156 魔術師、帝都に入る
遠くから僕を呼ぶ声で、再び意識が呼び戻された。
目の前にノアの顔がある。おそるおそる視線を下げると…安心した。いつもの大きさだ。そして、ちゃんと服を身につけている。自分自身も服を着ていることを確認した。
ベータは…
ベータは少し離れた所に立って居た。メイド姿である。トールたち他のメンバーも心配そうに僕を見ていた。
悪夢だったのか…
これは夢じゃないよな…
確かめようと、思わずノアの胸元に手を伸ばす。まちがいない、本物だ。掌に納まってしまうサイズだ。
「このー!」
ノアの声に、はっと我に返る。まずい。目の前にノアのグーパンチが迫った。
「やめなさい、ノア!」
ソアのおかげで三度目のパンチは食らわずに済んだ。
「いったいどうしたんだ、ミスター。寝ていたらいきなり起きだして…」
「悪夢…を見たんだと思います…みんながやられてしまい、僕は何も出来なくて…」
「何か意味のある夢だったのでしょうか」
ソアの言葉に、悪夢の意味を考える。
ベータが僕に敵対する。ベータが暴走する。何を象徴してたのだろう。ベータが敵対するとは欠片も思っていない。では暴走を恐れているのだろうか。その不安が全くないとはいえない。正体が知られて、帝国やハンターがベータの討伐にかかれば…
「夢の中の敵はどんな奴だったんだ。ハンターか」
「わかりません。始めは真竜でした。それが姿を変えて…どんな相手かわかりませんでした」
夢の中でみんなを殺したのがベータだとは話せなかった
「まあ、これから帝都に行って皇帝にベータの正体を明かそうってんだ。どんなことになるか不安になるのも無理はねぇ。ひとりだけで心配しねえで、いつでも俺たちに相談してくれ。どんなことでも力を貸すぞ」
「そうよ、皇帝だってハンターだって、あたしが吹き飛ばしてやるから」
「そうだな、みんなを頼ることにするよ」
僕は夜中に騒いで迷惑を掛けた事を謝り、みんなに休むように促した。トールとゴードはベッドに潜り込み、ノアたち女性は隣の部屋に引き上げていく。最後になったアリサが引き上げ際に僕の耳元で囁いた。
「悪夢はお話になっただけだったのでしょうか」
アリサは答を待たずに、隣の部屋に戻っていった。
翌朝、宿で朝食を済ますと部屋に戻り、帝都の城壁の近くの基準点にテレポートした。
「どうして屋敷にテレポートしないのよ、面倒じゃない」
「帝都に入った記録がないと怪しまれるだろう。いちおうテレポートは秘密なんだし」
「皇帝とその取り巻きは知ってんじゃん。いまさらじゃない」
「皇帝は秘密にしておいてくれてると思うし、知らない者に怪しまれて良いことは何もないからね」
僕たちは街道にでると、帝都の城門に向かって歩き出した。
早朝であったが、城門はすでに開かれていて、商人の馬車が一台止められていた。最初に来た時も思ったのだが、王都の城壁の門と比べると大部簡単な門だ。トールに寄れば、帝国と王国の過去の争いの結果なのだという。過去の争いでは帝国が攻め、王国が守るという闘いが多かったという。特に、王国は一度王都まで攻め寄せられたことがあり、今の王都のような強固な城塞になったのだそうだ。
馬車の後ろに並んでいると、番兵のひとりが僕に気がついて近寄って来た。
「ミスター殿ではないでしょうか」
最敬礼をして声を掛けて来た。どうやら僕を知っているらしい。
「その通りです。今回は皇帝に共和国大統領の親書を持参して参りました。正式な外交手続きは帝都の屋敷に着いてから取らせて頂きます。まずは帝都に入れて貰えないでしょうか」
番兵は大慌てで城壁の中に姿を消すと、数人の騎士を伴って戻ってきた。外交使節団としての本来の手順があるのだろうが、なにしろ僕の他はノア、それにメイド姿のアリサとベータという、奇妙な集団である。ただの旅人として帝都に入る予定だったのだが、たまたま僕を見知っていた者が番兵をしていたのでは仕方がない。
「治安部隊隊長のバルドシュタインと申します。番兵によれば共和国のミスター殿であるとか。お供の方々はどちらにおられるのでしょう」
「共和国の市民は僅かゆえ、これで全部です。異例とは思いますが、皇帝もご承知のはず。帝都内の我が国の屋敷に案内頂ければ、皇帝陛下への親書をお渡しいたしますので、よろしくお願いいたします」
「承知した。すぐにご案内いたします」
点検を受けている馬車を尻目に、僕たちは先に帝都に入れて貰った。番兵からの連絡を受けて20騎ほどの騎乗騎士が2列になって僕たちを待っていた。まさか僕たちが徒歩で来たとは思わなかったのだろう、治安部隊隊長が近くに兵士に何かささやくと、すぐに兵士が騎士の乗馬用と思われる馬を3頭引いて戻ってきた。
「屋敷までこのものたちが警護して案内いたします。王族用の馬がすぐに用意できず騎士用の乗馬で申し訳ありませんが、こちらに乗馬の上、同行をお願いいたします」
屋敷まで歩いてもそうかからなかったはずだが、平民に対する権威を示す必要があるらしい。メイド姿のアリサとベータの分は用意されない。ここで文句を言っても面倒なだけなので、申し訳ないがアリサとベータには従者の役目をして貰おう。後ろを振り向いて2人に視線を向けると、ふたりは軽く頷いた。
10騎ずつの騎乗騎士にはさまれ、治安部隊の先導で僕たちは共和国の屋敷に到着した。普通ならば屋敷の者が総出で出迎えるところだが、屋敷には誰もいないので、アリサが門を開けた。僕は治安部隊隊長に礼を言い、2時間ほどしたら親書を渡すので人を寄越すように伝えた。
親書の渡し方など知らないので、当初はギルド経由で渡して貰うつもりであったが、こうなってはこのほうが早くて確実だろう。隊長は了解した旨を返答すると、騎士たちに屋敷の外の警備につくよう命令すると去って行った。警備は建前で、僕たちの監視役であることは言うまでもない。
★★ 157話は6月16日00時に投稿
外伝を投稿中です(休載中再開未定)
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




