18 魔術師、ノアと金策する
パーティーが休み中でも自己責任で仕事を受けるのは良いと分かったので、ギルドにやってきた。町から離れないという条件はあるが、テレポートですぐ戻れるし、多少遠くの依頼でも大丈夫だろう。僕ひとりで受けるつもりだったのだが、準備して宿を出るときにノアに見つかり、一緒にいくと騒がれて連れて行く羽目になった。冒険者になるときノアが大騒ぎしたというトールの話は少しも大げさではなかったことが判明した。
もう昼が近い時間なので、条件のよい依頼は残っていないが、そのかわり依頼が張り出してある壁の前の混雑はない。そもそもギルドに冒険者がいない。依頼を終えて報酬を受け取りに人がやってくる夕方まではいつもこんな具合だという。
壁の前に立ち、張ってある依頼を見渡す。羊皮紙に書かれているものもちらほらとあるが、ほとんどは板に書かれている。羊皮紙は高価だからなのだろう。
神社の絵馬みたいだな…
どれでもいいや、適当に選んで受付で聞いてみよう…
手近の板をひとつ外して、受付のお姉さんに持って行った。
「依頼を引き受けるのでしょうか」
「この依頼の村って、この町の近くですか?」
「ザードの村ですね。徒歩で1時間くらいですよ。アーマー・ウルフ、鎧狼の討伐ですね」
「鎧狼ですか。どんな相手ですか?」
「魔法を使ってくるような魔物ではありませんが、頭から前脚の付け根までの皮膚が鎧のように頑丈な魔物です。小規模の群れの討伐とありますね」
「では、この依頼を受けたいと思います」
「トールさんのパーティーで受けるのでしょうか」
「いえ、パーティーではありません。受けるのは僕です」
僕の腰のレイピアをちらっと見て
「あなた一人では無理ではないかと…」
僕の「トクギ」のことは知らないからな。
安全を考えて止めるのは当然か…
「ノアが同行してくれます」
入り口の横に立っているノアを指し示す。
ノアさん、ちぎれんばかりに手を振らなくてもいいんですよ…
「それなら余裕ですね。くれぐれもノアさんの足手まといにならないように」
番号の書いてある小さな木の札を僕に渡すと、それを依頼主に渡すようにと言った。依頼主は冒険者が依頼を完了できたらこれにサインをして最寄りのギルドに提出する。ギルドならばどこでもいいそうだ。そこから冒険者の属するギルドに結果が報告される仕組みだ。ということはギルド間で何か通信手段があるということだ。魔法かもしれない。あとでノアに聞いてみよう。護衛のときは気がつかなかったが、トールさんもタルト氏にこんな木の札を渡していたのか。胸当ての内側に札を押し込み、ノアと一緒にギルドをでた。
「どんな依頼を受けたのかなー」
「鎧狼の群れの討伐だ、場所はザードの村」
「群れって?」
「小規模な群れってあったな」
「4,5匹か。それならあたし一人でも余裕かな」
「村の場所は知ってる?」
「知ってるよ。トール街道とは反対側の入り口から出て最初の分岐を左にいけばいい。その分岐の後は道なりにいけば村に着くよ」
「じゃ地図はいらないか」
「ところで、ギルド近くに人気のない路地とかある?」
「なに、なに、あたしを襲っちゃうとか?」
そんなわけあるか!
「テレポートの座標設定ですよ」
「それって昨日の転移魔法みたいなやつだよね」
もとの世界の基準点が使えないし、この世界の絶対座標系もわからないから、あらたに原点を決めてそこに基本基準点を置いて相対座標でテレポートするしかない。人気のない場所じゃないといきなり現れて見つかったら騒ぎになりそうだ。
「そう、そのための準備だ」
「じゃぁ、こっち」
といい、僕の手を引っ張るとギルドの裏手に回った。
「ここなら人は滅多にこないよ。ギルドに近いから不良も寄りつかないしね」
表通りから入ってすぐ直角に折れている路地で、これなら表通りからも覗かれない。うってつけだ。直角に曲がってすぐのところで立ち止まる。
「あ、やっぱり襲う気になった?ミスターならいいからねー」
「おなじ冗談は繰り返すと寒いですよ」
「え、今日は暖かいよ?」
皮肉が通じないか…異世界だな
さっさと設置しないと僕の方が襲われたり…
集中して足下を見る。現在位置を三次元座標の原点と認識する。イメージが固まったところで完了だ。
「終わったぞ。じゃぁ行こう。道案内を頼むぞ」
「え、ぱっといけるようになったんじゃないの?」
「ザードの村の場所をしらないから無理。一度行けばここからの相対座標がわかるから、テレポートできるようになる」
「案外便利じゃないのね」
「見えている場所なら準備なしですぐテレポートできるけどね」
路地から表通りに出ると、たまたま通りかかった冒険者と顔をあわせた。僕を見て、次に後ろからついてきたノアを見て、それから人気のない路地を見ると一瞬目を見開き、顔をしかめるとそそくさと立ち去った。
あれ、絶対なにか変な誤解をしているよね。
後ろを振り帰りノアを見る。
ノアさん、なんで下を向いて胸を両手でおさえてるんですか…
ノアに案内されるまま表通りをすすむと、町の反対側の壁が見えてきた。小さい扉のまえに門番が立っている。小さいといっても高さ3メートルはある扉だ。門番にカードを示し、依頼でザードの村へ行くと告げた。門番は無言で扉を引いて、行けとばかりに槍で外を指し示している。扉の外にでると、コレトの町の入り口にあったような建物が両脇にあって10名ほどの兵士が詰めていた。
僕らの後ろで扉が閉まると、兵士のひとりが近づいてきて、ノアをみると
「生きて戻れよ」
と声を掛けてきた。僕は無言でうなずくと兵士の前を通り過ぎ、先を急いだ。
30分ほどが過ぎ、分岐点までやってきた。ノアが途中で何回か魔物を感知していたようだが、いずれも道から離れていて何事もなく通過できた。今回は日帰りの予定なので寝袋など大きな荷物はない。地図を入れるために買ったショルダーバッグに一食分の干し肉とパンをいれてあるだけだ。ノアに至っては杖しか持っていない。食事はと聞くと、ザードの村で何かあるよと脳天気である。
村が見えてきた。壁も扉もない。道が途中で丸い広場になっていて、その周囲に簡素な家が建っている。一件だけ石造りの家が見えている。道はそのまま先へと抜けている。村の入り口あたりには2メートルばかりの木の櫓が立っていて、その脇で男が草刈りをしている。
「こんにちは、ここはザードの村でしょうか?」
「ここは俺らの村だが」
「はい、ですからザードでよろしいのでしょうか」
「俺らの村だって」
らちが空かない…
ノアが尋ねる。
「村長さんはどちらでしょうか?」
「村長ならあの石の家だ」
「ありがとうー」
そう言ってノアは石造りの家に向かう。僕もあとをついて行く。
「村長はいますかー」
扉は開いていて、返事も待たず中に入る。中は普通の民家のようには見えない。正面に大きな机があり、爺さんがひとり座っていた。爺さんは顔も上げずに返事をした。
「わしが村長だが、どなたかな」
「ここはザードの村でよろしいのでしょうか」
「わしの村じゃが」
さっきの男と一緒かい!
「トールの町に討伐依頼を出したのはこの村なのかなー」
「鎧狼の依頼なら、たしかにお願いしましたぞ」
「ここは村長の家?」
「わしの家はこの裏じゃ、ここはこの村のギルドじゃな。村長のわしが任されている」
「その依頼を僕たちが受けてやってきました」
「おお、それはありがたい。報酬が安いのか、いっこうに受けてもらえず困っていたところじゃ。一息ついてから仕事にかかりますかな」
「いや、すぐに済ませますよ」
「それは頼もしい。そちらのお嬢さんは魔術師さんかな。女の冒険者はめずらしいのう。
ではお願いしますぞ。向かいの家の裏が畑になっておってな、その畑のさらに向こうの丘の先がちょっとした森になっておる。いつもそこで薪を採取しておるのじゃが先月から鎧狼の一団が住み着きおってな、薪がとれなくて困っておるのじゃ」
「何匹くらいいるのでしょうか」
「確かな数は判らんが、はじめは少なかったんじゃ」
「はじめは…」
「仲間を呼んだのか、今では30匹くらいはいるようじゃ」
「あたしは小規模な群れって聞いたんですけどー」
「ああ、その通りじゃったぞ、依頼をだした時にはな。そろそろ依頼を出し直そうかと思っていたところじゃ」
「報酬も増えますか?」
「出し直したときはな、今は元のままじゃ」
「割が悪すぎる…」
「断るかの、わしはかまわんぞ。それなら木の札をくれ。未完了と報告するのでな」
こいつ、わざとやってるんじゃ…
「いいわ、全部討伐してあげる。派手にやってもいいかなー?周囲に少し被害がでるかも」
ちょっと怒った顔で爺に言い放った。
「おお、好きにやって良いぞ。ただ村の家に被害はださんでくれ」
「わかっててやってるよね、あの爺!見てなさいよ」
ノアが怒っている。
「わたしやミスターだからいいけど、普通の冒険者パーティーが4,5匹のつもりでやってきたら犠牲者が出ても不思議じゃないよ」
「派手にって、何をするんだ」
「見ていれば判る」
「村の家は壊すなよ」
「壊さないわよ!」
道を横切り、向かいの家の裏に抜けると畑が続いている。100メートルくらいさきで畑が途切れて低い丘が見える。
「丘の上までいくわよー」
丘の上につくと、その下に小さな森があった。200メートル四方くらいの四角い森だ。人工的な森のように見える。昔の村人が植林をしたのかもしれない。この森がなかったころは魔物がいなくても薪には困ったろう。
「打ち漏らした鎧狼はミスターがやってねー、連発は出来ないから」
そういうと両手を上に上げ、ノアが厳しい表情になった。
それはまずいんじゃないですか、ノアさん…
両手の先に直径が1メートルくらいの炎の塊が出現した。熱気がおそってくる。
「行けー!」
ノアが両手を森に向かって振り下ろした。森まで100メートルくらいだろうか。
「伏せて!ミスター」
ノアが叫んだ。反射的に地面に伏せる。ノアは後ろに飛んで、頂上から少し下がった森の反対側の斜面に伏せた。
次の瞬間、炎は森の中央に着弾して爆発した。閃光と衝撃波が襲ってきた。身体が浮く。その浮力を利用して丘の反対側の斜面、ノアの隣に転がった。轟音とともに爆風が頭上を抜けていく。土や小石がばらばらと身体に降り注いだ。
爆風が収まると、ノアが叫ぶ。
「打ち漏らしがいるから、仕留めて!」
急いで立ち上がり丘の上に行くと森が消滅し、かわりに大きなクレーターが出来ていた。
「右に3匹、まだ生きている!」
魔力感知か、伏せたまま僕に叫ぶ。ノアの呼吸が少し乱れている。
右前方をみると、2匹が横たわり、1匹はよろけながらも立っている。レイピアを抜き近づこうとすると、動いている1匹が向きを変え逃げ始めた。逃がすわけにはいかない。僕はレイピアをしまうと、右手を突き上げる。僕の手に光の槍が生じた。障壁で閉じ込めた荷電粒子だ。狙いをつけて投げると鎧狼の頭は吹き飛んだ。頭を失った狼は、ゆっくりと倒れて動かなくなった。
ノアが起き上がって僕の元にやってきた。
「ねぇねぇ、今のは何?光った槍みたいなもの」
「そのうち説明するよ」
「あれがボスだったのかな。普通の鎧狼よりは大型だね。他の2匹は死んだみたいよ。さっき感知から消えた。残りも爆発後には感知されなかったから、これで全滅だよ」
「何をするか事前に言ってね。衝撃波で飛ばされるところだった」
「ミスターなら余裕と思っていたよー」
上を向いてとぼけている。
「魔物がいなくなっても、これでは薪はとれないよな、植林しなおさないと」
「そうかもねー。でも依頼はちゃんと達成したよねー」
「戻りー、鎧狼は全滅させたよー」
「え、さっき出かけたばかりじゃぞい」
「嘘じゃないよー」
「先ほど大きな爆発音がしたが…」
「あたしの魔法だよー。生き残りはミスターがやったよー」
僕は木の札を村長にわたす。
「村の者をすぐ確認に向かわせるので、少しばかり待っておるのじゃ」
「打ち漏らしがあったら未完了って報告してもいいよ。あたしたちはすぐ帰るのでよろしくねー。魔力感知で確認したから大丈夫、全滅だよ。魔術師は嘘つかないからねー」
そういうとノアは僕の手を取ってそのまま村の入り口をでる。村の家々が見えなくなったところで立ち止まる。
「テレポートだよ、ミスター。村長が怒って追いかけてくるかもだよー」
いろいろ言いたいことはあったが、ノアの隣に寄ると、最初に設定した基準点を目標にテレポートした。
一瞬の後、ギルドの裏の路地にでる。
しまった、ノアにせかされて町の中に直接もどってしまった。
門を通らずに町に戻ってしまったが…
まぁ入り口は一カ所じゃないしな
確認だけで記録はとられていないようだし、ばれないか…
「宿に戻るか」
ノアに声をかけ、表通りに出る。道の向こう側で町の人が数人立話をしている。ふと悪寒を感じ、後ろを振り返ると、ノアが軽鎧の上を脱いで手に持ち、シャツの上のボタンを外している。
またか!
パワーアップしてますよ…ノアさん
町の人に見られる前に、路地にもどり奥へとノアを引っ張って行った。
その期待に満ちた表情はなんですか、ノアさん。
僕はまじめな顔をして言った。
「ちゃんと鎧をつけ直してくださいね」
翌日。ギルドに依頼の報酬を受け取りにいった。
かなり不安だったが、ちゃんと完了の報告がなされていた。村長は嘘の報告まではしなかったようだ。出された報酬に手を伸ばすと、受付のお姉さんが言った。
「完了報告の他に、ギルドあてに苦情がきています」
「なんでしょう」
「ギルドからきたふたり組の冒険者が村の大事な森を消し飛ばしたと」
「僕たちは魔物を討伐しただけですよ。偶然にもその直後に隕石でも落ちたのかな…」
「なんですか、インセキというのは?依頼条件は満たされているので苦情は受け付けない旨を返事しておきました」
「お世話になりました…」
そっと報酬を受け取った。
ギルドのドアの前で僕の背中に声がかけられた。
「ノアちゃんをしっかりとコントロールしてくださいね」
立ち止まって、そのまま振り返らずに頷くと、ギルドを出て宿にもどった。
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「あれー、包帯だらけでどうしたの?」
それは、ノアさんが昨日ここでファイアー!ってやったからでしょう…
ノア:「あれは本番にそなえて練習しただけよ」
ノア:「本番の撮影で取り直しになったら、他の出演者に悪いじゃない」
ここで、練習しないでくださいよ。
ノア:「次の回は主人公がソアと二人で依頼を受けるのよね」
そうですが…
ノア:「あたしのスケジュールが空いてないから仕方がないけど…」
大丈夫ですよ、ソアさんが張り切って台本読んでましたから。
ノア:「だから心配なのよ…」




