157 魔術師、宰相と再会する
時間通り、2時間ほどしてやって来た使者に親書を託した。親書には帝国の存亡に関わる事態である旨が記してある。すぐに会談の用意がされるだろう。
ひさしぶりにゆっくりと寝ることが出来、翌朝、5人で簡単な食事をしている最中に、ノアが痺れを切らした。
「ねえ、ミスター。すぐに皇帝に会えるんじゃなかったのー」
いつ呼び出しがかかっても良いように、屋敷から外出することもなく待っていたのだ。
「ああ、帝国の危機だって書いたからな、すぐに会談がセットされると思ったのだが…」
「親書は皇帝に届いているのでしょうか」
「事前に側近が内容を確認するという可能性もあるが」
そのとき、屋敷の前から訪問を告げる声が聞こえてきた。なにしろ使用人がいない屋敷だ。訪問を取り次ぐ衛兵もいない。門の前で大声で呼びかけるしか方法がない。
「わたくしが参ります」
アリサが席をたって、食堂から出て行った。
「みんな食事は済んでいるね。僕らはホールで待つことにしよう」
「誰が来たのかな、皇帝が直接なんてことはないよね」
「それはないだろうね。すぐにわかるさ。ベータ、すまないが応接室の方で茶の用意をしておいてくれ。ただの使者ならいいが、相手によってはホールで済ます訳にはいかないだろう」
ベータが隣接した応接室に行き、ホールに僕とノア、ソアの3人が残された。
すぐにベータが客を案内してきた。アリサの先導で、身なりの良い男と護衛騎士5人がホールに入ってくる。僕から5mほど離れた位置で立ち止まる。アリサはそのまま僕の前までやって来た。
「帝国宰相ヴィエト公爵様がお見えになりました」
そう言って、僕の後ろに控える。すれ違いざまに、他の者には聞こえない小さな声で囁いた。
「屋敷を、完全武装の近衛騎士が囲んでいます」
「講和交渉以来ですかな、キョウワコクダイトウリョウ国王、ミスター殿」
名前は覚えていなかったが、前回皇帝と会ったときに、皇帝の側にいた男だ。
共和国という概念も大統領というものも知らないのでは、僕になんと呼びかけたらよいのか苦慮したのだろう。親書の表に記した差出人「共和国大統領」を国名と思ったのかな。そして僕をその国の国王と理解したのだろう。共和国とだけ称して国名を決めていないのだから文句は言えない。海の向こうの未知の大陸は別として、この世界では帝国と王国、そして僕の国しか存在してないのだ。単に帝国、王国と呼ばれ、王朝名で呼ばれることは滅多にない。この国もベルク帝国と王朝名で呼ぶことは、帝国の歴史を語るときだけだ。そして僕の共和国はそもそも一般に知られてさえいない。
「あのときはお世話になりました、宰相閣下。共和国大統領ミスターです」
宰相のいぶかしげな表情に、僕は説明を加えた。
「我が国は『共和国』であり、王も皇帝もなく、君主はいません。『大統領』は共和国を代表する役職で、現在僕がその地位に就かせて貰っているのです」
「なるほど、これはとんだ失礼をいたしました。伏してお詫び申しあげます」
「どうぞお気にされませぬように願います」
「それにしても、君主なしで国が成り立つとは、想像もつきませんな」
「いずれ…遠い未来には、この世界でもそれが普通になると思いますよ」
「さて、挨拶はほどほどにして、今回訪問をいたした用件についてお話をさせていただきたいのですが」
「立ち話という訳にもいきませんね。応接の間にてお話をうかがわせていただきます。なにぶん屋敷に使用人がいませんので、十分なお持てなしができず申し訳ないのですが、茶を用意させてあります」
僕の目配せで、アリサが宰相たちを隣室に案内した。
応接の間には、大きなテーブルが中央に置かれている。僕と宰相は両端に向かい合って着席する。僕の左右の横の座席にノアとソアが座った。アリサは例によって僕の後ろに立って控えている。一方宰相の護衛騎士たちは、宰相の後ろの壁に沿って立ったままである。
「お茶をお持ちしました」
ベータがワゴンにカップとポットを乗せて部屋に入ってきた。宰相と僕、そしてノアとソアの前にカップを置き、お茶をそそいで行く。お茶の用意が終わると、ワゴンを部屋の隅に移動させ、ベータはアリサの隣に移動した。
お茶を一口、口にしたところで、宰相が切り出した。
「皇帝の命にて、すべての親書は皇帝が目を通す前に、宰相が吟味するのが習わしでございます。今回の親書、その内容は極めて異例なものであり、そのまま皇帝にお届けするわけに参りません。ご説明を願いたく、参上いたしました」
外交儀礼などよく分からない。前回の交渉時も儀礼には全く即していなかったことと思う。宰相はそのときに同席していた。今回も儀礼なしで許して貰おう。
「親書に書いた通りです。ダンジョンの調査を中止し、さらに周辺一帯を立ち入り禁止にして欲しいのです」
「それは読めば分かる」
宰相もくだけた言葉遣いに変わった。
「問題はその理由だ」
「できれば皇帝にだけ話をしたいのだが」
「宰相として私は皇帝の全面的信頼を受けているつもりである。私に話すことは皇帝に話すことと思って頂きたい。そのために私ひとりでやって来たのだ。また後ろの護衛騎士の忠誠心は絶対で、秘密がもれることはない」
僕は少し考えて、宰相を信頼することにした。
ダンジョンには星々の彼方にある別の世界の文明の産物が埋まっていること。その管理者はその世界の人による作り物の生命体であること。目の前にいるベータがその一員であること。そしてベータ1人で、この世界をまるごと消し去る力があることを説明した。
「そのような脅威を、ただだまって放置しろと言うのか」
「ベータとその仲間たちは、現在、完全に僕に忠誠を誓い、僕の命令に従っています。危険はありません」
「どうやって、そのようなことが出来たのだ」
「いろいろと…」
「秘密という訳か。それを帝国は黙って信じろと」
「ベータとその仲間は、僕または自身の安全が危険にさらされない限り、力を振るうことはしません。放っておけば、このベータ以外は動くことさえしません」
「そのベータひとりでも十分脅威ではないのかな」
「ベータは僕と一緒で、僕がその行動をコントロールしています」
話を聞き終わっても、宰相は信じられないという態度を隠さなかった。ただ、以前の共和国との争いで、僕が未知の強力な力を発揮したことは知っていたので、僕の言葉を完全には否定できないようだった。
「お話は承った。私の一存では決められないことのようだ。できるだけ速やかに皇帝との面談の場を用意しよう。しばらくお待ち願いたい。用意でき次第、迎えをよこすことにする」
★★ 158話は6月18日00時に投稿
外伝を投稿中です(休載中再開未定)
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




