168 魔術師、新しい技
「なんのことかな」
一応とぼけてみる。
「いいかげん隠さなくても良いだろう。そこのメイドがヒトならざる物、すなわちダンジョンの怪物以外にありえない。貴様がそのメイドを連れてギルドに現れたときには、ダンジョンで新しく発見された通路は閉ざされていた。奥に秘密があるって事だ。誰にでもわかる。そうじゃないかな」
「ヒトならざる物が守っている秘密だとしたら…それは、ヒトが知るべき物ではない、ヒトが触れてはいけない物とは思って貰えないかな」
「それを知ろうとする、手に触れようとする、それがハンターというものだ」
「話し合いの余地は無いか…」
「そうらしいな」
ボーマンが剣を抜いた。
「ESPジャマー作動」
ベータが小さな声でつぶやいた。僕に知らせるためだろう。
「ボーマンをマスターに対する脅威と断定。排除します」
ベータが僕の前に出る。腕が普通の腕に戻っている。剣の形ではレーザーを発生できないのだろうか。
ボーマンの表情が厳しくなった。
「驚いたな、通用しない相手は初めてだ」
そう言うと、ボーマンの姿が消えた。いや、消えたように見えただけだ。次の瞬間ベータの目の前にボーマンがいた。既に剣を構え、水平に薙ぐ動きに入っている。ベータも驚くべき反応速度で左手でその剣をつかもうとした。しかし、ベータが剣をつかむ寸前で剣の軌道が変化し、ベータの左脇腹を襲った。
ボーマンの姿が再びぶれるように消え、もとの位置に現れた。
「どういう仕掛けだ。そのメイド服の性能か、それともお嬢ちゃんの能力なのか」
ボーマンにとって、相手を停滞嬢に出来なかったのも、停滞状態にした剣を止められたのも初めての経験だったようだ。
ベータの外装はベータの機体そのもので、機体を構成する巣材は僕の見えない障壁と同じで、運動量も運動エネルギーも無効化する。おまけに魔法や超能力の効果まで打ち消す優れものだ。普通の相手なら、この段階で勝負を諦めて逃げることを考えるのだが…
ベータも黙ってはいない。右手を前に出し、レーザーで攻撃した。レーザーはその光を見たときは既に命中している。避けるとしたら発射前に動くしかないのだが、ボーマンは動かなかった。
ボーマンの前にいつの間にか薄く微かに光るカーテンのような障壁が存在していた。その障壁で5本のレーザーは錯乱散光させられ、ボーマンに命中するもダメージを与えられていない。僕は見えない剣を構えた。さきほど偽装の鉄剣は砕けているので、剣の柄だけを持っているように見える。他人が見れば随分と間抜けな格好だ。
それを見たボーマンが僕に向かってダガーを投げた。視線はベータから一瞬もはずしていないのだが、狙い違わず僕の喉元にまっすぐ飛んで来た。不意を突かれたことと、異常な速度のため避けることが出来なかったが、ダガーは見えない障壁で止められ、僕の足下に落ちた。
「貴様も嬢ちゃんと同じか。まさか嬢ちゃんの同類じゃぁあるまいな」
「僕はれっきとした人間だぞ」
そう答えながら、テレポートを使った新しい技を試す。ボーマンの停滞フィールドについてベータと話をしていたときに思いついた技だ。相手の不意を突けるのと、上手く使えばテレポートであることを隠せるのがポイントだ。
テレポートで転移するとき、僕は無意識に運動量と運動エネルギーをコントロールしている。そうでなければ、転移先によっては、元の場所での自分の運動量と運動エネルギーがとんでもない結果を引き起こす。例えば赤道上から高緯度の場所に転移する場合だ。赤道上では自転速度で大地と一緒に僕は動いている。高緯度地方では大地の自転速度は小さくなっている。コントロールしなければ、その差の分だけ僕は自転方向に吹っ飛んでしまうことになる。これは自分以外の物体をテレポートさせる場合も同じだ。
このコントロールを意識して運動量と運動エネルギーを増減してやれば、例えばダガーを相手の後方にテレポートし、転移と同時に相手に向かって高速で飛んでいくなんてことが出来てしまう。テレポートさせなくても、手に持ったダガーのそれをコントロールすれば自分で投げる動作をしなくても高速で相手に向かって飛ばすことも可能だ。もっとも僕の頭脳では運動量の向きを瞬時に計算して決めるなんてことは無理なので、やることは一緒でも、どこぞのレベル6の様な真似は出来ない。テレポートと組み合わせるのは、予想外の場所からの攻撃で不意を突くためだ。
僕は腰に下げているナイフをボーマンの後方上空にテレポートで転移させた。出現と同時にボーマンに向かって音速を超える速度で飛んでいくはずだ、上空からの攻撃にしたのは、避けられたときでも地面に落ちるので、周囲の仲間や自分に当たる心配がないからだ。
新しい技は、その狙いを発揮したが、ナイフはボーマンの上空で障壁に止められていた。停滞フィールドを使った停止状態の空気分子の障壁はボーマンの周囲全体に張り巡らせてあったようだ。
上空からの攻撃に意表を突かれたボーマンは、ベータに向けていた注意の一部を僕に向けた。
「他に仲間がいる…訳ではなさそうだな。さっきの女は離れた所にいて、今の攻撃は無理だ。俺の知らない力がまだあるようだな」
エンダーなら、あるいはあの女の騎士団長だったら今の攻撃も避けたことだろう。ボーマンは障壁で止めた。ステイシスフィールドを別にすれば、ボーマンは彼らほどではないのかもしれない。
そう思ってしまったのは大きな間違いだった。
★★ 169話は7月16日に投稿
外伝を投稿中です(休載中再開未定)
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




