「わたしだけで大丈夫よ。弓士用の鎧はだいたいのサイズがあっていれば、自分で調整ができるから適当に選んでも問題なし」
「じゃぁお願いします。金貨8枚くらいの予算でお願いしたいのですが」
武器や防具の相場が全く判らないので適当に言ってみた。
「わかったわ。とりあえずわたしが出しておくので戻ったら精算して」
そういうとソアは宿を出て行った。
特に何も言われなかったので、金貨8枚は常識から外れた値段ではなかったらしい。
「じゃ、あたしとミスターはギルドにいってくるね」
「たのむぞノア。俺とゴードはちょっと飲みに行ってくる」
トールとゴードが連れ添って宿を出て行き、ノアと僕が残された。
「じゃノアさん、ギルドまでお願いします」
「ノアさんって、ちょっと照れちゃうな。ノアでいいよ」
「じゃノア、よろしく」
ノアと一緒に宿を出る。ギルドの場所を知らないのでノアの後からついて歩く。黙って歩いているのも気まずくて、話しかけてみた。
「あー、聞いたら失礼かな」
「なにが?」
「ノアはいくつなのかなって」
「先月16になった。やっと大人の仲間入り」
ふむ、こちらでは16歳から成人なのか。15歳くらいと思ったのは正解だったな。
「ミスターは何歳?」
「僕?24だよ」
「うそ、18くらいかと思ってた」
元の世界でも日本人は若く見られるが、こちらでも同じようだ。
「ちなみにトールは?」
「トールもゴードも24だよ。ミスターと同じだね。ソアはあたしより5つ上の21だよ」
うそぉ!
どう見たって僕よりはおっさんだぞ…
30過ぎは間違いないと思っていたが、
まさか同い年とは…
「それは本当?どう見ても僕より上だが」
「ミスターが若く見えすぎだよ。でも8つ違いくらい問題ないか…」
「8つ違いがどうしたって?」
「なんでもないよー」
そうこうしているうちにギルドについたようだ。さっきの宿と同じくらい立派な建物が目の前にある。
「入るけど、新人は絡まれたりすることがあるから、あたしにぴったりついてきてね」
そういうといきなり腕を組んできた。
ノアさん、それはちょっと…