164 魔術師、ボーマンの闘いを見た
細い木の杖で自分の剣を止められた冒険者は、驚きで一瞬対応が遅れてしまった。その隙にボーマンは抱きついている魔術師を振り払い、剣を振り上げる。相手の男の顔が恐怖にゆがんだが、ボーマンの剣は振り下ろされなかった。槍を持った5，6人の冒険者がボーマンに迫っていたのだ。
剣での闘いでは、互いの剣筋が邪魔をして大勢が同時に斬りかかることは難しい。せいぜい前後左右の4人が限度だ。それでも4人同時の攻撃を裁くのは難しい。どれほどすぐれた剣の技量があっても、3人が同時に相手に出来る限度だと聞いた記憶がある。
相手の得物が剣ではなく槍の場合、対処はさらに難しい。大勢が密集していても、槍の突きは他の仲間の攻撃の邪魔にはならない。統制がとれていれば6人が同時に攻撃を仕掛けるのは容易だ。大昔の密集重装歩兵の攻撃がそれである。ボーマンに攻撃を仕掛けた6人も統制がとれていた。全員が槍と盾で武装し、互いに盾でカバーしながら槍を突き出して迫っている。さすがのボーマンも、数歩退いて距離を取った。魔法を使えば反撃できるのだが、それでは干渉魔法の餌食となる。
先ほどから使っている特別な力…ええい面倒だ、超能力と言おう
超能力は使っても、魔力は励起状態にはならないということか
ベータに解析結果を聞きたいが
目の前のボーマンの闘いから目がそらせない
数歩下がったボーマンに槍の一団が追撃を掛ける。そのとき、ボーマンの後ろからもうひとりの冒険者が迫り、狙い通りと言った顔で盾を前面にして槍を突きだした。
狙いがはまったかと思われた瞬間、槍の集団の前に微かに輝くカーテンのような物が出現した。それと同時にボーマンは身体を右にひねって背後からの槍の突きを躱すと、左手で持った木の杖を背後の冒険者の盾に突き立てた。右にひねって躱したために右手の剣での攻撃がしにくい体勢になってしまったのだ。
槍を躱すことでバランスを崩しかけたボーマンに、追撃をすべく槍を引きもどす冒険者。盾は安物といえど鉄製である。ボーマンの筋力がどれほどであっても、細い木の杖では貫けない。策がはまったと思ったに違いない。
しかし、木の杖は鉄の盾を貫き、そのまま冒険者の胸も貫いた。冒険者は驚愕の表情を見せ、そのまま地面に崩れ落ちた。
槍の一団は、目の前に光るカーテンの様なものが出現しても戸惑いは見せない。さすがは魔法が存在する世界の住人だ。そのまま盾を突き出し、勢いをつけて光る障壁に突進した。古のスパルタの兵士のようだ。
その淡く輝くカーテンが、屈強な男たちを跳ね返した。いや、カーテンが押し返したのではない。自分たちの力で後ろに倒されたのだ。障壁ががっしりした物であれば、止められるにしても、跳ね返されることは無かったに違いない。予想もしなかった強固な壁に跳ね返され、尻餅をつくように折り重なって倒れてしまった。それをボーマンが見逃すはずがない。木の杖を捨て、両手で剣を持つと、瞬時に折り重なった冒険者に襲いかかり、剣の一閃、そして返しの一閃。全員が、あるものは首をはねられ、またあるものは胸を切り裂かれ、悲鳴を上げる間もなく切り伏せられて絶命した。
まだリーダーらしき男を含む10数人の冒険者が残ってはいたが、勝負の帰趨は決まった。人数で勝っていても、恐怖に駆られた男たちに統制のとれた行動は望むべくもない。ボーマンが驚くべき速さで冒険者たちの間を駆け抜け、瞬く間に全員が倒された。いや、ひとり、離れた位置にいた魔術師が生き残っていた。硬直して動けないでいる、ボーマンがゆっくりと近づいて行くと、魔術師は尻餅をついた。目の前にボーマンが来ても、何も出来ない。必至に手と足で後ろずさりをしている。ボーマンが剣を腰だめに構えて、横に振るった。それが魔術師が見た最後の光景だった。
「見苦しい闘いを見せてしまった」
そう言って、ボーマンは僕の後ろで硬直しているギルマスを見た。
「立会人は無理そうだな。貴様の力を見せてもらうのは後にしよう。俺の力を見てしまったからといって、約束を違えたりするなよ」
ボーマンはギルマスを置いて、ひとりで町へ戻ってしまった。仕方なく、僕は歩くのもままならないギルマスを連れて、後から町へ戻った。冒険者の遺体を放置は出来ないが、それはギルマスの仕事で、僕の仕事ではない。まだショックから立ち直れないギルマスを、ギルドの受付に押しつけ、遺体の回収も任せてしまった。証言を求められるだろうが、ギルマスが今の状態では、どのみち取り調べにはならない。回復したら呼び出しがくるだろう。それまではボーマンの超能力について、ベータの解析結果と説明を聞いておくことにしよう。その内容次第で、なにか有効な対策を思いつくかも知れない。
★★ 165話は6月30日00時に投稿
外伝を投稿中です(休載中再開未定)
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王女と皇女の旅 ～魔術師は魔法が使えない 外伝～
