167 魔術師、ハンターの要求
ベータが両腕を元の形に戻すのをガーベラが見つめている。誤魔化しは通用しないだろう。
「ダンジョンの地下に太古の施設が埋まっている。そこで星の彼方からやって来た者が眠っている。ヒトではない。もちろん魔物でもない。ベータはその管理者の分身だ」
「ヒトでも魔物でもない?」
「そうだ、自分自身の意思を持っているゴーレムのようなものと言えば近いかな」
「帝国はそれを知っているのか」
「皇帝と側近は知っている。それ以外は知らないはずだ」
「皇帝が知ったのは…つまり、あなた様が立ち入り禁止にさせたのですね」
「地下の施設に眠っている者が眼を覚ませば、この世界、王国も帝国も滅んでしまう恐れがある。立ち入り禁止にしてこのまま眠らせておくしかない」
「ベータさんは活動していますが」
「事故というか、偶然にもシステム領域が上書きされ、僕に忠誠を尽くすようになっている」
「ゴーレムですか。それがベータさんの姿が全くぶれて見えない理由なのかもしれませんね」
ということは…ベータ以外はぶれて見えると言うことなのか…
ガーベラが呆れたような表情をしながら言う。
「システムリョウイキとか意味不明ですが、あなた様の奴隷になったということですね」
奴隷はちょっと言い過ぎじゃ無いか…
まだダンジョンの中にいるボーマンに聞こえているとは思えないが話題を変えよう
「ガーベラはなぜ騎士を倒したんだ」
「あなた様は、主であるエイダ様の伴侶です。お味方をするのは当然ではありませんか」
「ボーマンが相手でも味方をしてもらえるのかな」
「成り行き次第ですね。騎士たちと違って、却って足手まといになってしまうかもしれません。そもそも味方が必要ですか?」
「勝敗の予知はできないのか」
自分の能力がある程度予想されていることは承知しているはずだが、能力を明かして良いかどうか迷っているのだろう。返答はない。
ガーベラの闘いは数度しか見ていないが、未来予知のような能力であることは間違いない。しかし、未来は確定しているものではない。様々な可能性がある。確実な予知など出来るはずがない。これまでは、原理も仕組みも全く分からないけれど、確率空間を視覚化して見ることが出来るのかと思っていたが、先ほどの闘いを見てそれでは十分ではないと思った。
未来の事象が確率でしか判断できないのであれば、どんなに確実そうな未来を選んだとしても絶対ではない。一度でもはずせば命に関わる未来予測を確率に任せるなど、僕にはできない。誰にだって出来やしない。確率による予測以上のものがあるはずだ。
確率操作。どうやって可能なのか説明できないが、ガーベラは未来の確率を操作できるのかもしれない。そうでなければガーベラが自分の予測に命を掛けられるはずがない。有効範囲や時間に制限があると思うが、いや、あるべきだ、そうでなければ文字通り最強だ。誰もガーベラに勝てないだろう。
「確率操作は可能か、ベータ」
「可能とする理論は存在しません。しかし、不可能とする根拠もありません」
「ESPジャマーを有効にしてみてくれ」
「受諾」
ガーベラをじっと観察する。何の変化もない。ESPジャマーがガーベラの能力に有効であれば、なんらかの反応を示すと思ったのだが。未来予測をするかどうかを自分の意思で制御できるのかどうかは不明だが、いまは不意打ちを受ける可能性があるかもしれない場所にいる。制御できたとしてもいまは有効にしているはずだ。ベータのESPジャマーに無反応ということは、ESPジャマーが有効ではない可能性が高い。
「どうかしましたか」
僕がしばし沈黙したことを不審に思ったのか、ガーベラが聞いてきた。
「すまない、ガーベラの助力なしで、どうやってボーマンと闘うのか考えていた」
僕の言い訳に納得したようには見えなかった。
「そろそろボーマンが姿を現すころですね。姿を消すことにしましょう」
そう言ってガーベラを僕たちから離れていった。そう遠くないところで僕たちの闘いを見るつもりに違いない。
「今の女はガーベラと言ったか、以前に出会った女だな」
ガーベラと入れ替わりにボーマンが姿を表した。
「貴様の仲間と思っていたが、そのとおりだったようだな。俺の指弾を自然に避けた女だ、ただものではないと思っていたが、不思議な動きをする奴だな。騎士たちがあっけなく倒されるとは意外だ。剣の腕はそれほどのものとは思えんのだが、相手の動きや剣筋を読むことに長けているようだな」
闘いそのものは見ていないはずだ。倒れている騎士たちの傷口を見ただけでガーベラの戦い方を判断するとは、たいしたものだ。
「警備の騎士に僕とベータのことは話を通しておくと言ったはずだが」
「連絡の行き違いがあったようだ。すまんな。さっそくだが、約束通り貴様の力を教えて貰おうじゃないか。俺の力は先に冒険者相手に見せたぞ」
「見ただけではよく分からん。説明してくれ」
「そいつはお断りだ。自分で考えろ。貴様も見せるだけで良い。説明はいらん」
「ベータじゃなくて僕でいいのか」
「できれば両方見せてもらいたいものだな」
ベータが足した騎士たちの死体を見つめているボーマンに僕は答えた。
「あんたならベータの力は想像できるんじゃ無いか」
ボーマンに対してブラフをかけた。
「何か異常な得物と魔法らしきものが使われたことは判るが…それが何か見せてもらわんとな」
しかたがない、ここで使ったものだけは見せておこう。
「ベータ」
僕の呼びかけにベータが近くの木に向けて片腕を水平にあげる。次の瞬間、木の幹に5つの小さな穴が穿たれ、小さな炎が見える。木は自重を支えられず、穴が穿たれた場所から折れて倒れた。倒れる最中に、ベータが素速く移動し、いつのまにか剣の形に変形したもう片方の腕で、倒れてくる木を両断した。
ベータの変形した腕を見ると、ボーマンは言った。
「なるほど、文字通りの化け物だった訳だ。貴様が倒したというダンジョンの怪物というのがその女だった訳か。それで貴様の力は?」
木を両断したベータが、ふたたび腕の剣を僕に向かって振るう。力のこもった一撃が僕の身体の戦前で見えない障壁で音もなく止められる。
ボーマンはちょっと驚きを見せて、
「俺と同じ…いや、違うか…」
そうつぶやいた。
このくらいで満足してくれると良いのだが
「貴様の剣も見せてくれ」
そう言ってボーマンは、足下のこぶし大の石を拾うと、僕に投げつけてきた。僕は一歩横に避けると、見えない剣を抜いて石を両断。二つに切断された石がそのまま僕の脇を通り過ぎていき、地面に落ちた。
「見えない剣とは驚きだ。世間は広いな。しかし、斬れすぎるのも問題だな。投げられた物を切り飛ばしてそらすことが出来ないとはな」
初見殺しがなくなっただけではなく、一瞬で欠点を見抜かれたしまったようだ。
「さて、お互いに力を見せ合った訳だ。そこで相談だ。俺にもダンジョンの奥、そこのベータが隠れていた場所を見せて貰えないかな」
★★ 168話は7月12日00時に投稿
外伝を投稿中です(休載中再開未定)
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




