151 魔術師、ハンターと会う
人が増えればもめ事も増える。増えたのが荒くれ男ばかりならば、なおさらである。
今のこの町は男ばかりの町だ。女性はガースの町と呼ばれたころから元娼婦と、娼婦見習いだった元奴隷しかいない。今は宿や店の従業員として働いている。いずれは彼女たちも子を持ち、ふつうの町民も増えることだろう。しかし、まだそこに至ってはいない。
ダンジョン発見前までは、旅の商人や通りがかりの冒険者が立ち寄るだけで、静かな町だった。大きな儲けにはならないけれど穏やかな生活が営まれていた。ガースの町の時代を耐えてきた住民たちは満足していた。
ダンジョンが発見されてからは、一攫千金を狙う冒険者が集まってきた。金の臭いに引きつけられて悪党たちも集まってきた。それにつれてもめ事も増え、住民たちは不安に駆られた。ふたたびガースのような悪党のボスが出現し、町を乗っ取られるのではないかと恐れたのだ。領主に訴え、隣町のギルドに頼り、ギルドの出張所が出来てからは多少は治安もましになった。
ダンジョンブームが終わると、金目当ての冒険者と悪党は潮が引くように町からいなくなり、以前の静かな温泉の町にもどった。そこに再びダンジョンブームが起こったというわけだ。
一夜明けて僕たちは食堂で食事を済ませ、そのままくつろいでいた。町に足止めをされ、他にすることもない。
「以前のダンジョンブームの時のような無法地帯にはならないだろう」
「どうしてそう思うのですか、トール」
ソアの質問にトールに代わって僕が答える。
「ダンジョンの新しい通路を閉ざした壁は壊せないよ。といって、帝国も調査を諦める訳にはいかない。規模は縮小されるだろうが、調査隊はこの町に常駐することになると思う」
「そういうことだ。調査隊が常駐すれば護衛として治安部隊も常駐するだろう。ギルドも出張所じゃなく、ちゃんとしたギルドに昇格する。ギルドマスターも、宿屋の親父ではなく、力のある奴が派遣される。要するに普通の町になるって事だ。それまでの辛抱ってことだな」
「今までは領主の黙認で自由にやってこられたけれど、今後は事実上帝国の管理下になるってことだから、いいか悪いか微妙ではありますね」
こんな話を食堂でしているときに、リヒトの使いと名乗る男が僕たちのテーブルにやってきた。
「伝言だ。ベータというメイドと話をするのは延期してくれとのことだ」
「何故だ」
「伝言は伝えた。他に話すことはない」
そういって、あっという間に去って行った。
アリサが何か言いたそうな顔をしている。僕の方から答えることにしよう。
「アリサが言っていたハンターのせいかな。ハンターに目をつけられるようなことはしたくないということなんだろう」
王国の暗部としては当然の考えだな
王国の手の者が入り込んでいるのは帝国だって承知だろう
しかし、誰がということまで把握はしていないだろう
面が割れるようなことはしたくないはずだ
「そういえば、あいつ、いつも食堂にいて、何かとあたしたちに声を掛けて来てたよね。それなのに今朝からは部屋にこもっているのか姿を見せないじゃん。ミスターの言うとおりに間違いないよ。でも、どうしてハンターに目をつけられたくないんだろう」
脳天気なノアは、リヒトが王国の暗部だとは気づいていないようだ。
「どうしてかな。ま、誰だってハンターには目なんかつけられたくないだろう。僕たちも面倒なことに巻き込まれてしまったばかりじゃないか」
「そうだったね、ろくな事にならないよね」
「そこにいるのはアリサじゃないか」
体格の良い男が食堂の入り口で手を振っている。
「ボーマン様…先日はありがとうございました」
アリサが頭を下げる。
「気にすることはない。俺も面白い話を聞かせてもらったからな。お互い様だ」
そういいながら僕たちのテーブルに近づいてきた。途中、空いているテーブルから椅子をひとつ勝手に取って、僕たちの側に置いて座った。
「こちらはボーマン様です。帝都でお世話になったハンターの方です」
どうやら、ハンターのことを口にしてフラッグを立ててしまったようだ
「調査団に協力するよう依頼されてやって来たが、とんだ巡り合わせだ。幸運に感謝せんといかんな。お主がアリサの主か」
「アリサはパーティーの一員です。そちらがリーダーです」
「俺はトール、このパーティーのリーダーだ。ハンターが俺たちに何の用だ。ダンジョンのことなら、飽きるほど質問され、話すことはもう何もないぞ」
「聞き取りは俺の仕事じゃあない。それよりもボルグのことだ。まさか倒しちまうとは思わなかったぞ」
「ボルグならあたしが…」
「ボルグを倒したのは僕だ。奴が油断してたのと、運に恵まれたおかげだ」
ノアを遮って僕が答えた。
「嬢ちゃんが王国でも一番の魔術師か。幼いのに大したものだ。嬢ちゃんもボルグと闘ったのかな」
「ノアは見てただけだ」
「ほう、ノアというのか。憶えておくことにしよう。お主は…」
「ミスターだ」
「本当に魔力がないんだな。ボルグのように何か特別な力でも持っているのかな」
「なんのことかな」
「まあ、いい。別にボルグの仇を討とうって訳じゃぁない。場合によってはお主をハンターに誘おうかと思ってるのだが」
「ミスターがハンターに…」
言いかけたノアの視線がボーマンの後ろに向けられた。まったく気配がなくて気がつかなかったのだが、ボーマンの後方から女がひとり向かってきていた。ごく普通の服装だが、それに似合わぬ剣を腰に下げている。
その女が突然、つまずいたかのようにバランスを崩し、前のめりに転びそうになったが、すぐにバランスを取り戻し、ボーマンの横に並んだ。
「おひさしぶりでございます。ミスター殿」
「ガーベラじゃん、おひさー。クレアやエイダは一緒じゃないの」
「エイダ様を追ってこちらに参りました。エイダ様の所在をご存じでしょうか」
「いや、屋敷を出てから一度も会っていない。あなたと一緒に屋敷にいるのだと思っていたのだが」
ボーマンが口をはさんだ。
「この化け物…いや失礼、お嬢さんはお主の知り合いか」
「僕と親しい者の従者だ」
「ガーベラと申します。あなた様は?」
「俺か、俺はボーマンという。このお嬢さんはお主と話があるようだな。出直すことにしよう。それでは失礼する」
ボーマンは椅子から立ち上がると、独り言のようにつぶやき、去って行った。
「世の中は広いな…」
ボーマンの姿が見えなくなったところでノアが言った。
「失礼なやつだよね、さっきガーベラのこと、化け物って言いかけたよね。なんでそんなこと言うのかなー」
ノアは気づかなかったのか。ガーベラが後ろから近づいてきたとき、ボーマンが振り向きもせずに手から何かを飛ばしたのだ。手首から先が微かに動いただけで、ノアが気づかなかったのも無理はない。ガジンが使っていた指弾という技だ。僕たちに近づいてきたときに、すでに指弾の弾を握っていたのに違いない。ボーマンが攻撃したのは、ガーベラが気配を絶ったままで近づいてきたためなのだろう。ガーベラも悪いが、いきなり攻撃とは、ボーマンという男、見かけによらず、あぶないやつだ。
ガーベラが躓いて前のめりになったので、弾はガーベラの頭上を通過した。それがなければ頭に穴が空いていたはずだ。ガーベラは躓いた振りをして避けたのだ。それもボーマンが弾を弾く前に行動を起こして。予知の力だ。ボーマンが化け物というのも無理はない。
ガーベラはボーマンが残した椅子に座ると、アリサと並んでいるベータに視線を向けた。
「さきほどの男が化け物と言ったのは、そちらの方の事ではありませんか」
★★ 152話は5月30日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




