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16 魔術師、決意する


そのときノアは…

飯屋に入っても誰もが無言である。僕らが店に入ると、客たちがそそくさと店を出て行き、僕らだけが残された。広場の騒ぎが伝わっていたのだろう。店の親父は渋い顔を見せていたが、何も言わなかった。


いつも無言のゴードが注文した。

「お薦めで…」

料理が出されても無言で食べる。空腹だったはずなのに、3人とも食欲を失ったようだ。


静寂をトールが破った。

「ミスター、さっきのはなんだ?」

「なんだと言うと?」

「あのガキに何かしたのか。

オレの剣は間に合わなかった。

ノアの反応はオレより遅かった。

ノアの魔法が間に合うはずがない。

しかし間に合った。

俺の目にはガキの短剣がお前の身体の直前で止まったように見えたぞ。

ノアはお前が死んでしまうと思ってガキを殺した。

ノアがガキを殺す必要はなかったのか?

それなのにノアにガキを殺させたのか?」

トールの声に怒りを感じる。


さすがはトールだ。僕のすぐ横にいたので気づいてしまったのか。

うまくごまかさないといけないな…

トールが何に怒っているのか、それが問題だ。


「あれは僕の魔法です。僕のいざというときの切り札です。相手の動きを一瞬だけ、ほんの一瞬だけ止めることができます。その一瞬でノアの魔法が間に合ってくれたのです。ノアに助けられました。ノアの魔法がなければ、僕は死んでいたかもしれません。とっさに発動させたのですが、あのタイミングでは一瞬の間は稼げても僕では短剣を避けることは出来ませんでした」

「そうか…。ノアがガキを殺さなければお前が死んでいたんだな。

お前を助けるためには、ノアの殺しは必要だった。

そうなんだな」

「その通りです。助かったのはノアのおかげです」


「今度の事は俺のミスだ。それも二度もミスをおかした」

「トールさんはミスなんてしてませんよ」

「いや、したんだ。一度目は魔術師の女だ。盗賊を全滅させたあと、野郎たちにかまわず真っ先に女の所に行ってこの俺がとどめを刺すべきだった。俺が野郎たちにかまっていたからノアに殺させることになっちまった…」


「二度目はさっきのガキだ。最初に剣をはね飛ばしたとき、返す剣でガキを殺しておくべきだった。それを町の中だと意識したばっかりに殺さなかった。短剣には気づいていたが、ノアだけを狙うと思い込んでいた。ノアを狙うならば、短剣だってはね飛ばせる。あいつがお前に向かって行くとは思わなかった。それが俺の油断だ。そのせいでお前が魔法で一瞬の間を作ったのにノアより先に殺せなかった。ノアにガキを殺させたのは俺だ」


「ノアは俺たちのパーティーでは一番多く盗賊を殺している。これまでパーティーで殺した盗賊の半分はノアがやっている。ノアの魔法は抜群の威力だからな。だから盗賊を殺すくらいノアにはなんでもないと思っていた。これも俺の思い込みだ。リーダー失格だ…

俺はノアに頼りすぎていたんだ。

何かがノアの中でたまっていたんだ。

あいつがやたらはしゃぐのも、そのせいかも知れんな。

同じくらいの歳の女とガキを立て続けに殺した事でそのたまっていた物が表に出てきたんだ。どちらも自分の目の前で殺したからな。いつものように遠距離から吹き飛ばしたり消し炭にしたりするだけとは違う。

やはりノアには冒険者を止めさせたほうがいいんだ。

ミスター、なんとか頼む。ノアでは不満か」


どう答えたらいいんだ…


再び静寂がもどった。



食事をすませて隣の宿に移動した。入り口の扉を入ると奥のカウンターから声がかかった。

「いらっしゃい。トールさんたちだね。先に来た人から聞いてるよ。二人部屋は2階だからね。階段を上がって左の奥の部屋だ。廊下をはさんで向かい合わせの部屋だよ。一人部屋は上がって右の奥だよ。廊下の奥の二部屋のうち片方は倉庫で鍵がかかっているからその反対側の部屋を使っておくれ。鍵はここだ」


トールが鍵を受け取ると、片方を僕に渡した。階段をあがったところでトールが言った。

「ミスターも一緒に来てくれ」

そう言うと階段の左の廊下を奥まで進んだ。向かい合った二部屋のうち、どちらかにソアとノアがいるはずだ。左の部屋のドアをトールがノックした。

「どうぞ」とソアの声が答えた。

「ゴード、右が俺たちの部屋だ、荷物をおろそう。今日は疲れた」

そう言って二人で部屋の中に入ろうとする。

僕は?と思っていたら部屋に入りざまにトールが振り向き、

「おまえはノアの様子を見ていってくれ」

そう言うと自分の部屋に入っていった。


「入ります」

向かいの部屋のドアを開けた。


左右の壁ぎわにベッドがひとつずつ。その片方にシーツが覆い被さった丸い山が出来ている。中身はノアだ。そのベッドの横の椅子にソアが座っている。こんな時でも背筋を伸ばし凜としている。

「ノアさんの様子はどうですか」

「部屋に入ってからはずっとシーツをかぶって丸まっています。呼んでも返事をしてくれません」

「そうですか…」

ベッドの横まで進んでノアに小声で話しかけてみる。

「おかげで命拾いをしました。とっさのことで僕の力を使う間もありませんでした。ノアの魔法がなければ僕は死んでいたところです」

反応はない。

「ノアとは長いつきあいですよね。どうしたら良いのでしょう?」

「ミスターを見てひとつ思いつきました」

「どのような?」

ソアは座ったままで胸宛てをはずしだした。魔物や盗賊との接近戦がある世界だ。日本の弓道の女性の胸当てと違い、胸全体を覆う軽鎧だ。はずしおわると床に置いて立ち上がり、僕の方に向くと目の前までやってきた。


近い!


ノアに聞かそうというのか、少し大きめの声で言った。

「わたしを抱きしめてください。なんでしたらこれも脱ぎましょうか」

そういって自分のシャツに手を掛けた。

「ちょ!何を考えているんですか!」

そう叫んだときに、ベッドの上の丸い山がぴくっと動いた。

「そんなことをしている状況じゃないでしょう!今はそんな気になれません」

「今は…ですか。今でなければ良いのですね。期待していますよ。わたしは食事をしてきますので、ノアをお願いします」

脱いだ鎧を拾ってつけ直すと、ソアは部屋を出て行った。

丸い山がもういちどわずかに動いた。聞こえていたようだ。

ノアのかすかな声が丸い山のなかから聞こえてきた、

「大きい方がいいの?」


え?

何の話ですか、ノアさん…


「あたしだってすぐ大きくなるよ」


そういえば魔術師の女は例外なく大きいって前に言っていたような…


「もうじきソアにだって追いつく…そうしたら…」

少しの沈黙の後、僕は言った。

「…楽しみです」

もういちど山がぴくっと動くと、返事をしなくなった。


ソアに代わって椅子に座り、丸い山を見守る。山に手を伸ばしかけたところで僕の思考がかけめぐった。


ソアもノアもあと300年生きる。

ふたりは僕の寿命が100年足らずだとは知らない。

老化だって早い。

僕が爺になっても二人は若い姿のままだ。

300年の人生にはとても責任を持てない…

僕はこの世界の人間じゃぁないんだ。


伸ばした手を戻し、ベッドの山を見つめ続けた。



窓の外がすっかり暗くなったころ、ソアが戻ってきた。

「お疲れ様でした。ノアの様子はどうでしたか」

「変わりありません」

「そうですか…」

ソアは自分のベッドに近づくと、わざとらしく音を立てて腰掛けた。

「横になりたくはありませんか。座り続けてお疲れでしょう」

「…」

「わたしも横にならせていただきます。ご一緒にいかがですか」

「それでは僕は自分の部屋に…」

「気になさらずここでノアの様子を見ていてください。わたしもここで着替えますから」

そういってまた鎧を脱ぐと、これもまたわざとらしくゴトンと床に落とした。

「ダメー!そんなのダメー!許さないんだからー!」

シーツをはねのけ、ベッドの上でちょこんと座ってノアがこちらをにらんでいる。

「あたしが凹んでるっていうのに、その横で何をする気なのかなー」


あ、復活した…

ソアさん、さすがノアの性格を良くご存じで…


ベッドの上でノアはパンやら干し肉やらを囓っている。

「隣の食堂は夜もやっていますよ」

「いい、ソアと二人だけにしたら何をするかわからない」


いや、何もしませんよノアさん…


「水!」

「はい、はい」

ソアがノアの鞄から器をだし、魔法で水を満たす。

それを受け取ると一気に飲み干し、空の器を僕の方に突き出す。

「もういっぱい!」

ソアが僕の方を見てうなずく。僕は器を受け取ると「トクギ」を使って水を満たす。魔法がどんな仕組みで水を生成しているのか不明だが、僕の場合は単に空気中の水蒸気を凝縮して集めているだけだ。

「あなたの魔法は少し変わっていますね」

「自己流ですから…」

水で満たされた器をノアに渡す。

「ミスターの水の方が、ずーっとずーっと美味しい!」


そんな訳があるか!


僕の作り出す水は蒸留水に近い。

蒸留水が普通の水よりまずいのは常識だ。

水はある程度ミネラルを含んでいる方が美味しく感じるものだ。


「気のせいですよ、ノア。同じ水です」

「気のせいじゃないもーん!」


ドアがノックされた。

「入っていいか?」

トールの声だ。

「どうぞ」

とソアが答えた。


ドアが開いてトールとゴードが入ってきた。ノアの様子を見に来たのだろう。ベッドの上でパンをほおばっているノアを見ると

「大丈夫なのか?」

とソアに聞く。

「えぇ、大丈夫だと思います。ミスターのおかげです」

「さすがはミスターだな。どんな魔法を使ったんだ」

「何もしていませんよ、何も。すべてソアのおかげです」

「ミスターがもっと積極的にわたしに協力してくださると良かったのですが」

そう言って僕に微笑んだ。


何の協力ですか、ソアさん。

ノアと違ってソアさんが言うと冗談に聞こえませんよ…


ノアはベッドの上で食べ続けている。

「急いで食うとのどに詰まるぞ。それに食い過ぎじゃねぇか」

「いっぱい食べて大きくするんだよー」

「背が低いのを気にしてたのか?」

「ちがーう!」


いつものノアに戻ったように見える。

もう二度とノアに心配はさせない。

これからは「トクギ」を使うことを躊躇しない。

心配なんてしなくてもいいことを見せつけるんだ。

僕を守る必要なんかないことを。

守るのは僕のほうだと。

僕は無敵なんだと。


★あとがき(撮影現場にて)★


ノア;「なによ、あの結末は!」

いや、だってヒロインが立ち直らないと次の話が…

ノア:「だから、なんでギャグになっちゃうのよ」

ノア:「ここは主人公がヒロインへの愛を自覚して、ヒロインがそれに応えて、はげしく愛を確かめ合うって展開じゃないの」

いや、でも、R15だし…

ノア:「だからー、なんで最後が食い気になっちゃうのよー。消し炭よ、消し炭!」

あー、落ち着いてくださいよ。僕が消し炭にされたら話が終わっちゃうでしょ。次回から、本格的な冒険者の話になりますから。名付けて飛竜編!最初は主人公とヒロインが二人だけで依頼を受ける話ですからね。そしてヒロインも強力魔法をドカンと…

ノア:「いいわ、違ってたら消し炭よ!」


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