158 魔術師、要求を通す
皇帝との面談の用意が調ったとの連絡を待っている間にもダンジョンの掘り出し作業が進んでいる。おまけに僕が町を留守にしていることがハンターのボーマンに知られる恐れもある。一刻も早く皇帝との交渉を済ませて町に戻る必要があるのだが、面談の用意が調ったとの連絡が来たのは、宰相の訪問からさらに一日を経過してからだった。
すぐにでも面談できるよう準備を済ませていた僕たちは、すぐに迎えの騎士団に同行して皇帝の居城へと向かい、先の和平交渉と同じ場所で再び皇帝と会うこととなった。
「思いの外早く再会できたな。クレアとは楽しんでいるかな」
皇帝が笑いを浮かべながら僕に言った。儀礼も何もない。挨拶抜きでいきなり話しかけてきた。前の交渉で不要と言った賠償金として大量の金貨を積んだ荷車を僕に持たせたことを思い出しているのだろう。城のベランダから重い荷車を引きながら帰る様を見て楽しんだのだろうが、僕の方は重力のコントロールで荷車は紙切れよりも軽く、皇帝の視界から外れたところで、荷車ごとテレポートで帰ったので、苦役でもなんでもなかった。それを皇帝に言って悔しがらせるのも良いが、僕の力は隠しておいた方が良いし、皇帝の機嫌が良い方が今度の交渉もしやすいだろう。
「再会するような面倒ごとは御免被りたかったのですが、この世の危機とあってはやむを得ません」
「はてさて、宰相からも聞いたが、この世界の危機とはまた大げさではないか」
「この世の危機というのは控えめな表現といえましょう。この面談の結果いかんで、世界が終わる可能性すらありますから」
「星の彼方からやってきた化け物という話かな、ぜひその化け物とやらを見たい物だ。その化け物の住処を掘り出し、押し入れば見られるのか」
「帝国の、いや王国も含めて、最高の魔術師と部隊を動員しても押し入れるとは思えませんが、万一の場合には本当にこの世が終わってしまう可能性があります」
「それでは、その化け物を見ることは適わんのか」
「いえ、すでに皇帝陛下はその化け物を目にしておられます」
「さようか、化け物はどこにいる」
僕は、後ろに控えていたベータに僕の横に来るように命令をだした。
「こちらに控えているメイドが、その化け物のひとりです」
「なんと、そのメイドのお嬢さんが化け物だというのか。どことなくクレアに似ているではないか。世界を終わりにするどころか、護衛騎士ひとり倒せぬのではないかな。それとも魔法か剣か、クレア並みに使えるとでも言うのか」
「クレアどころか、僕でさえ、このベータの足下にもおよびません。ここに居並ぶ護衛騎士が総員で掛かっても、手も足も出ないでしょう」
「また大きく出たな。試して見るか」
皇帝の言葉に、総勢30を越える護衛騎士が一世に剣を抜き、槍を構えた。僕はベータに命令を下した。
「護衛騎士を全員無力化せよ。ただし、騎士に危害を加えることは許可しない。できるか」
「肯定です。ただちに無力化を実行いたします」
ベータの言葉に、護衛騎士が一斉に前に足を踏み出した。
次の瞬間、護衛騎士たちがまるで泥酔したかのように足下がおぼつかなくなり、その場に倒れてしまった。隊長クラスの数人が、かろうじて片膝で立って居る。
「出力20%上昇」
ベータの言葉とともに、片膝の騎士も床に伏してしまった。剣を手放していないのは、護衛騎士の意地なのだろうか。
「無力化を完了。負傷者ゼロ」
これも予想の内だったのか、皇帝はさほど驚いた様子も見せていない。
「いったい何をしたのだ」
「皇帝に説明できるか、ベータ」
「肯定です」
僕も是非聞いてみたい
ベータの力は僕の超能力と重なる部分がある
僕にも同じ事が出きれば色々と便利な気がする
「護衛騎士たちの三半規管に強力な重力波を送りました」
護衛騎士たちは目が回って倒れたという訳か
ひとりふたりなら僕にも出来そうだが…
これだけの人数を相手に一斉にというのは無理そうだ
「ハンハンキカン?ジュウリョクハ?」
「簡単に言えば、騎士たちは目をまわして立って居られなくなったのです」
「新人の竜騎兵が最初の飛行の後、立って居られなくなるようなものか」
「似たようなものです」
そうか、帝国には竜騎兵がいるのか
知らなかった
僕に隠していたな
「もう十分だ。解放してやれ、ベータ」
「肯定です」
5分ほどで、床に伏していた騎士たちは立ち上がって、武器を納め、始めの待機場所に戻った。
「たいした手品だが、騎士の目を回せるくらいで帝国が、ましてやこの世界が終わると思えんが」
「この城の庭に出て、遠くに見える山をひとつご指名頂ければ、その場で山を消し飛ばしてご覧に入れますが」
「そんなことが出来るのか」
「可能です。ご覧になりたいですか」
僕はこれまでになく真面目な表情で皇帝に答えた。その僕を見て皇帝は答えた。
「いや、信じることにしよう」
「このベータはダンジョンの施設の管理者にすぎません。いま皇帝の調査隊が掘り出しつつある施設内にはベータの仲間が、戦闘に特化したものも含めて100体以上存在します。万一にも調査隊が反撃を受ければ全滅は必死です」
「100体やそこらなら、如何に強力無比でも数で押し切ってしまえば良いではないか」
「1体でも破壊すれば、その機体が自爆する可能性があります」
「機体というのは、そこのベータのようなものたちのことか」
「そのとおりです。そして自爆すれば、この世界ごと消滅します。世界の終わりです」
「ベータとその仲間を作り出した星々の彼方の人間たちは、自分たちの居場所を知られることを最も恐れています。ベータたちよりも強い相手が現れた場合、自爆して全てを消し去るようになっています」
「ベータとやらはお主の命令に従っているように思えるが」
「そのとおりです。偶然にもベータと仲間は僕の管理下に入りました、しかし、僕の命令よりも強力な命令がひとつだけ組み込まれています。自分が破壊された場合の自爆です」
「そんな物騒なものであれば、ますます放置できんではないか」
「ベータと仲間は、攻撃されなければ何もしません。ベータ以外は動くことさえしません。だからこそのお願いなのです。ダンジョンの調査を中止し、他の冒険者も手が出せないように、皇帝の命で周辺を立ち入り禁止とすることを」
「ミスター殿の言うことを全て信ずる訳ではないが、慎重に対処すべき問題であると認識した。とりあえずお主の言う通りにして今後の対応を考えるとしよう」
「さすがは皇帝、賢明な判断かと思います」
「それにしても面倒事しかもちこまんのう、お主は。次は何か良い知らせを持って会いに来て欲しいものだ」
「良いニュースですか…」
「ああ、我が孫を連れて挨拶に来るというのはどうかな」
「それは…」
「クレアとお主の子なら、とんでもない力の子になるかもしれんな。そこのベータに負けぬほどのな」
さすがに、ベータ並は無理だろう
しかし、魔法と超能力の両方が使えるという可能性は…
皇帝は、宰相に調査の中止と立ち入り禁止区域の設定を指示した。そして、その場で調査隊への命令書を作り、僕に手渡した。
「これを見せれば、すぐに調査を中止するはずだ」
「感謝します」
「同行しているハンターが命令に従うかどうか、保証はできんぞ。お主がなんとかするんだな」
皇帝の威光でハンターもなんとかして貰えると良かったのだが…
「それでは一刻も早く皇帝陛下の命令書を届けたく、これにて失礼させて頂きます」
「あわただしいな。ゆっくりできんのか。クレアの話でも聞かせてもらいたいのだが」
そのクレアさんが残念王女と一緒に姿をくらませているんですよ
それに、ぐずぐずしてるとまたどんないやがらせのお土産を持たされるか分かりません
さっさと退散させて貰います
「いえ、事態は一刻を争います故、ただちに町に戻りたいと思います」
僕たちは、皇帝がよからぬことを思いつく前に、皇帝の居城を後にし、帝都の屋敷にもどった。皇帝の使者がやってくる前に、さっさとテレポートで帰ることにしよう。出国の記録が残らないが、なんとかなるだろう。
★★ 159話は6月20日00時に投稿
外伝を投稿中です(休載中再開未定)
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




