17 魔術師、ノアと話す
コレトの町から帰って一ヶ月ほどたった。
ノアのことが心配だったのでコレトからの帰りの旅は何の依頼も受けなかった。馬を一匹借りて荷物は全部その馬に運ばせ、徒歩ではあるが観光気分でトールの町へ戻ってきた。
帰り道では盗賊に出会うようなことはなかった。タルト氏の言うとおり、めったにない出来事のようだ。しかし、復活したノアは異状にハイテンションで、魔物を見つける度に道をはずれ、必要以上に強力な魔法を放って魔物を吹き飛ばしていた。トールたちは、道から外れすぎない限り何も言わず、黙って見ていた。ノアも何かを払拭しようとして暴れていたのかもしれない。町に着いてからは普通の様子に戻ったので、何かが吹っ切れたようだ。
この一ヶ月、トールは依頼を受けていない。宿に泊まりつづけている。宿代を稼がなくてもいいのか、心配になってソアに聞くと、充分な蓄えがあるのだという。冒険者はその日暮らしのイメージを持っていたのだが、実際はどの冒険者もかなりの蓄えを持っているらしい。考えて見ればあたりまえだ。危険のある生活だ、怪我をしたときに蓄えがなければ困るだろう。また生きて引退する冒険者は三人に一人くらいなのだそうだが、引退後の暮らしも蓄えが必要だろう。引退後も町にとどまり、まともな暮らしをしていると女性からは引く手あまたで、すぐに身を固める元冒険者が多いと言う。
さて、そういう僕だが、トールたちと違って蓄えはない。コレトの町への往復と買い物でタルト氏から稼いだ金貨は消え去っていた。最初の10日を延長して宿に泊まっていられるのはコンビニ袋が金貨5枚でタルト氏に売れたからだ。とはいえ、そろそろその5枚もなくなりそうだ。何か金儲けを考えないといけない。ノアの様子もかわりなく、そろそろ平常運転に戻っても良さそうなのだが、トールはまだだと言って動かない。
「宿代が払えなくなったら、わたしとノアが借りている部屋に居候すればよろしいのでは」
相変わらず、ソアの話は口調が冗談に聞こえない。
「僕ひとりでやれそうな依頼を受けたりするのはパーティーとしてありですか?」
「休み中に個人の責任で受けても問題ないでしょう。パーティーの仕事が急に決まったときはそれを優先していただけるならですが。ですから町から離れるような依頼は避けていただきます」
宿の一階のテーブルで話をしていると
「戻りー!」
ノアが買い物からもどってきた。何かの串の端っこが口から出ている。
「お帰りです、ノア。わたしも買い物にでますので、ミスターの相手をお願いします」
そう言ってソアが席をたった。その席にノアが代わりに座る。
「その口の端から覗いているのは何?」
「肉串だよー。広場に屋台がでてた」
そういうと口から串を引っ張り出す。肉串というから焼いた肉でも刺さっていたのだろうが、出したのは串だけで肉はもちろんノアの口の中だ。
「ちょっと魔法について聞きたいのだが?」
「いいよ、他の人に聞かれない方がいいから…あたしの部屋にいこう。今ならソアも外出中だし」
魔法の話のときはノアの口調が少しまじめになる。二人だけになっても大丈夫だろう。
大丈夫だよな…
「そうだな」
そう言って席をたちノアの部屋に向かう。
「待ってー!」
ノアも席を立って追い越していく。
「あたしを置いてっちゃダメだよー。部屋の鍵はあたしが持ってるんだからー」
僕を追い越したところで立ち止まり、振り返った。
「あー、もしかしてミスター、内緒で合い鍵なんか作ってたりして」
「そんなはずはないだろ!合い鍵なんて僕にはつくれないから」
「あたしなら、作れるー」
自分の部屋の合い鍵を作る必要がどこにある!
自宅じゃなくて宿屋の部屋だぞ…ノアさん。
「作ったらミスターにあげるから、夜にこっそりやってきてねー。ソアが留守の時ならバッチリだよ」
何がバッチリなんだ…
そう言い残すと走っていって、鍵をあけて部屋の中に消えた。僕はゆっくりと歩いて行き、一応ドアをノックした。
「いいよー」
ドアを開けると、ノアが上着を脱いでいる最中だった。
女性の服装、ましてやこの世界の服装にはうといのだが魔術師は普段は厚手の布の服を好むようだ。前に聞いたように、魔法的効果などはおとぎ話だそうだから、ただのファッションなのだろう。コレトへの護衛のときはソアと同じような軽鎧を着ていたはずだ。男の冒険者は服装に関心がないのか普段も依頼中も同じような格好をしている。
あ、ノアさん、脱ぐのは上着だけにしてくださいね…
上着を脱ぐとノアはベッドに腰掛けた。僕は窓の前から椅子を持ってきて、ノアの正面に座る。上着の下はソアと同じようなシャツなんだなと思って見ていると、
「気になるー?この一ヶ月食べまくったから少しは大きくなったかなー」
「ええと、魔法の話なんですが」
「何が聞きたいの」
「魔術師はこっそり町に出入りすることは出来るの?」
「こっそりって?」
「魔法を使ったりして、たとえばこんな風に」
僕は「トクギ」でノアの後ろにテレポートした。突然僕の姿が消えて驚いたノアがベッドから滑り落ちそうになったので、思わず後ろから抱き留めた。僕がいきなり後ろに現れたことに驚いたのか、身体をひねって僕の方を向くと、僕に両手で抱きついてきた。
「すまん、驚かせてしまった。大丈夫だから離れてくれ」
よく見るとノアの顔がにやついている。あわてて元の位置にテレポートで戻ると、支えを失ったのか、ノアはベッドの上にこてっと転がっていた。
「何!いまの!」
起き上がりながら叫んだ。
「テレポート。例の僕の力。似たような魔法はないの?」
「またまたおとぎ話だよ!転移魔法じゃん、三大不可能魔法だよ」
三大不可能魔法というのは、転移魔法、蘇生魔法、魔法の同時発動のことだと言う。収納魔法に至っては概念すらないようだ。
「そうか…じゃ空を飛んで壁を越えちゃうとかは?」
できる魔術師はいないとノアは言う。王都で毎年春になると魔術師の大会があって新しい魔法の研究成果が競われるのだが、最新の研究でも壁を越えるほどの飛行はできないそうだ。
「まさかミスターは飛んだりも出来るの?」
「ええと…高さに制限はないかな」
「速さや距離はどうなの?」
「たぶん…ドラゴンにも負けないと思う」
「反則じゃん!あたしにも教えてよ」
「魔法じゃないから無理!」
「だっこしてもらったら一緒に飛べる?」
「たぶん」
「やって、やって」
「あぶないからダメ」
枕が飛んできて僕の顔を直撃した…
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア;「ちわー、また来たよー」
ノア:「次はあたしと主人公、二人だけの話だったよねー」
ええ、もうノアさんの魔法がドカンと…
ノア;「二人でいい雰囲気になるのかなー」
もうノアさん、大活躍ですから…
ノア:「だからー、いい雰囲気に」
とにかく、大活躍ですから…
ノア:「だーかーらー!」
あ、ちょっと、それは、やめて!




